202『信長、最期の歌』
※すいません。
GW連続投稿スペシャル第三段は、構想が膨らみすぎて、日付が変わってしまったのをお詫び申し上げます。
「――では、信長様の一句を信忠様!」と連歌会会場である威徳院西坊住職・行佑。
「――と、その前に光秀殿に、信長様の句の直前に詠む為に用意してた――
――“あの句”を」と里村紹巴。
「うむでは、
――『 朝霞 薄きがうへに 重なりて 』」
と、朗々と歌を詠みあげる明智光秀。
光秀のこの一句は、前述した通り――
『この光秀の句の後に、信長様の句がきて合わさり――
一首となります』。
そう、信長の句が届いたら、その前に詠って――
後に続く信長の句と合わせて一首にする為に、前もって用意されたものである。
そして、「さら、さら、さら」と光秀の句の前に詠まれた句とも、当然光秀の句と合わせて問題なく一首となるように、紹巴がすぐ懐紙を書き換えている。
「よし、これで自然な連歌の流れになりましたね」
つまり、後世の人が百韻連歌を書き写した懐紙を見ても、何も違和感がないように修正したのである。
「――はい、準備ができましたね」と紹巴は言うと、
突然佇まいを正し、きちっと正座をする。
そしておもむろに赤い布に覆われた細長い物を、恭しく前におく。
「いよいよ、儀式の始まりですじゃ」
その赤い布に覆われた物の中身を知っている光秀。
「では」紹巴は、ゆっくりと赤い布をどけていくと……
中から、和歌を書くための細長い色紙が出てきた。
……しかし、その色紙には何も書かれていない。
――ここまで読んで、「また作者さん、ようやく伏線回収したな!」とお気付きの方、ありがとうございます!
そうです、この何も書かれていない色紙、あの信長と光秀の今生の別れである『安土饗応』のシーンで、
織田信長が徳川家康饗応の場で、
「お前のしようとしてることを、早くせよ!」と、明智光秀に渡したあの色紙なのです!
そしてこれを受けた光秀が、安土城の自らの邸宅で、
『信長の覚悟』を思ってひとしきり涙したあと――
この色紙を早馬で紹巴に渡した日から、十日後に『愛宕百韻』――
そう、信長による『天下創成の儀式』を執り行う段取りになっていたのである。(そして、その三日後に『本能寺の“儀式”』を執り行う段取りになっている。)
――そしてその『天下創成の儀式』の日のために、紹巴ら参加者みなが万端の用意をして、この日を向かえたのである。
「……では、父上の歌を、
不肖な息子である私ですが――
慎んで詠み上げさせて頂きます!」
信忠が、おもむろに懐から手紙を出す。
「お願い致します」と紹巴が恭しく色紙を、佇まいを正した信忠に渡す。
「はい、師匠」
信忠は頷くと、ゆっくりと信長の歌を色紙に書き写していく。
「父上……」信忠は、父である信長の覚悟を歌から感じて、目を潤ませながら……写し終えた。
「――では、」
信忠が、信長の代わりに色紙に書き写された信長の歌を詠む。
――『 引きすてられし 横雲の空 』」
「さすがは、私の弟子信長様、藤原定家の歌を――」
紹巴は感慨深げに解説を続ける。
「しかも、信長様はイエス様と同じく、
万民の為に命をお捨てなさるという決意表明になっております」
「正に、これは『信長様による福音書』計画について成功を期して――
信長様が高らかに決意表明した一句でありますな!」と亭主の行佑。
「そして、これは我弟子信長様、人生最期の歌――
これは信長様の『辞世の句』として読んでも間違いありますまい」
「そうですじゃ、そして我々にとっても人生最期の連歌会ですじゃ」
光秀は、共に信長の計画に殉じる孫のような信忠を見て頷く。
「はい、秀爺」と頷き返す、信忠。
「いよいよ、織田信長様による『天下布武』は、その集大成を向かえる時が来ましたね」そう言う紹巴の目には――
色紙に押された印章が写っていた。
そう信長の歌が書かれた色紙には、『天下布武』の朱印が押されてある。
実は、光秀に信長が色紙を渡した時には、当然何も書かれていない色紙ではあったが……
色紙の一番下に信長の印章がもともと押されてあったのである。
(一番下に押されてあるので、作者も見落としていましたが……)
そして何故ハンコが押されてあるかと言うと、
当然ながら、この色紙が本物かどうか識別・確認する為である。
紹巴の言葉を聞き、信長の歌と『天下布武』の印影を見て――
参加者みなが感慨深げに頷くのを見て、紹巴は、
「それでは、名残り惜しいですが……」
――こうして、『信長、人生最期の歌』をもってクライマックスを向かえた『愛宕百韻』は、
ついに有終の美――つまり、百韻目をいよいよ向かえます!
さぁ、『愛宕百韻の章』完結まで、いよいよラストスパートです!
――次回『名残りを、君に』
乞う、ご期待!




