第92話 繋がる心
グレイゼフ、リーナ、カイト、三人の力によって転移魔法は成功した。
カイトはユイを離すまいと抱きしめ、ユイもまた猫を抱きしめたまま、二人と一匹は他世界へと飛ぶ。
そして二人が降り立った世界でそこから先、カイト達に何があったのか、それは───。
『……チょッと待テ、そンな事ハ重要じャアねエンだよ』
一寸の光が差し込んだ瞬間、まるでテレビの電源を落としたかのように目の前が暗闇に包まれると、その暗闇の中から無数の眼球が剥き出しで表れ始めた。
『俺がアルトニアエデンで何ヲしてキたか、分かっダロ? 今こソ全てヲ思イ出セ───』
全ての出来事を、思い出す───その光景は血と肉で汚れた惨劇の数々が広がっており、救いようの無い世界が存在していた。
「でも、それだけじゃなかったよね」
一人の少女がそう呟くと、暗闇の広がる世界に亀裂が走り光が零れ始める。
『イイヤ違ウ、ソレだけだ。憎ミ、恨ミ、妬ミ、犯シ、殺シ、醜ク、邪悪ナ存在、それが───』
「貴方であって、甲斐斗じゃない」
『ギャヒャアヒャヒァヒャヒャヒャ!! イイや甲斐斗ダ!! 俺こソが甲斐斗!! 何故ナら俺は甲斐斗の邪心によって生ミ出さレた存在デもアるンだカラなァ!! 否定シタイよナァ? 信じタくナイよナぁ!? こんな存在ノ子供ガ、自分だって事にいィッ!!』
一人の少女が喋る毎に亀裂は広がり、漏れる光が強さを増していくが、それでも尚濁った笑い声が聞こえてきた。
そして、その声に答えるの一人の少年。
「『生み出された存在』。つまり、貴方は甲斐斗さんの意思で生み出した存在ではないという事。人の『邪心』を利用し、糧にして『邪悪』の限りを尽くす存在。それは貴方であって甲斐斗さんではありません」
一人の少年の言葉により一層闇に亀裂が走り崩壊していくと、濁った声は呆れたように笑っていた。
『ククク……困ルよナァ……』
少女と少年の言いたい事は分かる、必死に否定し肯定したいのだろう。
カイトとは何か、甲斐斗とは何か、その答えを今まさに自分達の目で見てきたというのに、まるで話しにならない。
見てみぬ振りをするつもりか? 現実だと言うのに。
だとすればこの少女と少年の方がよっぽど異常だろう。
……いや、しかし。
それを承知で、二人はそう言っているのだとすれば───。
分かっている、十分に理解している、それでも尚、そう言えるのならば、或いは───。
闇が剥がれ落ちる事で光溢れる世界が広がりはじめる中、濁った声の主はその光を見つめながら呟いた。
『イつモソウ、ドノ世界でモ、人ハ常に『最強』ヲ『美化』しタがル───』
その寂しそうに呟かれた言葉の直後、闇は完全に崩壊し目の前に広がる全てが光に満たされた。
美癒、空、二人は長い夢から目を覚ました。
二人は手を繋いだままゆっくりと閉じていた目蓋を開けていく。
目の前に広がる光景。大地は抉れ、亀裂が走り、荒れ果てた荒野が地平線まで続いており、そこに奴はいた。
殆どの鎧が剥げた血塗れのジャスティアの顔面を鷲掴み、黒い人型をした『邪神』は二人の方に顔を向け不敵な笑みを浮かべた。
「ヨォ美癒。コレが俺ノ『魔法』ダ」
そう言ってゴミのようにジャスティアを放り捨てると、邪神は二人の方に体を向けゆっくりと近づき始める。
「オ前等が俺ヲ否定シたイ気持チは良ク分かル。ダが……全テ、はッ、現実デあリ゛……事実ダッ゛……」
歩いてくる邪神の肉体が音を立てて変わり果てていく、黒い血肉で出来た筋肉の膨大化、無数の手足や触手が肉体を突き破り、美癒の目の前には嘗てアルトニアエデンの王宮前で猛威を揮った醜い姿をした邪神が表れていた。
顔面に付いてある無数の眼球は眼前の美癒を見つめ、額の黒い眼球もまた目の前の美癒と空を見下ろしている。
「疑ギギ、ジギ邪愚ギ……邪疑疑疑邪愚疑゛」
まるで呪いの言葉を囁くような邪神の掠れた声が聞こえてくる、それでも美癒は嫌悪感等を見せることもなく、目の前に君臨している邪神をじっと見つめた後、ふと目蓋を閉じてしまう。
