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第82話 純粋な嫉妬

 午前の授業を全て終え、昼休みを迎えた生徒達。

 机を近づけ友達同士で弁当を食べる中、カイトは一人きりで弁当箱を取り出し開け始める。

 この昼の休憩時間こそがカイトにとって学校生活の中でも一番安らげる時間である。

 何故なら弁当は姉の手作り、それを毎日食べられるのだから。

 二段重ねの弁当箱を分け蓋を開けてみると、一方には白いご飯が、もう一方には彩りの良いおかずが沢山詰められている。

 手作りの玉子焼きにウィンナー、野菜炒めにミートボール、その他のおかずもどれもカイトの好きなものばかりが入っている。

(相変わらず姉さんの弁当はすごいな……)

 とても高校生が作っているようには見えないその出来栄えにカイトは日々驚かされながらも食べてみると、どのおかずもカイト好みの味付けをされておりご飯が進む。

「それうまそうじゃん、一個くれよ」

 一人黙々と弁当を食べていたカイトは顔を上げると、そこには三人の男子生徒がからかうような笑みを浮かべて立っており、その一人の生徒がカイトの弁当箱に入っている玉子焼きに指を指していた。

「え? いや……ごめん無理」

 やんわりと断り再び弁当を食べ始めようとするが、生徒は手を伸ばし強引に玉子焼きを摘もうとしたが、カイトは弁当箱を持つと素早く自分の方へと引き寄せた。

「いやいや……ほんとやめて……!」

 そんなカイトの嫌がる態度を見て一人の生徒が笑い始めた。

「なにコイツ、本気にしてるしウケんだけど!」

「つーか弁当一つに必死すぎだろ、マジきめぇ」

 そんな罵る言葉など聞き慣れているカイトは三人の生徒を無視して食事を続け始める。

 すると、その態度が気に障ったのかカイトの真正面に立っている生徒がカイトの頭を小突きはじめた。

「無視ってんじゃねーよ。ってかさ、魔法も使えないゴミの癖に学校来る意味あんの?」

 意味なんてない。

 こんな所に好き好んで来ているはずがない。

 しかし、学校に行かなければ姉に心配をかけてしまう。

 それだけは絶対にしたくない……カイトが学校に来る理由はこれだけだった。

 

 その時、一人の生徒がカイトの弁当箱を指先で弾いた。

 まだ半分程中身が入っていた弁当箱は机から落ち、カイトは目を見開き慌てて拾い上げようとしたが間に合わず、弁当は床に落ち中身が飛散してしまう。

「わっりぃ~手ぇ滑っちまった~」

「ぎゃははは! お前ほんと容赦ねーな!」

 悪ふざけを終えた三人の生徒は固まったまま動かないカイトなど目に留めずその場から去っていく。

 カイトはと言えば床に散らばる弁当の中身を見た後、去っていく生徒達の後姿を見つめた。

(なんで? ……なんでこの人達、こんな酷い事が出来るんだッ……)

 自分は何も悪い事なんてしていないのに、こんな事をして心が痛まないのか? 悪いと思わないのか?

 分からない、理解できない、普通じゃない、人間のする行動じゃない。

 狂っている……。

 カイトは椅子から下りて床に膝を突くと、ひっくり返った弁当箱を拾い散らばったおかずを素手で回収していく。

(せっかく姉さんが早起きして作ってくれた弁当なのにぃ゛っ……)

 目頭が熱くなり自然と涙が零れ落ちていく。

 カイトは直ぐに回収し弁当箱を仕舞うと、泣き顔を見られないように机に突っ伏してしまう。

 きっと見られてる、また笑われている。泣き虫だと、弱虫だと、陰口を言われている。

 


