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第83話 唐突なきっかけ

 夕食を買い終えたカイト、セレナ、ユイの三人。

 公園で猫に餌を上げ可愛がった後、三人はユイの家に帰ると早速夕食作りの準備が進められていた。

 久しぶりにユイの家に入ったカイトはとりあえずリビングのソファに座りテレビを見始めると、その間にセレナとユイの二人はキッチンで調理を始めていく。

 そんな二人の後ろではメイドのリーナが立っており、包丁を扱うユイを心配そうに見ていた。

「ねえねえ、本当にリーナは何もしなくていいの?」

「もー大丈夫だよ~、セレナさんに教えてもらうからリーナはゆっくりしてて」

「でもユイが料理作るといつも黒焦げの物体が出てくるもん、それに包丁の扱い方も不器用で見てて冷や冷やする」

 リーナは何度かユイが料理している姿を見ており、勿論その時の料理も食べた事があるのだが、正直に言えばユイには料理のセンスが皆無であり作る物全てを黒く染めてしまう。

「もーっ! 大丈夫だって言ってるでしょ~!」

 図星というよりも正論を言われたユイは顔を赤らめ怒り始めると、隣に立っていたセレナが自分の胸に手を当ててリーナに話しかけた。

「私が責任を持ってユイちゃんに教えますから任せて下さい。それに、ユイちゃんはいつもお世話になっているリーナさんに日頃の感謝も籠めて料理を作りたいって言っていたんですよ」

「セ、セレナさん!? それは内緒だって言ったのにっ……!」

 先程スーパーで会話していた時の話しをセレナが話しだし恥じらうユイだったが、そんなユイの思いにリーナは胸を打たれていた。

「ユイ……何時もお世話になってるのはリーナの方なのに~。うん、分かった! リーナ大人しく料理が出来るの待ってるね!」

 


 キッチンのある部屋の方から和気藹々と三人の雑談している声が聞こえてくる。

 別室のリビングにいるカイトは相変わらずソファでテレビを見ていた

(ユイさんは料理ド下手だからなぁ……姉さんがいてくれて助かった。にしても……)

 くつろげない。

 久しぶりにユイの家にいるのだが、居心地が悪くさっさと自分の家に帰りたいとさえ思っている。

(自宅なら周りも気にせずのんびり出来るのに……疲れるなぁ)

 そもそも食事もセレナと二人きりで食べたいと思っていたのだ、ユイやリーナがいると気を使ってしまう。

 早く帰りたい……そう思いながらカイトはテレビを見つめていると、夕方アニメのオープニングが流れ始める。

 それは良くある設定、正義の味方が悪の軍団とロボットに乗って戦うアニメ。

 主人公は中学生の少年、前半は学園生活を送り、後半いつもロボットに乗り込み敵と戦うのだ。

 何気なくそのアニメを見ていたカイト、学園生活を送る主人公はイケメンで頭が良く、個性的で可愛らしい女の子達や親しい男と友達などに囲まれ楽しい日々を送っている。

 そんな光景をじっと見つめていると、ふと背後から声が聞こえてくる。

「カイトってこういうの見るんだー、ふーん」

 完全に油断していたカイトは軽く体を震わせ振り返ると、カイトの座っているソファの後ろにはリーナが立っていた。

 丁度その時、テレビからは女の子の恥じらう声が聞こえてくると、風でスカートが捲れ上がり女子の下着が露になっていた。

「ふっふ~ん」

 そんなシーンをリーナは見てニヤリと笑みを浮かべていると、カイトは誤解されないように机の上に置いてあったテレビのリモコンを手に取りチャンネルを変えようとする。

「えっ、いや!? ぼ、僕は別に興味ないですよ、こんなの……!」

「あ、リーナが見たいからチャンネル変えないで! これ毎週見てるんだ~」

「ええぇっ? そうなんですか……」

 そう言われてカイトは手に取ったリモコンを机の上に戻すと、リーナはカイトの隣に座り一緒にアニメを見始める。

(なんか……恥ずかしいというか、気まずいなぁ……)

 特に親しいわけでもなく普段リーナと話すこともないので何の話題を振ればいいのかも分からないカイト、二人は互いに無言のままアニメを見続けるのであった。

 


