表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/93

第79話 審判の日

 美癒を目の前で傷つけられ、弄ばれた。

 美癒から幸せな日々を奪い、穢した。

 甲斐斗の怒りは頂点に達し、目の前にいる女、ジャスティア・リシュテルトを完全に抹殺する為に速攻を仕掛ける。

 相手は一人、例えどんな相手が現れようとも甲斐斗は自分が負ける気など一切無かった。 



 だが、甲斐斗は知らない。

 この目の前に立つ憎き女が、アルトニアエデン『白兵戦最強の戦乙女ヴァルキュリア』だという事を。

 甲斐斗は右手に黒剣を召喚しジャスティア目掛け振り下ろすと、ジャスティアもまた剣を振り下ろし、互いに競り合うように刃をぶつける。

 ジャスティアの白剣と甲斐斗の黒剣、互いの刃は競り合い激しい衝撃波が周囲を襲う中、互いは目を見開き一切瞬きをしない。

「あァァァア゛ッ? てめえの力はこの程度かァッ゛!?」

 刃をぶつけて分かる相手の力量に甲斐斗は余裕の笑みを浮かべると、力押しで突破しようと剣を押し出そうとした瞬間、ジャスティアは剣を引くと同時に甲斐斗の押す力を利用し体勢を崩させる。

 だが、その程度の動きなど甲斐斗も予想しており、ジャスティアが交わした方向へと寸分狂いなく黒剣を振り上げた。

 するとジャスティアは剣先で僅かに黒剣の軌道を逸らすと、大地を踏みしめ自分の体に魔力を集わせ爆発させる。

 魔力の爆発を推進力に動く超高速移動による斬撃、既にジャスティアは甲斐斗の遥か後方に立っていた。

「お前の動きは単純単調、さっさと本気を出せ」

 ジャスティアには見なくても分かる、一瞬にして十回以上の斬撃を甲斐斗に浴びせたのだ。

 しかしその程度で甲斐斗がくたばると思ってもいない、予想通りジャスティアがその場から跳躍した直後、後方から迫ってきた黒い光がその場にある全てを掻き消し通り過ぎていった。

「抹消魔法。その威力は絶大だが当たらなければ意味は───」

 地上を通り過ぎた黒い光りだが、跳躍し回避したはずのジャスティアに下から迫ってくる。

 何故なら甲斐斗は右腕を振り上げ魔法を発動したまま跳躍したジャスティア目掛け照準を合わせようとしていたのだ。

「無い」

 ジャスティアがそう呟いた直後、空中にいるにも関わらず再び体内の魔力を爆発させ高速移動を行うと、魔法を放ち続ける甲斐斗の右腕を簡単に切り飛ばしてしまう。

 それでも甲斐斗は何の動揺もなく血飛沫を上げる右腕の傷口から煙のように闇が溢れ出すと、無数の刃を形どりジャスティアに襲い掛かる。

「オ前、剣を振ル事しか脳が無エのかァ?」

 前方から迫り来る無数の刃を前にしてもジャスティアは剣一本で受け流しながら両断していくと、ジャスティアを囲うように足元から忍び寄る影が鋭い刃と化して一斉に突き出された───が、即消滅。

