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第86話 血の楽園

 今日も天気の良い青空が広がっている。

 そんな景色を自室のベッドの上でパジャマ姿のユイは眺めていた。

 体調不良を理由にリーナに学校に行くを止められたユイ。

 窓の外から見える景色を眺めている時、ふと猫の鳴き声が聞こえてくると、その声が聞こえてくる足者の方に視線を向けた。

 そこにはいつも公園で可愛がっていた猫が座っており、何度も可愛らしい声で鳴きながらユイに擦り寄ってきた。

 近づいてきた猫をユイは優しく抱かかえると自然に猫の頭や背中を撫ではじめ、猫も気持ち良さそうに目を瞑り可愛がられていく。

「えへへ、元気になって良かったね」

 昨日までは酷く衰弱し怪我を負っていたというのに、今目の前でじゃれてくる猫はとても元気が良い。

 セレナは嬉しそうに何度も猫の頭や体を撫でていた時、ふと外の景色に視線を向けた。

 遠い景色、丁度あの辺りには自分が毎日通う中学校が有るのだろうとユイが思った直後、その遠くの場所から黒色の波動が放たれたかと思えば目の前に広がる全ての景色が吹き飛び抉り返り始めていった───。




 魔法と科学、その両方が繁栄し豊かな暮らしを築く世界『アルトニアエデン』。

 今日も人々は平穏な日常の中で暮らし、懸命に生きていく。

 その社会の中では何千何万といった人間達が働き、生きている。

 普段気付きはしないが、世界とは命の集合体であり、命あってこそ文明が築かれ社会が成り立ち、世界が続いている。

 それは『人間』という生命体にとって普通であり常識であり日常であった



 

 が。



 

 高層ビルが数多く並ぶ都市の中心。

 その都市では数多くの人々が歩いており、夫々の日常を過ごしている。

 そこには夫婦も歩いており、夫は心配そうに自分の子を宿し膨らんだ妻のお腹を見ながら喋りかけていると、気遣ってくれる夫を見て妻は嬉しそうに言葉を返す。

「もう、彼方ったら心配しすぎなんだから。明日には出産に備えて入院もするんだもの、今日ぐらい大丈夫よ」

 大きなお腹を抱えながら妻はそう言って微笑み、夫もその言葉を聞いて肩の力を抜き、そっと我が子のいるお腹へと手を伸ばし触れようとした───その時だった。

 目の前で微笑む妻が一瞬にして目の前から消えると、一人の『存在』が上空から落下し着地した。

 その衝撃で大地は大きく振動し亀裂を走らせ辺りにいた人間は衝撃の強さで立っていられずその場に跪いてしまう。

 だが、夫はその場で固まったまま跪く事はない。

 手を伸ばそうとした先に妻の姿はなく、そこにいるのは一人の男の姿をした『邪神』。

 全身から歪んだ黒いオーラ放ち、黒髪の男『邪神』が俯いたまま目の前に立っている。

 その邪神の足元に夫の目が向くと、そこには体が潰れ変わり果てた妻の姿があり、夫は思考が停止しただただ邪神の足の下で潰された妻の姿を見つめていた。

「ンン゛ン゛~~~」

 邪神は足元にいる存在になど目もくれず腕を組み辺りを見つめ始める。

 その場にいた全ての人間が邪神を見ている、スーツ姿のサラリーマンから風船から垂れた紐を持った幼き子供、杖を突いて歩く老人、皆が皆邪神から目が放せない。

 今はまだ唐突過ぎて人々の行動には現れないが、先程から脳内ではアドレナリンが分泌され様々な思考が駆け巡っている。

 一人、十人、百人───今まで過ごしてきた日常が破壊された事に気付いたとしても、その『運命』から逃れる事は皆無だった。

 邪神は右足をゆっくりと上げ、足元にいた死に絶えた女の腹に一瞬で下ろすと、グチャリと肉が潰れる音と共に黒い波紋が邪神の右足から放たれ拡散していく。

 黒い輪は離れた直後から大きさを増し回りにいた人間の足首を貫通して通り過ぎていき、周りにいた人々は何が起こったのかが理解出来ず固まったままだった───が。

「喚け」

 邪神が呟き下ろしていた右足を再び上げた後瞬時に地面に下ろすと、その衝撃で黒い輪が切断した全ての『肉体』がズレ、邪神の周りに立っていた人間達が全員が地面に這い蹲り始める。