 十五分後、アニメの前半が終わりテレビコマーシャルが流れ始めると、カイトは座っていたソファから立ち上がりリビングから出て行こうとする。

「ちょっと僕、二人の様子見てきますね」

「んー? いってらっしゃ~い」

 正直に言えばリーナと二人きりの居心地の悪さに退散したカイトはセレナとユイが料理を行っているキッチンのある部屋へと向かう。

 二人のいる部屋の扉が僅かに開いており、そこから二人の会話が聞こえてくるとカイトはドアノブを握り締め扉を開けようとした。

「ねえ、ユイちゃん。最近カイトとはどう?」

 だが、セレナの口から自分の名前が出てきた事に驚いたカイトはドアノブを握り締めたまま固まってしまう。

(えっ? 僕の、こと……?)

 戸惑うカイトはそのまま聞き耳を立てると、今度はユイの声が聞こえてくる。

「そうですねー。最近余りお喋りしてないけど……あ、でも今日私一時間目の授業の教科書忘れたんですけど、カイト君が貸してくれたお陰で助かりましたよ!」

「そうなんだ。カイトに声かけてくれてありがとう、きっと嬉しく思ってるよ」

「えへへ、そうです? 今度カイト君が忘れ物したら私が貸しますよ!」

「ユイちゃん本当良い子だね~」

 ユイの隣で料理を作っていたセレナは嬉しそうな笑顔を浮かべるが、直ぐに表情が戻ると少し不安そうに喋り始めた。

「ユイちゃん、些細な事でもいいからカイトに声を掛けてあげて。カイト、学校から帰宅する時いつも暗い顔してるの。それに学校の話しなんて全然してくれなくて、学校生活を楽しんでるのかどうか心配で……」

 カイトの事を真剣に心配している。

 だからこそセレナはユイに向けて真摯に語りかけていく。

「幼馴染のユイちゃんならカイトも話しやすいと思うし、クラスは違うけどもし良かったらこれからもカイトの事お願いできないかしら」

 お願い……?

(なに……それ……)

 今まで、そういう事だったのか?

 次第に増していく不の感情。羞恥、憤怒、頭の中で様々な感情が蠢き体が熱くなっていく。

(なんなんだよっ……それってッ……!)

 全てを理解した瞬間、カイトはドアノブから手を離すと足早に先程までいたリビングへと戻っていく。

 無心ではないが無心の自分を保とうとし、ソファの側に置かれていた鞄を手に取る。

「あ、おかえりカイトー。あれ、鞄なんかもって何処に───」

 それを見て不思議に思ったリーナがカイトに声をかけたがカイトはリーナの言葉など耳には入らず自分の鞄を手にユイの家を後にした。



 そしてユイの家の隣にある自宅へと戻ると、カイトは玄関で靴を脱ぎ階段を駆け上がり自室の扉を開け駆け込むようにベッドへと倒れこんだ。

 無心、無心、無心───。

 そんなはずがない、無心なら今、ここになど来ていない。

 必死に保とうとしているのだ、『自分』を。

 だが、その保とうとする感情はカイト自身によっていとも簡単に崩れてしまう。

 それは至極当然の事だ、誰だって分かる、誰だって理解できる。

 姉であるセレナの言葉、今までセレナだけには悟られないように生活していたカイト。

 しかし、自分はセレナを心配させてしまった、不安にさせてしまった。

 だからこそ、あのようにセレナは態々ユイにお願いをしてまで自分に関わらせようとしたのだ。

 全て納得出来る。辻褄が合うのだ、それも完璧に。

(僕は今まで同情の眼差しで見られていたのか!? 可哀想だからって、哀れに思われて、お願いされて、それで僕、僕みたいな人間に、態々を声を掛けて……ッ゛!!)

 握り締めた拳をベッドへと振り下ろす。

 一度ではない、気が済むまで何度も振り下ろし続けるが、無意味な行いに気付いたカイトは散々拳を振り下ろした後に冷静に考え始める。

(考えてみればそうだよね……ユイさんが態々僕の所に来るなんて最初からおかしいと思ってたんだ……)

 何時も気軽に話しかけてくれたユイが、本当はセレナにお願いされて自分と喋っていた事にカイトは歯痒い気持ちで一杯になっていく。

(今まで声を掛けてくれたのも、姉さんがユイさんに頼んだから……)

 情けない。

 自分が情けなさ過ぎる。

 どうして自分がこのような思いをしなければならないんだ?

