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第7話 当然の結果

 糸を操る魔法使いの女の子『ノート』に命を狙われた美癒だったが、空の活躍により再び命を守られた。

 甲斐斗の登場により一時はどうなるかと思ったが、唯が現れた事によりその甲斐斗も今では大人しくなっている。

 が、その我慢も限界が近づいていた。

 両手一杯の荷物を抱え、甲斐斗はふらふらと覚束無い足取りで道を歩いていく。

 唯に命令され、甲斐斗は色々な店を巡っては日用雑貨等の生活必需品を買いに行かされていたのだ。

 時間は既に夕方、日は暮れそうになっており、甲斐斗は重い荷物を両手に抱えながら歩いていたが、足元にあった石に躓きその場にこけてしまう。

「歯ブラシ、タオル、下着、その他諸々……何で俺があの野郎の物まで買ってこなくちゃいけねえんだよッ! クソがぁあああああ!!」

 昼飯も食べれず、夕飯の買い物が終わったかと思えばこの始末。

 甲斐斗は空しさと悔しさで声を荒げその場に落ちていた石を夕焼け空に向かって投げつけると、少し叫んで気が晴れたのか渋々と転げた荷物を手に取り再び唯のいる家に向かって歩き始めた。



 一方その頃、唯の家にいる空は自分の部屋の整理整頓を行っていた。

 鍵を渡され入ってみた部屋は綺麗に清掃されていたが、机やベッド、本棚やタンスなどの必要最低限の家具しか置いていない。ちなみにこの部屋は元々美癒の父の部屋だと後々唯に教えられた。

 綺麗な部屋だったが空は一通り部屋の片付けと掃除をした後部屋を出ると、隣の部屋にある美癒の部屋の扉をノックした。

「美癒さん、ノートちゃんの様子はどうですか?」

 意識を失ったまま目を覚まさないノートが心配で様子が気になってしまう、するとノックされた扉が開き美癒が姿を見せた。

「それが、まだ目を覚まさないの……空君、ノートちゃんは本当に無事なんだよね……?」

「ええ、僕の攻撃で受けたレジスタルのダメージは大分回復しているはずなんですが……やはり記憶を消した事が彼女の脳に強い影響を与えてしまったのかもしれません」

「そんなっ……」

 もしかしたらこのまま二度と目が覚めないのではないかと美癒は不安になってしまうが、空はそんな美癒を宥めるように言葉を付け足した。

「ですが、甲斐斗さん程の優秀な魔法使いなら彼女を傷付けたりはしません。きっと大丈夫ですよ。呼吸も落ち着いていますし安静にしていれば必ず目を覚まします。そうだ、一緒にリビングでお茶でもしましょう、家に戻ってきてからずっと付きっ切りですよね、休憩も必要です」

「心配してくれてありがとう……あ、でもお茶は私の部屋で飲も! もしリビングにいる間にノートちゃんが目を覚ましたらいけないし。空君は部屋に入ってて、私がお茶を持ってくるから」

 そう言って美癒は階段を降りていくと、その間に空は美癒の部屋に入り、ベッドで寝息を立てているノートに目を向けた。

(こんな子供が刺客だなんて……一体何処の組織の誰がこんな依頼をしたんだ……)

 美癒を狙う刺客の中に、まさか子供が含まれているとは思っていなかった空はノートを見つめながら考えていた。

 一日に二人もの刺客が美癒の命を狙ってきた、これは最初に依頼した者が二人の刺客に依頼したことなのか、それとも最初に依頼した者とは別の者が依頼した事なのか……現段階では全く分からない。

 それに甲斐斗が言うにはノートの頭にある『殺し屋をしていた頃』の記憶を全て消したと言っており、何処の誰が依頼したのかなど今更聞きだす事は出来ない。

(もしかして、何か手がかりになる物を持っているんじゃ……)

 可能性が無い訳ではない。空は寝ているノートに近づき掛けてある布団を捲ると、すやすやと寝息を立てているノートの服にあるポケットの中に手を入れていく。

(流石に刺客がそんな物を持っているとは考えにくいですが、念には念を……ん? これは……)

 ノートの上着のポケットの中にある物が空の指先に触れると、それをポケットから取り出してみせる。

 それはトランプ程の大きさの一枚のカードが入っており、見た事もない絵が描かれていた。

(このカード、微かに魔力を感じる……っ!?)

 微かに感じていた魔力が突如爆発するかのように溢れ出た瞬間、カードは光ったかと思えば手元から一瞬で消えてしまう。

 その直後、ベッドの上で静かに寝ていたノートは突如うめき声を上げながら自分の胸元を掴み、苦しみ始めた。

「うッ、く……う゛うぅ……っ!」

 異様な魔力をノートの胸元から感じる。空は急いでノートの着ていた洋服を捲ると、ノートの胸元には先程のカードの絵が刻印されているかのように浮かび上がり、ノートの魔力を吸い取り始めていた。

「こ、これは……くっ、そういう事か!」

 あのカードは元々ノート以外の者が触れたら魔法が発動されるようになっていた事を空は悟る、恐らくこれはノートが万が一敵に捕まってしまった時の為の保険のようなもの、ノートの胸に浮かび上がる刻印は瞬く間に魔力を吸い取り、ノートの鼓動は早くなると共に呼吸も荒くなっていく。

「まずい、このままでは───ッ!?」

 急いで空が自分の魔力をノートに送り込もうとした瞬間、突如開いていた部屋の窓から颯爽と甲斐斗が入ってくると、状況を一瞬で理解した甲斐斗は黒色に光り輝く右手をノートの胸に翳した。

