第81話 仮初の真実
邪神に言われるがまま、美癒と空は黒剣の柄を掴み暗黒に包まれる。
まるで別世界へと行くような亜空間の中で美癒と空は互いに手を握り締め、そして美癒達は願った。
過去に甲斐斗達に何が起きたのか、嘘偽りのない真実を見せてほしいと───。
魔法と科学が両立して発展した文明の世界、『アルトニアエデン』。
治安が良く都市には高層ビルが並びつつ、町の中には多くの木々が並び自然も豊富な場所。
その世界にある市街地に、一人の少年は一人の姉と二人で暮らしていた。
「ん……」
目覚まし時計が鳴る手前、カーテンの隙間から差し込む朝日に少年は気付くと、眠たい目蓋を擦りながらゆっくりとベットから起き上がる。
朝が来た、少年は軽い溜め息を吐いた後、自室の壁に掛けてある制服を手に取り着替えを始める。
それは何時もの事で馴れており、すぐさま服を着替え部屋を出ると、そのまま一階に続く階段を下り洗面所へと向かうと歯磨きを始めた。
歯磨きをしていると髪が寝癖で軽く跳ねているのが分かり手に水を濡らし軽く整えた後、少年はリビングへと向かうその部屋の扉を開ける。
「おはよう! 朝ご飯できたよ~!」
扉を開ければ一人の少女が笑顔で挨拶をしてくれた。
美しいブロンドの長髪を束ね、制服の上にエプロンを着ている少女はお皿の上に目玉焼きを置くと、そのお皿をテーブルに持ってきてくれる。
「おはよう、姉さん」
何時もの事。
少女の挨拶に少年は挨拶を返すと朝食の準備が整いつつあるテーブルの席に座りガラスコップに注がれた牛乳を飲み始める。
そしてテーブルの上に置かれてあるテレビのリモコンを手に取ると、テレビの電源を点け何時も見ている朝のニュース番組を見だした。
「いただきます」
そう言って少年は軽く両手を合わせた後テーブルに並べられた朝食を食べ始めるが、視線はテレビばかりに向けられている。
昨日の出来事や天気予報等、少年はその情報を見ながら朝食を食べ始めると、朝食の準備を終えた少女もまたエプロン脱いだ後テーブルの椅子に座り両手を合わした。
「いただきます!」
そう言って自分の用意した朝食を食べ始める少女に、少年は横目でチラリと見た後、再びテレビへと視線を戻す。
朝のニュース番組を見ていると様々な最近の出来事が見れる。
天気予報や最近の注目されている出来事などが並べられていく中、少年はある一つのニュースに反応した。
『自殺』
それは一人の少年が自殺をしたとされるニュースだった。
ニュースキャスターが自殺した少年の過去や人間関係の状況等を解説していく中、少年は言葉を吐き出した。
「自殺ってすごいよね」
「ん?」
少女は少年の言葉を聞き直そうとすると、少年はテレビを見ながら淡々と喋り始める。
「いや、自殺出来る勇気があるなら何でも出来るだろって思っただけ」
少年は少女が用意してくれた朝食を食べならがそう言うと、少女もまたテレビを見ながら話し始める。
「そうだねー、せっかくの自分の人生なのに亡くなる事を選ぶなんて勿体ないよね。生きていたら嬉しい事や楽しい事だっていっぱいあるのに」
「僕もそう思うな」
いいや思わない。
だが少年がそう思っていなくとも、少女の前ではそう言わざるを得ない。
朝のニュースを見ながら二人は朝食を済ませ、少女が用意してくれた弁当箱を鞄に入れる等身支度を済ませ玄関へと向かう。
「忘れ物ない? 確認した?」
一緒に靴を履き替えた後、少女は何時もそう言って聞いてくる。
「……毎朝同じ事言わなくても大丈夫だから、ちゃんと確認してる」
その言葉を毎朝聞いている少年はうんざりした表情でそう答えると、少女は笑顔で玄関の扉を開けた。
「よし! それじゃあいこっか!」
他愛の無い話をしながら毎朝一緒に学校へと向かうが、少年の行く中学校と少女の行く高校の場所は少し離れており、いつもの分かれ道で二人は夫々別の道を歩き出す。
少女は軽く手を振った後高校へと向かい、少年は足を止め少女の後姿をしばし見つめる。
朝日に照らされながら靡く髪は美しく、少年は見惚れるように姉の後姿を見つめていたが、ふと視線を逸らし学校へと向かいはじめた。
通学路には何人かの生徒の姿も見え始め、少年は軽く視線を下げたまま歩き校門を通り過ぎる。
靴箱で上履きに履き替え二階の教室へと向かい扉を開ける、既に数人のクラスメイトがいるが少年の事など誰も見向きもせずに雑談している。
少年はそのまま窓際にある自分の席に座り鞄から教科書やノート等を取り出し机の中に入れ始めようとしたが、机の中に入れた手に冷たい感触が伝わってくると、少年はその物体が何かを確かめる為に机の中から取り出した。
ボロボロに汚れた雑巾、それも少年の机の上に水が滴り落ちる程の大量の水を吸い込んでいる。
