63『理想の世界』
青年時代から織田信長が追い求めた理想ーー
《撫育民姓国家》の実現を目指して邁進してきた。
(『正秀寺故事』)
『撫育民姓国家』とは簡単にいうとーー
戦争や差別の無い、平和で豊かな国家という意味です。
そして信長を、最後は悪魔的に呼ぶフロイスも、
信長が神に成る前までの記述はーー
信長の領地はゴミ一つ無く、
常に道は箒ではかれていて、
夜も松明により明かりが灯され、
なんと女一人でも夜中になんの心配もなく歩けた。
ーーと、当のフロイスの『日本史』に、平和・安全・安心・清潔な信長統治下の描写があるくらいです。
そうです、フロイスがあんな悪魔的で傲慢なご利益としての記述に成ってしまったのは、
反信長、つまり信長が嫌いになったからです。
なので同じ事柄、同じ事実を書いても、信長が“悪魔”に成ったあとは、反キリストの信長の功績を完全には認めるのが嫌なのです。
ただ記録魔フロイスなので記述するには記述したが、ああいう書き方になってしまったのです。
こうして、信長はその統治下においてーー
そう戦国乱世の世の中において、戦争の無い、そして犯罪も“一銭下切り”等で激減した、人々が安心・安全に暮らせる世界。
だからこそ、皆が自らの夢に向かって邁進できる、そう戦国時代に苦しむ人々が願う、願い求め続けたーー
まさに理想の世界を創造したのです。
……こう書くと、本当に信長を、神様・救世主として書いているようですが、
事実、江戸時代の大学者である新井白石は、信長の最大の偉業は、『宗教改革』にあると述べました。
これは、あれほど信長が活躍する以前は、宗教戦争や宗教勢力がその強大な武力を使い政権に介入していたのに、
信長が徹底的に宗教武装勢力を武装解除させたので、その後宗教勢力は政治に介入することをやめ、布教に専念することになったのです。
その結果ーー
いまだに現代でも宗教紛争やテロが続発する世界において、日本は信長以降ほとんどまったく宗教戦争は皆無になり、
この現代においても世界的にはまだまだ宗教問題で悩み続けている時代の中で、
私たち日本人は宗教問題に悩み苦しむことなく、
安心に暮らせるようになったのでした。




