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10『命を捨てた、その先にーー』

目の前でいつも熱く熱くキリスト教を説く宣教師をみてーー

信長は心を動かさずにはおれなかったであろう。


彼ら宣教師は、数々の危険を乗り越え、西欧から日本まで幾千幾万の荒波を乗り越えて船でやってきた者たちである。


ーーそしてイエスが亡くなって千五百年余り経てもなお、彼らを世界中へ駆り立てるほどの影響力を目の当たりにしてーー

言い伝えられてきたユダヤ民族の救世主伝説を叶えようと活動した、イエスの行動の結果がーー

いかに凄かったかということを肌で感じたことは想像に難くない。


ーーだから信長が「そうだ!キリストになろう」と思ったとしても、おかしな話ではないのである。



ユダヤの救世主伝説『イザヤの書』を見てーー

キリストを目指し成就させたイエス。


救世主イエスの一代記『福音書』を見てーー

キリストを目指した信長。


こうして対比してみると、信長がキリストを目指したとしてもおかしくはない。


ーーただ、推論としてはありうる話だとしても、

ある重大な問題が二つある。



一つ目の問題は、そもそも信長にーー

人々の為に、自らの命を捨てるという動機自体があるのか?

……という問題と、


そして当たり前だが、イエスはただ自殺したかった訳でも死にたかった訳でもなくーー

人々が、自分が処刑されることで預言が成就され救われることを期して、命を捨てたのである。


ーーつまり自分が命を捨てた後にーー

多くの人々が救われなくては、意味がない……という二つ目の問題である。



……そしてその二つの問題をクリアーすることなど、当然ながら誰にでもできることではない。




ーーつまり、いくらイエスに感動して、

「皆の為に命を捨てるぞ!」と、例え信長が決意したとしてもーー

人々を救える補償などないではないか?


そうつまり、死んだところで誰も救えなかったら、ただの無駄死になってしまう。

だから、そんなことを、人々を救える確証もないのにするわけがない。



しかし、なんと信長には自信があったのである。

そう、自らの死が人々を救うことになるというーー




ーー《大いなる自信》が!

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