死の宣告
いつか誰しもが経験するだろう。
最愛の夫の死を。
でも悲しむだけでは終わらない。
相手を愛おしむだけでは終わらなかった。
それは死んでも口にしなかったことがあったから。
「24時間の命」
2014年12月31日、医師から そう告げられた。
「えっ⁉︎今日死ぬってことですか?」
しっかり私の目を見てうなづく医師。
分かっていたような気がする。なんとなく予感してたような・・・。
「明日も、体すっちゃるからね。」
そう、約束したのに・・・・・。
二度と一緒にお風呂に入ることも、体をすってあげることもできなくなってしまった。
彼は、死んでしまった。
ごめんね。私のせいかもしれないね。
あっちゃんは、コンビニの店長です。
あっちゃんは夕方、仕事に行く前に必ずお風呂に入っていくのです。この頃は、少々加齢臭を気にしてか、たっぷり香水もつけて。いつもならその様子を遠目で見ているだけなのに・・・
この頃・・・・
彼にまた、
恋をしてしまったようなんです。
よく考えてみると・・・・・
彼への何度目かの恋の始まりは、この日よりわずか一週間前から始まったような気がする。
それも、突然に・・・。
愛おしくて・・・・・!
何故だろう。
だから、その日、12月27日
いつものように、お風呂に入ろうとしているあっちゃんの 背中を流してあげようと一緒にお風呂場へ行った。
裸になった彼の、身体、髪、顔・・・しっかり丁寧に洗ってあげた。
「気持ちいいやろぅ。」
「おぅ」
「明日も洗ってあげるね。」
「おぅ」
次の日12月28日も
「今日も洗ってあげるから、2時頃お風呂
に入ろうね。」
「おぅ」
一緒に湯舟に浸かった。何年振りだろう。新婚時代を思い出していた。話はしなかったと思う。ただ、同じ方向を見つめて、私は、来年と言う年を心待ちにしていた。大掃除も済んだし、後は、のんびり過ごそうと。あっちゃんは、どうだったんだろう?
「明日も、体洗ってあげるね。」
「おぅ」
そして、思い出したくもない12月29日。
2時が過ぎても3時になっても、部屋から出て来ない。6時を過ぎた頃、
「仕事に行く。」と、あっちゃん。
何かを感じた。
それは、大切な人としか通じていないテレパシー。
そんなことってありませんか。この日に限って心が騒ぐんです。ドキドキするって言うか、恐怖心にも似ています。
「そのまま行ったら事故に遭うよ。」
「私が運転して連れて行ってあげる。」
「自分で行く。」
そうはさせられないなと、一瞬で感じとり私の運転する車に乗せた。
あっちゃんの指定席は、後ろの座席の助手席側。ドスンと座って、静かに目を閉じた。
その時は、まさか、今日、彼から一つ目の裏切りを受けるとは・・・・夢にも思っていなかった。
店に着いた。静かに降りようとする彼の背中に向かって、
「頑張ってね。」と、一言。
あっちゃんは、
知っていたのかもしれないこの時、既に。
私は、気になりながらも、家に向かって車を走らせた。
それから、一時間半後、携帯が鳴った。エグザイルの道・・・聞き慣れた着信音。
あっちゃんだ‼️
「腹が痛い。迎えに来てほしい。」
腹を抱え、下を向いて歩きづらそうに近づいて来て、いつもの指定席にゆっくり腰を下ろした。
何かが違う。
そして、突然!