甲斐斗の過去、アルトニアエデンの出来事を鮮明に見てきた美癒だったが、邪神の妨害によりアルトニアエデンから自分達の住む世界に来た後の過去を見る事は出来なかった。
しかし、過去から今の時間へと甲斐斗の記憶を辿る時、ほんの一寸の光が美癒を照らしており、その光の中で確かに美癒は見た───。
幼い頃、自宅のリビングにあるソファで一緒にテレビアニメを見ていた男、『甲斐斗』がいた。
美癒は可愛らしいピンク色のステッキを両手に握り締め、そのアニメを熱心に見つめており、甲斐斗はそんな美癒を見つめながら問いかけてみた。
『美癒、大人になったらなりたいものはあるのか?』
そんな甲斐斗の問いに美癒は満面の笑みを浮かべながらこう答えてみせた。
『まほうつかい!』
両手で握っていたステッキをテレビに向けると、美癒は嬉しそうにステッキを振り回し気分は魔法少女そのものだった。
美癒の言葉を聞いた甲斐斗は最初は笑みを浮かべたが、少し思い詰めたような表情になると、テレビを指差し更に美癒に問いかけてみる。
『そうか、魔法使いか! ……でもな、美癒。魔法は人を幸せにするだけじゃない、人を不幸にする事だってある。誰かを助ける事も出来れば、誰かを傷つけてしまう事もあるんだ。美癒の好きな世界は皆と楽しく、仲良く過ごせる世界だろう? でも、魔法使いになったらああいう悪い奴等と戦わなければならない時もあるかもしれない、それでもいいのか?』
甲斐斗がテレビに指差すと、映っていたのは幸せな世界を脅かす存在が街で暴れていたのだが、美癒はその光景を見ていても尚、一切迷うことなく即答してみせる。
『それでもいい! わたしのまほうでみんなをたすけるもん! いっぱいまほうをおぼえて、いっぱいつよくなって、いーっぱいみんなをしあわせにする! だから──』
幼い頃、確かに言った記憶がある。
その人の目の前で、その人の目を見つめながら。
そう、丁度の今この時のように───。
「私は魔法が大好きだよ」
美癒は閉じていた目蓋を徐に開け、ハッキリと言ってみせた。
憶えている。あの日あの時、幼い頃の自分もそう言っていたことを。
『わたしはまほうがだーいすき! パパも、ママも、だーいすきだよっ!』
憶えている。そう言って抱きついていると、母であるユイがリビングに来て三人で喋っている光景を。
美癒の気持ちは変わらない。
だからこそ今、美癒の目の前に立っている存在は邪神でもなければ魔神でもない。
美癒にとって掛け替えのない大切な存在、『甲斐斗』に違いなかった。
「っ……」
そこにはもう醜いの化身の姿など存在しておらず、魔装着を着た甲斐斗が放心状態で立っており、真っ直ぐ見つめてくる美癒の目を甲斐斗もまた同じように見つめ続けていた。
「み、ゆっ……」
甲斐斗と美癒、互いに変わらない存在を前に、甲斐斗は全身の力が抜けその場に倒れてしまう。
仰向けのまま甲斐斗は青空を見つめていたが、そこに美癒が覗き込んでくるのが見える。
美癒は甲斐斗に近づくと、直ぐ側で地べたに座ると膝枕を作り甲斐斗の頭を乗せた。
甲斐斗は美癒の名前を呼んだ後、目を見つめたまま何も喋る事が出来なかったが、美癒は目に涙を浮かべながら笑ってみせた。
「もちろん、お父さんも……お母さんもっ……大好きだよっ」
全てを理解しても尚、美癒の口からは暖かく、優しい言葉が出てきた。
その言葉だけでも今の甲斐斗には救いであり、本心を聞けた甲斐斗は安心して眠るようにゆっくりと目蓋を閉じてしまう。
そんな甲斐斗を美癒は優しく抱きしめる───刹那、剣と剣がぶつかる激しい金属音が聞こえてきた。
甲斐斗を抱きしめる美癒の目の前には剣を振り下ろすジャスティアと、その剣を双剣で受け止める空が立っていた。
(やはり邪神はジャスティアさんを殺していなかった! それはこの人が邪神にとって、邪魔な存在である美癒さんを穢す為の存在だからだッ!)
