現代勇者
くだらないIF話です。
テテテテッ、テッ テッテ〜
某有名なRPGクエストでレベルが上がった時の音がリビングに鳴り響く。
一人暮らしにしては広目の2LDK。一人身の女がアラサー近くにもなれば、コツコツと貯めていた貯金とちょっとの親の支援でもってそれなりの物件が購入できる。仕事が終わればどこに寄る訳でも無く真直ぐに自宅へと帰り、社会と戦う為の武装を解除し風呂へと入る。風呂上りにアルコール、なんて洒落込んでもいいが、生憎とアルコールアレルギーでもってその選択肢は無い。冷蔵庫からしこたま買い込んでいるコーヒー牛乳を片手に暇潰しに昔のゲームを引っ張りだし懐かしさを覚えながら物語を反芻するように進めていくのが彼女の最近のマイブームだった。
「さすがメタル○ング、経験値持ってるねぇ」
テレビ台にある時計は夜の11時半を既に回っている。
美容の為を思うのならばそろそろ寝る準備を開始し、目に悪いと言われるゲームをしている場合でも無い。しかし明日は幸い土曜日。本日は所謂“花金”と呼ばれる金曜日であり、忙しかった仕事もひと段落付き無事に有給をもぎ取れた土曜日なのだ。そんな久しぶりの束の間の休暇とも思われる日が始まる花金に、妙齢の女性が家で一人寂しくゲームというのも如何な物かと思うが、彼女にしてみれば一人の方が楽であるという持論があった。合コンも恋愛も暫くはいいや、と言ってしまえば傷心の身ともいう。
リア充何それ美味しいの状態である。
「全クリするかなぁ」
ぽつりと零す彼女が見つめる先には、ゲームの現パーティーのステータス欄。誰もがラスボスと渡り合うには十分すぎる位のレベルを表示しており、これ以上レベルを上げるのは既に自己満足を充足するだけである。いつでもラスボスと張り合えるだろう。むしろ一方的な虐殺を繰り広げるかもしれない。
彼女はステータスを閉じると移動呪文を選択し、ラストダンジョンへと向かう街へと移動させる。そして特に苦も無くさくさくとラストバトルへと突入すべくダンジョンを攻略しラスボスの前へと到着する。相手が今のご時世ではお決まりの悪役の台詞を吐き、いざ勝負、ラストバトル。
何回か変貌を遂げる相手ではあるが、MPを温存する必要も無い。
作戦は当然ガンガン行こうぜ!である。
ぽちぽちとコントローラーをいじりコマンドを出す。勇者が手始めに挨拶代りのギガ○ラッシュをお見舞いする。アナログな画面に当時は驚いたエフェクトがかかり会心の一撃をお届けする。するとその音と同時に窓の外でも稲妻が落ちたような音が部屋に届いた。高層マンションではあるが、停電になっていない限りこの建物に落ちた訳ではないだろう。
本日の天気予報では一日中快晴を予想していた。
日中も穏やかな気候で過ごしやすい一日であったし、今夜も月が良く見えるでしょう、とお天気お姉さんが予報してくれていた。では今の音は何だったのだろうかと彼女は思う。
ちょっとの好奇心と野次馬根性で、彼女はコントローラーをソファに置いてベランダの方へと向った。
女の一人暮らし、セキュリティはしっかりしている物件を選んだが、やはりカーテンを閉め屋内の状況を包み込むのは女子として当然の事。こだわりを持って取り付けたカーテンを引き、窓を開けて外を確認した。
そして見てしまった。
ベランダに不審者。
「こ、ここはどこだ? 魔王はどこだっ?!」
不審者がいる。
「お、お前は誰だっ?! 魔王の手先か?!」
不審者が手にある見事な大振りの剣を突き付けようとする。
彼女はとりあえず窓を閉めた。
鍵をかけた。
カーテンを閉めた。
そして何事も無かったかのようにソファへと座り直しコマンド入力を始めようとする。
この階は眺めもいい11階にある部屋だ。日当たりも良く、ベランダから泥棒が侵入することもありません、と不動産販売の者からも言われていた。彼女が目にしたものは、最近の仕事の疲れがどっと出ての幻覚だろうと結論付けた。
結論付けと同時にカチャ、ガラララ、と窓の開く音が聞こえる。
「ちょっと待て! どうやって開けた?!」
「さいごのカギ だ!」
鍵穴なんて無いはずなのに!
