勉強がしたくない
勉強をしたくないと思っている、そこの中学生。
いや、僕のエッセイを中学生が見ているとは思えない。
いや、見るんだ中学生!長ったらしいタイトルの小説もいいが、誤字脱字エッセイも悪くないよ。たぶん。
勉強をしたくない。それが、今の僕の気持ちである。
勉強に関しては昔からやってきてはいる。が、やる気に波がある。
しかし、勉強をしないと、どうなるか真面目に考えたことが昔ある。
僕の経験からすると、勉強をするくせはつけておいて損はない。
国語を勉強するから意味があるのではない。数学を勉強するから意味があるのではない。
勉強をするという過程が大事なのである。
テストのために勉強を開始する。
まず、どうやったら良い点を取れるかどうか考える。
テスト範囲を考える。
テスト範囲を効率的に覚える方法を考える。
考えた方法を試してみる。
覚えようと思ったことを確認する(中間テスト等の本番の場合もある)
できなかったことを確認する。できなかったことは、解けなかったところも大事だけど、どうして解けなかったかを考えることが大事。
この繰り返し。仮定を立てて実行、エラー、エラーの原因を詰める、再実施。
この考え方はいろんなところにいきる。失敗と向き合う。
勉強をしないと、行きたい場所には行けない。
言われたことをやっているだけでは、言われていること以上の場所には行けない。
自分で行きたい場所に行きたいと思ったら、自分で行くしかない。
自分以外の人が優秀だとして、その人の話を他人に自慢してもそれは自分じゃない。他人だ。
自分で行くしかないのである。誰も連れていってはくれない。僕が中学生の頃に知った現実。
だから、勉強しないと行けないぞ。
僕は、勉強から逃げた人たちの末路を知っている。結構悲惨。彼らになってはいけない。
努力しよう。ベルトコンベアの上でずっとマラソンしているような気分だけど、ベルトコンベアから転げ落ちて、プラスチックの容器に詰められるよりかはマシである。
あーーーーーーーーーーーーーーー勉強したくない自分を鼓舞したのでした。