 足首を切断された数百もの人間の喚き声や呻き声が町中に響き渡り、漸く邪神は口元が僅かに動き笑みを浮かべ始めると、目の前で血眼になりながら自分を見つめてくる男を見下ろした。

 目の前の男は足首を切り落とされた痛みよりも、目の前で妻が殺された心の痛みの方が遥かに強く、足首を切断され地面に這い蹲ろうとも邪神を見上げながら睨み続けていた。

 その執念に飲まれた瞳を見ていた邪神は漸く満足したような笑みを浮かべると、足元にいた女の死体の膨らんだ腹部に手を突き刺し、既に息絶えた胎児を無理やり引き抜いてみせる。

 母の血と溶液を塗りたくった胎児、我が子の変わり果てた姿を目の前に出された男は目に涙を浮かべた。

 それは悲しみや辛さ等ではない。全ては憎しみの感情に支配され、歯を食い縛りながら男は邪神を睨みつけていたが、邪神は手に持った胎児の死体を男の顔面に押し付けるように振り下ろすと男の顔面を胎児の死体で潰し、邪神は楽しそうに大声で高らかに笑ってみせた。

「あひゃひゃひゃひゃひゃぎゃぎひゃひゃヒャヒャギャひャヒャ!!」

 最高の瞬間、至福の一時、満ち足りる状況。

 最早そこに少年『カイト』の面影など微塵もない。

 いるのはカイトの姿を僅かに残した『邪神』だけだった。

 子供から大人まで泣き叫ぶ声と光景に邪神は満面の笑みを浮かべながら楽しんでおり、両腕を組みなおすと深く頷き始める。

 あるスーツ姿の男性は切断された両足を掴み痛みで悶えている。

「いいい゛イ゛! いでえよぉ゛ッ! ぁあ゛アアア゛ア゛ッ!!」

 あるワンピースを着た少女も同じ、切断され足首から下を失い泣き叫んでいる。

「パパぁ……ママ゛ァ゛っ……痛いよぉ、いたいよぉ……っ! うぅ゛っ……!」

 吹き出る血は止まる事がなく、容易く地面を赤い血で染め始めると、その血に触れた邪神は右手で自分の頭を鷲掴みながら堪能していく。

 ああ、見える。周りにいる人間達の今までの人生全てが。

 夫々希望ある人生、己の世界を生きていた人間達。

 台無しにしてやった、無意味にしてやった、ぶち壊し、捻り潰し、歪めた。

「最高最高最高最高最高゛ゥ゛ゥウウウウううううッ゛!! やっぱ悲鳴は最高だナァああああアアアアアアア゛ア゛ア゛ッ!!!」

 両手を高らかに上げながら邪神はそう叫ぶと、両腕を組み堂々とした態度で昔の記憶を思い出していた。

「やはり『干渉者』はこうでなくっちゃナぁ……にしても、マさかこンな形で復活する事が出来るとは……懐かシイ」

 そう言って邪神は回りに目を向けると、建物の中から自分の様子を見ていた人間達の視線を感じ始める。




 外では大量虐殺が行われており、人々は恐怖で建物の中から出てこようとはしない。

 既に警察には通報してある、後は助けが来るまで建物の中で隠れていよう……誰もがそう思った。

「当たリ前だよなァ」

 先程までその場にいたはずの邪神の姿がなく、後ろから聞こえてきた声に外を見ていた人達がゆっくりと後ろに振り返る。

 そこには血で汚れた黒い魔装着を身に包んだ邪神が立っており、その邪神の赤黒く濁った瞳に睨まれた途端足が竦んでしまい逃げる事が出来ない。

「今かラ自分達が殺サれる事にナるなンて思わネェ。ダが……こレが『現実』だ」

 笑みを浮かべながら邪神の周りから黒い闇のようなオーラが溢れ始めると、闇はあらゆる刃を次々に形作り始める。

 針、鋏、包丁、鋸、鉈、剣、槍───その百種類を超える刃の矛先が今から自分達に向けられるのだとその場にいた人達が悟った瞬間、皆は悲鳴を上げながら逃げ惑い……邪神の餌食となっていく。





