87『――そして黙示録へ』
「お主はキリスト教の話をしてくれた。
その話を聞いて正直、イエスに感動することもあったである。
が、世界中で争いをしておるとは……
結局のところ、我が国の国家鎮護・民衆救済を唱いながら、今や戦乱の元凶としかならぬ仏教と何ら変わらぬではないか」
「なにをおっしやります信長様、あのような邪教と……」
「邪教……?そうかもしれぬが、それは、キリスト教とてそうである。キリスト教国同士の戦乱も止めれず、何が救いの宗教であるか!
お主のいう邪教と、何が変わらぬのであるか!」
「……」
フロイスは迷っていた。
確かにヨーロッパの国々は、この日本人から見れば確かにキリスト教国同士であるが……
同じキリスト教国といっても、我がローマカトリックを信望する国もあれば、ギリシャ正教会の国もある。にっくき反カトリックのプロテスタントの国もある。
しかしそれを伝えたところで、薮蛇なだけだ。
信長に結局仏教徒と同じく宗派争いをしているだけであるな、と言われるだけである。
仕方ない、もう一つの真実を伝えるしか……
フロイスは今までにない真剣な顔、いや深刻な顔で信長に答えた。
「わかりました、信長様。
実はまだ『聖書』の、そう『新約聖書』には伝えていないものがあります」
「ほう……それは何であるか?」
赤い空をずっと見ていた信長が、初めてフロイスに顔を向けた。
その信長の反応に手応えを感じ、はっきりとした声でフロイスは、
「『ヨハネの黙示録』です」
「ヨハネというと……あのパプテスマのヨハネか?」
信長はふと、義理の父である斎藤道三を思い浮かべながら尋ねた。
「いえ、イエスの使徒の一人のヨハネであります」
「ところでそのヨハネの黙示録は、何故今まで余に伝えなかったであるか?」
「実は我がキリスト教会でも、この黙示録という預言書を『聖書』に入れるかどうか議論されるほど難解な内容で……」
「なぬ…」信長はフロイスの話を遮った。
「今、預言と言ったであるな?」
「は、はい。……世界の終末と……」
「なぬ、世界の終末!?」
「そして、真の約束の地――エデンの到来を預言した書物であります」
あまりに興味をもったのか、朱色の欄干からバッと立ち上がると――
「その話をもっと詳しく――である」
その立ち上がった信長の後ろ姿を……
燃えるような赤い空が包み込み、信長を赤く染めていた。
そしてそれは、あの者が……人々のために赤い血を流した姿を思わせるようであった……




