273『サタン?!、それとも勘違い!?』
……あの《秘跡》を……サタンに……施さなくては……!
「――ほれ、カッパ坊主」
織田信長に蹴られて倒れていたザビエルに、信長は手を貸そうと腕を伸ばす――
「あっ、すいません……」と手を借りるザビエル。
「あっ!」すると、ひょいっと信長が手をいきなり引き抜くので、立ち上がりかけたザビエルは、また倒れる。
「……。」目の前に立つサタンの様な獣獣した格好の者に、しかも蹴り飛ばされ、そのうえカッパ坊主と悪口?!を言われ、色々と心中穏やかではないザビエルであったが、
それはつまり……ポルトガル・リスボン港を出て足掛け18年、この極東の地・日本に辿り着いて2年が経った天文十年の正月に、この国の首都京都にて――
フランシスコ・ザビエルは、ついにサタン候補に出会った事を意味する。
「――やはり、お前はサタンだな?」信長の冗談に怒り心頭で頭頂部を赤くなるザビエルは、立つのを諦め、座り込みながらサタン候補を睨み付ける。
「……何であるか?そのサタンと言うのは?」
「サタンとは、我がキリスト教最大の敵の名前です」
(何をとぼけている、お前がサタンではないか!)内心そう思いながらザビエルは続ける――
「――もともと神に仕えし天使の長であった彼、ルシファーは、神に反逆心を抱き、地上界へと追放されたのです。
それを彼は恨みにおもい、いつの日か人間界いえ、天界をも支配しようと……」
(それとも人間の姿をしている間は、サタンの記憶がないのか?)
「なるほどのう……さしずめ悪魔の王、魔王ということであるな!
なんにしろ王とつくのは、カッコいいであるな」
「格好いい訳がありません!
全ての悪はサタンの仕業、人間の邪心はそこより出でてて悪を成します」
(魔王をカッコいいなどと……やはり、……お前は、サタン!)
「では、この世は悪にまみれておるのであるな?」
「いえ、我がキリスト教信者となれば、そしてその信仰をずっと保ち続ければ」そこでザビエルは一度大きく息を吸い――
「その者達は救われます!」
(そしてそれは、お前、サタンが消え去る事を意味します)
「なるほど……、イエスへの信仰が人々を救うの、か……」
ザビエルの言葉を聞いた信長は、何故か声が震えている。
「はい」
(おっ、自らが消滅する運命を悟り、震えているのか?)
「であるか」そう言うと信長は、今度はザビエルの腕を素早く引っ張りあげると、「さっきは悪かったであるな」と、
立たせたザビエルの背中についた土埃をバンバンと叩いて払ってあげた。
「……。」いきなり態度が変わる信長に口をあんぐりしているザビエルに、
「実はお主に頼みたいことがあるのである」というその顔は――
今日ザビエルに見せたなかで一番真剣な顔であった。
「わ、私に頼みたいこと……ですか?」
(まさか、悪の霊力を高めるために、私の命をくれとでも言うのでは……)
「である、命を……」
「命を……」
(きたー!、ついにサタンがその残酷な正体を現す時が……)
「である、命を……救って欲しい者がいる、のである」
「命を……救って欲しい……者」
(……何を言っているんだこいつは!
人々の命を奪う事が目的のお前が、命を救って欲しいとは……
いや違う、救って欲しい命とは、魔王の劵族、つまり配下の悪魔の命のことに違いない……
そしてそのために、私の命を奪いたいというのが、私の目の前に立つサタンの望み……)
「である、我が父親である、信秀の命を救って欲しい!!」
「えっ……」
(……。)




