第69話 片割れ
兄である空を追い他世界へと転移した汐咲。
どうして軍に背き無断でこの世界に来たのか、デザートが来るまでの間に空が簡単に経緯を説明しはじめる。
他世界のから命を狙われた美癒、しかし軍は美癒を守ろうとはせず、我慢ならずに空は美癒を守る為にこの世界へと飛んだ。
最初はそれだけで終わるかと思えば次々に刺客が現れ、空は美癒を守る為この世界に留まる事を決意する。
「汐咲は知らないかい? 今、様々な世界に現れる魔法使いについて」
「知ってる。軍でもその組織についての会議が開かれてたし……」
空の話しを聞いていく汐咲は不満そうな表情をしており、少し俯いたまま空と視線を合わせようとしない。
「これで僕がこの世界に来た理由が分かっただろう?」
「……うん」
理由は分かった、それでも汐咲はどこか不機嫌にそうな態度をとっており、俯いていた顔を上げると空ではなく隣に座っている美癒を見つめ始める。
(この人が、空にぃを……)
汐咲が見た所、美癒は綺麗で大人しそうな女性に見えた。
しかし汐咲には幾つか引っ掛かる点が有り、空に守られている美癒を警戒しながら徐にある事を聞こうと口を開いた瞬間、デザートを持ってきたウェイトレスが現れる。
「お待たせしました」
そう言って皆が頼んだデザートを机の上に置いていくと、汐咲は目の前に置かれたチョコレートプリンのパフェを見て思わず目を輝かせてしまう。
大きなプリンにはたっぷりのチョコレートソースがかけられており、そのプリンの横には真っ白なアイスクリームとさくらんぼがトッピングされ、空腹だった汐咲の頭の中はプリンの事でいっぱいになっていく。
こうして皆が頼んだ注文が全て運ばれてきた後、汐咲はスプーンを片手に持ち美味しそうにパフェを食べていく。
そんな子供らしい汐咲を見て空は安心したような表情を浮かべると、汐咲の隣でスマートフォンのカメラを使い美癒がケーキを食べる様子を撮影する桜を見て思わず呆れてしまう。
桜は一通り美癒を撮り終えた後、今度は隣に座る汐咲にカメラを向けると、汐咲はカメラに気付かず一口パフェを食べた後、カメラに気付き恥ずかしそうにパフェを食べ始める。
「ああぁ、純粋無垢、羞恥赤面、どれもエクスタシィ……」
頬を赤らめ満足気に美癒と汐咲の写真を見ていく桜に、鈴はモンブランを食べつつ睨みを利かせる。
「桜、そろそろ自重せんと……」
「分かっている! 少しぐらい良いではないかっ」
ぶつぶつと不満を漏らしながら桜はスマートフォンをしまうと、自分もまた注文したコーヒーゼリーを食べていく。
空を除く四人がデザートを食べる中、空はコーヒーを飲んだ後カップをテーブルの上に置き、ある懸念を晴らす為汐咲に尋ねてみる。
「それにしても驚いたよ、どうして汐咲はこの世界にいるんだい? まさかとは思うけど、無断でこの世界に来た訳じゃないよね」
何故汐咲がこの世界に居るのか、汐咲をこの世界で見た時から空は疑問に思っていた。
空の知っている限りでは汐咲は他世界の人間を排除するような役職ではなく、本部防衛の為の兵士だったはず、自分や美癒の命を狙って送り込まれた刺客とは考えにくい。
「そ、それはっ……そのぉ……」
その空の言葉を聞いた途端、汐咲は口篭り視線を逸らす態度を見た空は汐咲が任務等でこの世界に来たのではなく、自分と同じように無断でこの世界に来た事を確信すると、問いただすように少し強めの口調で口を開く。
「無断で来たんだね……。僕も人に言える立場ではないけど、無断で他世界に転移することがどれ程の重罪なのかを分かって来たのかい? どうしてそんな事をしたんだ」
「だって、空にぃが……」
