やさしさとーう
悔しいと思うことは大切である。
生きていて人からバカにされることは多くある。
それはとても辛い経験で、立ち直れないこともあると思う。
でも、バカにされっぱなしではよくない。
やり返さないといけないのである。
悔しくてたまらなかった。本当に悔しくてたまらなかった。
最近色々ありました。
僕がおかしいのではないかと思われるかもしれないけど、本人は優しさを見せたつもりが、結局中途半端になって単に僕がバカにされているだけという事象が最近ありました。それに対して、ずっと悩んでます。違和感があるのです。
何があったか。
友達が本当はいけないくせに、行けると言って予定を立て、結局行けないということがありました。お金も払っていました。
僕も相手からの「優しさに似た何か」を素直にそのまま受け取っておけばよかったのでしょう。きっと、僕のことを思っていけないのにいけると言っていたのだから。
でも、なんとなくそれは優しさに見えなくて。迷いもあったのかもしれない。だからこそ中途半端になったのでしょう。
結局、その日一日を僕は無駄にしました。全然楽しくなかった。
優しさとなんだろう。
小説家になろうで記事を書こうとすると右に現れるgoo時点で調べて見ました。
わかりやすくいうと、思いやりがあることらしい。
思いやりとはなんだろうか。
他人の身の上や心情に心を配ること。
なるほど。この文章が正しいとすれば、僕の行動のほうが他人の身の上や心情に心を配ったことになる。
当日行けない理由をつらつらと述べた友達を気遣って、僕は違うことをしようと勧めたからである。
当初は優しさを見せようとしたけど、結局自分の思い通りにしたかったのである。そして、結局自分の思い通りになったのである。
こんなことを文章に書いている時点で嫌な奴だと思われるかもしれない。でも結局は友達の思い通りになったし、僕は余計にお金を払っている。僕は、なんにも思い遣りなど感じていない。僕の思い通りにもなっていない。
優しさとは本当に難しい。相手を思いやることなんて本当に難しい。
まぁ、ピザの切れ端が最後に大きいほうと小さいほうが残って、何も言わずに大きいほうをとって食べられたのが一番腹が立ったのがきっかけで、その日の一日の行動のおかしさに気がついたわけだがね。
人間の性格は、細かい部分に現れる。
疲れてる時とか、眠い時の性格は違うものと考えた方がいい。それは仕方がない。
食事をしているときや一緒に歩いている時、リラックスしている時の性格が本当の性格である。
誰だって、いい面も悪い面もある。
よし、今日も小説を書こう。