既に空は邪神の言葉の意味を理解していた、それは邪神の言動を見れば明らかだが、一つ分からない事があった。
「ジャスティアさん! 貴方は自分が邪神に利用されている事にまだ気付かないのですかッ!?」
全ては邪神の掌の上で踊らされているに過ぎない。それに気付いているはずのジャスティアだが、それでも尚戦おうとしているのだ。
「それがどうした? 利用されていようがいまいが関係無い。 私はあの日、あの時に受けた傷、屈辱をそのまま返す。ただそれだけだ」
それは邪神の理想とする展開。
ジャスティアの中で燃える憎しみの炎は未だに衰えず、燃え盛り続けている。
復讐を果たす為に今まで生きてきた。ジャスティアを止められる者などおらず、負傷しているにも関わらず双剣で抗っていた空を軽々と吹き飛ばしてしまう。
(あれ程の傷を受けているというのにまだこれ程の力がっ……!?)
直ぐに体勢を立て直し美癒の元へと向かおうとした空だったが、既にジャスティアは剣を振り上げた状態で構えており、動き出そうとする空を睨みつけた。
「動くな。近づけば即座に剣を振り下ろす」
「ぐっ……!」
既にジャスティアの剣の間合いに入っていた美癒、速さに自信がある空でさへ迂闊には近づけない。
空は双剣を構え僅かな隙を探そうとしている中、ジャスティアは甲斐斗を抱きしめたまま俯いている美癒を見下ろしながら喋りかけ始める。
「天百合美癒。過去を見てきたお前になら分かるだろう? 何故私がお前達を穢したいかが……お前は己や肉親を穢され、殺されてもなお、平気でいられるのか? 平気な訳がないだろう? お前も大切な存在を穢され、奪われた時。怒り、その奪った者を心の底から憎んだはずだ」
ジャスティアは知っている、以前美癒が『ノート』という少女を殺された瞬間、己の感情に身を任せ『暴走』した時の事を。
「私はこの男を憎んでいる。この憎しみの感情が消える事はこの男が死なない限り決してない。さて、お前はどうする? 大切な者を守りたいのなら、『魔法』を使い私の息の根を止めるしか方法はないぞ」
これは幼き頃のあの日あの時に決まっていた事。
全てを捧げ、全てを犠牲にし、全てを『力』に変え、ジャスティアは『最強』に上り詰めた。
全ては、『復讐』の為に───。
「抗ってみせろ。……だがもし、その男の罪を認めるのであれば抵抗などせず───清く散れ」
十分に穢した。
終わりにしよう。
ジャスティアに迷いは無い、目蓋を閉じて振り上げられていた剣の柄を力強く握り締めると、過去の記憶を思い出すと同時に開眼させ剣を振り下ろした。
それを見て空もまた美癒を守る為高速で移動するが、誰が見ても間に合う距離ではなかった。
「……ほうっ」
剣を振り下ろしたジャスティア。
だが、その剣が甲斐斗に届く事はない。
何故なら魔装着を着た美癒が立ち上がり、右手で握る剣でジャスティアの攻撃を防いだからだった。
「剣を手に取り、私と戦うか」
美癒の右手には剣、左手には盾が握りられており、その姿を見たジャスティアは笑みを浮かべた。
「ふふふっ、それで良い。所詮お前も人の子、大切な者を守る為なら戦いも厭わぬ───っ」
その時、ジャスティアの言葉が不意に止まった。
見たのだ、俯く美癒の足元に零れ落ちる数滴の『涙』を。
その涙は『怒り』か、『悔しさ』か、どちらにしろジャスティアは感情を露にする美癒を見て満足していた。
心優しい少女、天百合美癒を『戦い』の場へと引き込むのもまた『穢す』のと同等の事なのだから。
「私の剣がお前の首を撥ねるまでの間、必死に泣き喚くがいい。そして死から逃れられぬ恐怖と絶望を抱きながら……死ね」
ジャスティアは受け止められた剣を構え直すと、美癒の持つ剣を両断する勢いで再び剣を振り上げる。
その剣は今までの過去の因縁を全て断ち切る断罪の刃、ジャスティアの脳裏にはあの日の頃から今までの記憶や感情が走馬灯のように蘇った。
この復讐の機会が来るまでの間、自分の思いを実行できる程の『力』を身につける必要があった。
女を捨て、地位を捨て、夢を捨て、欲を捨て───強くなる為に不必要なあらゆるモノを捨て、血が滲む程度のような半端な日々など送らず、血を吐き捨てながら血を浴びる、何もかも血に染まる日々の中で成長してきた。
だからこそ、剣は振り下ろされ───触れる寸前、動きを止めた。
その光景を空は目を見開き動揺しながら見つめていたが、それはジャスティアもまた同じだった。
剣と盾を握っていたはずの美癒の両手には何も握られておらず、ただ大きく両手を横に伸ばし甲斐斗を庇うように立ったままなのだから。
『力による抵抗』は一切無い。そこに有るのは美癒の甲斐斗を守りたいと思う意思、そして───ジャスティアを想う意思、『心による抵抗』だけだ。
美癒は泣いている。
両手を広げ大きく立ち塞がる今でも涙は零れ落ち続けるが、それでも視線はジャスティアを見つめたまま決して逸れはしはない。
(お前は───なぜ泣いている───?)