パフェを食べていた汐咲の顔も今では曇り、真っ直ぐ自分を見つめてくれる空の目を見れない汐咲は俯いてしまうと、その二人のやり取りに食べる手を止めていた美癒達だったが、美癒は徐にスプーンを置くと優しい口調で汐咲に声をかけた。
「汐咲ちゃんは空君が心配だから会いに来きたんだよね」
美癒の言葉に汐咲は小さく頷くと、美癒は隣に座っている空に視線を向けて言葉を続ける。
「だから空君も汐咲ちゃんを責めないであげて」
「すみません、別に責めるつもりは……ただ、この世界に無断で来てしまった以上、アルトニアエデンに返す訳にもいかないと思うと……」
空は汐咲に対して不満や怒りが有る訳ではない、無断で他世界に来てしまった以上汐咲も重罪を犯した犯罪者であり、こうなっては元の世界に返す訳にもいかず汐咲を心配していたのだ。
その不安な気持ちでつい強めの口調になっていた事に空自身気付いておらず、美癒に宥められ初めて気付いた空は、目の前で俯き小さくなる汐咲を見て反省する。
「それなら汐咲ちゃんも私達と一緒に暮らそうよ!」
「「えっ……?」」
その美癒の言葉に、空と汐咲の口からは同時に同じ言葉が出てくると、汐咲は顔を挙げ話しを続ける美癒を見つめ始めた。
「せっかく兄妹一緒になれたんだもん、無理に離れる必要もないと思うし……今からお母さんにも伝えておくね!」
まるで二人を励ますような明るい表情を浮かべながら美癒はスマートフォンを取り出すと、家にいる唯に電話をし簡単に経緯を伝えていく。
そして笑顔で会話を終え通話を切ると、美癒は手でオッケーサインを出した。
「うん、お母さんも喜んで『OK』くれたよ」
「良かったね、汐咲」
空はてっきり汐咲がお礼を言うかと思っていたが、汐咲は俯き暗い表情のまま黙り込んでしまう。
「……汐咲?」
どうして浮かない顔をしているのか分からない空は首を傾げて名を呼ぶと、汐咲もまた顔を背け小声で呟いた。
「別に私、貴方となんて……」
その貴方というのは『美癒』の事を指しているのだが、小声で聞き取れず美癒と空がもう一度聞きなおそうとした時、汐咲の隣に座っていた桜が溜め息を吐いた。
「はぁ、残念だ。美癒に先を越されてしまうとはな……美癒が先に声を掛けていなければ私が攫う……いや、連れて帰って一緒に暮らそうと思っていたのになぁ、ふふふ……」
桜の言葉に汐咲の背筋が凍り思わず俯いていた顔を挙げ桜を見ると、悪巧みを浮かべる黒い表情を露にした桜の目は不気味な程に輝いていた。
「み、美癒さん! よろしくお願いしますっ!」
もし桜の家に連れて行かれたら何をされるのか分からない、汐咲は桜を見て言いようの無い不安と恐怖を即座に感じていく。
そんな桜を見て汐咲の態度は途端に急変、その場に立ち深々と頭を下げると、美癒と空も安心したように笑みを浮かべる。
しかし、汐咲は頭を下げながらも複雑な心境を抱き、納得出来ないと言わんばかりの表情を頭を上げるまで浮かべるのであった。
こうして汐咲は美癒達と共に生活する事が決まり、喫茶店を後にした五人は帰宅しはじめる。
そして美癒と空は桜と鈴の二人が分かれ道に差し掛かるのを見て軽く手を振ると、二人もまた軽く手を振り夫々帰る家へと向かい始めた。
暫くして美癒達三人は帰宅すると、玄関の扉を開けリビングに入った美癒がキッチンにいる唯に声を掛けた。
「ただいま!」
「あら、おかえりー。丁度良いタイミングに帰ってきたわね、今夕食を作り終えた所よ」
エプロン姿でお玉を手にした唯はそう言って味見をすると、満足気な表情を浮かべ食器を準備しはじめる。
それを手伝おうと美癒も食器棚に向かおうとしたが、リビングそのソファで寝ていた甲斐斗が体を起こし半開きの目で汐咲を見て呟いた。
「……誰、そいつ」
