第6話 花楽里
--------- 第6話 花楽里 ----------
あの花楽里という男からカードを貰って数日が経った。
未だにあの男は現れない。
私は部屋のベッドで寝転びながらそのカードを見つめる。
何の変哲もないカード。
中心には星とそれを囲む小人の絵が描かれている。
「…一体、何に巻き込まれるんだろう。」
私一人しかいない部屋にその声が少しだけ反響する。
…眺めていてもどうにもならない。
私はムクリと起き上がり、備え付けてあった机の椅子に座る。
前の家から持ってきたノートPCをたちあげ、カードのことについて検索をかけてみる。
ヒットするのは掲示板やブログ、つぶやきなど様々だったが書いてあったのは私と同じように奇術師風の男にもらって困惑しているものばかり。
花楽里が言っていた、夢の国やパレードの詳細については一切情報が引っかからなかった。
はぁ…とため息を付きながら背もたれに体重を預ける。
ここまで引っかからないとは…。
まぁ薄々わかってはいたけれど。
その時、ドアがココンコンコンとリズムよくノックされる。
「どうぞー、あいてます。」
私は黒いカードをポケットに仕舞いながら声をかける。
「や、元気してる?」
ドアをガチャりと開け、手をひらひらさせながら入ってきたのは杏さんだった。
そのまま後ろ手で彼女はドアを閉める。
「えぇ、まぁ。トウキョウにいた頃には全く無かった刺激が一杯で退屈しません。」
「そりゃ、良かったわ。ここほら、最近開発されて色々できてきたとはいえ、田舎だからさ。都会暮らしのあんたがここに飽き飽きしないかなって思ってさ。その様子だと楽しんでるみたいで良かったわ。」
彼女はそう言って笑う。
「…にしても、部屋に何も置いてないのね。家具とかあたしたちが準備したものそのままじゃない。」
私はそういわれ部屋を見渡す。
まぁ、確かにまだ来て数日しかたっていないが、持ってくるものは着替えと勉強道具がほとんどだったため、インテリアや雑貨というものがない。
…本棚くらいは買ってきておくべきかもしれない。
「…あんた、もしかして前に住んでた家でも部屋にものがなさすぎて殺風景だったんじゃないの?」
「…えぇ、そのとおりです。」
「それと、服はっと…。はーい、クローゼットはいけーん!」
彼女は引き戸のクローゼットを豪快に開け放つ。
そしてふむふむと軽く頷きながら、私の服を見ていく。
すべてを見終わったたからか、クローゼットを閉めて私の方へと向き直る。
「服は、ある程度良識も量もあるみたいだからオッケーね…。じゃあ、この部屋を飾るためにショッピング行くわよ!」
彼女はにやりと笑う。
「いいですよ、私もかなり暇してましたし。」
「よし、決まりね。それじゃ、1時間後玄関で会いましょう!」
彼女はそう言うとドアを勢い良く開け、また私を見てにやりと笑うと扉をバタンと閉めて出ていった。
「…あ、パペットどうしよう。まぁ、買い物程度だし連れて歩かなくても大丈夫かな。」
唐突に先程閉められたドアがバン!と開け放たれる。
「もちろん、人形【フィギュア】たちも連れて行くからね!」
その言葉が言い終わるとともにドアがバタン!と閉まる。
「…忙しない人だなぁ…。」
私も着替えやらなにやら準備するために立ち上がる。
「こいつは…置いていったほうがいいか。」
黒いカードをポケットから取り出し、机の一番上の引き出しに入れる。
「さて、準備しないと…。」
--------- 1時間後 ----------
「……流石に、まともだよね、あの人は。」
数日前のあの悪夢のような時間が頭をよぎる。
「どーしたぁ?相棒。顔がひきつった笑いを浮かべてるぜ?」
「…気にしないでくれ、パペット。多分大丈夫だから。」
「そうかぃ?なら、何も言わねぇでおくよ。」
パペットとそんな話をしていたら、玄関の戸が開く。
私は息を呑んだ。
「いやー、またせちゃったわね、ごめんごめん。」
…普段と同じくカジュアルな格好をした杏さんが出てきた。
思わずホッと息をつく。
「…なんでホッとしてんの?」
「あ、いえ、実は…」
彼女に数日前のことを話す。
それを聞き終わるやいなや彼女は笑い始める。
「あっははは!そっかそっかあの日はあのバカ親子張り切ってたからね!にしてもほんとにあのカッコで行くなんてバッカじゃない!あー、お腹痛い…。」
