第6話 必然の衝突
刺客である少女、ノートに勝利した空。
レジスタルの力の解放した姿で戦い、その圧倒的力で少女に打ち勝ってみせる。
そして美癒は思った。魔法の力は不可能を可能にする、無限の可能性が秘められていると。
「で、その後どうするんだ?」
その声が甲斐斗だと気付くのにそう時間はかからず、美癒と空の二人は声のする方を向くと、荒れ果てた森に立つ甲斐斗の姿が見えた。
「その餓鬼、確かに今は気を失っている。だが目を覚ませば再び美癒を狙ってくるだろうな、どうするんだ?」
近づきながら発せられた甲斐斗の冷たい言葉に空は何も言い返せない、確かにノートを止める事は出来たが、意識を取り戻せば再び襲ってくる事は間違いない。
すると美癒は手に持っていたレジスタルの双剣を空に手渡すと、地面に倒れているノートの体を抱き上げた。
「説得するよ! ドルズィさんも話して分かってくれたの! ノートちゃんだってきっと分かってくれるはず、だから……っ!」
「分かってくれなかったらどうする? 答えてみろ」
「そ、それはっ……」
甲斐斗の質問に美癒もどうしていいか分からず言葉が詰まってしまう。
甲斐斗と空はドルズィが説得に応じなかったのを知っているが、美癒はまだその事実を知らない。
美癒の視点から考えてみれば、たしかにドルズィは説得できたものの、このノートという女の子が約束を守ってくれなかった時の事を考えてはいなかった。
すると空が美癒をフォローするかのように甲斐斗と美癒の会話に入ってみせる。
「その時はまた僕が戦います。美癒さんを襲ってくる相手が居る限り、僕は戦い続けますからね」
「で、戦う度に世界を壊すつもりか、お前」
荒れ果てた森を見渡しながら甲斐斗はそう言うと、現実を直視せず軽口を叩いた空を睨みつける。
「今回は偶々森の中だったから良かったものを、もしこれが町中ならどうなっていたと思う? 間違い無く怪我人は出るし建物も壊れる、人的被害は免れない。そして、魔法を使っている所をこの世界の人間に見られたらどうするつもりだ? この世界で暮らす事はもう出来なくなるぞ。美癒、お前の学校生活も終わり迎える事になる」
まるで脅しをかけるかのような甲斐斗の言葉に美癒も空も黙ったまま答えられなかったが、それでも美癒は気を失ったノートを抱き締めながら答えた。
「それでも……ノートちゃんを殺すことなんて、出来ないよ……!」
確かにノートは美癒の命を狙い現れた刺客であり、敵かもしれない。
しかし美癒から見ればノートも一人の素敵な魔法使い、その力を人殺しではなくもっと他の事に向けてほしいと思っている。
それにノートはまだ中学生程の女の子、誰かを殺すような危険な事はこれ以上させたくはなかった。
すると甲斐斗は美癒の前にまで来ると、直ぐに跪き美癒と同じ目線に合わせ喋り始める。
「そう、それでいい。美癒、お前は優しいんだ、誰かを犠牲にして誰かを救おうだなんて思えるはずがない、それは自分でも同じだもんな」
甲斐斗は今まで見せたことのないような嬉しそうな笑みを浮かべて美癒の頭を撫でる。
「大丈夫。もうこれ以上辛い思いはしなくていい。お前はまた明日から唯と二人で暮らす平凡な日常に戻り、クラスメイトと楽しい学校生活を送るんだ。これから沢山のイベントが有る、友達と楽しい思い出を一杯作るんだぞ」
甲斐斗の言い方は、まるで何かの終わりを暗示するようなものだった。
そして今、甲斐斗の浮かべる笑みは美癒にとって最後の別れかのように感じられた。
「甲斐斗……?」