「うっ」
車の窓を開け、唾を吐き出す音。
「うっ」
うす暗い車の中。
震えているように感じる彼の体。
うす暗い車の中
真っ白いマスクに滲む濃い液体の跡。
彼の口から、まるで噴水のように出てきたものは、血だと直ぐに確信した。
私は、たった今・・・・
信じられない光景を、見た。
私には、今・・・・
大変な事が、起きている。
と、いう事実を理解できないまま、ただただ病院へ向かった。
うす暗い車の中
寒かった。
怖かった。
悲しかった。
でも、何故か、悔しかった。
バックミラーに映るあっちゃんが、とてもとても、遠くに感じた。
手を差し伸べれは、そこにいるのに・・
もう、私が心から愛したあっちゃんではないかのように・・・・感じた。
冷たい空気が、流れていた。
あっちゃんは、知っていたのだろう。こういう状態にありながらも、
「家に帰って寝とけば治る。」
病院へ向かう車から、降りようとさえする。
「家に帰りたい。」
ごめんね。あっちゃん。
救急病院へ着いた。
処置ができない。
何故!こんなに医学は進歩しているのに・・・。
非情❗️
受入拒否❗️
たらい回し❗️
結局、受け入れてくれたのは、いつもの病院だった。
その日の内に、緊急入院することになった。
あのうす暗い車の中で感じたものはなんだったのだろう。
私が一番の理解者だと思っていた。
私には、何でも話してくれるだろうと、いやいや、「話してくれているだろう」と、思っていた。仕事の事も、体の事も。嬉しい事も悲しい事も。
でも、間違っていた。
私には、全く・・・・・何一つ話してくれていなかった。
いつもいつも、
「大丈夫。心配すんな。」
嘘嘘・・・嘘❗️ 大嘘やーん❗️❗️
あのうす暗い車の中で感じたものは、諦めにも似た・・・・彼からの冷たい愛だったのかもしれない。
覚悟した 裏切り行為‼️
12月 30日
絶食開始。
血液検査。
今日から、24時間の点滴。
水さえ全く飲めない。
大切なのは、尿の量の管理。
この日は、まさか、死が近づいているなんて思いも寄らなくて、彼を病室に一人残して帰ってしまった。
12月31日
この日も、やっぱり水も飲めない。自分で尿を取るのが面倒くさいらしく、尿管に管を入れ、測量することになった。
この日から、自分のベットに結び付けているこの尿の袋のことを「友達一号」と呼び、ずっと死ぬまで身につけていた。
今考えれば、この袋こそが、あっちゃんの命のバロメーターだったんだね。
そして、午後2時
主治医に呼ばれた。
私だけ・・・・一人で・・・
パソコンに映し出される、何かの折れ線グラフ。そんな物見ても意味が分からない、
ただ、私の心の奥の奥の奥に、届いた言葉・・・・が、
「旦那さんは、24時間の命です。」
いつまでも、忘れられなかった。
「えっ」
「24時間ってことは、今日死ぬっていう
ことですか?」
信じられますか。
こんな事が本当にあるなんて・・・。
この先生、何考えているんだろう。
「今日、死ぬんですか?」
主治医は、私の目をしっかり見てうなづいた。
涙も出ていなかったと思う。多分だけど・・・。
深々とお辞儀して、その場を去った。
あっちゃんに何て言おうなんて、考えなかった。
だって、もう・・既に、私自身が壊れてしまっていたから。
病室を通り過ぎて、私が向かったのは、駐車場に止めてある車の中だった。
泣いた❗️ 泣けてきた❗️
信じられなかった。 信じたくもなかった。
だけど・・・だけど・・・・
納得している私がいたことを、この時はまだ、気づこうとはしなかった。
この時はまだ・・・
彼は、私をまた、裏切った。
私に、こんなにも早く、余命を知らせるなんて・・・・
しかも、24時間よ。24時間。
何にもできないじゃない‼️
そんなこと知らなくていいよ。
だって、貴方は
まだ、54才よ‼︎
今、死の宣告⁇
聞きたくないし、そんなのありえない、❗️
この・・裏切り者‼️
どのくらい時間が経ったのだろう。
まず、家族に知らせなくてはならない。義母に電話した。娘に電話した。それから、私の姉と妹に・・・電話した。
そして、また、声をあげて・・・・泣いた。
「あっちゃんが、死んでしまうよー‼️」
早く・・・早く・・・
あっちゃんの待つ病室に帰った。
白くて重い扉を開ける時、少しためらった。
もしかして、
あっちゃん・・・・・
もう・・・・・
少しずつ、少しずつ開けた。
ベットに座っているあっちゃんが見えた。
あっ!!
生きてる!!
「また、入院みたいよ。」
「肝臓の数値が悪くなっているみたい。
一カ月ぐらいかな。」
「おぅ」
やっぱり、知っていたんだね。全く驚かない。覚悟していたみたいに感じた。
義父母が、来た。
娘も帰って来た。
義父母と娘がそろったところで、また、主治医から話しがあると言われた。
さっき聞いた話と同じなんでしょ。
あれは間違いだったって、謝ってくれるんじゃなきゃー聞きたくない‼️
でも、やっぱり、
同じだった・・・
少し違うのは、「延命処置をするかしないか」という確認を取ることが付け加えられていた。
延命処置をしても、数日しか生きられないと言った。
延命処置は、患者自身もしんどいだろうとも言った。
「自然なかたちで、彼を送ります。」
決まった?!!
確実に彼は死ぬ・・・・。
彼は・・・死んでしまうんだ・・・
本当に・・・・
夜、姉と妹も新幹線で九州から来てくれた。
少し、 心が・・・和らいだ。
死を確信しながらも、
少し、嬉しい裏切りが・・・起こり始めようとしていた・・・・。