ひとしきり笑い終えたあと、息を整えながら話を続ける。
「はぁ…はぁ…。いやー、にしてもよく耐えられたねぇ?電車の中で2人に挟まれてたわけでしょ?あたしだったら途中の駅で降りてるわ。」
「ほんとにあのときは…もうあの人達とは出歩きたくないです。」
「そういってやんないで。あの2人張り切りすぎちゃって空回りしただけだから。普通に買い物したりするときはさ、比較的まともだから。」
そういって彼女は私の頭をなでてくる。
「ほーら、そろそろ行きましょ、アンズ。あんまりだべってるとあっという間に夕方になっちゃうよ?」
彼女の後ろから彼女よりも少し身長が高い金髪ツインテールの女性が声をかけてきた。
私がその姿を見てキョトンとしていると杏さんが紹介を始める。
「あぁ、そういえばまだ見せたことなかったわね。この子、あたしの人形【フィギュア】。」
その女性は少しかがんで私の頭をなでてくる。
「はじめまして、雪久ちゃん。私はこの子の人形【フィギュア】のシェイラって言うの。よろしくね。」
…私は驚いていた。
金の髪や身長に驚いたわけではない。
その容姿と透き通るような声に驚きを隠せなかった。
これじゃまるで、人間だ。
私たちと変わらない、人間。
「ほーら、やっぱり驚いてるでしょ、シェイラ。」
「そうみたいね。てっきりリュウとユズルたちのを見ているから驚かないと思っていたけど。」
「そんなわけ無いでしょ?あいつらはひと目で人間とは違うってわかるんだから。でも、あんたは違う。限りなく人間に近づけられた人形【フィギュア】なんだから。」
私のポカーンとした顔に杏さんがデコピンを入れてきた。
私はハッと我にかえる。
「さっさといくわよ?時間なんて一瞬で無くなっちゃうんだから。」
そう言って彼女たちは階段を下りていく。
私もそれに続いてあのクソみたいに長い階段を下り始める。
パペットもため息をつきながら私についてく。
この階段を下りきるまでに数分かかった。
「ほら、のってのって。」
階段下には駐車スペースがある。
そこには確か、黒いボックス型の車が止められていた。
彼女はそれに乗り、私たちに早く乗るように促す。
全員が車に乗り、備え付けてあるシートベルトを締めた。
「全員締めたね?それじゃ、行くわよー!」
彼女が車のエンジンをかけ、フッと笑う。
まさかと思い一瞬ヒヤッとしたが…。
普通の…比較的に安全なスピードで車が走り出す。
私は胸をほっとなでおろした。
数十分も車を走らせると、大型のショッピングモールに到着した。
今日は休日だからか、人がたくさん。
そんななか、運良く駐車スペースが空いており、何度も駐車場をぐるぐると回るような事態は避けれた。
「さて、案内がてら買い物しながら歩くから覚悟してね…、っていうかあんたは都会住みだったし、これくらいの大きさは慣れてるか。」
「そうですね…と言いたいところなんですが、実はここまで大きなショッピングモールはあまり見たことないんです。」
「うっそ?マジ?」
「マジです。」
「じゃ、適度に休憩入れながら歩くわね。」
「はい、お願いします。」
杏さんに案内されショッピングモールのお店を紹介してもらっていく。
雑貨屋に服屋、時計屋、家具屋。
CDショップにゲームセンター、本屋。
その他にも色々な店が並んでいた。
正直、一回の説明じゃ覚えきれないほど。
「流石に疲れたでしょ?ちょっとまってて、飲み物買ってくるから!あんたちも手伝ってね?」
私を椅子に座らせたあと彼女はパペットとシェイラさんを連れて飲み物を買いに行ってしまった。
私が息をついてテーブルに突っ伏すると着ている上着の胸ポケットに硬い感触があることに気がついた。
「…なんだろ。」
胸ポケットに指を突っ込んで取り出す。
嫌な予感がした。
「…まって、これ…。なんで?」
それは部屋の机にしまってきたはずのあのカード。
あたりがしん…と静まる。
私は突っ伏していた体を起こして後ろを振り返る。
そして、周りを見渡す。
あんなにいた大勢の人の姿がどこにもなかった。
『こんにちは、またお会いしましたね。』
私の目の前の席にはあの男、花楽里が微笑みを浮かべながら座っていた。
「……このタイミングでかよ…。」
いつの間にか私が手に持ったカードが消えて、テーブルの上に。