 薙ぎ払うように振り回された剣は光りを放ち甲斐斗の影を全て消滅させると、余裕を見せるかのように再び剣先を地面に突き刺し構えてみせた。

「お前、まさか剣一本で殺られはせんだろうな……?」

 その余裕は、命取りとなる。

 既に甲斐斗は右腕を振り上げた状態でジャスティアの眼前に迫ってきており、それに気付いた瞬間に甲斐斗の声が聞こえてくる。

「耐エてミせろ」

 甲斐斗から振り下ろされる拳、ジャスティアは咄嗟に剣を盾にし直撃を免れる……しかし、その力は計り知れないものだった。

 まるで弾丸のようにジャスティアは吹き飛ばされると、両足を地面につけ踏み止まろうとするジャスティアをあざ笑うかのように体の勢い止まらず衝撃で両手が痺れ始める。

「ふむっ……」

 予想以上のダメージに驚きを見せると、既にジャスティアの背後を取った甲斐斗の声が再び聞こえてくる。

「足掻イてみセロ」

 炸裂する右足による蹴り、ジャスティアは剣での防御が間に合わず両手を構え手甲で受け止めにかかるが再び体は吹き飛ばされ止まることが出来ない。

「ほぅ……っ」

 立て続けに受ける衝撃に両手の感覚が鈍り違和感を感じると、再び吹き飛ばされた方向に甲斐斗は剣を振り上げた状態で立っていた。

「抗ッテみセろォッ!!」

 剣の根元から先端にかけて複数の魔法陣が浮かび上がると、剣は黒く眩い光りを放ち始める。

 すると、ジャスティアは吹き飛ばされながらもその力を利用するかのように更に加速させると、剣を構え真っ向から甲斐斗に接近しはじめた。

「それは───私の台詞だ」

 同時に剣を振るい一閃が見えた後、ジャスティアは甲斐斗の後方に立っており、構えを解いて後ろに振り返ってみせる。

「どうした? お前の力、よもやこの程度ではあるまい……?」

 宙を舞いながら甲斐斗の両手がジャスティアの足元に落ちると、その腕を踏み躙りながら首を傾げる。

 一方甲斐斗は両腕を切り落とされたものの何食わぬ顔をしており、本来血が吹き出すはずの腕の傷口からは闇が漂っていた。

 甲斐斗にとってこれ程の傷などダメージの内に入らない、何故なら驚異的な再生能力の前ではあらゆる攻撃が無力と化すのだから。

「チッ、調子ニ乗リやガッてぇ……。ン……ッ?」

 しかし、今回は違った。

 再生された両腕は確かに元の形には戻ったが、両手は黒く染まったまま全く力を籠める事が出来ない。

「何だッ……? 力が……ぐっ……ギァあああああアアアッ゛!?」

 その直後、甲斐斗の腕に無数の斬撃が襲い、再生しかけていた腕が再び宙を舞う。

 ジャスティアはただ、剣を地面に突き刺したまま立っているだけだと言うのに───。

「十三回だ」

 無数の斬撃を浴びせたジャスティアがそう呟くと、動揺する甲斐斗に向けて言葉を続ける。

「十三回、私はお前を斬った」

『十三回』───ジャスティアは確かにそう言ったが、甲斐斗が腕に浴びた斬撃はたった一度、それも直ぐに回復できる程のダメージのはず。

 甲斐斗の両腕から闇ではなく血が僅かに滴り落ちると、再び再生を始める甲斐斗を前にジャスティアが言い放った。

「この『十三本の剣』でな」

 突如、ジャスティアが地面に突き刺していた剣が光りを放ち十三本の剣に別れる。

 一本一本の剣が強力な魔力を帯びており、大剣や小剣、細剣など多種多様の剣がジャスティアを囲うように浮いていた。

「私の具現化したレジスタルは一本の剣ではない、十三本の剣の『集合体』だ。そしてこの剣には夫々一つ一つ異なる能力を持っている」

 本来では考えられない異常なレジスタルの具現化、甲斐斗は未だ完全に再生されない腕を垂らしたまま圧倒的自信を見せるジャスティアを見つめる。

「その一つ。私の斬撃に一度でも触れれば、お前は十三回同様の攻撃を味わう」

 突如、甲斐斗を胸元に百を超える斬撃が浴びせられる。

(グがッ!? なンダ、こいツの攻撃はッ───!?)

 その間もジャスティアが攻撃を仕掛けた様子はなく、甲斐斗は全身から血飛沫を上げながらジャスティアと戦い始めた直後を思い出す。

 甲斐斗はジャスティアの攻撃など諸共せずに攻めだけに転じていたが、斬られたといってもたった数回、甲斐斗の再生能力があれば恐るに足らない。

 しかし、もし一度斬られた所に再び攻撃が、それも『十三回』もされるとなれば甲斐斗の再生能力をもってしても完全に再生するのには時間が掛かってしまう。

「私が一度斬れば、その十三回の斬撃を何時浴びせられるのかを私が自由に操れる。一度に十三撃を与える事も出来れば、時間差で斬撃を浴びせる事もな」

 その言葉に甲斐斗はジャスティアとの開始直後に攻撃を受けたのを思い出すと、ジャスティアは呆れた様子で溜め息を吐いた。

「この程度の能力に気づく事すら出来なかったか? 愚かな……」

 ふと甲斐斗の目の前からジャスティアの姿が消えると、微かに風を感じた甲斐斗は思わず息を呑む。

 目にも止まらぬ速さで確かに自分を横切り、再び元の位置に立ってみせたジャスティア……。

「───ほら、今まさに、お前を『百回』斬ってやったぞ」

『百回』───その言葉から導かれる答えに辿り着くよりも早く、甲斐斗の千を超える斬撃が襲い掛かる。

「踊り狂え」

 その言葉の通り、甲斐斗は一瞬にして降りかかる千を超える斬撃の前に悲鳴を上げた。

「グぎャァああああああああああ゛アアあアア゛ア゛ア゛ッ!!?」

 再生が間に合わない───傷口からは闇諸共血が吹き出し、甲斐斗は一瞬にして真っ赤に染まり、甲斐斗の足元もまた大量の血で染まり始める。

「汚い悲鳴だな、それとお前は自分の絶大な魔力と再生能力を過信している。だが、私は知っているぞ、お前は不死身でもなければ無敵でも最強でもないとな……そうだろう? カイト・スタルフ」

 血反吐を吐き散らし跪きながら目を見開く甲斐斗、その目からも血の涙が滴り落ちるが、ジャスティアから名前を呼ばれ眼球が無造作にジャスティアに見つめる。

「っ……オ前……何者だッ……?」

 自分に傷を負わせた人間、それがたった一人の女である事に甲斐斗は信じられずにいた。

 今まで戦ってきた殆どの者は自分の力を前にすれば『畏怖』したものだ。

 しかしこの相手は今までの相手とは違う、本気を出した自分を前にしても一切『畏怖』せず戦っている。

 そして今まで戦ってきた者の誰よりも剣術が長けており、本気を出した自分に対し互角以上の戦いを繰り広げているのだから。

 放心状態の甲斐斗を前にジャスティアは立つと、見下すような視線で睨み始める。

「十八年前に起きた『血の楽園』、 私はその数少ない生き残りだよ」

「っ゛……あぁ゛……!」

 十八年前───『血の楽園』────。

「お前が滅ぼしかけた世界『アルトニアエデン』。その国王であるリシュテルト家の者……それが私、ジャスティア・リシュテルトだ」

 アルトニアエデン───リシュテルト───。

「お前が私に何をしたか憶えているか? ああ、お前自身は『直接』私に手を出してはいないか。……だが、だからこそッ、お前はッ゛……十八年前と同じ事をしてやろう。今度は私の手で、直接あの日の再現をな」