 今日一日の全ての授業が終わり、生徒達は皆帰宅し始める。

 カイトもまた鞄を手に教室を出ると、靴箱へと向かい靴を履き替え校舎を出る。

 ふと足を止め校舎の方に振り返る、また明日も此処に来なくてはならないのかと考えるだけで自然と溜め息が漏れた。

 どうして自分がこのような目に遭わなければならないのか───その理由として考えられる要因が一つ。

 それはカイトが魔法を使えないという事。

 この世界の住人は皆体内にレジスタルを宿し、魔力を持っているのは当たり前。

 小学生の頃はまだ魔法についての授業は行われていなかったが、中学生になる頃には簡単な魔法等を教わる。

 しかし、本来誰もが持っている魔力を持たず、この世界の人間なら使えるはずの魔法が使えないカイトは皆から気味悪がれ、からかわれ、馬鹿にされ、虐げられる。

 こんな学校生活がもう二年も続いているが、それでもカイトは一度も学校を休んだ事はなかった。

 周りの生徒達が友達と仲良く喋りながら帰宅する中、カイトはたった一人俯きながら帰宅する。

 一人でいる事に慣れたカイトには別に周りが羨ましいとも思わない。

 一人でも別に構わないのだ、何故ならそれは───。

「だ~れだっ!」

 カイトの後ろから小さく温かい手が出てくると、カイトの目元を覆い隠してしまう。

 咄嗟の出来事にカイトは直ぐに足を止めると、背後から聞こえてきた声に反応して声をあげる。

「わっ!? ね、姉さん……?」

「ぶぶーっ! 姉さんという名前の人ではありませーん」

 からかうような少女の言葉にカイトは肩の力が抜けると、今度はちゃんと名前を言ってみせる。

「セ、セレナ姉さん」

「せーいかい!」

 カイトの目元から両手を放し姉の『セレナ』がカイトの前に立つと、両手を後ろに組み覗き込むように顔を見上げてくる。

「どーしたの? 元気なさそうに見えたけど?」

「そ、そんなことないよ! ちょっと考え事してただけ、それより姉さんは今日早いんだね」

「うん、委員会の業務も今日は無かったの。これで夕方恒例の特売セールに間に合うわね! 今日のお夕飯は何がいい?」

「……ビーフシ───」

「ビーフシチューは禁止~、一昨日に食べたでしょ? カイトは何食べたいか聞いてもいっつもそれなんだから」

「何がいいって聞いてきたの姉さんじゃん。まぁ、僕は別になんでもいいよ」

 なんでもいい、姉の作る料理を不味いと思った事はないし、自分の為にいつも手料理を振舞ってくれるのだから文句は言わない。

「じゃあ今日はトマトを使った───」

「トマト禁止! いくら姉さんの料理でもトマトだけは絶対無理だから!」

 はずなのだが、トマトだけは苦手なカイトは全力でトマト料理を拒否する。

 当然セレナはカイトの嫌いな食べ物を知っている為、なんでもいいと言ったカイトをからかう為に言っている。

「あれ~? なんでもいいんじゃなかったのかな~?」

 上目遣いでカイトに詰め寄ってくるセレナに対し、カイトは溜め息を吐くと適当に最近食べていない料理を言ってみせた。

「姉さん……はぁ、もう分かったから。今日は……オムライス食べたい」

「よしっ! オムライスけってーい! それじゃあ一緒にお買い物行こっか」

「うん……え?」




 こうしてカイトとセレナは制服のまま近くのスーパーマーケットに向かう。

 店の中に入りセレナが籠を手に取ろうとしたが、カイトが素早く籠を取り上げるとセレナが手に持っていた鞄も優しく取り上げてしまう。

「僕が荷物を持つよ、姉さんは食材を選んで」

「ありがとう、カイトは男の子だから頼もしいねー」

「そんな大した事してないでしょ……」

 二人で軽く雑談をしながら野菜売り場へと向かい、セレナは玉葱を手に取るとどちらを選ぼうか迷っていた。

 そんなセレナの後ろ姿をカイトはじっと見つめており、視線を感じたセレナは両手に玉葱を持ったまま振り返る。

「ん?」

 セレナと目と目が合った途端、カイトは直ぐに視線を逸らすとどもりながら喋り始める。

「っ! ど、どっち買うか決まった?」

「んー、そうねー。あ、これかな!」

 セレナは手に持っていた玉葱ではなく別の場所に置かれていた玉葱を手に取りカイトの持つ籠の中に入れる。

 正直カイトには全く見分けがつかない為、何故こっちの玉葱を選んだのかは分からない。

 するとセレナは肉売り場に集る人影を見た途端、店員が手にもった鐘を鳴らしながら大声でお客を集め始める。

「あっ! カイト、ちょっとここで待ってて!」

 それが特売の合図だというのはこのスーパーを利用している人なら誰もが知っており、セレナもまた目の色を変えて肉売り場へと足早に向かっていく。

 安くて品質の良い肉を主婦達に紛れながらも選別するセレナを見たカイトは、とてもじゃないが自分ではあの中に入っていけない事を悟る。