彼はニコっと笑ってテーブルの上にあるカードを杖の柄でトントンと叩く。
『駄目じゃないですか。このチケットパスは肌身離さず持っていただかないと。』
「……説明をしに来たんだろ。」
『えぇ。では、早速。夢の街についてお話致しましょう。』
彼がそう言うと彼の手に一冊の本が現れた。
『あなたは、叶えたい夢…などはございませんか?』
「夢…?」
『そうです、夢。希望という抽象的な概念で言い換えてもいいでしょう。』
彼がその本を開くとなにやら遊園地のような…、でも決定的に何かが違うそんな風景が描かれていた。
よく見るとその中の人々たちが動いている。
本の中の、人間たちが。
『この方達はこの夢の街の住人の皆様です。各々、自分の叶えたい夢のためにパレードに参加しておられます。』
「……住人?」
『そうです、住人です。とはいってもここに本当に住んでおられる方はいらっしゃいません。ですが、休憩所に使っておられる方も中にはいらっしゃいます。』
「それで?」
『この夢の街ではここに住まう義務として1周間に必ず1回パレードと呼ばれるものに参加していただきます。あぁ、1周間に1回しか参加できないわけではございません。何度でも参加できますが、参加しないという選択肢はないと考えてください。』
「…そのパレードってのは?」
彼は私の言葉を聞くとニィっと笑う。
『パレードとは…。己の夢、希望、欲望を叶えるための手段だと思っていただきたい。』
彼はそう言い本のページをめくる。
そこにはその住人とやらが戦っている風景が映し出された。
『互いの人形【フィギュア】、そして人間同士が戦い合い、夢の欠片と呼ばれるものを獲得していただきます。この夢の欠片が各々の夢に設定された分獲得していただきますと、その夢が叶う…そういう仕様となっております。』
「…負けたら、その夢の欠片てのを失うんだよな?」
『もちろんでございます。』
「それが0になる、もしくはマイナスになった場合どうなんの。」
『…夢の欠片が0になっても何も起こりません。またパレードで勝てば貯まるのですから。ですが、マイナスになった場合は…。』
彼は本をパタンと閉じて指をパチンと鳴らす。
『誠に残念ながら、夢の街を強制退去…。つまり追放ということになります。』
彼が申し訳無さそうな声でいいなった途端、本が青い炎に包まれ灰になって消えた。
「…死ぬ…ってこと?」
『そんな滅相もない。そんな残酷なことは私は致しません。ですが…、追放された方の殆どが亡くなってしまったのもまた事実。事故死であれ自殺であれ…おいたわしいことです。』
「……で、これをもらっちまった以上、そのパレードからおりる訳にはいかない訳だな。」
彼の顔がまたニィと笑みを浮かべる。
『はい。少しばかり助言したしますと、夢の街の中では強盗、恐喝などの行為でなければ、夢の欠片を稼ぐことができます。ギャンブルでも何かを売ることでも。』
「……。」
彼は私の顔を覗き込むように見る。
『少しはご興味を持っていただけたようで?』
「…とはいえ危険なことに変わりはないからおりたいけどな。」
『パレードなどの連絡はこちらの方からさせていただきます。あ、それと大事なことを言い忘れておりました。』
彼は椅子から立ち上がりながら言う。
『夢の街での1日はこちらの世界での1時間となっておりますので、少しのお時間でも楽しめる様になっております。ぜひ、空いた時間に足を運んでみてください。それでは、ごきげんよう。』
彼が消えた瞬間、辺りに喧騒が戻る。
「…あ、あいつが何者なのか、きくの忘れた。」
ポケットにカードをしまいながらそんなことをつぶやいた。
それと同時に杏さんたちが飲み物をもって戻ってくる。
「おまたせー!さ、休憩するわよ!」
全員が席に座り一息つく。
私はジュースを飲みながらパペットの方へと視線を送る。
こいつと一緒に夢の街とやらで戦わなければならない日が来るのだろうと。
頭を軽く横に振りながら、彼女たちの話に混ざる。
ふと、隣のパペットがニィっと笑った気がした…。
どーも、アマギです。
今回は、夢の街の説明とパレードについてを書きましたん。
次回からは少しずつ雪久がずぶずぶと沼に歩を進ませていく様子を書きたいと思っています。
そして、パペットのあの含み笑いはいったいなんなのか・・・待て、次回。