 歯を食い縛り睨みつけていたジャスティアはそう言って微かな笑みを見せると、その言葉の意味を悟った甲斐斗が息を呑んだ。

「やメ……ろッ……」

 全身が言う事を聞かず跪いたまま立ち上がる事すら出来ない甲斐斗は目を見開きながらそう呟くが、ジャスティアはそんな甲斐斗の顔を見て満足そうな表情を浮かべると、未だに項垂れる美癒の元へと歩き始める。

「立て」

 美癒の髪を右手で鷲掴み強引に立ち上がらせるが、美癒の足元は覚束なくまともに立っていられない。

 それを見たジャスティアは美癒の後ろ手に拘束していた器具を外すと、今度は両手を上に伸ばし自らの魔力で作り出した拘束魔法で吊るし上げるように両腕を固定しなおす。

「魔法使いになれた気分はどうだった? この数ヶ月、存分に楽しめただろう?」

 意識が朦朧とする美癒にジャスティアは顔を近づけ囁きかけると、今度は左手で美癒の魔装着の摩りながら口を開く。

「随分と幼稚な魔装着ではないか、まるで御伽噺に出てくる魔法少女のようだ」

 戦う為の魔装着とは思えない作りを見てジャスティアは鼻で笑うと、漸く意識を取り戻し始める美癒に向かって淡々と言葉を投げかけていく。

「可愛らしい衣装を着て、他人より特別な力を持ち、夢物語のような毎日を過ごす……きっとその世界には穢れなど無いのだろう。しかし残念だったな……お前はその世界の人間にはなれない」

 美癒の全身を弄るように触った後、再び顔を近づけ虚ろな瞳の美癒を睨みつけるジャスティア、その目に宿る意思の力は決して揺らぎはしない。

「お前のいる世界は最初から醜く歪み穢れていたのだ。これで分かっただろう? お前が幸せになる事は決して無い、ふふっ……どうだ? お前はそれでも尚、自分が幸せであると言えるか……?」

「わ……、私……はっ……!」

 力を振り絞りながら喋り始めた美癒、だがその直後にジャスティアの後方から大剣を持って迫ってくる甲斐斗を見て言葉を止めてしまう。

 甲斐斗の気配に気付いたジャスティアは余裕の表情で振り返り地面に突き刺していた剣を手に取り甲斐斗の一振りを受け止めようとした。

「ソこを退けぇッ!!」

 だが、ジャスティアは甲斐斗の一撃を受け止める事が出来ず遠くまで吹き飛ばされてしまうと、空中で体勢を立て直し地面に着地したジャスティアは自分の両手に違和感を感じめる。

「むっ……?」

 甲斐斗と剣を交えてた時にも感じた両手の痺れ、どうやら剣を交える度に走る衝撃により両腕は微かにダメージを追っていた事に気付く。

「だが、何ら問題はない」

 ジャスティアの言うとおり、この痺れが有るからといって力が衰えた訳ではない。

 無論、素早さが落ちる事も無ければ正確な剣術も健在であり、むしろあの『魔神』相手にこれ程の支障しか出さないジャスティア自身の戦闘力が異常だった。

 


「異常ナのハ……オ前だケじゃアねえンだゼ」

 甲斐斗の言葉が聞こえてきて初めて自分の手を見ていたジャスティアが視線を戻すと、そこには何重にも魔法陣が重なった右手を突き出した甲斐斗が立っていた。

「また懲りずに抹消魔法か、一度目に通用しなかった攻撃が二度目で当たると思っているのか? 愚考だな」

 甲斐斗の魔法の速さは既に見切っており、自分がその魔法よりも素早く動ける事も認識している。

 不意打ちで放たれても決して当たらない自信があるジャスティアにとって、真正面から堂々と放たれる魔法など目を瞑っていても避けられる自信があった。

「アアそウかィ、ナら……避ケれるモノ避けテみロッ!!!」

 既に準備は整った、目を見開いた甲斐斗は右手を突き出したまま左手も突き出し両手を構えてみせると、先程まで右手だけで籠めていた魔力が両手に流れ甲斐斗を渦巻くように激しい突風が吹き起こる。

 その急激な魔力の上昇にジャスティアが微かに反応するが、甲斐斗は勝ち誇った笑みを浮かべながら口を開いた。

「対決ニおける最モ愚かナ敗因……ソレは『油断』だ、アばよ」

「っ!?」

 この時、初めてジャスティアは自分の命が危機に瀕している事を悟るが、それは甲斐斗が魔法を放った後だった。

『レジェンド・ゼロ』

 甲斐斗の両手から放たれた黒い閃光は、右手だけで出していた魔法とは全く異なる光りを見せ、甲斐斗の正面全てを飲み込むようにジャスティアに襲い掛かる。

 光りに飲まれた地面、空気、空間、その全てを塗り潰すように抹消していく光りを前にジャスティアは移動を考えた。

 だが、高速で移動したとしても一体何処に移動すれば良いのかが分からなかった。

 何故なら今放たれる光りは一本の光りではない、圧倒的『面』での攻撃により上下左右、どれだけ移動をしたとしても回避する事は不可能なのだから。

 地下に潜っても無駄、上空に昇っても無駄───気付くのが遅すぎた、甲斐斗と一定の距離を取ってしまった時点でこうなる事に気付けなかったジャスティアは両手に握り締めた剣を高々と振り上げると、迫り来る光りを前に振り下ろす事しか出来なかった。