 望む事はたった一つだけだというのに、どれだけ痛みを与えられればいいんだ?

 ……いや、違う。

 そうではない───。

 これだ、これなんだ、この痛みがあるからこそ、続いていく。

 ならそれでいい、それでもいい、だから続け、永遠に───。

 


「カイトー?」

 名前を呼ばれたカイトはびくりと体を震わせた。

 セレナの声が部屋の前から聞こえてきた、どうやらカイトが家に帰ったのを知ってここまで来たのだろう。

「もー帰るなら一言言ってくれたらよかったのに、お夕飯出来たよ~」

 部屋の前でセレナが声をかけるが、カイトからの返事はなく、セレナは首を傾げてしまう。

「……どうかしたの?」

 心配してくれている、けれどカイトは返事を躊躇ってしまい言葉が出ない。

「具合でも悪いの? 大丈夫? 入るよ……?」

セレナは部屋の扉を開け中に入ると、ベッドの上で背を向けるカイトの姿を見て近づき始めた。

 それはカイトにも分かる。一歩ずつ足音が聞こえてくる、姉が近づいてきている事が良く分かる。

 それでもカイトは振り向かない、息を殺してじっと動かないまま寝たふりを続ける。

 なんでかって? ただの意地だ。

「カイト~どーしたのー? お夕飯できたよ起きて~」

 セレナはカイトの体をゆすり起こそうとする、それでもカイトは決して起きようとしない。

 さすがに不自然に思ったセレナは無理やりカイトを此方に向けさせようとするが、カイトは力を籠めて姉の方に体も顔も向けようとはしない。

 それで漸くセレナはカイトが起きている事を知るが、どうしてカイトがこのような行為をするのかが分からない。

「ほーらー、皆待ってるよ? せっかく作ったお夕飯冷めちゃうよ? 皆で一緒に食べようよ~」

 それでもカイトから返事はない、セレナは反応してもらいたくて何度もカイトの体を揺さ振り続けるが、それでもカイトは一切反応を示す事はなかった。

「……どうしてそんな事するの? お姉ちゃん、言ってもらわないとカイトが何考えてるのか分からないよ……」

 先程まで明るい口調だったセレナが突然弱々しくなる、そんなセレナの言葉にカイトは胸を締めつけられる思いだが、決してセレナに返事をしようとしない。

 口を利いてもらえないセレナはカイトの肩に手を置いたまま寂しそうにカイトの後姿を見つめていると、ふと手を放し部屋の出口にまで歩き始めた。

「皆、待ってるからね───」

 それだけ言い残し、セレナは部屋を後にする。

 その瞬間、カイトは拳を握り締めると再び振り上げ何度もベッドに振り下ろした。

 何度も、何度も。だが痛みは感じない、何故なら拳を振り下ろす先は柔らかいベッドの上なのだと知っているから。

 だからこそ遠慮などない、加減などしない、全力で拳を振り下ろし続ける。

(お前がッ゛! お前が全部悪いんだろうがッ゛!!)

 憎悪、嫉妬、後悔、劣悪、嫌悪、憎悪、劣等───。

 一時の感情に身を任せ、昂ったその意思を存分に晴らし続ける。

 一人しかいない部屋、一人の世界で……。



 暫くして、腕を振り下ろし続け、泣き疲れたカイトは反省し、悔やんでいた。

(……違う、違うよ姉さん。ごめん、ごめん……全部僕が悪いんだ……)

 分かってはいた。

 こうなったのは誰の責任でもない、自分の責任だと。

 姉は友達のいない自分を心配してくれている。

 姉は学校生活を楽しんでいない自分を心配してくれている。

 姉は自分の身を心配し、自分の事を思ってくれている。

(そう゛! だから゛全部全て僕のせぎに゛ん゛ッ゛!!)