美癒が甲斐斗の名を呼んだ直後、甲斐斗の右手が黒色に発光しはじめると、美癒は意識を失いその場に倒れてしまう。
意識を失った美癒はノートを抱き締めたまま眠っており、その一部始終を見ていた空は甲斐斗の右手から感じられた強力な魔力を見て、甲斐斗が何をしたのかを悟った。
「記憶を……消したんですか……?」
甲斐斗は眠り続ける美癒を見つめながら立ち上がると、双剣を握り締める空の方を向いた。
その顔には既に笑顔は無く、甲斐斗は空を見つめながら喋り始める。
「ああ、俺達や魔法に関する記憶を全てな。これで目が覚めれば美癒はまた平凡な日常に戻り、楽しい学校生活を送る事が出来る。美癒の平和を望んでいるなら異論はないだろ?」
「確かに、美癒さんを危険から守るにはその必要があるのかもしれません……ですがッ、それならどうして美癒さんに記憶を消していいか直接聞かなかったのですか? 貴方には分かっていたからですよね、美癒さんが記憶を消す事に応じない事を……!」
「何が言いたい……?」
「理由はどうあれ、貴方は美癒さんの意思を踏み躙った。貴方が勝手に美癒さんの人生を、運命を変えていい訳がない!」
「……仕方ないだろ、これも美癒の為だ」
「だったらどうして美癒さんと直接話し合おうとしなかったんですか? 美癒さんの記憶を勝手に消す事が、彼女にとってどれだけ辛い事なのか貴方には分からないんですか!?」
空は美癒の記憶を消す事が間違っているとは思っていない。
だが、それは美癒の了承を得てするべきはず。確かにこれから起きる出来事には命の危険もあり、平凡な日常ではなくなる。
しかし、少なからず美癒は自分の置かれた状況を知っても尚、魔法のある世界を知る事でこれから起ころうとする自分の運命を楽しみにしていた。
他世界を知り、魔法を知り、嬉しさでニコニコと笑っていた美癒の姿を空は思い出す。
本人に黙って、勝手に美癒の運命を変えて良い訳がない。空はそれだけが納得できず甲斐斗の起こしてしまった行動に物言いしたが、今まで冷静に話を聞いていた甲斐斗は目を赤黒く濁らせながら空を睨みつけた。
「黙れ糞餓鬼……調子に乗るなよッ……お前は情けで見逃してやろうと思っていたのに、余程嬲り殺しに遭いたいらしいなァ……」
只ならぬ殺気と魔力が甲斐斗から溢れ始める。このままだと確実に殺されると空は分かっていたが、それでも美癒の為を思い本音をぶちまけた。
(っ! 今朝の時と同じだ。甲斐斗さんの雰囲気が明らかに変わっている……)
額に汗を滲ませながらも空はじっと甲斐斗を見つめ続けていると、甲斐斗は空の本音を聞いてか、赤黒く濁った瞳を輝かせ、全身から黒いオーラのようなものを溢れ出し始めながらも自分の本音を語り始める。
「ククク……モう終わり……青春ごっこは終わりダ……俺ハやっぱり、こういう殺しあう雰囲気ノ方が大好きダ……なァ空ァ……オ前は何テ言いながラ泣き叫ぶんだろうなァ……安心しろ、情けは掛けてやル……そう、『命だけは』助けてやるからなァッ!!」
闇でもあり影でもある、その邪悪に満ちた黒いオーラのようなものは、今まで空が見た事の無い魔力の形だった。
甲斐斗の立っている場所だけ次元の歪があるような、何か強大な力の捩れを感じ空は息苦しくなっていく。
だが、このまま黙って殺される訳にはいかない。どうにかして甲斐斗に抗い勝たなければ自分の生き残る道は無い。
その巨大な憎悪と魔力の前に空は怯みそうになりながらも震える両手で双剣を握り締め、構えた時だった。
「う~ん……むにゃぁ~……」
殺気漂う戦場で、美癒の可愛らしい寝言が聞こえてきたかと思うと、あろうことか美癒は徐に目蓋を開け目を覚ましてしまう。