美癒の同級生にしては幼く見えた為、甲斐斗は美癒達がどのような経緯でその少女と共にいるのか分からなかった。
「空君の妹の汐咲ちゃんだよ、今日から一緒に暮らす事になったからよろしくね、甲斐斗」
「話しが急過ぎて訳分からんぞ……。空、お前妹がいたのか、だとしてもなんでこの世界に……」
「はい、それについては僕から夕食を食べながらにでも説明します」
そう言って空は隣に立つ汐咲の方に手を置くと、緊張して表情が強張る汐咲を安心させるように笑ってみせる。
そんな兄妹の様子を暫く見ていた甲斐斗だったが、特に興味も無いのか再びソファの上に横たわると気だるそうにテレビを見始めるのであった。
夕食の準備が進み、テーブルには温かいシチューが注がれたお皿が並べられていくと、一階の和室からメイド服を来たリーナが大きな欠伸をしながら現れる。
「ふわ~っ! よく寝たー!」
「あら、起きたみたいね。もう休まなくて大丈夫なの?」
「へーきへーき! 心配してくれてありがとー唯ー、それより~今日の夕食はシチューなんだ! おいしそ~う!」
丁度リーナを呼びに行こうとしていた唯はリーナの体を心配するが、リーナは特に体に異常も無くテーブルの上に並べられているシチューの料理に目を奪われると直ぐに席に着いた。
その時、ふとリーナの目に汐咲が止まると、同様に汐咲もりーナを見て目を丸め、驚愕した表情でリーナを見つめる。
(こ、この人って本部にいたメイドさん!!?)
まさかこのような場所で本部に潜入していたメイドに出会えると思っていなかった汐咲、全身に電流が流れるように体が反応し緊張で体が固まってしまうと、そんな汐咲を見たリーナが何の動揺もなく軽く手を挙げた。
「おー、リーナと一緒に資料室にいた女の子! 無事にこの世界に来れたみたいだね~」
「えっ? あ、はい……」
特に警戒されることも無く汐咲は拍子抜けしてしまうと、リーナは徐にを組み『ビシッ』と指を汐咲に指した。
「リーナが察するに、貴方は空の妹って所かな!」
そのリーナの言葉に汐咲と空は驚くように反応すると、最後のお皿を運び終えた美癒が両手を合わせて楽しそうに驚いていた。
「すごいですリーナさん! よく分かりましたね」
「へへーん! これでもリーナ、勘は鋭い方だからね~!」
自信気にリーナは踏ん反り返ると、そんな食卓を見て唯は笑みを浮かべながら席についた。
「ふふっ、人が多いと賑やかで楽しいわね」
何時もは美癒と二人きりでの食事だったと言うのに、今では二人から六人に増え食卓を囲う今が唯にとってとても大切で貴重な時間だった。
こうして汐咲を含めて六人で夕食を食べ始めると、その間に空は汐咲との関係について説明していく。
そして汐咲もまたどうやってこの世界に来たのかを一通り説明した後、皆はシチューを食べながら話を咲かせていくのであった。
賑やかな夕食が終わり、汐咲は終始唯の作ったシチューを美味しそうに食べた後も『美味しかった』と言い満足していた。
それからお手伝いをする為、汐咲と美癒は進んで食器を片付け台所に持っていく。
リーナはシチューを食べ終え満足気な表情をして伸びをした後リビングから出て行こうとするが、それを見て空は追い駆けるとリビングの外でりーナに声をかけた。
「リーナさん、体はもう平気そうですね」
学校に行っていた間もリーナの容態が気になっていた空、夕食を元気良く食べる姿をみて体に異常が無さそうなのが分かり安堵していると、リーナは大きくガッツポーズをしながら元気良くアピールしはじめる。
「うん! リーナたーっぷり寝たし元気になったよっ!」
「それと、甲斐斗さんと仲直りしたみたいで安心しました」
夕食を食べている間も甲斐斗とリーナは得に互いを険悪している様子もなく、むしろ和気藹々と話し合う姿を見ていた空はてっきり二人が仲直りをしたのだと思っていた。
