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人生の目処の誤算

人は海を眺める時、何を思うのだろうか。

近頃私は、娘が小学生だった時に、三人でよく行った海に向かって車を走らせる。自然と足が向かうと言っても過言ではない。

海を何時間でも一人で眺めているのだ。


そんな行動をとるようになったのは、あっちゃんが死んでからだ。

昔の思い出を探しに行く訳じゃない。あっちゃんの在りし日の面影を求めて行くのでもない。


海を見ていると・・・捨ててしまいたい物がはっきりするから。

海を見ていると・・・今こうして悩んでいることは、ちっぽけなことなんだと感じることができるから。

海を見ていると・・・「私は一人なんだ。」と辛いけれど、そう思わされる。自分の足元は、自分で固めるしかない。と、そんな気持ちになったりもする。すると、自然と涙が出てくる。涙が出ると、私を裏切り、どん底に落としたあっちゃんを恨めしく思う。

そして、また悔しくて涙が出る。

その涙は、やがてだんだん温かくなり、不思議とあっちゃんが愛おしくなってくるのだ。そして、あっちゃんの名前を叫びながら泣く。

その繰り返し・・


海は、私の浮き沈みの激しい心をありのままに受け止めてくれた。



しかし、あの日は本当に驚いた。

我が家に来たのは、いつもの銀行の担当者だけではなかった。

「お電話いただいた時に、奥様はご存知ないのかもしれないと思いまして、今日は、二人でお伺い致しました。」


「は・・ぃ?」


「実は、ご融資していたお金がありまして。」


「ご融資?」

「はい。」

上司と思われる方が、名刺を出し数字を書き始めた。


「一、十、百、千・万、十万、百万、千万・・・

?? 」


「何この金額!」

家を買ったわけじゃない。車だって、13年式のオンボロ車。一体何に・・・・・?

全く分からなかった。

何度も聞いた。

「これを本当に主人が借りたのですか?」

「はい。」


彼が、お金を借りていた。

本当に知らなかった。我が家には、そんな大金必要ない。何のために・・・・!


そう言えば、よく銀行から電話があったことを思い出す。

「銀行から電話があったよ。かけ直してほしいって。」

「おぅ。」


「銀行から電話があったよ。まさか、お金借りてないよね?」


「おぅ。借りる訳がないやろ。」


信じてた。ずっとその言葉を。


何に使ったのだろうか。あんな大金!思い当たるとすれば、コンビニだった。コンビニに必要なお金があったのだろうか。考えても、考えても・・・・本当のところはあっちゃんしか分からない。


保証人の欄には誰の名前もなかった。

「御主人様は、ご家族の方に迷惑がかからないようにと、思われたのでしょう。」と、言った。

心の中で、

「いや。十分迷惑がかかっているから。」と、吐き捨てた。


しばらく私は、あっちゃんが死んでしまったことを慈しむ事が出来ないでいた。


絶望・・夫の死

絶望・・夫の借金


あっちゃんに聞きたい!

「これは、裏切りでないとしたら何なの?」

黙ってお金借りて・・・・黙って逝ってしまった・・・腹が立って腹が立って。

訳が分からなくって・・・悔しくて仕方なかった。 しばらくすると、 知らずにいた自分自身に腹が立って泣いていた。

でも許せない!

あっちゃんが、自分が・・。


それから幾日も、深い深い底から、望みの光を探しながら過ごした。あっちゃんの死も、借金のことも全部夢ならいいと、何度思って目覚めたことか。一向に光は見えてこない。ならば、私が消えてなくなればいい・・・・私は、心底疲れていた。


あの言葉の意味は何だったのだろう。

「コンビニどうする?体のこともあるし。心配事はない?」と、聞いたことがあった。 多分、昏迷状態から抜け出して、はっきり応答出来る状態にあったから1月18日だったと思う。

その時彼は、こう言った。

「おぅ。心配ない。目処はついとる。」


何の目処がついていたのだろう。でも、力強くはっきりそう言った。

コンビニを続けていけるという目処?

それとも、コンビニを辞めるための目処?

もしかして、お金を返せるという目処?

まさか、自分の命の・・・め・・・・ど?


今となっては、全くわからない。


いつしか私の涙は、あっちゃんの死を慈しむことより、黙ってつくった借金のことを死んでも話さなかったあっちゃんに対する不信感と、最後まで気づかずにいた自分の愚かさに腹が立ち苦しくて泣くようになっていた。


悶々とした毎日が続く。

苦しくて仕方がない。


人間「分からないことがある」時が、一番苦しいらしい。私も、最近知ったことだ。

そこで、分からないことは教えてもらおうと、その銀行へ出向くことにした。

ソファーのある部屋に通された。腰を下ろし、大きく深呼吸して落ち着こうとした頃、部屋に二人男性が入って来た。一人は、これまでに会ったことがあった。丁寧にお辞儀をして、一言一言慎重に言葉を選びながら説明してくれた。

銀行と交わした借用書の中に、「商品設営のため」と書いた項目を見つけた。確かに彼の字に間違いなかった。


やっぱり・・・

やっぱり・・・


やっぱりそうだった。コンビニの運転資金のために借りたお金だった。全部が全部そうだとは思わないが、売り上げが上がらない時の・・・商品購入費だとか、人件費などの経費だったのだろう。