 魔法を終えた甲斐斗、目の前に広がる光景に色などなく、景色と呼べるものですらなかった。

 地面は底が見えない程深くまで消滅しており、甲斐斗の魔法が通った空間は所々歪みが生じ不安定な空間を作り出している。

「けッ、雑魚が」

 完全に眼前の全てを抹消した甲斐斗、体から漂っていた闇も収束し何時もの姿に戻ると、両手を吊るされ固定されていた美癒の元へと歩み寄っていく。

「美癒、しっかりしろ。大丈夫か?」

「んっ……かい、と………」

 俯いていた美癒が甲斐斗の声を聞き顔を上げると、甲斐斗は心配そうな表情で溜め息を吐いた。

「大丈夫な訳、ないよな……すまない、全部……俺の責任だ……」

 美癒に傷を負わせてしまった不甲斐なさに甲斐斗は両手の拳を握り締めると、先ずは美癒を拘束している魔法を解こうと右手を伸ばした。

「だが、もう大丈夫だ。今直ぐ解放してやるから……」

 ふと、甲斐斗の右手が美癒の手に触れる前に止まってしまう。

「っ……美癒……?」

 顔を上げ、名前を呼んでくれた美癒の表情が強張っていたのだ。

 戸惑いながらも甲斐斗は何故美癒がこのような表情を浮かべるのかを考えた。

 先程までの自分の姿を恐れたのか? それとも自分の力を恐れたのか? どちらにせよ、美癒が自分を見て『畏怖』するのは当然だと思ってしまう。


 そう、それは甲斐斗だから。

 

 甲斐斗だから、畏怖する美癒を見てそう思ってしまった。

 

 その恐怖の矛先が、誰でもない自分だと、勝手に決め付けて───。



 美癒の魔装着と顔に真っ赤で熱い血液が飛び散る。

 再び血で汚れた美癒を前に、甲斐斗は目を見開き美癒を見つめ、漸く気づく事が出来た。

 その畏怖する視線の先が、自分ではないことを───。



「ぅ゛……ぁあ゛……?」

 甲斐斗の口からは言葉よりも大量の血が溢れ出し、胸元から吹き出る血飛沫は目の前を美癒を染め上げていく。

「み゛……ゆ゛っ……!」

 甲斐斗の指先が美癒に届くこともなければ、触れることもない。

 体が全く動かない、甲斐斗は自分の身に何が起きたのかを理解出来ず視線だけを下げる。

 そこで見たものは、自分の胸元から剣先が出ている光景だった。

 剣は甲斐斗の肉体を容易く貫いまま引き抜かれることはなく、その剣が振り上げられると甲斐斗の体はボロ雑巾のように宙を舞った。

 薄れ行く意識の中で見たもの、それは美癒の目の前に立ち、力無く飛ばされる自分を蔑むような目で見つめる人間。

 それは抹消されたはずの、ジャスティア・リシュテルトだった。

「最も愚かな敗因……お前自身で体言してくれたみたいだなぁ」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるジャスティア、その鎧に傷や汚れは一切無く、魔力の衰えも感じられない。

 なら何故、どうしてジャスティアがここにいる!? 確かに魔法に飲み込まれたはず、直撃したはず、回避できなかったはず───。

 その答えは、ジャスティアの握り締める剣、そしてジャスティアの直ぐ側に存在する『亀裂』を見て悟った。

(次元を切り裂いて───避けた───?)

 あの一瞬の間でジャスティアは剣を振り下ろし次元を切り裂く事で亜空間へと移動していたのだ。

 その後、魔法を終えたのを確認したジャスティアは亜空間から再び剣で次元を切り裂き元の世界へと戻ってくると、愚かにも隙だらけの背後を見せる甲斐斗の背中を一刺し、その心臓を貫いてみせた。



