第73話 知らない行方
何が、どうなっているのか、分からない。
ただ一つ分かる事と言えば自分達が今、命の危機に瀕している事だけだった。
四方に飛び交う弾丸、桜を抱かかえる空は攻撃が逃れる為に街中を駆け巡っていく。
その最中、空は周りを見渡し民間人が居ない事に気付くと、今自分達のいる空間が『限定領域』内にある事に気付いた。
(CLTが発動されている? と言う事は……っ)
「空! 私を置いて汐咲の元に行け……ッ!」
自分が足を引っ張っている事に気付いている桜はそう言って強引に空から離れようとするが、空は桜を抱かかえる腕により一層力籠め意地でも離そうとしない。
「出来ません! せめて安全な場所に向かうまでは絶対に離さないッ」
「そんな事を言っている場合かっ!? 汐咲はまだあのビルの下にいるのだろう!!」
「だからって、僕には桜さんを見捨てる事なんて出来ない……っ!」
微かに感じる風により弾道を予測、高層ビルの一室から放たれた弾丸は空の頬を掠めそうになるが命中する事はない。
(狙撃者だけでも三名以上は確定、それに後方からの追撃を考えれば六名程か……)
だが、その姿がまるで見えない。
狙撃者から追撃者まで、何も無い場所から機関銃、狙撃銃による一斉攻撃に空は一秒足りとも動きを止める事が出来ない。
(まさか光学迷彩の魔装着? そんな代物を用意するなんてッ……!?)
前方に待ち伏せ───姿は見えないが、軽く静かな発射音を聞いた瞬間、自分達に向けてグレネードが放たれた事に気付く。
その直後、巨大な爆音と共に黒煙が周囲を包んだ。
爆破箇所の瓦礫は吹き飛び、追撃をしていた者達、そして待ち伏せにしていた者達がその黒煙が上がる場所を囲うように並ぶと、手に持っている火器を構えながら慎重に近づいていく。
すると、まるで再び爆発が起きたかのように黒煙が大きく拡散すると、無数の風の刃が辺りに飛び、次々に火器諸共所有者に斬撃を浴びせていく。
一方で、風の斬撃とは違い、大きく巨大な桃色の刃の斬撃が四方に立つ高層ビル目掛け放たれると、ビルの一室から狙っていた狙撃主のいる階層を破壊しはじめた。
「この期を逃さん、行くぞ!」
「はいッ! 桜さん!」
隙は作った、空と桜は互いに武器を構え黒煙が颯爽と飛び出すと、手持ちの火器を斬られた兵士達に襲いかかる。
先ずは桜が一人の兵士を刀で斬ると、その斬られた身から血は出ないもののレジスタルに直接ダメージを与えられた為兵士はその場に倒れてしまう。
その兵士の両脇に立っていた二人の兵士が手に持っていた火器を捨て近接戦の為腰に付けてある刀の柄のような物を取り出すと、高出力の魔力から作り出される刃、『輝剣』を生やし構えてみせた。
「ビームサーベル? ふっ、面白い玩具だなッ!」
その光景に桜は余裕の態度で笑ってみせると、待ち構える兵士達目がけ刀を構える接近していく。
空は追撃してきた兵士達の中心に降り立つと、回転しながら双剣を振るい二人の兵士の胸元を切り裂く。
当然これも相手に傷を与える攻撃ではなく、相手のレジスタルと魔装着だけを狙った攻撃だった。
五人の内三人はその場に倒れ、残りの二人の内、一人は腰に付けてあった拳銃を握り、もう一人の兵士は腰に付けてある柄を手に取り『輝剣』を構えてみせる。
(っ……動きが……?)
その二人の兵士の動きを見た空は微かな違和感を感じるが、その動きに迷いは無く輝剣を振り上げ襲い掛かる兵士の攻撃を軽くいなし腹部を斬り付けると、拳銃を構えた兵士目掛け双剣を振るった。
引き金が引かれた拳銃からは弾丸が放たれるが、その弾丸諸共斬撃は拳銃を両断し、その兵士が被っているフルフェイスのヘルメットまで真っ二つにしてみせる。
姿と顔を隠し襲い掛かってきた者達、その一人の素顔が明るみになった途端、空は唖然とした表情で呟いた。
「こっ……子供……?」
最新鋭の魔装着にフルフェイスのヘルメットを被った兵士、その顔はどう見ても中学生程の少女であり、その顔は空を見て恐怖に引き攣っていた。
(しかも僕を見て怯えている? 先程の二人のバラバラな動きを見てもそうけど、この子達はまだ実戦経験が浅いんじゃ……)
「そこまでだ」
一人の男の声が聞こえてきた途端、空と桜を囲っていた兵士達、そしてレジスタルを斬りつけられ身動きがとれなかったはずの兵士達も体を震わせながらも立ち上がってみせた。
そして狙撃者達も倒壊したビルから這い出てくると、その男の元へと集まり始める。
「前から教えていたはずだぜぇ、熟練した剣士との近接戦闘では拳銃なんざほぼ無意味だと───そうだろぉ?」
その言葉が何処から聞こえてきたのか、気が付けば空は一人の男に肩を組まれ真横で囁かれていた。
(───はっ?)