彼は、そんな厳しい状況にあることを全く家族に感じさせずに毎日を過ごしていた。

コンビニを始めて、10年以上、全く変わることのない生活を送って来られた。何一つ困ることなどなかった。むしろ幸せだった。

私たち家族の幸せの後ろに、あっちゃんの苦労があったのだろう。

あっちゃんは、苦しんでいたのだろう。


悩んでいたのだろう。


誰かを恨んだり、投げやりな気持ちにならなかったのだろうか。


点と点とが結ばれていく。


忘れようとして飲んだお酒だったに違いない。

陽気に振る舞うために飲んだお酒だったに違いない。

私達に心配かけまいと、一人で解決しようとして、飲んだお酒だったんだ。

そうだったんだね。あっちゃん。

「ごめんね。気づいてあげられなくって・・・私は本当にできの悪い妻だよね。全く!」


「裏切り?違うかもしれない!」


私の怒りの方向先が、一瞬にして変わった。


それは、「的外れ」と言われるかもしれないが、そうとでも思わなければ、自分がどうにかなってしまいそうだから。責任逃れと言われようが・・・・、私は、強い強い怒りを覚えた。

そんな大金を貸す前に、家族には話すべきだろうと、銀行に・・・腹が立った。


そして、そこまで、個人経営者に責任を持たせていいのか!と、コンビ二に・・・腹が立った。


「目処がついている。」とは、


コンビニとの契約が切れる最後の年に、借金を0にする計画だったに違いない。そう思った。


黙って一人で考えて・・ 計画していたんだ。

苦しかったよねー!

辛かったよね。

私は、弁護士に相談する決意をした。


その夜、「目処がついている」と、あっちゃんが言った言葉が繰り返し、繰り返し私の頭をよぎり眠りにつくことができなかった。


「目処がついてる。」言い返せば、「分かってやっている。」と、いうことにならないだろうか。

あっちゃんは無計画のようで、几帳面な性格だったから計画的にやっていたことも多かったのだろう。


その一つに・・・・・



あっちゃんのお葬式の

たった!

たった!二カ月前が、

娘の挙式だった。


あっちゃんが突然入院して、しかも、突然死の宣告を受けて、突然死んでしまったものだから・・・・。

忘れてしまいそうになっていたけれど・・・・・


たった!たった!二カ月前、

我が家は最高に、ハッピーだった。

11月22日が、娘の結婚式だった。


初めで最後のたった一つの我が家の結婚式


本当に綺麗な花嫁だった。その横で、幸せそうにあっちゃんは、微笑んでいた。この日を・・・・この日を、どんな日よりも大切にしていた。

この日が・・・この日が、迎えられるように、確実に、迎えられるように計画していた。

あっちゃんは、この日に、自分の全てを賭けていた。

この日のために、検査入院をし、禁酒(約5カ月)して、肝臓の数値をほぼ正常近くまでもどしていた。

しかも、彼は披露宴で、挨拶を長々とした。最後の最後のクライマックスのところで・・・・。

普通、新婦の父の挨拶なんて聞いたことがない。あっちゃんは、自分の計画を娘に話し、新郎のご家族に許しをもらって実行したのだ。感謝の思いを込めて、新郎のご家族に、娘の友達に、職場の方々に・・・心を込めて挨拶をしていた。

今、思えばみんなに、お礼を言いたかったから・・

挨拶をしたのかもしれない。

あっちゃんは、感じていたのだろう。


自分の命の長さを。そうとしか考えられない。



スポットライトに照らされたあっちゃんは、しみじみと・・・語りかけるように、一点を見据えて話していた。


長い長い挨拶の後、全ての事をやり終えたように感じた。終わった後、私をちらっと見た。

「素晴らしかったよ。」と、目で言った。


最高にカッコいい新婦の父だった。

本当に自慢のパパだった。

誰よりも、娘に見せたかったのだろう。自分の父としての大きな姿を・・・・。


世界で一番愛している娘に・・・。


あっちゃんは、自分の人生の一番の山場を娘の結婚式と決めていた。



自分の人生の目処・・・・。

自分自身も分からないうちに、あまりにも速いスピードで進んでいった。それが大きな誤算だった。まさか、こんなにも早く目処がつくとは、あっちゃんだって思ってもみなかったことだろう。

娘の結婚式の二カ月後に・・・・


孫の顔も見ずに・・・

私にも、何も言わないで、いつもと変わりなく・・過ごしていたのに。


「悲しすぎる裏切り行為よ。あっちゃん。」


あっちゃんは、娘の結婚式以来、コンビニから帰ると、2、3時間は、テレビの前に座るようになっていた。娘の結婚式のビデオをずっと、夜中の3時ぐらいまで見ているのだ。毎日、毎日・・・・・時には涙を流しながら。まるで、目に、心に焼き付けるかのように。見られなくなるのが分かっているかのように。

毎日、毎日・・・・・・緊急入院するその日までずっと、ビデオを見続けていた。


もちろん、棺の中に、結婚式のビデオを入れたのは言うまでもない。


あっちゃんが死んで、娘が見つけたものがある。

携帯のメモのページにそれはあった。

長々と書かれた、新婦の父の挨拶文だ。



何度も何度も練習したのだろう。あの時と全く同じ文面だった。


一人で、私にもわからないように繰り返し繰り返し・・・・・・・真夜中に練習したのだろう。


あっちゃん!


あなたの裏切りは、許さなければならないものなのよね。


その裏切りを、受け止めるべきなのよね。


私の心があっちゃんの裏切りを受け止めようとしているように感じる。優しいあっちゃんに包まれているような・・・・そんな気さえしてくる。





















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