「仲直り……?」
「はい、甲斐斗さんと唯さんの過去、詳しくは知りませんがリーナさんは甲斐斗さんから話しを聞いたんですよね? だから甲斐斗さんを許して───」
「リーナは甲斐斗と唯の過去は詮索してないし、これからもしないよ?」
「……えっ?」
「それじゃ、リーナお風呂行ってくるから~」
固まったままの空を置いてリーナは去ってしまうと、空はリーナの態度に違和感を感じていた。
(リーナさん……? あの時、あれ程の感情を露にしていたというのに、急にどうして……)
「どしたー?」
空が一人考えていると、リビングから出てきた甲斐斗が不思議そうに声を掛けてきたが、余りの気配の無さに思わず空は驚き大声を上げてしまう。
「か、甲斐斗さんっ!?」
「驚きすぎだろビビらせんなッ!? 全く……」
そんな空を見て甲斐斗もまた軽く動揺すると、空は思い切って昨日の聞いた話について聞き始めた。
「す、すみません。……あの、甲斐斗さん、確認したい事があるのですが、宜しいでしょうか?」
「何だ、昨日の件についてか?」
「はい、先日リーナさんが話していた事で、その……甲斐斗さんは美癒さんの父親なんですか? それと、本当にあの『魔神』と呼ばれる存在なのですか? 僕にはとても信じられなくて……」
甲斐斗の口から直接真実を聞きたい空は返事を待ち続ける、そんな空を見て甲斐斗は腕を組み口を開いた。
「なあ空、過去なんてどうでもよくねーか?」
その言葉に空は呆気にとられるが、甲斐斗は平然と言葉を続けていく。
「仮に俺が美癒の父親で、昔『魔神』と呼ばれていたとして、お前はどうするんだ?」
「そっ、それは……」
言われてみれば、この真実を知った所で空はどうしていいか分からなかった。
この二つの事実を知った所で空は今までと同じように美癒達を守り続けるだろう。
「あと……俺はお前の過去を詮索するつもりはない、無論それはお前の妹も、リーナもな。俺は過去より今が大事だと思うし、今更昔の事を掘り出したって意味無えだろ。ちなみに、俺と美癒は血が繋がってないって昨日も言ったはずだ、忘れたのか?」
「それも、そうですね……すみません」
「別に謝らなくてもいい、お前が色々と知りたがる気持ちも分かるしな。それじゃ、明日も学校だしさっさと風呂入って寝ろよ」
「はい、失礼します」
(甲斐斗さんの言うとおりだ、過去について深く考える必要はない。今の甲斐斗さんは美癒さんや唯さんを守る為に戦っている。それに悪い人でもないんだ、これ以上甲斐斗さんについて詮索するのは止めよう)
誰にだって知られたくない過去は有る、空はそう思いリビングへと戻ると、甲斐斗は空を見送るように暫く立ち尽くしていた。
その顔には先程のような柔らかい表情など微塵も無く、黒い闇で顔面が大きく歪み人間の顔とは思えぬ程の表情を浮かべており、ただ一つ分かる事と言えば、その甲斐斗の顔は不気味にも明らかに『笑み』を浮かべていた。
……が、突然甲斐斗は自分の顔を覆うように右手で掴むと、暫くして普段の表情に戻り溜め息を吐いた。
「賑やかになってきたなぁ……」
単純に人が増えたのも有るが、様々な苦難が美癒達に降りかかろうともこうして今を元気に過ごしている。
リビングからは美癒と空、唯と汐咲の話し声が聞こえてくると、甲斐斗はリビングに戻ろうとはせずその扉だけを見つめ続けた。
「あいつ等はそれで良い、それで……」
少し辛そうな表情を浮かべる甲斐斗はそう言って玄関まで向かうと、靴を履きドアノブに触れた瞬間言葉を漏らす。
「続けば、いいな」
そう言い残し甲斐斗は誰にも出かける事を告げず、一人家を後にするのであった。