 もう、跪く力も残っていない。

 地面に落ちてうつ伏せに倒れたままの甲斐斗は顔を上げるだけで精一杯であったが、目に宿る闘志だけは悔しさと怒りで力に満ち溢れていた。

 だが、ジャスティアはそんな甲斐斗など見向きもせずに美癒に近づいてくと、美癒の頭を優しくなで始める。

「さて、そろそろ始めよう」

「えっ……?」

 何の躊躇も無くジャスティアはその手で美癒の衣服を掴むと、片手で軽々と引き裂いてみせる。

 その余りにも衝撃的な行動に美癒は目を見開くと、胸元を晒されてしまった恥かしさでジャスティアから顔を背けてしまう。

「いやっ……!」

 ジャスティアはそんな美癒の表情を満足そうに見つめながら背後に回ると、後ろからゆっくりと胸を揉みしだき、無様に倒れる甲斐斗を見て嬉しそうに口を開いた。

「よく見ておけ。お前の最も大切な人間が今、私の手によって弄ばれる様をな」

 その開いた口を美癒の首元に近づけ舌を出すと、美癒の首筋をねっとりと唾液を垂らした舌で優しく舐めはじめる。

 舌先で首筋をなぞられるという今までに感じた事のない感触に美癒は一瞬戸惑いと恐怖で体を震わせるが、成す術も無くジャスティアに弄ばれ続ける。

 首や鎖骨、頬など色々な箇所を舐められながらその手で美癒の胸や腰などを揉みしだいていると、勇気を振り絞りながら美癒が口を開いた。

「どうしてっ……どうして、こんな事……するんですか……?」

「どうして? ふふっ、そうだな……理由は簡単だ、私は自分がされた事をそのまま仕返しているだけだ」

『仕返し』。その言葉に美癒は視線をジャスティアに向けると、ジャスティアは徐に語り始める。

「私の最も大切な人を弄び、私の全て穢した男ッ……それだけではない、平和に暮らしていた何の罪も無い万を超える一般市民を虐殺し、弄んだのだ。男も女も、子供も皆、全てな。……この男は大罪人、故に裁かれなければならない。だが……その罪を償うのは誰でもない、お前なんだよ、美癒」

 罪を償わなければならない───そう言われたジャスティアの言葉に違和感を感じる美癒だったが、それはジャスティアも見越しての言葉だった。

「お前が疑問に思うのも無理はない、何故この男が犯した罪をお前が償わなければならないのか……答えは簡単だ」

 美癒の両肩に手を乗せ目の前で無様に倒れる甲斐斗を見せるように手に力を籠めると、うつ伏せに倒れたまま顔だけを上げていた甲斐斗は必死に止めようとその目でジャスティアを睨みつける。

 だが、その甲斐斗の抗う表情こそがジャスティアの求める表情であり、ゆっくりと美癒の耳元で囁いた。

「お前がこの男───カイト・スタルフの血を引き継ぐ『子供』だからだよ」

「っ───!?」

 驚きを露にした美癒、そんな美癒を見て甲斐斗は血反吐を吐きながら反論した。

「違う゛ッ!!」

「お前は少し黙っていろ」

 だが、甲斐斗を黙らせるようにジャスティアが地面に突き刺していた剣を引き抜き斬撃を飛ばすと、倒れていた甲斐斗の顔面に直撃し軽々と吹き飛ばしてしまう。

「美癒、お前の体には奴と同様の血が流れている。醜く、汚く、数多の人間を虐殺してきた魔神の血がな」

 そう言いながらジャスティアは左手を伸ばし美癒の下腹部を摩り始める。

「お前も何度か見てきたはずだ、奴の残酷かつ残虐な一面を。奴は人間ではなく化物……となれば、お前は人間と化物の間に生まれた化物だ。お前は醜い、お前は汚い、お前は穢れている。お前は罪人が孕ませた化物、お前が何故強力な魔法を扱えるか知っているか? 全てはこの男の血が流れているからだ」

 気付けばその手は衣服の中に入り直接美癒の腹部を触っていると、美癒の臍に中指を力強く押し込んだ。

「お前は無能で素質も才能も可能性も無い、全ては『魔神』の血を引く化物だからこそ、その強力な魔力を発揮する事が出来る」

 その間にジャスティアは右手で美癒の胸に手を当て心臓の鼓動を感じながら続けさまに語り続ける。

「故にお前の力は相手を傷付け殺す為にしか発揮されない。思い出せ、お前は守りたい者を守れたか? お前は自分の信念を貫き通す事が出来たか? 感情に振り回され、力に振り回された挙句、お前は何をした?」

 鼓動が一つ早くなるのを感じた。

 その鼓動の高鳴りを手に感じるたびにジャスティアの表情が緩み、至福の時を堪能する。

「み゛ゆッ……美癒ぅッ゛!! 聞け、俺の話しをっ、聞け……ッ……!」

 先程斬撃を浴び顔面から血を垂らす甲斐斗が両足を震わせながら何とか立ち上がってみせると、血眼で叫びながら、一歩ずつゆっくりと近づき始めていた。

「確かに、そいつの言うとおり……お前は、俺と唯の……子供、だッ……」

 鼓動がまた一つ早くなるのを感じる。

 美癒は動揺した表情のまま覚束ない足取りで歩み寄ってくる甲斐斗を見つめていると、甲斐斗は大きく顔を上げて更に言葉を荒げた。


「でもなァ゛ッ!? お゛れ……俺はぁ゛っ! お前の体から、全てを取り除いたんだよッ!!」


 取り除く……?