 昼間の都市が騒然と化していく。だが、それはまだ全てではない。

 都市で邪神が殺戮を行った範囲は市街地だけの極僅か、当然都市で暮らす万を超える人間がその異変に気づいてはいない。

「何かあっちの方騒がしくないか?」

 市街地にいた一人の男がそう言うと、その男の周りにいた友達も皆遠くの方から聞こえてくる声に足を止め、人々は何事かと思いその悲鳴のする方へと興味本位で行ってみる。

 その場所は既に人だかりが出来ており、集った人々はある一点だけを見つめ立ち止まっている、男達は視線の先見ようと人々を掻き分け進んでいき、目の前に広がる光景を見て目を丸くした。

 そこに広がっていたのは『非日常』の光景。

 手足を捥がれた死体が山となり、辺りは血の滴る肉片が散らばっており、その屍の中で一人赤黒く濁った瞳をした邪神が不敵な笑みを浮かべながら立っている。

 その存在を見た途端、全身が震え上がり体の全神経が危険を察知する。

 一刻も早く逃げなければならない───しかし、邪神を見た男達は誰一人体を動かす事が出来なかった。

 もう遅い……固まった足を見た男達は漸く気付く、ここに集っている人達が皆逃げたくても逃げられない状況であるのだと。




 

「んっ……雨……?」

 市街地を歩いていた一人の若い女性が頬に感じた一滴の雫の感触に手を伸ばすと、その液体を指先で拭ってみせる。

 空は晴れているのにどうして……女性は指先に付着した液体を見てみると、それは水とは違い赤く少し粘り気のある液体だった。

「えっ……? なに、これ───」

 突如降り注ぐ血の豪雨、周辺いた人達は皆髪や服が瞬く間に赤く染まり始めると、何かの潰れ落ちる鈍く低い音が辺りから聞こえてくる。

 赤い肉片がボトボトを音を立て降り注ぎ、よく見れば人間の手や足、心臓や肺、肝臓など、バラバラに引き裂かれた人間の肉体の一部だと分かる頃には血の雨がピタリと止み、目の前に広がる異様な光景に女性は放心状態でその場に立ち尽くしてしまう。

