280『――そして伝説へ』〈織田信長〉3~信長の生母・土田御前~
「「なんと袴もつけずくるとは……この、うつけめ!」」
織田信長の母土田御前はそう言うと、信長の弟信勝(信行)の方を見て、
「やはり殿の後継は、この信勝ですな、皆のもの」と周囲を見回す。
その信勝、しっかり肩衣・袴をつけて立派な姿。
母は、うつけの長男の信長より次男の行儀正しい信勝を気に入っている。
対する信長は、ザビエルの時には――
左側が虎柄、右側が豹柄のド派手な袴を着けていたが……
道中走っている時に裾が破れたので、
ままよ!っと袴ごと脱ぎさったまま着替えることなくここに来たので……
……なんと下は……褌一枚であった!
(『信長公記』)
「そんな格好で、父上様はお嘆きですよ情けない」
「なんである、親父は解ってくれるであるさ、必死で駆けてきたこの、俺様の姿を見れば……」
「ほんに尾張の大うつけやなお前は……
どうやってその姿みせるんじゃ、父上様はもう、お亡くなりなったというのに……」
「なっ、なぬ……親父が亡くなった……だと?
馬鹿を申すな、危篤ではあってもまだ……」
「ほんにうつけどのてすな、あっちにいけばわかりますじゃ」
土田御前はお堂の奥を、手で指すのも煩わしいと顎でクイッと指した。
馬鹿な……馬鹿な……馬鹿な……
信長はなにも答えず、三百人の僧侶による南無阿弥陀仏のお経の中を……
一人場違いにドンドンと床を鳴らせながら、そう一歩一歩強く
踏みしめながら、奥に進んでいく――
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏
まさか……まさか……
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏
そんな……まさか……
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏
そんな……
南無阿弥陀仏の唱和が一際大きく信長には聞こえたその目の前には……
信長の目の前にあるのは、危篤の信秀の病床の姿ではなく……
仏壇にのせられた信秀の戒名であった。
実は清洲城の城番は、信秀の死去を伝えようとしたが、信長がすぐさま行ってしまったので伝えられなかったのであった。
南無阿弥陀仏
父上、父上が……死んでしまった……
南無阿弥陀仏
俺の唯一の理解者が……
南無阿弥陀仏
何故じゃ、何故じゃ
南無阿弥陀仏
何故、親父が死んだ――!
南無阿弥陀仏
何が南無阿弥陀仏じゃあぁぁっ……!
次回、信長ついに怒りの焼香を投げつける!