 その言葉の意味はジャスティアにも分からず、甲斐斗の次の言葉を待った。


「俺の血、俺の細胞、俺の遺伝子ッ……その全てをな……」


 そう言って安心させるように微笑んで見せた甲斐斗。

 何故そうも

 平然と

 そのような言葉を言えたのか

 分からない。

「俺の抹消魔法は、あらゆるモノを無に還す……時間はかかったが、もうお前には俺の細胞なんて存在しちゃいねえんだよ……お前は魔神でもなければ化物でもない……唯から生まれた純粋な人間だ」

 それは歪み。

 それは捻れた感情。

「……お前の血には俺の血なんか一滴たりとも流れちゃいない、全部唯のものだ。唯の血、唯の細胞、唯の心……醜いものも汚いものも何一つ入っていない、だからお前は穢れてなんかいないんだよっ!!」

 必死に言い聞かせるように叫び続ける。

 ジャスティアも、美癒も、甲斐斗の言葉を聞いたまま口を開くことが出来ず迫真と迫る甲斐斗を見つめ続ける。

「なぁ゛、良かっただろ? 安心しただろ? 喜べよ゛ッ……俺みたいな奴が、お前の父親じゃなくて───な゛ア゛ッ!!?」

 無意識に甲斐斗の目から大量の涙が零れ落ち始める。

 なんとも無様で。

 なんとも滑稽で。

 なんとも哀れな男。

「……っふ、フフフ……ククク! アハ! アハハハ!! アハハハハハハハハハハハッ!!!」

 まるで壊れたようにジャスティアは狂い笑うと、放心状態の美癒の髪を掴み強引に頭を揺らす。

「最高だッ! 最高だよカイト・スタルフ!! 見ろこの女の顔をッ! まるで別人のように様変わりしているぞッ!!」

 精気が抜け、意識があるのかすら分からない美癒の顔を見てジャスティアは狂った笑みを見せると、そのまま美癒の髪を引っ張りながら地面に叩きつける。

「実に素晴らしいッ! 長年待った甲斐が有った、儚い一時を過ごさせる意味が有った!! 全てはこの時の為だッ! この時、この時の為ェッ!!」

 顔面から地面に叩きつけられた美癒はうつ伏せのまま起き上がる事すら出来ない。

 するとジャスティアが美癒の腹部に蹴りをいれ仰向けにさせると、そのはだけた胸を踏み躙りながら剣先を美癒の首へと向けた。

「最高だ……最後に、私を心の底から楽しませてくれて有り難う」

 満面の笑みを浮かべながらジャスティアはそう言うと、今まさに殺されかけている美癒を見て甲斐斗は全身を震わせた。

「……あ゛? いや、おいっ……ま゛て……!」

「終わりだ」

 呆気ない一言。

 そう、終わりとはいつも呆気ないもの。

 楽しい日々など続かない、平和な日々など続かない。

 何時かは終わりがくるもの、それも唐突に、呆気なく。

「やメろ゛ォ゛オオオォオオオオ゛オ゛オア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァ゛ッ゛────!!!」

 その甲斐斗の絶叫が合図かのように、剣先は無慈悲にも突き落とされた。

 長年待ち侘びた時───延々と望み続けた日々───漸く迎える───。

 費やしてきた───退屈な全てを───この時の為に───。

 これが終わり───これで終わり───これで全て、終わる───。

 思わず。

 笑みが。

 零れた。










「美癒さん」

 優しい声が聞こえてくる。

 久しぶりに聞いた気がする、安心させてくれる声。

 先程まで全身は冷たい地面の上にあり、胸に強い痛みと苦しさが襲っていたというのに、今は全身が温かく、胸の痛みも消えていた。

「美癒さん、もう大丈夫ですよ」

 閉じていた目蓋を開くと、太陽から眩しい日が差し自分を抱かかえてくれる人の顔が良く見えない。

 それでも美癒は確信していた、何故ならその声はあの日自分が悔しさと悲しさで咽び泣いた時、自分を心強く励ましてくれたのだから。

「……そら……くんっ……」

 ふと美癒が左手を上げようとすると、空は力強くその手を握り締め、微笑んでみせる。

「遅れてすみませんでした、美癒さんのいる世界がアルトニアエデンではなく別の世界だったもので調べるのに時間がかかってしまいました。……それと、美癒さん。僕は貴方に伝えなければならない事があります」

 伝えなければならない。

 自分がアルトニアエデンから意図的に送り込まれた刺客である事を。

 空は勇気を振り絞り一連の事情を伝えようとした。

「いいの」

 だが、美癒は優しい目でそう囁きかけると、空は口を止めてしまい言葉が出せなくなる。

「こうやって、空君は私を助けに来てくれた。それだけでもう、いいの」

 空の胸元に頬を摺り寄せながら安心した表情を浮かべる美癒に、思わず空は肩の力が抜けてしまう。

「美癒さん……」

 やはり、美癒は変わらない。

 心優しい美癒、そんな美癒の思いに触れた空は抱かかえたまま美癒を抱きしめると、美癒の穢れた魔装着は修復され元通りになっていく。

「僕は決めたんです、美癒さんの全てを守ろうと……美癒さん、僕を信じてくれますか?」

「うん」

 それは即答だった。

 迷いや躊躇いなどない、美癒と空、この二人の信頼関係だからこそ築ける絆。

 「今から僕の言う言葉は、美癒さんを傷付けるかもしれません。……それでも、僕の言葉を信じて、ついてきてくれますか?」

「うん」

 美癒の目を見て空は優しく美癒をその場に下ろすと、美癒はしっかりとその場に立ち、空と手を繋いでみせた。

「有り難うございます。……一緒に乗り越えていきましょう、美癒さん」

「うん、一緒にね。空君」

 手と手を結び、決して放さない。

 互いが力強く手を握り締め、互いの意思が通じ合う。

 最早言葉などいらない───そんな馴れ合う二人の様子を見て、剣先を地面に突き刺し攻撃を外したジャスティアが鼻で笑ってみせる。

「フンッ……誰かと思えば『風斬』ではないか、何故この世界が分かった、死んでいなかったのか? まぁいい、私の邪魔をするとは良い度胸だ。お前如きの速さで私と戦えると思うなよ?」