少年は雑巾を持ったまま直ぐに席を立つと、教室の奥に置いてある掃除用具箱の中に雑巾を戻し、再び自分の席に戻った。
特に珍しい事でもない、少年は何事もなかったかのように教科書を机の中に入れ始める……だが、その目には次第に涙が浮かび始めており、全ての教材を仕舞った後直ぐに両腕を重ね枕のようにして寝始める。
うつ伏せの為誰からも顔は見られない、だから自分が泣きそうになっているなんて思われない。
微かに笑い声が聞こえてくる、今の自分を見て笑っているのだろうか? 少年は考える事を止め時が来るのを待ち続けた。
「カイト君!」
「うわっ!? ユ、ユイさん……?」
突如、名前を呼ばれながら大きく肩を揺さ振られた少年『カイト』は飛び起きると、そこには隣のクラスの生徒である少女『ユイ』が立っていた。
何故、どうしてこの教室にいるのか分からず、ふと壁に掛けてある時計を見ればもう直ぐ朝礼の時間が来ようとしていた。
「起こしてごめんね、実は今日の一時間目が国語なんだけど教科書忘れちゃったみたいで……えへへ」
「ユイさんが忘れ物なんて珍しいね。いいよ、はいこれ」
その言葉だけで後は何をしてほしいかなど察しがつく、少年は机の中から国語の教科書を取り出すと、それをユイに手渡した。
「ありがとう! 一時間目終わったら直ぐに返すね、あれ……?」
手渡された教科書が濡れている、ユイは教科書を裏返し裏面を見てみると、水を含み湿っているのに気付いた。
それを見たカイトは慌ててユイから教科書を取り上げるとユイから視線を逸らしてしまう。
「あっ! その……これ、飲み物零しちゃって、まだ乾いてなかったんだった……ごめん」
あの時、焦って教科書を急いでしまったせいで机の中の水を拭き忘れていた事を思い出したカイトは歯がゆい気持ちでいると、ユイは笑顔で喋り始める。
「大丈夫大丈夫、拭けばいいだけだから」
そう言ってスカートのポケットからハンカチを取り出すと、カイトの持つ教科書から水を拭き取ろうとしたが、カイトは素早く教科書を振り上げユイに触らせようとしない。
「いや、ハンカチ汚れるから! しまって!!」
雑巾の水で汚れた教科書でユイの持つ白くて可愛らしいハンカチを汚させまいと必死に抵抗し、急いで自分の制服の袖で教科書の水を拭き取り始める。
「ほら、もう全部拭き終わったから……」
そう言って教科書を差し出したが、よくよく考えてみればこんな濡れて汚れた教科書を人に貸すのも気が引ける為、再び教科書を机の中に戻そうと思った。
「……やっぱり、他の人から借りた方が───」
しかし、ユイはひょいと教科書を取り上げてしまうと、軽く頭を下げてお礼を述べ始める。
「ありがとうカイト君! それじゃ~!」
どうやらカイトが喋っていた言葉が聞こえていなかったらしく、教科書を貸してもらったユイは自分のクラスへと戻っていくと、擦れ違い様にカイトのいる教室の担任の教師が教室に入ってくる。
それを見てカイトは思うのだ、ああ、またいつもの一日が始まるのだと。
一時間目の授業、それはカイトにとって一番嫌いな授業だった。
それは魔法についての勉強。教室で魔法の勉強をする時もあれば専用の教室に行き実習する時もある。
今日の授業は特別教室ではなく何時もの教室で行われる授業であり、生徒達は男教師の指示の元準備に取り掛かる。
生徒達は各自机の上にガラスで出来た四角い箱を置くと、その箱の各面には薄らと魔法陣が描かれていた。
「よーし、それじゃあ今日は昨日の授業で教えた魔法の扱い方について説明するぞ。各自、先ずは両手を翳して光りを作ってみろ」
そう言われた生徒達はガラスの箱を左右から挟むように両手を翳すと、その箱の中に蝋燭の灯り程の小さな光りが生まれ始めた。
その色、形、大きさは人によって異なる。
「ほら! 俺のすごいでけーぞ!」
一人の少年はそう言って自慢げの自分の作り出した大きな白い光りを回りに見せびらかし。
「わぁ、私のとっても綺麗な光りができたよ!」
一人の少女はそう言って桃色の小さな光りを隣の友達に見せ始める。
和気藹々と皆が魔法の授業に取り組む中、カイトだけはガラスの箱に手を翳すことなく俯いたまま何もしようとしない、それを見た教師が直ぐにカイトに近づいてくと声をかけ始めた。
「おい、なにサボってるんだ。お前もさっさとやってみろ」
「は、はい……っ」
言われるままに両手を箱に翳す。だが一向に光りが灯る事はなく、カイトは直ぐに手を翳すのを止め諦めてしまう。
「出来ませんでした」
そんなカイトを見て周りからはクスクスと笑い声が聞こえてくると、教師は腕を組み溜め息を吐く。
「出来ませんって……真面目にやってるのか?」
