67『この争いを生み出すもの』
○宗教戦争
――突然ですが、皆さんなぜ宗教戦争が起こると思いますか?
当然、この日本にも神道・仏教・儒教・キリスト教はもちろん、イスラム教やヒンズー教やそれ以外の各宗教各宗派たくさんの信者がいるのに――戦争にはならない。
なぜ、外国ではみんな命がけで宗教戦争をしているのか?
もちろん、その裏には貧富差や差別感情等色々あるからという……複雑な理由があるのも解る。
――ただ、宗教戦争といえば、一番単純シンプルな理由は一つ。
我が神は正しい、いや我が神だけが正しい。
他の神を信仰している者は、間違っている。
いやそもそも、我が神以外に神はいない。
似ているものを祀ってあるとすれば、それは邪教の邪神てあり、間違ったものを信じている。
そう、自分の信じている神は正しくて、それ以外の神を信じている者は間違っている。
――この考えが、宗教戦争を産むのだ。
つまり、もっというと、我が神は優れている、他の神は劣っている。
つまり、神と神に優劣があるから、争いが起こるのである。
だからこそ、信長は総見寺を建てたのである。
そもそもおのおのが信じる神に、優劣などないと感じさせるために。
この日本も、宗教戦争で苦しんできた。
だからこそ、信長は戦争を無くすために総見寺を建てたのだ。
そう、総ての神をかき集めて、一ヶ所に集め誰でも参拝可能としたことで、各宗教各宗派の信者が、一ヶ所に参拝しに来て、違う神を一ヶ所の場所で拝む。
――という参拝の結果、各信者は、知らないうちに、他の宗派と共存して、ご利益を受け、そして共栄する。
そう、だから一ヶ所に集められた神に優劣をつける必要もない。
ただ、自分の拝みたい神を祈り、
また隣の人も自分の拝みたい神を祈っているんだなと感じつつ、
一緒におのおのの神に手を合わせる。
そう、その結果として……神の、つまり――
《宗教の平等》が実現したのだ。
信長は、戦国乱世の大きな要因である宗教問題と、どういう風に向き合えばいいのか――常に考えてきた。
だからこそ、武装闘争せず、また当然他の宗教の信者を強引に勧誘しない、いわゆる健全な宗教団体は庇護した。
なので、キリスト教の教会である南蛮寺や安土には神学校も建てた。(あくまで信長統治下での話です。キリスト教徒も、九州等では仏教寺院を壊したりして争いを起こしていた。)
また伊勢神宮の再建にも費用を出したし、東大寺の再建の費用も出している。
東大寺も伊勢神宮のことも『信長公記』に書かれてある事だ。
そう、信長に宗教差別の考えは、一切ない。
南蛮寺のキリスト教、伊勢神宮の神道、東大寺の仏教、みな実際に庇護している信長は、自身の心の中で――
すでに《宗教の平等》を達成していたのである。
――そう、信長には最大の誤解がある。
彼は“無神論者”でも“宗教嫌い”でも、ましてや“神を恐れぬ無法者”でも無いのだ。
そう、信長は宗教大好き……ではなくて、いうなれば、
“この争いを生み出すもの”である宗教問題に大いに関心を持つ――
宗教問題対策のスペシャリストなのだ。
そう、信長は乱世を起こす続かせる大きな要因の宗教問題を解決するために活動する、専門家なのである。
そう、だからこそこの乱世において、
民衆の救済に熱心な健全な宗教団体には――喜んで費用を出し、そして保護しているのだ。
このページのまとめに、信長の思想を理解しやすいように、
――信長公に“つぶやいて”もらいます。
――信長は総見寺に嬉々として参拝する人々を眺めなから頷き、そして呟いていた――
……神々の平等とは、神々の共存を意味する。
すなわちそれは――
各信者の平等そして、各信者の共存を意味する。
――そしてその時――
――人々は争いを止め、共に歩む。
そう、《共存共栄な世界》の創出である。
そして、平等な世界では何人も誰からも制約を受けぬ。
――そう、己の志で生きる自由!
――つまり、《自由で平等な世界》である。
――そうこの平和な世界を創出し、
百年にも続くこの乱世を――
……余は、余は終わらせたい!
そのために余は――
――《神》になろう!
次回『X'mas』
乞う、ご期待!