その様子を見た甲斐斗は先程まで漂わせていた殺気と魔力を止め、いつもの平然とした様子で美癒を見つめていた。
甲斐斗にとってこんなに早く美癒が目を覚ますのは予想外だったが、姿を見られた以上、再び記憶を消せばいいだけの事なので特に焦る様子はなかった。
目を覚ました美癒の言葉を聞くまでは───。
───「甲斐斗? 空君? 二人で何してるの……?」
起きて早々、向かい合う二人を見て美癒はそう尋ねてみる。
すると二人は時が止まったかのように固まってしまい、甲斐斗は今何が起きているのかを理解できなかった。
「……えっ? 俺の事、憶えてる?」
間違いなく記憶は消したはず、しかし今、確かに美癒は甲斐斗と空の名前を呼んでいた、確認の為美癒に聞いてみると、美癒はにこりと笑い頷いた。
「うん。って、忘れる訳ないよ!」
急に甲斐斗達の事を忘れるはずがない、思わず美癒はそう突っ込むように言ってみせると、甲斐斗は顔に手を当て首を横に振ってみせる。
「……いやいや、ははは。無い無い」
再び跪き美癒の頭に手を翳すと、右手を光らせ甲斐斗は魔法を発動させるが、今度は気を失う所か平然とした表情で美癒は甲斐斗を見つめていた。
「これが甲斐斗の魔法? 綺麗な光だね、どんな魔法なの?」
その瞬間、甲斐斗は驚愕を超越したリアクションをしてしまう。
「ッッッっっっっぇええええええええええええええええええええええええええええええッ!!?」
自分の記憶を消す魔法が全く通じてない事に驚きを隠せない甲斐斗は絶叫しながら信じられない様子で美癒を見つめ続ける。
「俺の魔法通じてない? 嘘ッ、有り得んだろ!? ちょっとマジでどうなってんのこれ、あれ、俺魔法使えるよね? 俺最強だよね? え? あれ?」
試しに自分の記憶を消してみようかと右手を自分の頭部に近づけようとした時、一部始終を見ていた空は甲斐斗に声をかけてみる。
「あの、僕から見ても甲斐斗さんの魔力は本物だと思います。むしろあれだけ強い魔力を感じても美癒さんに何の反応もないなんて信じられません……」
「だよねぇっ!? 俺が変な訳じゃないよねぇっ!? 大体こんな事有り得るはずが……ッ」
動揺を隠せない甲斐斗はそう言って美癒を見つめていたが、ある事が頭の中で引っかかり、徐々に落ち着きを取り戻していく。
「……はぁ、もういいや。とりあえず、このノートって餓鬼の記憶は消しとくか」
どうやら美癒の記憶を消す事は諦めたらしく、美癒の横で倒れていたノートの頭に右手を翳す。
「記憶を消した後、どうするの……?」
甲斐斗の魔法を知り、美癒は甲斐斗にこれからノートをどうるすのか聞いてみると、甲斐斗は右手をノートに翳しながら答えていく。
「俺の知っている世界に魔法使いの孤児を引き取ってくれる所がある。安心しろ、怪しい場所じゃない健全な施設だ。約束する」
『約束』という言葉を聞いて美癒は安心したのか、甲斐斗を見つめながら笑みを浮かべると、眠ったままのノートの頭を優しく撫でていく。
すると甲斐斗はノートの一部の記憶を消し終わり、右手から光が消えると、その場に立ち上がり美癒を見つめた。
「で、話は戻すが。俺が刺客を助けるのは今回だけだ。美癒、お前には選択してもらう。今後お前を守るのは俺か空、どちらかを選べ」
唐突に選択を迫られる美癒に、甲斐斗は自分に親指を立てると、説明し始めた。
「俺を選べば、俺がお前を守る。どんな刺客が現れようとも俺が全員相手して人も町も全てを守ってやる、勿論刺客も殺さない。その代わり、空には元の世界に帰ってもらう」