全く気配を感じられず、今このような状況だというのに全く警戒するが出来ない。
圧倒的力量の差。それを見せ付けるかのような男の行動に空は双剣を握り締めたまま動けずにいると、空の肩を組んでいた男はそっと手を離し有ろう事か空に背を向け兵士達の方へと歩き始めた。
「あと、お前さんは剣を構える際に腕を上げすぎちまってる、予備動作の遅れに繋がるから気をつけろ、というか相手に次の行動を読まれちまうぞ。まぁ、俺が即席で作り上げた駄目で元々の奇襲作成だし仕方ねえか」
まるで空と桜など眼中に無いかのようにこの場で指導を始める男に、桜は少し呆れた表情で男を見ていた。
「な、なんだこのオヤジは」
突然現れたかと思えば先程までこの場に漂っていた戦場の空気を変えてしまった。
桜に対して空と言えば、その男の顔を見た途端肩の力が抜けてしまう。
「そんなっ、馬鹿な……ッ。貴方は……『バラン・ダッカス』……?」
「空、こいつを知っているのか?」
「っ……はい、この方はアルトニアエデン対国家独立殲滅部隊『アディン』に所属している方で、実力は───」
「おいおい、物騒な名前をした部隊じゃないか。この程度の戦力で国家を殲滅出来る程だとでも言うのか? だが、見た所この子供の兵士達は私達に遅れをとる程だ、強くはないぞ」
俄かに信じがたい空の話しに桜はそう言うが、空は小さく首を横に振り、桜の誤りを訂正した。
「違います桜さん、この兵士達が『アディン』ではないんです。あの男、たった一人で『アディン』としての戦力なんです」
「……単体で、か」
空の言葉に漸く桜もこのバランという男の実力を察すると、桜は刀を構え臨戦態勢に戻る。
「どうした、空」
だが、空は双剣を握り締めたまま構えようとはせず、不審に思った桜が声をかけると、空はバランを睨むように見つめながら口を開いた。
「桜さん、ここは僕に任せてください。桜さんはその間に唯さんのいる家に向かって頂けませんか?」
「……何を言っているんだ?」
「正直言うと僕達二人だけではあの人の相手は不可能です、甲斐斗さんかリーナさん級の実力者がいないと『戦い』にすらなりません」
「お前は馬鹿か? つい先程その男の実力が並々ではない事を知ったのだぞ、お前を置いて行ける訳が───」
「だからこそです」
今までバランだけを見ていた空が鋭い視線を桜に向けると、普段では決して見れない空の一面、その迫力に桜の言葉が止まる。
「冷静に考えてみてください。僕達二人では如何する事も出来ないんですよ……僕の心配はしないでください、僕は無理なんてしません。相手との戦闘を避け全力で回避だけに専念すれば多少の時間は稼げます。だからその間に……桜さん」
次第に空の表情は桜を安心させるような緊張の解けた柔らかい表情をしていた。
だが、それが自分を安心して行かせる為のものだと桜は分かっている、それでも空の気持ちを汲み取れば、ここで迷う事は許されても、正しい決断出さなければならない。
「っ……分かった、直ぐに戻る、それまで絶対に死ぬな。……汐咲も、美癒も、助けに行くのだろ」
「はい、勿論です」
去って行く桜の姿を背に、空は双剣を構えてみせる。
そう、空は助けに行かなければならない。
あの時、崩壊した建物から出た直後、その静けさに自分達のいる世界が既に『限定領域』だと言う事が分かった直後、四方からの同時の狙撃にも反応し銃弾を回避する事が出来た。
異常事態に桜も気付いたのか、既に魔装着に着替え瓦礫の上に立っていたが、姿の見えない敵に悪戦苦闘、空は一旦桜を連れてその場から離れ、相手をかく乱し始める。
その間相手の力量を見極め大凡の戦力を確認後、勝てるという見込みがあったからこそあの場で戦闘を開始した。
だが、その判断が誤っていた事に改めて気付く。
「お前さん、相変わらず嘘が下手だねぇ」
今まで背を向けていたバランがそう言って後ろに振り返ると、見透かしたような視線のまま言葉を続ける。
「無理はしない? 回避に専念? 俺にはお前さんが闘志を剥き出しにしてやる気満々に見えるんだがぁ?」
「……見当違いも甚だしいですね、僕は前回貴方と同じ『アディン』である龍馬さんと戦いその力量の差を見せ付けられました。僕では貴方には勝てませんよ」
謙虚な態度を示した空、直ぐには戦闘に入らない。
それは増援を待つ為の時間稼ぎでもあるのだが、直接自分達を襲う刺客に興味があったのだ。
「それにしても、龍馬さんが僕を襲いに来て以来、アルトニアエデンから『僕』を狙う刺客が来ない事に疑問を感じていましたが……まさかこのような形で襲ってくるとは予想外でした、しかも狙いは美癒さんだなんて……」
「ん? まあ……そうなるか。お前さんにはその理由が分かるんだろぅ?」