 せっかくの『制裁』を邪魔され少し怒りを露にするジャスティア。

 そんなジャスティアを前にしても空は一切動じる事なく喋り始めた。

「アルトニアエデンの王女であり親衛隊隊長、ジャスティア・リシュテルト。……僕は、今でも嘘だと思いたいです」

 残念そうな口調でジャスティアを見つめる空に、ジャスティアは剣を握り締め今にも襲い掛かりそうな雰囲気を漂わせている。

「何の罪も無い美癒さんに刺客を送り込み、命の危機に晒し続けた……そして、それは全て今日のような日の為の前座でしかなかった」

「ほう……」

 自分の思惑を理解している事に気付きジャスティアは少しだけ驚きを見せる。

 この『審判の日』の計画を知っている者は極僅かしかいない、それに気付けただけでもこの少年、風霧空の評価を改める必要があった。

「全てを仕組み、全てを利用し、全てを影で操ってきた……」

 全てはこの時の為に計画してきた事。

 美癒の元へ刺客を送り込み、魔法使いの少年『空』に護衛に当たらせる。

 程良い緊張感の中、魔法を扱える日々は美癒にとって素晴らしい毎日になるだろう。

 既に調査済みだ、美癒は魔法が好きで心優しく温かい可憐な少女。

 だからこそ穢し甲斐があり、だからこそジャスティアは『審判の日』の計画を進めた。

「その全ての黒幕───」

 今更バレた所でどうにもなりはしない。

 力の差は歴然、例え相手があの『風霧』であったとしてもジャスティアには負ける気など毛頭無い。

 何故ならあの『魔神』にすら圧倒してみせたのだ、最早ジャスティアに恐れるものなどいなかった。











「───貴方ですよね、甲斐斗さん」

 その言葉は、ジャスティアの考えを容易く打ち砕き。

「……は?」

 その言葉は、甲斐斗の思考を停止させた。 

「お、お前。何言ってんの……?」

 美癒は、空の言葉を聞いた途端に繋ぐ手に力を籠め、その思いを共有する。

 微かに手を震わせながらも美癒は必死で空の手を握り締め続ける。

 その強い思いに応えるように空もまた美癒の手を握り締め、決して放さない。

「お前馬鹿か……? この状況で、何そんな馬鹿みたいな冗談言ってんだよ……頭大丈夫か?」

 まるで現実を受け入れたくないと言わんばかりに美癒の握る手の力は増し、手が痛くなる程、互いは手を繋ぎ合せる。

「……『甲斐斗』さん、僕はもう『貴方』を信用する事が出来ません」

「いやいや、信用とかそういう話しじゃねえだろ。俺が? 美癒を? なんで? どうして? 意味が分からんだろ!? ふざけるのもいい加減にしろッ!!」

 地面を這い蹲っていた甲斐斗が怒りを露にする。

 当然だ、今まで共に美癒を守ってきた空にそのような事を言われると思ってもみなかったのだから。

「唯さんから聞きました、美癒さんは唯さんと甲斐斗さんの子であると。そして二人にとって美癒さんは何よりも大切な存在であると……初めて美癒さんが刺客に襲われた時の事、覚えてますか? あの時僕が美癒さんを守りましたが、もし僕が少しでも遅れていれば美癒さんは間違いなく連れ去られていました……不自然ですよね、貴方程の方が美癒さんを助けるのに出遅れるなんて」

「いや、それはっ……」

「何故なら貴方は知っていたからです。ドルズィが現れるのも、それを僕が助けるのも、全て」

「おいおい……正気か……?」

 全てを見透かすような空の目に。甲斐斗は動揺したまま肩の力が抜けてしまう。

「それだけではありません、貴方はアルトニアエデンから刺客が送り込まれているのも知っていた、僕の正体も、汐咲の正体も。全てッ……前にこう言ってくれましたよね『お前の過去を詮索するつもりはない』って、それは貴方が既に僕の過去を知っていたからこそ、聞く必要がないという意味だったんですね」

 動揺する甲斐斗を前に淡々と話し続ける空、何時しか甲斐斗は力無く俯き空の言葉を聞き続ける。

「唯さんから全てを話していただきました。十八年前に何が起きて、その後あの世界で過ごしていた日々の事を。その話を聞いて僕は確信しました、『甲斐斗』さんは……何よりも恐れている」

 辛く悲しい切実な表情を見せながら空は視線を下げたが、直ぐにまた視線を戻し、今度は力強い視線で睨みつけた。

「だからこそ、『貴方』が誰よりもッ……美癒さんの死を望んでいる」

 美癒の死を望んでいる。

 辛かった、本当はこのような事を美癒の前で言いたくはなかった。

 だが二人で乗り越えていくと約束したのだ、二人の手は決して緩むことなく繋ぎ続ける。

 ジャスティアもまた興味の有る話しに剣を地面に突き刺したまま空の言葉を待ち、甲斐斗は俯いたまま一言も喋らなくなってしまった。

「美癒さんの死を望む理由、それは───」






「もう、いい」







 静かに呟かれた一言。

 その声が何処から聞こえてきたのか。

 その声が誰から聞こえてきたのか。

 間違いなく、自分達と対するように立ちはだかる甲斐斗からだった。

「もういい」

 パチンッと、甲斐斗は右手で軽く指を鳴らした途端、甲斐斗の足元に黒色に光る魔法陣が現れると、甲斐斗の破れていた衣服が修復され、全身に負っていた傷が一瞬で回復し元の完全な状態へと戻る。