 するとノートの胸に浮かび上がっていた刻印は甲斐斗の黒色の光に触れた途端、徐々に刻印は薄れ消え始めていく。

「大体察しはついた。気持ち悪ぃ魔力を感じた原因はこれか。魔法かと思ったが違う。これは魔法でも魔術でもねえ、性質の悪い呪術だな。まぁこんな刻印最強の俺に掛かれば落書き同然だ」

 ノートの胸に浮かんでいた刻印は甲斐斗の力により完全に消滅し、その様子を見ていた空はほっと胸を撫で下ろす。

「ありがとうございます、僕ではあの呪術を解く事は出来ませんでした……すいません、僕の不注意のせいで……」

「気にするな、別にお前のせいじゃねえよ。気付かなかった俺にも責任は有るしな」

 胸に手を翳していた空と甲斐斗はそう言って落ち着きを取り戻したノートを見つめていると、何の事情も知らない美癒がおぼんの上にお茶の入ったコップを二つ用意して扉を開け始めた。

「空君~、お茶を持ってきた……よ?」

 部屋に入るやいなや視界に飛び込んできたのは、ベッドの上で半裸のノートに手を翳す二人の姿だった。

(あ、この流れ……まずいパターンだな。下手な言い訳はかえって誤解を招く、頼んだぞ空。今こそお前の出番だ)

 一瞬で自分の置かれている状況が非常にまずいと判断した甲斐斗は空の後ろに身を隠し始める。

 すると空ははだけていたノートの衣服を直すと、優しく布団を掛け、美癒の元に歩み寄り始めた。

「驚かせてすいません。実は先程、彼女の命を狙う呪術が発動されました。恐らくは口封じの為の物……彼女の胸に浮かび上がった呪いの刻印を僕にはどうする事も出来ませんでしたが、颯爽と駆けつけてくれた甲斐斗さんが彼女の呪術を解いてくれたんです」

 その冷静でありながら的確な状況説明を聞いた甲斐斗は空の後姿を見つめながら唖然としていた。

(か、完璧すぎる……すごいな、こいつ……)

 甲斐斗は分かっていた、もし自分が言い訳をすれば絶対に誤解を招き唯に通報され殺されていたに違いないと。

 空の説明を聞いた美癒はおぼんを机の上に置きノートの元に駆け寄ると、額に汗を滲ませている事に気付きハンカチでその汗を拭っていく。

「そんな事があったんだ……甲斐斗、ノートちゃんを助けてくれてありがとう!」

 美癒は感謝を込めて甲斐斗に向けて頭を下げると、甲斐斗は少し戸惑いながら答えていく。

「え? あ、ああ……まぁな。無事で良かったよ、さてと。土足で部屋上がってすまん、降りるわ」

 そう言って甲斐斗は窓から家を出ると、二階から飛び降りたというのに軽がると地面に着地し、玄関前に散乱させてしまった荷物を一つずつ拾い始めていた。

 空は美癒が机の上に置いたおぼんの上からお茶の入ったコップを手に取ると、それを美癒に手渡そうとする。

「心配なのは分かります。ですが休憩してください、美癒さん」

「う、うん。ありがとう」

 空の優しさに美癒がコップを受け取ろうとした時、今まで目を覚ますことのなかったノートがふと目を覚まし、起き上がってみせる。

 急な出来事に空は少し驚いてみせたが、美癒はノートが意識を取り戻したのが分かると嬉しさで思わず抱き締めてしまう。

「ノートちゃん! 良かった、目が覚めたんだね……」

 美癒は嬉しさの感情でいっぱいだったが、空は警戒した面持ちでノートを見つめていた。

 殺し屋の頃の記憶が消えたとはいえ、以前の少女がどのような子なのかもわからない、それに優秀な魔法使いの為、この状況に混乱し魔法を使って暴れる可能性もあった。

 だが、そんな空の心配を余所に。ノートは優しく抱き締めてくれる美癒の胸に頬を当てると、安心するようにノートもまた美癒を抱き締めた。



「いただきます!」

 テーブルの周りに座る五人の内、ノートを除く四人は両手を合わせてそう言うと、皆の動きを真似てノートもまた両手を合わし呟いた。

「い、いただきます。ます」

 その言葉を嬉しそうに聞いた美癒と唯はスプーンやフォークなどの使い方を丁寧に教えていく。

 あの後、目を覚ましたノートは殺し屋をしていた記憶所か今までの全ての記憶を失っていた。

 甲斐斗が言うには、あの時発動された呪術が魔力諸共記憶まで吸い取り削除していたと言っており、目を覚ましたノートは自分が何者なのかも分からなかった。

 それでも不思議と不安は感じず、温かく接してくれる美癒達に心を開いていた。

 既にノートには空と甲斐斗から事情が説明されていた。

 意識を失った状態のノートが突如他世界からこの世界に現れたのを見て、美癒達はノートを保護したが、目が覚めたら全ての記憶を失っておりどの世界に帰していいかも分からない、という設定にしていた。

 少女に本当の事を話しはしない。記憶を失った少女にとって、殺し屋の過去など必要ないのだから。

 そこで、孤児を引き取ってくれる施設がある事を少女に教え、明日にはノートをその施設に送る事になっていた。

 その事にノートも同意したが、正直に言えば美癒はノートと別れるのが寂しく辛かった為、自分の家で引き取ろうと提案していた。しかし、甲斐斗と唯にこれからの少女の幸せを考えるなら甲斐斗の知っている施設に引き取ってもらうのが一番だと説得され、その気持ちを諦めてしまう。

 甲斐斗と唯の言う通り、この世界に少女を残せば美癒を狙う刺客に狙われる可能性もあり、危険に晒されてしまう。

 だからこの日は、この世界でノートと過ごす最初で最後の一日だった。

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