 空が青い、太陽の光りが眩しい、空はこんなにも澄んで綺麗だというのに、地面を見れば何人もの人間がバラバラにされた死体が無造作に転がっている。

「アれが『心臓』」

 女性の背後からは男の声と共に一本の左腕が出てくると、臓器を指差しその内臓の名前を言い当ててみせる。

 女性は恐怖で振り返ることが出来ず、無意識に指を指す先の方に目が動いてしまう。

「そッチが『腎臓』で、こッチが『膵臓』。ンで───」

 伸ばしていた左腕が消え、今度は右腕が女性の後ろから目の前に現れると、その右手には血で汚れたピンク色の臓器が乗せられていた。

「コレがお前の『子宮』」

 その言葉が聞こえてきた直後、女性の口から一筋の血が垂れ始めると、血は量を増し大量の血液を吐血し始める。

 腹部を見れば大きな穴と共に血が溢れ、激痛でその場に崩れ落ちてしまう。

 殺される───女性は目から涙を零しながら自分の死を悟り、深く目を瞑った。

 ……しかし、途絶えるはずの意識が途絶えない。

 恐怖に震えながら女性を目を開けると、そこにはズボンのポケットに手を入れ見下すような視線で見つめている邪神の姿があった。

「オ前は……運が良イ」

「……えっ……?」

 何を言っているのかが言葉の意味が分からない。

 全身他人の血を浴び真っ赤に染まった女性は訳も分からず震えていると、邪神は女性に背を向ける。

 そこで漸く女性は気付いた、先程まで確かに穴が開いていたはずの腹部に一切の傷がなく、出血も止まっている事に。

「オ前にとって『死』は一番ではなイミたイダ……精々生キろ」

 それだけ言い残し邪神はゆっくりと歩き去っていく。

 助かった……女性は傷も痛みもない体で立ち上がろうとした時、目の前に落ちている物を見て愕然とした。

「あっ゛……うああ゛ぁ゛……っ!」

 そこには先程、確かに自分の体から引き抜かれたはずの『子宮』が転がっており、女性は口を開き涙をボロボロと零しながら自分の腹部に手を当てた時、最後に邪神の言葉が聞こえてくる。

「一生子供ヲ産めない体でナァああああアッ! アヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」

 高らかに笑い声を上げる邪神、最早絶望に落ち心の壊れた女性に興味もなく町を悠々と歩いていく。

「ギヒッ、ギヒヒッ! アヒャヒャヒャ!! アヒヒヒャヒャハハヒヒャハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 自分を恐れ滑稽に逃げ惑う人間達の後ろ姿を見るのは最高であり、邪神は次にどのような手段を用いて楽しもうかと思っていたその時……一発の閃光が邪神の頬を掠めると、邪神は足を止め空を見上げた。

「……ンンン゛?」

 上空から目の前に降りてきた一人の少年、その身には魔装着を着用しており右手には剣と拳銃が一体化した武器を手に持っていた。

「どうして……どうしてこんな酷い事が出来るんだっ!?」

 目の前に下りてきた少年は強い怒りを露にしながら邪神を睨みつけた後、辺りに広がる地獄のような惨たらしい光景を見渡し叫んだ。

「お前に人の心はないのかッ!?」

 絶対に許せない───少年は怒りで震える手で己のレジスタルである武器を握り締め、その剣を振り上げながら邪神へと飛び掛る。

 しかし邪神は何の抵抗する素振りもなく平然と突っ立っており、少年が振り下ろす剣先が邪神の額に触れようとした瞬間、邪神は呟いた。

「有るゼ?」

 邪神の額に触れる寸前、剣先がピタリと止まると、少年は邪神を睨みながらもその手を止め、邪神の次の言葉を待った。

「ダからッ、こうしテこの世ニ『俺』が存在しているンだ」

「……どういう意味だ、お前に人の心が分かるのか?」

「アあ、人ノ心とは『邪悪』……タダそれだケだ」

『干渉者』だからこそ邪神はそう断言すると、熱く正しく優しい心を持つ少年の目を哀れむような眼差しで見つめた。




 突如現れた存在による一方的な虐殺、当然その事態に警察組織が動き始めようとしていた。

 アルトニアエデン本部にある巨大な会議室には既に警察組織の上級階級の者達が集っており、都市で起きている状況について話し合っていた。

「情報によれば相手はたった一人、町のど真ん中で次々に人を襲っている狂った男なんだろう? 何故我々が揃いも揃って呼び出されなければならん。さっさと警官を向かわせろ」

 一人の中年の男はそう言って不満そうに文句を垂れていたが、隣に座っていた男が口を開く。

「それが相手は相当に強力な魔法使いらしく、付近の警察官では歯が立たないそうですよ。既に犠牲者は軽く百を越えているそうですし。我々がここに集められたのはその人物が学校周辺の市街地を破壊した犯人の可能性があるからでしょう」

