第71話 肌身焦れ心
風霧汐咲が美癒の家に来て次の日の朝、空がリビングへと下りてくると、既にテーブルには朝食が並べられており、その席には美癒と汐咲が座っていた。
「おはようございます。美癒さん、汐咲」
「おはよう空君!」
「お、おはよう、空にぃ……」
美癒は今日も元気良く挨拶を返すが、汐咲は少し恥じらうように俯いてしまう。
軽く挨拶を済ませ空もまた何時もの席に座ると、何処となく落ち着かない様子の汐咲に声をかけてみた。
「汐咲、昨日はよく眠れたかい?」
「っ!?……う、うん!」
空に声を掛けられ顔を上げて返事をするが、直ぐにまた俯いてしまう
(眠れる訳ないじゃない!!? なんで、なんであんな……っ!)
俯いていた汐咲の顔が見る見る顔を真っ赤に染まっていくと、昨晩にあった出来事を思い出してしまう───。
昨日の夜、食事を済ませた美癒達はリビングで軽く雑談をした後、汐咲は美癒の案内の元、更衣室に向かい浴室の場所を教えてもらう。
「はい、バスタオル。あとこれ」
美癒は汐咲にバスタオルと風呂上りに着る下着と寝巻きを一緒に渡すと、更衣室にある洗面台を指さした。
「あそこに新品の歯ブラシを置いてあるから使ってね、ドライヤーもここにあるから」
更衣室で美癒から色々と説明を受ける汐咲、全ての話を聞き終えた汐咲は一応お礼を述べる。
「あ、ありがとうございます」
少し緊張した面持ちの汐咲に、美癒は安心させるように笑みを浮かべるとそのまま更衣室を後にする。
一人、更衣室に残された汐咲は、誰もいなくなり始めて大きな溜め息を吐けた。
(はぁ……どうしよう……)
本来なら兄である空を説得し元の世界に連れて帰ろうと思っていた汐咲だったが、空の話しを聞いた以上簡単には帰ってくれない事を理解すると、どうやって空を説得しようか悩み始めていた。
(空にぃ、美癒さんを守る為にこの世界に来たって言ってたけど、それなら私に一言言ってくれてもいいじゃない、勝手に他世界に行くなんておかしいよ……!)
色々と不満が募る中、汐咲は着ていた衣服を全て脱ぐと、浴室に入った後再び大きな溜め息を吐きかけ湯をし始める。
(それに、空にぃは随分とこの世界……というより、ここの家庭に馴染んでるみたいだったし……)
夕食の席で和気藹々と話す空、美癒や唯、リーナと話す姿を見て汐咲は少なからず嫉妬してしまう。
別に空が汐咲と会話をしてくれない訳ではない、勿論汐咲と話している時も楽しそうに話しをしてくれるが、兄である空が他人と仲良く話している姿が汐咲には歯痒かったのだ。
「もお! あんなにイチャイチャして!」
不満を漏らしながらかけ湯を終えた汐咲は湯船に浸かると、元々熱くなっていた心に加え体温も上昇し汐咲の気持ちがはち切れそうになっていく。
「私だって、空にぃと───!」
無理もない、汐咲は本部所属の新兵となり、寮暮らし。
そもそも空と話す事は月に一回程の電話ぐらい、実際に会って話す事など数ヶ月ぶりなのだ。
本当はもっと色んなことを話し合いたいと思っていた汐咲には当然不満もあり、もどかしい感情のまま浴槽の中で小さくなるように座り体を丸めるように腕に力を籠めてしまう。
「イチャイチャしたい!」
誰もいないからこそ、汐咲はその思いを爆発させるように浴室で声を発した───直後だった。
突如開く浴室の扉、汐咲は驚きで目を丸くし扉の方を見ると、そこには裸体でハンドタオル一枚を手に持った美癒が少し照れ臭そうに立っていたのだ。
「……へっ?」
驚愕し思わず汐咲の口から言葉が漏れると、美癒はバスチェアに座り汐咲の方を見て微笑んだ。
「えへへ。汐咲ちゃん、一緒にお風呂入ってもいいかな?」
一緒に風呂に入ってもいいの確認する美癒だが、既に浴室に入りバスチェアに座ってかけ湯を始める美癒に汐咲は目を丸くしたまま動く事も声を出すこともできない。
(な……なんでっ!?、どうして!? この人、お風呂に入ってきてるの!!?)
そもそも確認をする前に美癒は浴室に入ってきており、唖然とする汐咲を見て美癒は頭の中で自分に言い聞かせる。
(だ、大丈夫だよね。桜さん、友達同士でお風呂に入るのは普通って言ってたし、私もこうやって桜さんと仲良くなれたんだもん。汐咲ちゃんとも仲良くなりたい……!)