怒りでもない。
悔しさでもない。
恐怖でもなく、恨みでもなければ、憎しみでもない。
その涙の正体が分からない。
ジャスティアは天百合美癒の力を知っている。
レジスタルを無数の武器へと変え、計り知れぬ魔力を持つ存在。
その力は感情が激化した時に発揮され、今まで数多くの修羅場を乗り越えてきた。
そして今、この場でもまた美癒の力が発揮され戦いの火蓋が切って下ろされる可能性もあると思っていたが───。
「悲しいよね……」
言葉と共に涙が零れ落ち、広げていた美癒の両手が下りた。
「辛い、よね……っ……苦しいよね……ううぅっ……」
美癒の言葉の意味にジャスティアはようやく気付いたが、それを理解するにはまだ時間が必要だった。
「ジャスティアさんの受けた痛みは、私なんかじゃ想像も出来ない程辛かったと思う……。もし、私が同じ立場だったらっ、私もジャスティアさんと同じ事をしていたかもしれない……。だからってっ……甲斐斗を死なせる訳にはいかない……! 甲斐斗は……お父さんはっ、私にとって掛け替えの無い大切な人だから! 甲斐斗を守る為なら、私は全力で戦う!」
戦うという言葉とは裏腹に美癒の手には武器が握られていない。
そんな美癒を見つめたままのジャスティアは剣を握り締めたまま硬直していた。
「……でもね……私は、ジャスティアさんとは戦いたくないよぉ……っ……」
美癒は涙を流し続けている。
その涙、その瞳の奥を見つめるジャスティアは、この状況を冷静に分析していた。
(私に……同情しているだと……?)
それ所か美癒は今、ジャスティアを思い、泣いている。
罵られ、殴られ、傷付けられたというのに、美癒はジャスティアに全く憎悪や嫌悪を抱いていないのだ。
(ありえんッ。私にあれ程嬲られ、今まさに殺されようとしている時に、全く敵意が無いだと? 敵意所か憎しみや怒りすら感じない。まさか、私を『敵』とすら認識していないというのか……?)