彼女は驚愕する。それもそうだ。
現代における窓において、面倒くさい鍵穴付きの窓を取り付けるマンションは中々お目にかからない。
当然このマンションも普通の上下に上げ下げする鍵。鍵穴なんて無いはずだ。
その前に、さいごのカギとか言ってるこの不審者一体何者だと言うのか。
身には煌めく立派な鎧。頑丈そうにも関わらず、重さを感じさせない。腰には先程突きつけられた立派な剣が納められ、右手には又豪華そうな盾を持っている。部屋の照明の下で少しばかり緑色にも見える独特の髪型に、凛々しい顔立からは新緑の瞳がこちらを見据えている。どう見ても日本人に見えなければ、その身なりから一般人とも思えない。
「俺は勇者だ」
不審者だ。
「俺は魔王と戦っていた筈なんだが。ここは民家か? いや、幻術か? 見たことも無い物ばかりだ。 仕方ない、もう一度魔王の所に向かうとしよう」
彼女は相手の素性を決定付けるも、その相手、不審者もとい勇者は自己完結して彼女の横を通り過ぎキッチンへと向かう。
「あの、出口あっち」
「そうか、あっちか」
言いながら勇者は作りおきしていたカレーの入った鍋蓋を持ち上げ中身を確認している。
次に戸棚を開け、引出しを開け。
警察呼んだ方がいいかもしれない。
「出てけ」
彼女は勇者の首根っこを掴みずるずると玄関扉から放り出す。
扉の向こうで「随分と心の狭い民間人だな」と彼女の耳に聞こえたが、家探しをしだす人間を快く迎え入れる人間は現代にはいない。
一体何が起こったのか定かでは無いが不審者を家に上げておく事は女の一人暮らし危険極まりない。
事無きを得た状況を幸いと、白熱するか分からないがラストバトルの続きの為にリビングに向かおうとした彼女の耳に聞こえたのは隣人の怒鳴り声。もしかするとさいごのカギでよそ様のお宅にも上がり込んだのかもしれないと推測する。お隣さんは彼女にとってはいい隣人さんだが、ガタイは良く、人相もそこまで宜しい人では無い故に勇者と名乗った相手に何をするか、いや、勇者がお隣さんに何をするか想像が付かなくなった。
彼女は無視を決め込もうとも思ったが、近所付き合い、人間関係を悪化させると今後の生活がしにくいのも事実。
玄関のカギを開け扉を開くと案の定お隣さんが勇者の胸倉を掴んで凄んでいる現場に遭遇した。
どうしよう、怖い。
見たことも無いお隣さんの権幕に彼女はたじろぐが、勇者が腰にある柄に手を伸ばすのが見過ごせなかった。
こんな現代でちゃんばらでも行う気ですか。
「ああああの、すみません、ちょっとその人外国から来た人で」
「あ? そうなのか? ピッキングして入ってきたみたいだぞ、まぁ、あんたの知り合いならいいか。しっかり面倒見てやれよ」
やっぱり不法侵入かい。
彼女が「すみません、おやすみなさい」と一言告げればお隣さんは先ほどの権幕など嘘のように白い歯と共に輝く笑顔を見せた。
ばたん、と扉が閉まれば廊下に残るのは彼女と勇者。既に夜半も回っているから廊下の明かりも心なしか暗め設定にされている。幸いこの勇者が不法侵入を犯したのは彼女以外にお隣さんだけであり、もう一人の隣人さんに被害は被っていないようだった。静けさがそれを物語っている。この常識とはかけ離れた状況をどうすれば良いのか彼女には甚だ良い考えが浮かぶ術も無かったが、すっぴんもいい状態で廊下に突っ立っている訳にもいかず厄介な相手、勇者を見る。
彼女は現在ラストバトルを繰り広げ、自分を討伐に来たという勇者を迎えるラスボスの気持ちになった気がした。
迎え入れたくなどない。相対したくも無い。
ゲームの中のNPCのように、勇者から声をかけてもらうのを待ってみようか。
「ここはダンジョンか? それともお前達は魔王に捕らわれている者達なのか? いきなり攻撃されたぞ、洗脳か?」
声をかけてくれたはいいが、何故マンションがダンジョンにならねばならない。
マンションに仕掛けや罠があってたまるものか。
不法侵入した相手をいきなり快く迎え入れる人がどこにいるというのだ。
彼女は頭を抱える。
今日は花金の筈なのに、何故こんな勇者がここに。
どう転んでも彼は勇者なのだろう。
腰にある帯剣。堂々とした様子。勝手に人の家に上がる度胸。家探しする習慣。
後半事項が一般人に在ってたまるものか。犯罪者だらけになる。
当の本人はあまり気にした様子も無いのが些か謎だが、彼女は日本人によくある困っている人を放置できないタイプの人間だった。
彼女は思い悩んだ末に勇者を見る。
NPCからの返答を待っているのだろう。彼の視線はどこまでも真直ぐ、勇者らしく精錬だ。
明日は土曜日の休みだ。今日はもう遅い。とりあえず眠って明日考える事にしよう。
これは夢かもしれないのだから。
彼女は勇者の視線を受け止めて問いかけた。
「とりあえず今日は休みませんか?」
「何だ、ここは宿屋か」
とりあえず殴っておいた。
彼女に30のダメージ。
手首に湿布を貼る羽目になった。
魔王と戦う勇者の防御力は計り知れなかった。
終わっとけ。