美癒は鈴と桜の家に泊まった時、桜が一緒にお風呂入ってくれたおかげで色々な話をする事が出来た。
最初は緊張していた美癒も浴室で桜と共に体を洗っている内に本心で話す事が出来た為、結果二人の親睦はより深まった。
その後も鈴が浴室に入ってきて結局三人仲良くお風呂に入る事が出来た、あれがあったからこそ美癒は二人と『早く』親密になれたと思っており、今度は自分がする番だと考えたのだ。
しかし、頭の中では分かっていても誰かが浴室に入っている時に断りも無くはいる事など緊張して当然であり、湯船に浸かったまま見つめ続けてくる汐咲に思わず美癒は固まってしまう。
お互いが緊張の渦に飲まれる中、汐咲は何故か此処に来て『負けたくない』という気持ちが働いてしまう。
「い、いいですよっ……!」
その直後、汐咲は自分で言ったにも関わらず頭の中が真っ白になってしまう。
(私何言ってるのーっ!? いい訳ないじゃない! で、でも。ここで『嫌だ』って言っても……)
美癒は既にかけ湯も済ましているのだ、ここで強引に出て行ってもらうのも美癒に悪い為、汐咲は渋々了解すると、美癒は安心して微笑んだ。
(良かった~! やっぱり女の子同士でお風呂に入るのは変じゃないんだ!)
変ではないのかもしれないが、少なくとも汐咲から見れば美癒は『変』である事に違いなく、体を洗い始める美癒を汐咲はじっと見つめてしまう。
(胸……大きい……)
美癒の泡だらけの体を身ながら汐咲の視線は美癒の胸元に向けられると、視線に気付いた美癒が不思議そうに声をかける。
「どうしたの?」
「なんでもないです!」
無意識に見つめていた事に気付いた汐咲は視線を戻すが、再び体を洗う美癒に視線を向けた。
「あの、美癒さんは空にぃと……その、どんな関係なんですか……?」
(あれ? 私今変なこと聞いてるよね!?)
慣れない環境で緊張が高まりつい本音を言ってしまった汐咲、すると美癒は体を洗いながら空との関係を考え始める。
「空君? んー、命の恩人かな? 私が襲われた時、空君が守ってくれたお陰で私は救われたの。それからも空君や甲斐斗、桜さんに鈴ちゃん。色々な人が私を守ってくれて……今では皆、大切なお友達なの」
元々美癒と空は相性が良ったお陰でもあるのだが、空に命を救われ、守られ、共に時間を過ごしていく内に親密になっていった。
「私ね、今まで友達と遊んだりする事って無かったんだ。でもね、空君が家に来てくれて、それから桜さんと鈴ちゃんとお友達になれたし、色々な人達に出会えてとっても嬉しいの」
「そ、そうなんですね」
一通り美癒の話しを聞いていた汐咲だったが、楽しそうに空や友達の話しをしている美癒を見て空の言葉を思い出した。
(美癒さん、色々な魔法使いに襲われて大変だったって空にぃが言ってたけど、全然そうは見えない……)
今日、喫茶店やリビングでの食事の後、空からこの世界に来ての話を聞いていた汐咲なのだが、美癒の明るさはとても命を狙われている人の様子には見えず内心驚いてしまう。
容姿、性格、共に完璧と言える程の美癒を見て汐咲は思わず目を細めると、自分の体を洗い終えた美癒が手招きをし始める。
「はい、それじゃあ汐咲ちゃんこっち来て、背中流してあげる」
「……ふぇ?」
予想だにしない言葉を聞き、汐咲は美癒を見つめたまま表情が固まってしまう。
今美癒は何と言ったのか、何をしようとしているのか、汐咲は頭の中では分かっていても身動きがとれず湯船に浸かったまま固まっていたが、ここでも何故か『負けたくない』という感情が高まり湯船から勢い良く出てみせた。
「よ、よろしくお願いします!」
(今日初めて会ったのにこの人には警戒心というかっ、羞恥心というかぁっ、そういうのないの!?)
とても初対面の人同士でやる事とは思えず汐咲は緊張しまくりなのだが、当然それは美癒も同じである。
しかし、様々な人達と出会ってきた美癒にはその分心に余裕もあり、泡立てたスポンジで丁寧に汐咲の背中を洗い始めた。
(ううぅ、家族以外の誰かと一緒にお風呂に入るなんて初めて───)
美癒に背中を洗われている最中、一瞬脳裏に幼い自分がシャワーを浴びている姿がフラッシュバックすると、先程まで自分が言おうとしていた言葉が変わってしまった。
(じゃ……な、い……?)