「あれ? カイト君……?」

 その時、ふと後ろから名前を呼ばれ振り返ってみると、そこには制服姿のユイが首を傾げて此方を見つめていた。

「やっぱりカイト君だ、こんにちは」

「こ、こんにちは……」

「カイト君もお買い物?」

「うん、姉さんとね」

 そう言って甲斐斗が視線を逸らすと、その視線の先からユイが両手にパックに詰まった肉を持って近づいてきていた。

「お待たせ~いっぱい買ってきちゃった。あ、ユイちゃん! こんにちは」

「こんにちは、セレナさん今日の夕食の材料を買いにきたんですか?」

「うん、ユイちゃんも?」

「はい、今日から両親が出張でいないから私が作ろうと思ってます。たまにはリーナにもゆっくりしてもいらいたいし───」

 セレナとユイの会話を聞きながらも甲斐斗の意識が二人から外れ周りの人達に視界を向ける。

 夕時なので人も多い、夫婦で買い物に来ている人もいれば子連れで来ている人、ゆっくりと籠を載せたカートを押す老人、スーツを来た社会人、群れて行動する学生───。

 そしてふいに視線を戻すと、目の前にはセレナ。……と、ユイが自分の前に立っている。

 これで良い。

 これでこそカイトの世界であり、カイトを満たす世界なのだから。

 二人が雑談している会話の内容など聞いてもおらず、ただただ楽しそうに喋る二人をカイトは安堵の表情で見つめていると、ふいに二人の視線がカイトに向けられた。

 急に二人に見つめられたカイトは驚いた様子で戸惑ってしまうと、ユイが笑顔で話しかけてくれた。

「そういう訳だから、よろしくね!」

「……えっ、よろしくって、何が……?」

 余り話を聞いていなかったカイトはきょとんとしていると、セレナが事情を説明し始める。

「聞いてなかったの? 今日はユイちゃんのお家で一緒にお夕飯を作る事に決めたの」

「ユイさんの家で? ふーん……」

 そういえば先程ユイの両親が出張だとか聞こえてきた事を思い出すと、ユイがセレナの方を向いて軽く頭を下げる。

「ありがとうございます! セレナさんに料理を教えてもらってリーナをびっくりさせてやりますよ!」

「うん! 一緒に頑張ろうユイちゃん!」

 意気投合する二人を余所にカイトは手に持っている買い物籠と鞄を軽く持ち直すと、それを見たセレナが次の食材売り場へと歩き始める。

 その後ろに続いてユイとカイトが歩き始めると、三人は買い物を続けるのであった。



 それから買い物を終えた三人はユイの家へと帰宅していると、ふとユイが公園の前で足を止める。

「あの、ちょっとだけ寄り道いいですか?」

「うん、いいよ」

 セレナとカイトを見てそう問いかけるとセレナは快く頷くが、カイトは不思議そうに首を傾げた。

「僕も別にいいけど……まさか公園で遊ぶの?」

「違う~! こっちこっち!」

 ユイは駆け足で公園の中に入っていくと、二人も続いて公園の中に入っていく。

 するとユイは茂みの中に入ってしまい姿が見えなくなると、二人も茂みの中に入ってみた。

 そこにはユイが背を向けて屈んでおり、二人は左右からユイに近づき覗いてみると、そこには一匹の三毛猫がユイの両手で気持ちよさそうに撫でられていた。

「わぁ~! 猫さんだ~!」

 猫を見た途端セレナも直ぐに屈みながらユイと一緒に猫を撫ではじめると、ユイは手に持っていたスーパーの買い物袋から先程買ってきたばかりの小さな牛乳パックを取り出してみせると、猫の直ぐ近くに置かれていたプラスチックの器に注ぎ始める。

 どうやらユイは度々ここにきては野良猫に餌を与えていたのだろう、カイトはそう思いながら猫を可愛がる二人を見つめていたが、その視線の先がふと牛乳を舐める猫に向けられた。

 可愛い。

 猫は可愛い、だから愛される。単純な事だ。

 だから……ああ、可哀想に。

 この公園の何処かにいる昆虫や爬虫類は愛されない。

 何もしなくとも存在しているだけで気味悪がられ、害悪と認識され、嫌われる。

 目の前に弱っている犬や猫がいれば同情して助ける人がいるかもしれない。

 けれど目の前に弱っている昆虫や爬虫類がいた所で人は同情などしないし助けたりなどしない。

 ……しかし、それが悪だとは思っていない。

 何故ならそういう思考を持つ生き物こそが一般的な『人間』なのだから。

「ねえねえ、カイト君も撫でてみれば?」

 そして、それはカイトも同じ。

「うん」

 ユイに声をかけられたカイトは地面に片方の膝を突き屈むと、ゆっくりと猫に手を差し伸べる。

 猫は逃げたりなどしない、カイトは猫の頭を優しく撫ではじめると、猫はじっとカイトを見つめ始める。

「可愛いね」

 そう言ってカイトも猫を見つめたまま、視線を逸らす事はなかった。

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