223『【本能寺の変】“旧説”が、全て消え去る日』〈2〉
○『光秀による無計画即実行』説への【反論】
明智光秀が、思いつきでいきなり本能寺を襲撃した……。
この場合、事前の準備・計画がない訳で、決断までの光秀の心境の変化を推し量ることは不可能となる。
そう、『愛宕百韻』というのは変の三日前なのだ。
つまり、『愛宕百韻』のあと三日の内に心境の変化をきたしていたら?
そうつまり『愛宕百韻』の時は、全く謀叛の意志すらなかったのに、連歌会が終わったあとに、“何らかの原因”で謀叛の決意をしたという説の場合は……否定することがむずかしい。
何故なら本説『信長による福音書』計画説のように、多くの諸説が『愛宕百韻』での光秀の心境を推察して解釈し、自説の正当性を担保しているからである。
「じゃぁ、反論不可能な説なんですね?」
「ということは、【光秀無計画即実行】説で確定!?」
と読者。
……そう感じますよね?
でも実はこれも――
『光秀野望説』への反論と同じ理由で対処できる。
……それであなたは、信長を暗殺したとして、その後の事は全く考えなかったのですか?
例えば、家老たちに襲撃の意思を伝える時に。
例えば、本能寺への行軍中に。
そう、光秀が一人で本能寺にふらふらと歩いて行って、つい突発的に無防備な織田信長を殺してしまった……
《本能寺の変》は、そういう事件では――当然無い。
明智軍という総勢二万の軍隊をしかも隠密裏に、本能寺まで行軍させなければならない。
つまり、光秀がいかに突発的に「信長を殺したい」と思ったとしても……
軍の準備自体は、「羽柴秀吉への援軍」の為に完全武装中であったとしても……
予定を変更して「信長への謀叛」するために家老重臣との協議をし、それから本能寺への行軍中という――
実際に本能寺襲撃までに、そう決意してから実行までのタイムラグがかなりできてしまうからである。
そう、軍隊は光秀一人で動かせる訳でも、いきなりおもいついたらすぐ本能寺に一瞬で“ワープ?”する訳でもないのである。
――そう、そうなのだ!
いくら突発的といえども、作戦の立案、行軍、実行という時間が存在している以上、光秀はこの襲撃のあとのことを考えることができてしまう!
――ということだからである。
――光秀は独り身の風来坊な訳ではあるまい!
嫡男も娘も後妻の若い嫁もいる光秀が、いままで命を惜しまず尽くしてくれた家臣たちがいる光秀が、
――主君を討ったらどうなるか?考えぬ訳がない。
つまり、《絶好の機会》があろうとも、家族や一族、家臣団のことを考えたら、常識として“無計画”で実行するはずがない、と結論できる。
……全ての諸説を論破することができた時、『信長による福音書計画』説は、【真実】となる?!