記憶に無いはずの記憶、それは現実ではなく夢の光景なのかもしれないと錯覚する程曖昧なもの。
汐咲が有るはずの無い記憶に躊躇う中、突如背中にお湯を掛けられると、汐咲の体を洗い終えた美癒が声をかけてきた。
「はい終わり! 次は頭を洗おっか?」
「えっ……あ、その、だ、大丈夫です! 一人で出来ますから!」
汐咲はそそくさと頭を洗い始めると、美癒が何か話しを振ってくる前に素早く洗い終え、そのまま浴室にはいる事なく更衣室の扉を開け始めた。
「体を洗っていただきありがとうございました! 私ちょっとのぼせそうなので先に出ますね!」
「そっかぁ……うん、りょーかいっ!」
直ぐに出て行ってしまった汐咲の後姿を美癒は残念そうに見つめると、肩までお湯に浸かり天井を見つめながら呟いた。
「汐咲ちゃんと仲良くなれたかな……?」
下着を履き、寝巻きを着た汐咲はドライヤーで髪を乾かし歯磨きをした後リビングに戻ると、そこには空と唯が椅子に座り雑談をしていたが、お風呂上りの汐咲を見て唯が声を掛けてくる。
「あら、汐咲ちゃん。丁度良かったわ」
唯は立ち上がり汐咲に近づいていくと、右手を自分の頬に当て申し訳無さそうに話し始める。
「ごめんね、お部屋は有るんだけどお布団がもうないの。だから今日だけ一緒に寝てもらえないかしら?」
「い、一緒に……?」
元々美癒と唯の二人暮らし、余分にあった布団も空とリーナが使っている為、汐咲の分が無い状態だったのだ。
そこで唯と空の二人は相談し、汐咲には今日一日だけ誰かと同じベッドに寝てもらおうと考えていたのだ。
「私、空にぃとならっ───!」
汐咲は勇気を振り絞り、自分の思いを伝えようとした直後、徐に空が口を開く。
「汐咲、美癒さんには既に話してあるから、美癒さんと一緒に寝てくるといいよ」
「……えっ?」
バッサリと心を斬られた汐咲が唖然とした表情で空の方を向くと、唯は少し驚いた様子で空を見つめた。
「あら、空君と一緒に兄妹仲良く寝ると思ってたのよ?」
「汐咲ももう年頃ですからね、僕と一緒に寝るなんて嫌に決まってますよ」
空は汐咲を気遣ったつもりなのだが、自分の本心を分かってくれない空に汐咲自身腹が立ってくると、強気な態度で頷いて見せる。
「う、うんっ。私、美癒さんと寝る!」
結局汐咲は自分の心を偽り、空の顔も見たくもなく足早にリビングから出て行くと二階へと上り始めた。
「なによ! 空にぃは私の事まだまだ子ども扱いしてくる癖にっ、こういう時だけ……!」
二階について左側に二つの部屋の扉が見えると、一旦足を止め首を傾げてしまう。
とりあえず手前の部屋の扉を開けてみると、可愛らしいぬいぐるみが飾ってあるいかにも女の子部屋が見えここが美癒の部屋だと確信した。
「こっちが美癒さんの部屋、じゃあ隣は空にぃの部屋かな」
一旦部屋の扉を閉めた後、今度は隣の部屋の扉を開けてみる。
部屋には本棚と机とベッド、男子用の制服が壁に掛けられてあるだけの少し殺風景な光景が広がっており、汐咲は恐る恐る部屋の中に入ってみるとここが空の部屋だと直ぐに分かった汐咲は、ふとベッドに腰を下ろしそのままベッドの上に寝転がり枕に顔を埋めた。
「空にぃの香りがする……」
その香りはとても懐かしく安心する事が出来る、汐咲は枕に顔を埋めたまま目蓋を閉じようとした瞬間、何時の間にか部屋の扉を開け中に入ってきていた空が不思議そうに名前を呼んだ。
「汐咲?」
「きゃぁぁあああああっ!?」
全く気付かなかった汐咲はその場に飛び起き、一瞬にして顔が真っ赤に染まってしまう。
「美癒さんの部屋は隣だよ?」
「ま、間違えたの! 本当にそれだけだからっ!」
汐咲は部屋の前で突っ立っている空にぶつかりそうな勢いで部屋から出て行ってしまうと、どうして汐咲がこんなにも慌てているのか空が理解する事もなく汐咲は再び美癒の部屋に戻るのであった。
「はぁ、空にぃのばか」
美癒の部屋に入り扉を閉めた直後、愚痴を漏らした汐咲は渋々ベッドへと歩いていく。
(このベッドで美癒さんと……ふん、どうして私が……)