 僕が悪い、僕があく、僕がわる、僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が───。



 ───もっと心配して。



 ───もっと触れて。



 ───もっと。


 ───もっと。


 ───僕の側に。


 ───僕の隣に。


 ───ずっと、居てよ。


 ───ずっと……。



 ……。



 …。




 目が覚めた。

 暗い室内でも月の光りで僅かに照らされる室内を見て、カイトは容易に思った。

 今が夜中であり、自分はあの時から深く眠っていたのだと。

 カイトは自分に被せていた毛布を払いのけて部屋を出る。

 喉が渇いた、夕時から何も口にしていないカイトは無意識に一階へと下りていく。

 あの後夕食がどうなったのかなど知る由もない。

 勿体無い事をした、姉と一緒に楽しく食事出来るはずの時間が台無しになったのだ。

 それでも……今では全てが分かってしまう。何故なら全て心配されていたのだから。

 あの時、あの場に自分がいたとして、もう誰の笑顔も信じる事などできない。

 皆が皆、自分を同情の眼差しで見つめているのだから。


 リビングに灯りは点いておらず、カイトは扉を開け灯りをつけた後冷蔵庫へと向かう。

 そして飲み物を取ろうと冷蔵庫を開けた瞬間、カイトは目を見開いた。

「オムライス……」

 そこにはお皿の上でラッピングされたオムライスが置いてあり、そこには一枚の手紙も置かれていた。

 その手紙を手にとってみると、ボールペンで一言こう書かれていた。

『カイトのだから温めてたべてねっ!』

 その後にはセレナが笑顔を浮かべる絵が描かれており、それを見たカイトは涙ぐむと電子レンジでオムライスを温めた後、リビングのテーブルで食事をし始めた。

 


 一人きりの晩御飯、何時もなら姉と二人で楽しい食事の時間のはずだが、これも全ては自分の責任……カイトは黙々とオムライスを食べ続け、食事が終わると食器を洗い、寝る前にシャワーを浴びようと浴室へと向かう。

(明日、姉さんになんて謝ればいいんだろう……)

 頭の中は明日セレナになんて謝罪しようかと考えるばかりで足取りが重い。

 嫌われたくない。姉意外の存在から蔑まれ、拒まれ、嫌われようとも構いはしない、だが……。

 溜め息を吐き、暗い表情のままカイトは更衣室に入ろうと扉を開けた瞬間、暖かい湿気が顔に触れた。

 灯りのスイッチを入れていないにも関わらず何故か更衣室が明るく、ふと下げていた視線を戻してみる。

 そこにはセレナがいた。

 風呂上り、丁度浴室から出てきたばかりだろう、体には拭き残した水滴が付いており、その髪も濡れている。

 セレナの両手には下着を握られており、片足を上げ今まさに履こうとしていた瞬間だった。

 その瞬間を真正面から見てしまったカイト、完全に思考が停止し硬直していると、突然扉を開けて入ってきたカイトに驚いたセレナは声上げて驚いてしまう。

「カ、カイトっ!? きゃっ! はわわわっ!」

 恥ずかしさで耳まで真っ赤になったセレナは直ぐに体を隠そうとしたが体勢を崩してしまいそのまま後ろに大きく尻餅をついてしまう。

「あいたたた……」

 大きく足を広げながら倒れてしまったセレナ、もう何もかも有りの様を見せられたカイトは無意識に一歩後ずさりすると、勢い良く扉を閉めてしまった。

 そのあられもないセレナの姿はカイト脳、目蓋、眼球、全てに鮮明に焼きついており、カイトは意識が朦朧とする中階段を駆け上がるとそのまま自室に入りベッドに飛び込むように倒れた。

(なあああああああああああああああああああああああ!!!?)

 体が熱い頭が熱い全身が熱くて堪らない。

 綺麗で整った胸、濡れた髪、薄らと白い肌に滴る雫の一つ一つ、先程まで全ての光景がカイトにとって予想外の想定外であり刺激が強すぎた。

 興奮は昂り続け無意識に力んでしまい全身が硬く硬直すると、枕に顔を埋めたカイトは過呼吸になりながら目の焦点が定まらずぐるぐると回っている。

 その時、部屋の扉が数回ノックされた音が聞こえてくると、カイトの中で急に罪悪感が芽生え扉の方を凝視してしまう。

「カイトー? 入ってもいいかなー……?」

(姉さん姉さん姉さん姉さん!!? やばいやばいヤバイヤバイヤバイッ!!)

