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終わらない・・・冬

その日から始まる、人生を賭けての壮絶な闘い。だけと、一人の女性弁護士との出会いが、私の心を和ませてくれた。やっばり「人は、人でしか救われない。」

悲しんでばかりはいられなかった。


コンビニを始めたことを悔やんで文句を言っても、いくらでも貸してくれる銀行に牙を向けても、私は一人・・・・・。

全く勝ち目などないことは、始めから分かっていた。「やっぱり弁護士にお願いするしかない」と思った。

日にちをずらして三人の弁護士に会ってみた。そして、同じ話を聞いてもらった。

その中で一人の弁護士に決めた。決めた理由は、四つある。まず、事務所が家から近いこと。次に、コンビニの経営について関心も疑問も持ってくれたこと。それから、同じ女性として、これからの私の生き方について助言してくれたこと。最後に、歯切れの良い話し方と目を見てしっかり話を聞いてくれたことに多大な好感を抱いたからだ。

人との付き合いが苦手な私が、初めて会った人に安心感を持ち、温かい気持ちになれたことがとても嬉しかった。 契約の話をしてその日は、事務所を後にした。

契約が成立したのは、二度目の面談だった。

不思議な気持ちがした。まさか、弁護士と関わることが、私の人生にあるなんて信じられなかった。しかも弁護士を雇う側に立つなんて、そんな大それたことが、私の人生に起こるなんて・・・人生、全く何があるかわからない。と、しみじみ感じた。

弁護士と話したことで久しぶりに心地よい穏やかな気持ちになっていた。絶望の淵に立たされながらも人間は、やっぱり「人」により助けられるということを痛感した。そして、たった一度の 人生ならば人が味わうことのない経験をしてみるのもいいのではないかなどとも思ってしまった。

「弁護士が就いた」と、言う事実に少しだけ気持ちが高ぶり、本当にいい気持ちだった。

絶望的な闘いがこの時から始まっていたのは分かっていたが、とにかく嬉しかった。

「今日だけは、ゆっくり眠りたい。」そう思ってベットに入った。


それから4日後、弁護士との二回目の話し合いがあった。

私の事例は、「相続放棄事件」と名付けられた。

簡単に言えばこうだ。

「借金が払えない。」

「ならば、払わなくてもよい。」

但し、

「主人名義の財産は没収される。」 と、いうことだ。

主人名義の財産は、 13年式のオンボロ車。そして家。それから預金。

車と預金は、悔しいけれど、なんとか我慢できる。

だけど・・・・だけど・・・、

二人で建てた家が・・・・無くなることには、心が痛んだ。直ぐに納得できなかった。


娘が5歳の時だったから、 今から21年前夢一杯の生活がこの家で始まった。その日からあっちゃんと過ごした日々の事が走馬灯のように私の頭の中を駆け巡った。

三人でスタートした・・・新生活だった。

娘が成長し大学進学とともに、夫婦二人の生活になった。自然な流れだ。二人の生活が9年続いた。

まだまだ二人で・・・この家で、時を重ねるつもりだった。やがて孫ができ、そしてひ孫が・・・徐々にだんだん賑やかになるだろうとも思っていた。


一緒に歳を重ねて・・・・と。しかし、現実は違った。

流れが、どこで乱れてしまったのだろうか。

こんなにも早く・・・・この家に「独り」・・。まさか、こんなことになるなんて。


百歩ゆずって「ひとり」でも良しとしよう。だけど・・・だけど、この家から出て行かなければならないという現実が胸を刺した。 家族の思い出がいっぱい詰まったこの家には、もう居られない現実を「絶望」と呼ばずして、何と呼ぼう。

何かが・・・・確かに、

終わった気がした。

終わった・・。

何かが・・・・

ひとつ・・。



歌を忘れたカナリアの童謡がある。歌を忘れたカナリアは、何処かに捨てられてしまうのではなかっただろうか。

何処に捨てられたのだろう。

あっちゃんは、笑顔と笑い声を忘れていった。

ユーモアたっぷりで、人を笑わせたり楽しませたりすることが大好きなあっちゃんだった。おどけて見せては、自分からニヤッと笑い顔・・

オヤジギャグ・・・全く面白くない。だけど、いつも彼は笑ってた。

それなのに・・ 笑顔がだんだん消えていった。

・・・それも気づかなかった。

笑い声がだんだん少なくなった。

・・・それも気にしていなかった。

肝臓は、10年の時をゆっくりかけて悪くなると言う。 肝臓が悪くなると筋肉が衰えるらしい。笑顔を作りたくても、口角が上がりにくくなるらしい。

素敵な笑顔が・・・・笑い声が、奪われていってたのだ。


肝硬変という病気は、

人間が一番味わいたいであろう「快楽」の感情を・・・・

「微笑む」という人と人との繋がりを深める表情を

・・・無残にも奪い取ってしまう病気だった。


ごめんね。

全く理解していなかった。


あっちゃんは、きっと私が「絶望」を感じる前に、

妻である私に対して、自分の病気に対して・・・「絶望」を感じていたに違いない。

妻としては、もう既に終わっていたのかもしれない。



父の死・・・娘にとっては、

息子の死・・・義父母にとっては、

兄の死・・・・義弟にとっては、


そして、私にとっては、夫の死。


同じ一人の人間の「死」だけれど、それぞれの立場で、感じ方や受け止め方にはかなりの温度差があるようだ。

悲しみや心の痛みを量る物差しがあるならば、夫を亡くした妻(私)が最もその量が多いだろうと感じる。

いつからだろう・・・

人混みの中に紛れていると、自然とあっちゃんの姿を探すようになった。

いるはずがないのに・・・・・


誰も居ない家で、

「ただいま。」と・・・言ってみる。声が返ってきそうで・・・耳をすます。

聞こえてくるはずないのに・・・


私はきっと、ずっと・・・・ずっと あっちゃんの存在を、探し求めていくような気がする。

彼に繋がる何かを・・ずっと探し求めて・・・・。

後二日で、4月。

春が来た。


彼と娘と過ごしたこの家で、 笑ったり、泣いたり・・・・

少しずつ築き上げてきた物も、たくさんの思い出が詰まった物も全てが無くなる日も近い。

この家との生活が・・・終わろうとしている。


私に暖かい春が来るのは、もっと先のようだ。















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