「やってます! でも、僕には出来ないんです……前にも言ったじゃないですか……」
カイトは教師の高圧的な視線を避けるよう目を横に逸らすが、周りの生徒達が面白そうに自分を見ているのを見て俯いてしまう。すると一人の男子生徒が手を上げて喋り始めた。
「せんせー、こいつサボろうと必死なんすよ。中学生にもなってこんな簡単な魔法が使えない奴なんている訳ないじゃないすか~」
「っ……!」
その生徒の言葉にカイトを歯を食い縛ると、悔しさで両手の拳を握り締める。
「うわっ、怖~い。手ぇ震えてるんだけど……」
そんなカイトを見ていた女子生徒は気味悪がり、カイトの後ろに座っていた男子生徒がカイトの椅子を下から蹴り上げながら声をかけてきた。
「何だおいキレてんのか? それとも泣いてんの? おら、何か喋れよ」
何度も椅子を蹴り上げらても尚カイトは俯いたままじっとしていると、教師が周りの生徒達の視線がカイトに集っているのを見て自分の掌を軽く叩いた。
「こらこら、お前達も余りからかうなよ。授業続けるぞー」
それから授業は再開し魔法についての授業が続けられていくが、その後もカイトは俯いたまま授業は終えてしまう。
「ちょっと来なさい」
魔法の授業が終わり休み時間になると、先程まで魔法を教えていた教師がカイトを手招きして呼びつける。
カイトは机に突っ伏し寝ようと思っていたが、教師に呼ばれ渋々教師が立っている教卓へと歩いていくと、後ろから突き刺さる複数の視線に眉を顰めた。
「先生はな、お前が中一の時から魔法が苦手なのは知っている。だからって諦めたら駄目だろ? 違うか?」
「い、いえ……違いません」
「お前は他の人よりも遅れているんだ、自覚はあるのか? しっかり勉強して周りに追いつかないと駄目だよな? それも全部お前の努力次第なんだぞ。 先生、間違った事言ってるか?」
「言ってません……」
他の生徒がいる前で一人教師に怒られ続けるカイトは恥ずかしさで顔が赤くなり、教師の説教が終わった頃には少し目に涙を浮かべていた。
ここで泣いたらまた笑われる、からかわれる───そう思い直ぐに教卓の前から自分の席へと戻ろうとした時、ふと教室の入り口の前で立つユイと目が合った。
(見られた……?)
カイトは直ぐに視線を逸らし逃げるように席へと戻るが、ユイは教室に入ってくると椅子に座っているカイトの前に立ち両手に持っている一冊の本を差し出してきた。
「カイト君! はいこれ」
それは今朝、カイトがユイに貸した教科書だった。
「貸してくれてありがとね、先生に怒られなくてすんだよ~」
「そ、そう……良かったね」
どうやら先程まで自分が教師に怒られていた事に気付きていないらしく、カイトは安心して手渡された教科書を机の中にしまう。
「ねえ、さっき先生に何言われてたの?」
「へっ!?」
怒られていた所を見られていた……カイトは恥ずかしさで頭が真っ白になり言葉が出ない。
ユイはきょとんとした表情で首を傾げており、カイトは沈黙が続くのが嫌で躊躇いながらも何かしら答え始める。
「えーっと……勉強、頑張れって……言われてた」
「ふーん」
色々端折ってはいるが間違ってはいない、カイトはユイから視線を逸らし続けたままそう答えると、ユイはそれ以上何も聞かずにカイト前から去っていく。
するとカイトの視線は直ぐにユイに向けられ、長髪を靡かせ教室からを出て行くユイの後ろ姿を見つめてしまう。
すると、近くの席から男子生徒の話し声が聞こえてきた。
「ねえ、なんであいつって隣のクラスのユイさんと仲が良いの?」
「確か幼馴染らしいよ、家が近くなんだってさ」
「マジかよッ、あんな奴の幼馴染がユイさんとか勿体無さ過ぎるだろ……クソッ」
話しを聞いていた生徒は机の上に散らばっていた消しゴムのカスを丸め寝ているカイトの頭目掛けて投げつける。
髪の毛に何かが触れる感触が伝わってきたカイトはいつもの事なので無視して寝たふりを続けながらもユイの事を考えていた。
確かに、カイトとユイは幼馴染である。
だが、それ以上の関係ではない。
小学生の頃、家が近かった為に一緒に遊ぶ事はあったが、中学生になってから一緒に遊ぶ事はなくなった。
特に連絡を取り合う仲でもなく、互いの携帯電話の番号やメールアドレスも知らない。
時々話す事があってもカイトからユイに話しかける事はない、今回のように一方的にユイから話しかけられる事しかないが、その頻度も極僅かなものだった。
親密でもければ特別仲が良い訳でもない、ただの幼馴染、たったそれだけの関係。
(どうでもいいや……)
ふと、そんなどうでもいいユイの事など考えるのを止め、次の授業が始まるのをカイトはひたすら寝て待ち続けるのであった。