そう言った後、人差し指を空に向けると淡々と説明を再開する。
「だがもし空を選べば、俺は今後一切お前に手を貸さない。当然お前の身も守らないし町も守らない。刺客も見てみぬ振りをする。当然そうなれば今後は町も人も傷付く事になる、さあ選べ!」
明らかに自分を選んで欲しい言い方に空は違和感を感じつつ黙っていると、美癒は甲斐斗の言葉を聞いて首をかしげて答えた。
「甲斐斗、空君が嫌いなの?」
それは誰が聞いても当然とすら思える疑問だった。
(俺だけじゃない。こんなイケメン爽やか美少年野郎を好き好む男が居る訳ないだろ、くたばれ)
ここで本音をぶちまけてもいいが、甲斐斗は美癒の疑問にどう答えていいか迷っていると、美癒は強引に甲斐斗の手を引きそのまま空の元に歩み寄っていく。
そして甲斐斗と空を引き寄せたまま美癒は笑顔を浮かべると、抱き寄せられた甲斐斗と空は思わず顔を見合わせてしまう。
「二人とも仲良くして! これから四人で楽しい生活が始まるんだから!」
「え、いや。美癒? 俺の言ってた選択は……」
美癒が強引に纏めようとしたので甲斐斗が話を戻そうとした時、茂みの中から一人の女性が現れる。
その女性を見た甲斐斗は全身が震えだすと、一歩ずつ後ずさりしていく。
「あ! お母さん!」
茂みから現れた唯の姿を見て美癒が気付き手を上げる。
唯は荒れ果てた森と切り落とされた桜の木を見て深く溜め息を吐くと、両手を広げ自分の足元に白く輝く魔方陣を展開させた。
すると、次々に荒れ果てた大地や木々が元の姿に戻り始め、切り落とされた桜の木すらも元の位置に戻し、完全に修復してしまう。
「ふぅ、何十年ぶりかしら、魔法を使ったのは……。美癒、空君。怪我はない?」
心配そうに二人の元に歩み寄る唯だが、甲斐斗はただひたすら怯えながら後ろに下がっていく。
唯の魔法の一部始終を見ていた美癒は笑顔で頷くと、唯の手を握り興奮した様子で元通りになった桜の木を見つめていた。
「すごい! 今のはお母さんの魔法なの!?」
「うん、そうよ。すごいでしょ~? 魔法って本当便利なのよねー。あ、二人は先に家に戻ってていいわよ、私はちょっと用事があるの。あと御使いも後で甲斐斗にさせるから大丈夫」
嬉しそうにはしゃぐ美癒の頭を優しく撫でながら唯はそう言うと、そのまま笑顔で甲斐斗の方に振り向いた。
「甲斐斗~? ちょっっっといらっしゃ~い」
明らかに怒りを押し殺しながらの引きつった笑みに甲斐斗は目に涙を浮かべつつ言い訳を考えていた。
美癒と空が家を出た後、甲斐斗と唯で二人きりで話をしていた際、甲斐斗は唯の記憶を消そうとしたが、一瞬で唯に見抜かれてしまい突き飛ばされてしまったのだ。
唯に激しく怒られ続ける甲斐斗は耐え切れず逃亡、家を出た後どうやって唯に言い訳しようか考えながら町をさ迷い、そして裏山に辿り着くと、茂みの中に入っていく空と美癒が見えたのだ。
そして現在に至る。
「ち、ちょっと待って! 話聞いて! 俺別に唯の記憶を消したりしないから! いや、確かにさ、消そっかな~って思った事はあったよ、でも思っただけ、実際はしなかったしセーフだよね? ごめん笑顔怖い、無言で近寄らないで下さいお願いしますぁああああああ゛!」
甲斐斗の断末魔は森の中を木霊していく、その頃美癒と空は二人で学校の裏山から降りていた。
勿論、眠り続けるノートは空が背負っており、幸せそうに寝息を立てるノートの柔らかい頬を美癒は優しく突付くと、二人は再び魔法について話しながら家まで帰るのであった。