バランに言われ空の脳裏にリーナの言葉が過ぎる。
『甲斐斗は魔神』そしてその『魔神』の子が美癒であるという事。
甲斐斗自身はそれを否定していたが、アルトニアエデンの兵士が美癒を捕らえる理由がそれしか考えられない。
(アルトニアエデンが本格的に動いてきた以上、やはり甲斐斗さんがあの『魔神』だと考えるのが自然か……)
『血の楽園』を引き起こし、アルトニアエデンを壊滅寸前まで追い込んだ存在。
性別や年齢など何も関係無く、その場にいた人間は命を弄ばれながら殺戮されたと聞く。
(それでも僕は……甲斐斗さんが『魔神』だなんて信じたくない……)
短い間だが甲斐斗と共に日々を過ごし、ある程度は甲斐斗について分かっていたつもりだ。
例えそれを真実だと気付かされても、そう簡単に納得出来るものではない。
「ちなみに美癒さんを襲った理由、『可能性の為』……なんて言うつもりはありませんよね」
「可能性? なにを言っているのかサッパリだなぁ」
バランの言葉が嘘か本当かは分からないが、美癒を襲う刺客の影には何時もと言っていいほど『ゼオス』が関与している。
するとバランは思い出したかのように手を叩くと、全く隙を見せない空を見ながら語り始める。
「ああ、お前さんを襲っていた刺客の連中の事か? あんなちんけな傭兵集団とは全く関係ないぞ」
関係無い───確かに、あの件以来ゼオスは姿を見せず、その他の刺客も全く現れない。
だが、だからこそ空はその状況に不信感を抱き続けている。
「美癒さんをどうするつもりですか? まさか、甲斐斗さんの罪の清算を美癒さんにさせる気では……」
「それが全く知らないんだなぁこれが」
「目的を知らない? 嘘を吐くならまともなものをお願いします。それに、何を吹き込んだのかは知りませんが、貴方が汐咲を利用して美癒さんを無理やり転移させた事なんて大体予想がつくんですよ」
美癒が転移した直後にアルトニアエデンの特殊部隊による強襲、これがアルトニアエデンの仕業でないはずがないのだ。
まるで馬鹿にされたかのようなバランの言い方につい空も言葉に熱を籠めてしまう。
「にしてもだ、俺ぁ何も知らんよ。ただ指示通り動いただけ……だったんだが、気が変わったんだ」
「気が変わった……?」
臨戦態勢の空に対し相変わらずバランは戦おうとはせず場の雰囲気を茶化すような態度をとり続けていたが、バランは組んでいた腕を解き話を続ける。
「俺自身、久しぶりにお前さんに会いたくなってなぁ。ここにいる新兵達も俺の部下でお前さんの仲間だ、懐かしいだろ? 実戦の空気を少しでも経験させたくてな」
そう言ってバランは自分の付近に集った兵士達を見渡していく。
「しっかしまぁ、久々会ってみたらお前さんのその変わり様。はぁ、あいつに何を弄られたんだ? 見た所実力は精々『中』と言った所だし、今回の作戦もお前さんの実力なら大丈夫だと思ってやったものだったんが少しヒヤヒヤしたぞ」
「っ……?」
まるで自分と会ったのが初めてではないかような口振りに空は警戒しながらも自分の中で不安が渦巻いていくのを感じた。
「それもこれも全部あいつが余計な記憶を入れちまったせいだと俺には直ぐに分かったよ。まっ、だからこそお前さんは今の今までこの世界で暮らす事が出来たんだろうけどな」
空はバランの言葉の節々に違和感を感じていき、不穏な空気の中、空は最後までバランの話しを聞き続ける。
それがこの不安を晴らす結果になる事を分かっていたかのように。
「まぁいい、邪魔な記憶だけ消した後俺がまた特訓しなおしてやる。だからさっさと元いた世界……いや、お前がもといた場所、組織に───帰るぞ、『空』」
ここで初めて空は、バランの目的が自分である事に気付く。
バランの手にはある端末が握られており、その端末の引き金を引いた直後、空の全身に電流が流れるかのような衝撃が走った。
「う゛っ───!?」
脳裏にフラッシュバックされていく映像の数々。
その衝撃により空の心の奥底に掛けられていた『枷』がいとも簡単に砕け散った瞬間、空の脳内、その全ての『記憶』が音を立てて弾けた。
「ぐっ゛……! ィ……ギッ、ヅ───がぁああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!?」
今まで送ってきた自分の人生、妹の汐咲と両親、家族四人で平穏に暮らす日々。
しかし、それらの記憶に亀裂が走り砕け散るのを感じた空は、それらが全て創られた記憶であり、自分の人生において『平穏』という言葉等存在しない事を知る。
蘇る記憶はどれも赤と黒に染まり、血で血を洗う『不穏』な日々。
空は断末魔を上げながらその場に崩れ落ちるように膝を突くと、まるで闇に呑まれるように意識が遠のいていった。