「なぁにぃ? ふんっ、今日は次から次へと大問題だらけだな……」

 面倒くさそうに男はそう呟くと、会議室の扉が開き続々と人が入ってくるが、その人達の姿を見ながら男はつい呟いてしまう。

「遅れて登場とは奴等も随分と偉くなったもんだ」

 白い軍服を身に纏った『白騎隊』の隊長である男、対称的に仮面で顔を隠し黒い軍服を身に纏う『黒牙』の隊長。

 夫々一人部下を連れて会議室に入ってくると、その後ろからは『大将』以上の階級の軍人達が入り始めると、その後ろに続いて三人程軍服を着ていない者達が入ってくる。

「『アディン』だとっ……!? それも三人……ッ!」

『アディン』が登場しただけで回りがざわつき始め事の重大さのレベルが桁外れなのを警察組織は悟ってしまう。

 皆が席に座っていく中、ふと警察組織の上官がある事に気付き呟いた。

「おい、陛下直属の親衛隊の姿がないが……?」

 会議室に皆が椅子に座っていく中、警察組織の男が白騎隊の隊長に声をかけると、白騎隊の隊長は席に座った後に答えた。

「此方に来れる訳が無いだろう。あの都市には陛下の王宮が有らせられるのだぞ? 全親衛隊は既に其方に向かっている」

「全親衛隊ぃ……? 全く、たった一人相手に大袈裟な奴等だ」

「……どうやら事の重大さが分かっていないみたいだな」

 警察組織の男に対して呆れたように白騎隊の隊長は呟くと、手元にある端末を触り会議室の奥に付けられている巨大なスクリーンの電源を点け、ある映像を映し出した。

「以前から秘密裏に勧めていた『魔神』のレジスタルの摘出実験を行っていた研究所だが……昨夜、何者かの手によって完全に消滅した」

 その映像は以前研究所があったとされる場所が映し出されていたのだが、そこにはまるで大地をスプーンで掬ったかのような綺麗なクレーターの光景が広がっていた。

「昨夜何が起きたのか……それは今から貴様の口から説明してもらうぞ」

 白騎隊の隊長が黒牙の隊長を睨みつけると、仮面で顔を隠す隊長の変わりに隣にいた男が口を開く。

「はいは~い、それについては現場にいた俺が説明しますよ」

 そこいには昨夜、カイトとセレナを研究所に連れて来た男の姿があり、あの場で何が起きたのかその真実の全てを説明しはじめた。




「───と、いう訳で。なぜかは分からないけど、あの少年『カイト・スタルフ』に『魔神』のレジスタルが宿っちゃったみたいなんですよね」

 説明が終わり会議室にいた者達がざわつき始めると、白騎隊の隊長が口を開く。

「一つ教えろ。貴様、『適合者』を連れて来た際に『白騎隊』の者に会わなかったか……?」

 疑うような眼差しで隊長は睨みつけるが、男は眉間にシワを寄せ首を傾げる。

「はてさて、白騎隊の人とはお会いしませんでしたね。どうかされましたぁ?」

「……いや、知らないならいい」

 白を切る男に対し隊長はそれ以上の追及はせず、会議室のモニターに映し出されていた少年カイトの写真が消えアルトニアエデン最大の都市の地図が映し出されると、南部方面に赤い点が記され魔神の位置を表していた。

「この件に関し我々アルトニアエデンの最高戦力の幹部達が本部に集められた理由はただ一つ。『魔神』のレジスタルの『排除』を実行する、それだけだ」

『排除』───隊長の口から発せられたその一言に周囲のざわめきが一層増し、警察組織の幹部の男が机を叩き身を乗り出すように立ち上がった。

「ちょ、ちょっと待て! 魔神のレジスタルを排除するだと? お前は何を言っているんだ!?」

 思いもよらぬ言葉に困惑しつつも男は再び声を荒げ魔神のレジスタルの価値を訴え始める。

「いいか! あのレジスタルさえ手に入ればこの世界の全てのエネルギー問題が解消されるんだぞ!? それだけではない、他世界の連中に対抗する為の強力な兵器の開発も思うがままだ! この国が更に発展し強大になるにはあのレジスタルは必要不可欠! 排除するなどもっての他だッ!」