正直、美癒と一緒に寝る事に抵抗があった汐咲は、少し意地悪な思いつきをしてしまう。
汐咲は美癒のベッドに入ると、両手両足を大きく広げて寝そべり始めたのだ。
(これであの人の寝るスペースはないし、後は私が寝たフリをすれば……)
嫉妬心から生まれたちょっとした出来心、汐咲は美癒の困った様子が見たい為、そのまま美癒が来るのを待ち続ける。
だが、思っていたよりも美癒が部屋に訪れることは無く、次第に汐咲の意識が薄らいでいく。
(ん~、遅い……ベッドもふかふかだし、このままじゃ本当に寝ちゃう……)
その五分後、案の定汐咲は眠りに落ちてしまう。
そこに漸くパジャマ姿の美癒が現れると、ベッドの中で体を大きく広げ気持ち良さそう眠りについている汐咲を見て思わず笑みを浮かべた。
(汐咲ちゃん、気持ち良さそうに寝てる。可愛いなぁ)
美癒は少しはだけていた掛け布団の位置を戻し汐咲の頭を優しく撫でると、自分が寝るスペースが無い事に気付いた。
しかし、美癒は汐咲を起こそうとはせず、部屋にあるクローゼットの扉を開けると薄いシーツを取り出し始める。
それから数時間後、深夜に突如目を覚ましてしまった汐咲は、自分が寝たフリをする前に寝ていた事に気付き体を大きく起こした。
(いけないっ!? 私寝てた……!)
直ぐに周りを見渡すが、ベッドには自分一人だけで美癒の姿がない。
(あれ? 美癒さん……?)
ここ意外、寝られる場所はないはず。
汐咲は美癒が何処で寝ているのか分からなかったが、ふと隣の部屋の壁を見て閃いた。
(も、もしかして空にぃと同じベッドで!!?)
自分がベッドを占領し眠る場所がない、そうなった美癒が隣の空のベッドに行ったのではないか。
汐咲の鼓動は高まり、直ぐに確かめようとベッドから降りようとした。
「……えっ?」
薄いシーツ一枚を羽織り、枕もない床の上で美癒がベッドの直ぐ横で寝ている。
ベッドの上からでは角度的に気付かない位置で寝ているが、見るからに寒そうな姿に思わず汐咲が声をかけてしまった。
「あの、美癒さん? どうしてそんな所で……!」
その言葉に寝ていた美癒は目を覚ますと、ベッドの上から心配そうに見つめてくれる汐咲を見て口を開いた。
「あ、汐咲ちゃん。どうしたの……?」
「ど、どうしたって。どうして美癒さんこんな所で寝てるんですか? あっ……」
そこで漸く汐咲は気付く、自分がベッドを占領し美癒の寝るスペースを空けていなかったからだと。
「汐咲ちゃんが気持ち良さそうに寝てたから起こしたくなくて……えへへっ」
汐咲のした事に悪意など全く感じていない美癒はそう言って微笑むと、汐咲は自分の起こした行動の子供臭さに歯痒い気持ちなってしまう。
「ご、ごめんなさい。美癒さん、一緒に寝ましょう」
「ありがとう汐咲ちゃん。あ、でも私少し寝相悪いから、汐咲ちゃんに迷惑かけるかも……」
「全然平気です! そんな所で、しかもシーツ一枚だなんて風邪ひいちゃいますよ! ほらっ!」
汐咲はベッドの上から美癒に手を指し伸ばすと、美癒はそんな汐咲を見て笑顔で手を掴むと、二人で同じベッドで横になり始める。
美癒は汐咲の方を見ながらニコニコと笑顔を浮かべており、そんな美癒と向かい合う汐咲は思わず目蓋を閉じてしまう。
美癒は嬉しいのだ、こうして汐咲と同じベッドで眠れる事もそうだが、床で寝ていた自分を心配してくれた先程の汐咲の様子に美癒の心は温まり、汐咲の事を益々好きになっていく。
汐咲もまた美癒の温かさを感じると、少し複雑な心境のまま眠りにつく……はずだった。
数分後、美癒は熟睡しているのだが、その腕の中には汐咲がおり、汐咲は美癒の胸を押し付けられるように抱きしめられている。
(この人めちゃくちゃ寝相悪い~~~っ!!?)
美癒は無意識に汐咲を抱き寄せ、そのまま抱き枕のように足で挟み汐咲を抱きしめ続ける。
本来このような事は普段無いのだが、美癒の強い気持ちが無意識に体を動かしていた。
そして美癒の行動は更にエスカレートしていき、汐咲の体の隅々を優しく摩るように触り始め、そのスキンシップに汐咲は一晩中苦しめられるのであった。