「……戯言をほざくな。お前の言葉で私の積年の恨みが揺るぐと思ったか?」
「分からない……だけど今! ジャスティアさんは剣を止めてくれた!」
確かに、美癒の言うとおりジャスティアは剣を止めた。
だが、それは甲斐斗に対しての憎しみが消えたからではない。
美癒の行動が理解出来ず、困惑したからだ。
「ジャスティアさんは悪い人じゃない。話せばきっと分かってくれる人だって、私はそう思ってる!」
その言葉は幾多の戦場を潜り抜けてきたジャスティアにとって余りにも甘い考えに聞こえた。
……だが、ジャスティアは剣を止めた。
自分でも驚いていた、美癒の目を見て、言葉を聞き、意思を知り、剣を握り締める手からは徐々に力が無くなっていくのが自分でも分かる。
思っていた。
美癒を穢したと、ジャスティアは思っていた。
しかし自分を見つめる美癒から、ジャスティアは一切の穢れを感じられない。
美しく、強い、心優しい少女。
それが天百合美癒という存在。
ジャスティアと美癒は互いに見つめ続けていたが、ジャスティアは構えていた剣の刃を美癒から離すと、剣を完全に下ろしてしまう。
その様子を見ていた空は心の中で安堵しながらも素早く美癒の側へと近づくと、二人は剣を下ろした彼女を見つめ続けた。
「私は……剣を止める気など一切無かった」
嘘ではない、本気だった。
一度目がその証拠、その攻撃は美癒に防がれたが、再び剣を振り下ろそうとした二度目にも躊躇いは無かった。
「だが、私の剣は止まった。……いや、止められたというべきか。お前の意思に」
それはジャスティにとって初めての経験であると共に、『敗北』を意味していた。
力と力の勝負ではない。自分が剣を止めた瞬間、美癒の思いが自分の思いを上回った事に対してジャスティアは敗北と感じたのだ。
「一瞬でもいい……あの日から初めて。私は『復讐』を忘れた」
ジャスティアは力無く剣を握り締めながらも視線を大空へと向けると、その遠い青空を見つめながら呟いた。
「誓ったはずだと、いうのにな───ッ」
その動きに迷いは無かった。
ジャスティアは握り締めていた剣の刃を自分の首元に近づけると、躊躇い無く首を切ろうとした。
しかし、その動きに気付いた空は瞬時に双剣でジャスティアの剣を弾き飛ばすと、剣は簡単に宙を舞い地面へと突き刺さる。
その一連の行動に美癒は驚きが隠せずにいたが、空は薄々と勘付いていた。
復讐こそが生きがいというのであれば、その復讐を忘れるというのは生きがいを失うのと同じ。
ジャスティアから感じていた精気や覇気が無い今、既に戦いは終わりを迎えているのだと。
「……何故止めた」
「貴方が命を絶てば多くの人達が悲しむ。当然、僕も美癒さんもだ。そしてなにより……貴方自身が救われない」
「私は……救いなど求めていない」
その言葉の直後、ジャスティアは自分の両手に何かが触れる感触に気付くと、目の前に立っていた美癒が自分の両手を包み込むように握り締めていた。
「一人だと辛くて、寂しくて、切ないよ……。でも、二人、三人って……誰かと一緒なら、きっと乗り越えていける、楽しい日々が待ってる。だから───私はジャスティアさんとお友達になりたい」
真っ直ぐと向かい合う二人。
互いが互いの眼を見つめ、逸らさない。
美癒の真意は揺ぎ無く、穢れない。
「不思議なものだ……何故お前達がこうまでして私の事を思うのかが、分からん」
美癒の気持ちはジャスティアには伝わらないのか───。
「だが、これだけは分かる」
そう言ってジャスティアは僅かに頭を下げると、自分の唇を美癒の唇と重ね合わせた。
それは最初の時は全く違う、唇が触れ合っている感触が僅かに伝わるような優しい口付け。
気付けば唇と唇は離れ、美癒の顔は薄らと赤くなっていた。
「天百合美癒。お前は愚かな程に……誰よりも心優しい人間だ」
ジャスティアの表情はいつもと変わらない。
けれど、その言葉はほんの僅かに心を開いてくれた証だった。
戦いは終わった。
既にその場にいる三人に戦う意思はなく、甲斐斗も気を失ったまま眠り続けている。
だが───その状況の中、確かに感じた。
地面が微かに揺れ、大地の軋む音が聞こえ始めると、空気は振動し世界全体が震え始める。
空気が張り詰めていく。何が起ころうしているのか、美癒と空には訳が分からず立ち竦んでいたが、ジャスティアは美癒に背を向けると、今から表れるであろう存在の場所に目を向けた。
そのジャスティアの視線の先に見えるもの───美癒と空もまた無意識にジャスティアの見つめる先に目を向けた瞬間だった。
天空に広がる黒い魔法陣は次元を切り裂き、裂け目からは巨大な古城が見え始める。
浮遊する大地の上に聳え立つ古城。
その古城の前に立つ一人の存在を目の当たりにした瞬間、空と美癒は息を呑んだ。
(そんなッ!? ありえないッ……!!)
全長二メートルは超える巨体は全身分厚い鎧に包まれ、紋章の付いた巨大な黒いマントを靡かせる。
先程から身震いが止まらない。それはこの存在の覇気だけでなく、この存在がこの場にいる意味が分かったからだ。
(まさかっ、これがッ……! 邪神の最後の『切り札』ッ……!?)
全ては計画通り───。
古城の前に立つ存在は、高らかに声を上げた。
「我が名はジン。『ジン・パーフェクター』。全ての存在の頂点に立つ存在───『神』成り」