「今や暴走を起こし千を超える人間を殺戮している、制御出来ない力に価値などない。それとも……魔神を生かして捕まえる事が貴方達には可能だと言うのか?」

「ふん、お前達のようにやりもせずに諦める程我々警察組織は愚かではないわ!」

 そう言って幹部の男は側近の男に指を指すと声を荒げて指示を出す。

「おい! 直ちに制圧部隊を向かわせろッ! 本部に集っている全ての部隊にも出撃命令を出せ! 何としても魔神を生きたまま捉えレジスタルを確保するんだッ!」

「……お手並み拝見といこう。我々軍は民間人の救助を最優先に行動させてもらう」

 警察組織が慌しく動き始めるのを見て白騎隊の男はそう伝えると、先程から黙ったままの三人の『アディン』に指示を与える。

「『アディン』の者達は各自、魔神を排除する為なら自由に行動していい。但し、逃げる事だけは決して許さん」

 それだけ伝えその場を離れようとした隊長だが、『逃げる』という言葉を聞いたアディンである一人のミニスカートを履いた少女が笑ってみせた。

「あはっ! 逃げるぅ? よくもまぁこの私にそんな事言えるね───」

 直後、少女は瞬く間に姿を消したかと思えば隊長の背後に立ちその背中にナイフの先端を突きつけていた。

「殺っちゃうよ? お・じ・さ・ん」

 殺気を漂わせる少女はからかうように笑ってみせる、誰の目にも捉える事が出来なかった少女の動きに隊長もついていけなかったが、特に動揺した様子もなく立ちつくしていた。

 すると、そんな少女の行動に見兼ねた僧侶のような服を着た『アディン』の男性が口を開く。

「これこれ、お止めなさい。貴方の行動一つで『アディン』全体の品格が損なわれるではありませんか」

 その男性に続いてアディンである青年も呆れた様子で喋り始めた。

「同感です。気品に満ちる私の側にいる時ぐらいまともな言動をして欲しいものですね、私はこれ以上下品な人と同じ空気を吸いたくないので失礼します。では」

 青年は掛けている眼鏡の位置を中指でそっと直した後、席を立ち足早に部屋から出ていってしまう。

「だ、誰が下品よっ!? あ! ちょっと待ちなさいこの馬鹿ナルシスト-!」

 下品と言われた少女はナイフを片手に怒った様子で青年の後を追い、そんな二人を見ていた男性は視線を隊長に戻すと軽く頭を下げた。

「では、わたくしもこれで失礼致します」

 男性はそう言って部屋を出て行くと、隊長は側近である部下に指示を下した。

「残りのアディンにも至急アルトニアエデンに戻ってくるよう伝えておいてくれ、私は今から部下を連れて直接現場に向かう。……お前達はどうするんだ、『黒牙』」

 その問いに答えたのは黒牙の隊長ではなく、側近であるあの男が答え始めた。

「俺達はあんた達のように『表』の舞台には出ません、裏でこっそりしっかり働かせて頂きますよ」

「……そうか、残念だ。お前には『戦場にいてほしかった』んだがな」

 その言葉と共に白騎隊隊長の鋭い視線が男に向けられる。

(あちゃー、どうやら俺が殺った事は既に把握済みなのねぇ)

 黒牙の男は澄ました様子でその視線に耐えていると、白騎隊の隊長は鋭く睨みながら黒牙の男を横切り部屋を出て行く。



 魔神のレジスタルを巡り夫々の思惑が交差する。

 アルトニアエデン大都市の中央の位置する本部、その建物はニ百階建ての高層ビルであり屋上からは大都市全域を見渡す事が出来る。

 西を見れば建物の殆どが潰れており、南を見れば建物という建物が血で赤く染まっている。

 未だに無事なのは市街地の東部と国王の宮殿がある北部、そしてここ軍事基地のある本部の三箇所だけとなる。

「残リ三箇所……ギヒヒッ!」

 さて、これからどのように町を、人を、世界を歪めていこうか───眼球が抉り取られた少年の生首を手に、本部の屋上から町全域を見渡す邪神は嬉しそうに笑みを浮かべるのであった。

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