 空気が変わった。

 それと同時に、甲斐斗の雰囲気もまた変貌を遂げていた。

 違う、何かが違う。あそこに立っていたのは間違いなく『甲斐斗』だったというのに。

「美癒さん、よく聞いてください」

 甲斐斗だった存在を見つめていた美癒は名前を呼ばれ空の方を向くと、空もまた美癒と向き合うように目を合わせた。

「今から僕達の前に立ちはだかる存在は『甲斐斗』さんではありません。全く別の、異なる存在です」

「じゃあ……甲斐斗は……?」

「それは……」

 分からない、待ち受けるものは遠く、暗く、先が見えないのだから。

 それでも足を進めるのならば、或いは見つけられるのかもしれない。

 例えその答えが、自分の望むものでなかったとしても───。




 じじ

 ジジジジジジジジジジ

 邪邪邪邪邪邪邪邪邪邪邪邪邪邪邪邪邪邪邪邪邪邪

 一昇華、一昇華。

 計画成就今更抵抗無用時遅し邪魔意味皆無───。

 だからこそこの存在は、顔を上げた。




「ア゛ビャ゛甑墾榊rヒャ綴牒ギヒャrヒ綴牒ギジ嬬溺ア鄭ヒャヒ燭ャrヒ燦燭胎腿ヒャ゛ヒャ鐙噺叛琵e蓑鵡柳擁螺瞭聯麓ャヒャヒ儡儡儺儷儼儻゛ャヒャヒ剿剽ャヒャrヒャ參簒雙叟曼燮叮叨叭叺吁ヒャヒエ゛毅ジ甑墾榊r綴rヒャヒ嗾嗽嘛嗹噎ア゛嬖樸樢檐ガ嬲嫐g嬪嬶嬾ギ巉巍ャヒャ弸彁彈ア彌彎ヒeeャヒャヒャbヒャヒャ懣懶懿懽ジ懼懾戀ヒャヒャ戡截ビ戮戰x戲戳扁ヒャ攝搗搨搏摧摯摶zzz摎攪撕ニ撓撥撩撈撼ャヒャ擇撻擘擂擱擧舉擠擡抬擣擯ヒャヒャ橦橈嶐嶷嶼キ檄檢檣ャヒャヒ欅櫺欒欖鬱欟欸ャヒャtヒャヒャヒ癩癪癧窶竅竄羸譱翅翆翊翡翦翩翳翹ャヒャニヒャ゛ヒィャヒャヒ蟯蟲蟠蠏蠍蟾蟶襄褻褶褸襌襠襞ャヒャヒャヒャキヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャャヒャヒャヒャア゛ァアアアアアアアア!!!!!!!!!!───────────」


 何千、何万をも超える夥しい程の狂った嘲笑い声が一人の男から聞こえてくる。

 今この時を堪能するように、美癒と空、二人を狂気に満ちた瞳で見つめながら高々と、楽しく、愉快に、爽快に。

 その存在の目は紅く輝き、全身からどす黒い闇が溢れ始めると、足元に広がっていた魔法陣はより複雑になり、大きさを増していく。

 魔法陣はその男の足元だけはない、至る空間に次々と召喚され続けると、黒い光りを発しながら世界を飲み込むように数を増していく。

「アヒャヒャひゃ! ア゛ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! ギヒャハハハハハハハハハハハハ!!!!……アアァ…………」

 笑い声が止まり、辺りは静寂に包まれた。

 全身を黒い魔装着で包み、腕を組んだまま威風堂々と立っている。

 その存在に触れる空間には歪みが生じており、それを見た空と美癒は全身に寒気が走り息を呑む。

 それでも尚、ジャスティアだけは剣を地面に突き刺したまま全く動じる事なくその存在を睨み続ける。

 確信したのだ。この者こそが自分から全てを奪い、穢した張本人であると。



「長かった」

 その存在は遥か上空を見上げながら呟くと、全身から膨大な魔力のオーラを拡散さえ大地を揺るがす。

 空間には亀裂が走り、先程まで快晴だった青空も今では暗い闇が渦巻く濁った景色しか見えない。

「茶番はもう」

 すると上空を見上げていた存在は急に項垂れるように俯いてしまう。

 今まで一度だけ感じた事のある力を前に、空もまた確信した。

 この存在こそが全ての元凶であり、全ての始まりを作ったのだと。

 世界の崩壊する音が聞こえてくる。

 積み上げてきた物全てが崩れ落ち、崩壊していくような感覚。

 もう後戻りは出来ない、後悔しても、もう遅い。

 それでも美癒と空は決してその場から動かず、その存在を見つめ続けた。

 そしてその存在は顔を上げると、手を繋ぎ自分の前に立ちはだかる美癒と空を見て口を開いた。

「終わりだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