 しまった、まずい、怒られる……全身から冷や汗が溢れ出しカイトは、本来謝らなければならないがつい怖くなり無言のまま扉に背を向けてしまう。

 入ってこないでほしいと思いつつカイトは目を強く瞑った直後、後ろからガチャリと扉の開く音が聞こえてきて息を呑む。

「も~さっきは急に扉開けるからお姉ちゃんびっくりしちゃったよぉ」

 カイトからの返事はないもののセレナはそう言ってベッドの上に座り、背を向けて眠るカイトの頭を優しく撫でていく。

 鼓動が高鳴るカイトはなんと言葉を返していいか分からず沈黙を貫いていた。

 本来なら先程の事を謝らなければならないのだが、カイトは今日セレナを無視している為恥ずかしさもあり今更どのように話しかけていいのかが分からない。

「……ふーん、そっかぁ。カイトはもう寝ちゃったんだぁ」

 そんな素直になれないカイトを見てセレナはあえてそう呟いてみせると、布団を捲りカイトの背中に寄り添うようにベッドの中に入ってくる。

 セレナの意図が分からず困惑し続けるカイトは体を震わせた。

 それは恐怖などではなく、単にセレナが自分と同じベッドで寝ており、体を密着させているのが分かったからだ。

 温かく柔らかい感触が背中を包み、セレナの腕が優しくカイトを抱きしめる。

「ごめんね」

 その時、耳元で呟かれたセレナの一言にカイトは戸惑った。

「カイトが返事してくれないのはお姉ちゃんが悪いからだよね、だってカイトはそんな事する人じゃないって事一番よく知ってるもん。だから……ごめんね。カイトの事、分かって上げられなくて……」

「違うッ……」

 無意識に言葉が出た。

 何故ならその言葉はカイトの心の底から出た本音であり、誤っている事を正したかったからだ。

「姉さんは何も悪くないっ……全部僕が悪いんだ」

 そもそもセレナを無視したのは自分が同情してもらっていると分かったからだ。

 しかし元を辿れば全ては情けない自分に責任があり、周りに心配され迷惑をかけている自分こそが諸悪の根源である事を理解する。

「今日は、その……無視してごめん……ちょっと、色々考えてて……体調も悪かったんだ。それとさっきも勝手に扉開けてごめん……姉さんがいるなんて思ってなくて……」

 今まで黙っていたのが嘘かのようにカイトは謝りつづける。

 するとカイトは肩を軽くつつかれる、その行為にカイトは人に背を向けて謝った所で何の意味もないと気付かされた。

 だからこそカイトは直ぐに体勢を変えて振り返ってみせる。

 怒っているのか、心配しているのか、悲しんでいるのか……カイトは不安を抱いたままそっと目を開ける。

「んふふふふふっ、えへへ~」

 そこには嬉しそうに笑みを浮かべるセレナがいた。

 顔の距離も近く直ぐ目と鼻の先にまで顔を近づけておりカイトは顔を赤らめると、笑みを浮かべるセレナに戸惑いながら聞いてみる。

「えっ? ぼ、僕、何か変な事言った……?」

 カイトには理由が分からない。

 けれど。こうして温かく、優しく、セレナはカイトを迎え入れてくれる。

「ううん、話してくれてありがとう」

 セレナには分かる、どうしてカイトが急に謝ってくれたのかを。

 心配や迷惑をかけまいと必死になるカイトの姿を見て、セレナは再認識する。

「カイトのことだ~いすきっ」

 蟠りが全てなくなったといえば嘘になるのかもしれない。

 けれど今、この一時を共に過ごせる時間の大切さを二人は知っている。

 抱き寄せられるカイトはセレナの腕の中で目を瞑り、抱きしめるセレナもまた安心した様子で目を瞑る。

 互いが互いに優しい世界。

 しかし、カイト自身がその自分の優しさに気づく事はない。

 何故なら嘘で塗り固めた自分自身は偽りであり、その感情も言葉も全ては自分の内から溢れ出る欲求の為。

 カイトが望むものはたった一つ。

『セレナ』、ただそれだけなのだから。

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