第64話 意思の疎通
深夜、過酷な葛藤と戦いを繰り広げた空達。
リーナは空の攻撃により深い傷を負い意識を失ってしまうが、丁度十二時を迎えた所で目を覚ました。
「んっ……」
霞む視界に映る天井、リーナは徐に目蓋を開けていくと、ベッドの上で意識を取り戻したリーナに気付いた甲斐斗が声を掛けた。
「おう、気がついたみたいだな」
「カイト様……」
「説明しておくとお前は空に負けて今まで気を失ってたんだよ、唯には刺客に襲われたってごまかしといたから心配するな。ちなみに美癒と空は学校に行ってるぞ。唯は昼飯作ってる」
一通りの説明を済ませる甲斐斗、それを聞いて漸くここが唯の部屋であり、自分は今まで気を失っていた事に気付いたリーナは上半身だけ起こすと甲斐斗を見つめながら呟いた。
「どうして私を殺さないのですか……?」
「どうしてって言われてもなぁ、んな事誰も望んでないからだろ」
「……私は貴方を許した覚えはありません。また貴方や美癒様を手に掛けるかもしれないのですよ?」
リーナは自分の意思が偽り無く本気である事を証明するように力強い視線を甲斐斗に送る。
しかし甲斐斗は特に警戒する様子も無く、少し暢気に言ってみせた。
「そん時はそん時、また俺や空が相手になるまでだろ」
「随分と余裕なのですね」
「当たり前だ、最強は常に余裕でないとな」
「そう言いつつも貴方は私に負けましたよね」
「はぁっ!? 負けてねーし! あれはなんつーかその、アレだ。空にリーナと戦わせて経験を積んでもらおうと思ってな、影ながら見守ってたんだよ! 嘘じゃねーぞ!」
『負けた』と言われ慌てふためきながら否定する甲斐斗にリーナは特に動揺することもなく、ふと一つの疑問を聞いてみた。
「カイト様、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
慌てていた甲斐斗はそんなリーナの言葉に動きを止めると、何を聞いてくるのかを神妙に待つ。
「カイト様は……その、本当にあの『カイト・スタルフ』様なのですか……?」
「……いいや、俺はお前の知ってる『カイト・スタルフ』じゃない」
その言葉の直後、部屋の扉が開き唯が入ってくると、リーナが目を覚ましたのに気付き足早に近づいてきた。
「リーナ!」
そのまま唯は両手を広げリーナを抱きしめると、目に涙を浮かべながら頬を摺り寄せる。
「もぉ! 心配したんだからぁっ……!」
「唯様……申し訳ありません……」
抱きしめてくれる唯の暖かさを感じながらリーナはそう呟くと、唯は両手をリーナから離し顔を近づけながら首を傾げてきた。
「謝らなくていいのよ、それより目が覚めて良かった、お腹すいてる? 直ぐおかゆを作ってきてあげるから!」
「あっ……」
唯はリーナの返事も聞かずに急いで部屋から出て行ってしまう。
そんな唯の様子を見ていた甲斐斗は小さな溜め息を吐いた後静かに語り始める。
「唯はお前が心配でずっと側にいたんだよ。まぁ、お前が目を覚ました時は偶々その場にいなかったが……」
唯がどれだけリーナを心配していたのかを語ろうとした甲斐斗だったが、それよりもリーナはどうしても気になっている事を確認したい為、甲斐斗に問いかけるのであった。
「……カイト様、私に教えていただけませんか? この世界に来て、唯様と何があったのかを」
それを聞かなければ何にもならない。
リーナはただ答えが聞きたかった、それが例え納得できる答えではなくても、『真実』を受け入れなければならない。
すると甲斐斗は徐にリーナに顔を近づけると、先程までの表情が嘘かのように醜く歪みその赤く濁る瞳を光らせながら囁いた。
「俺と唯の関係ヲッ、二度と詮索するな゛」
その言葉を聞きながらリーナは目を見開き甲斐斗の瞳の奥に見える赤い光に吸い込まれるように意識が遠のいていく。
「時が来るまデ、お前ハただ黙って唯の側にいればイいんだよ」
そう言ってリーナの額を人差し指で強く押すと、リーナの起こしていた体は簡単に倒れてしまい再び深い眠りについてしまうのであった。
美癒と空、四時間目の授業が終わり昼休みとなった為、二人は何時ものように一緒に昼食を食べる為弁当を取り出し始める……はずなのだが、空は今日の授業の内容が頭に入らず授業が終わった後も窓の外から見える景色ばかり眺めていた。
(僕は昨夜、何を思い出して、どうやってリーナさんを倒したんだ……?)
曖昧な記憶に空は歯がゆい気持ちでいた。
あの夜、空は『何か』を思い出し、それが引き金となって力を発揮しリーナを倒した。
とは言え、リーナは武装も解除し臨戦態勢も解いており全くの無抵抗状態。
そんなリーナに容赦なく攻撃を浴びせた自分を客観的に見ていく。
(どうして僕はリーナさんにあれだけの攻撃を浴びせてしまったんだ、僕はただ皆を守りたいだけなのに……)
本来の実力では『MG』に敵うはずがなく実力の差は歴然だったはず、しかしあの時、確かに自力でリーナを倒した。
自分が怖い……というより、今の自分に違和感を感じ始めていた。
言っている事とやっている事が違う矛盾、意思とは反対に発揮される未知の力。
昨晩から考え続けても、行き着く答えはどれも似た様なものだった。
(僕は……正常じゃ、ない……?)
「空君!」
その不安を掻き消す程の明るい美癒の声に、空は視線を声のする方へと向けると、そこには弁当箱を広げ自分を見つめてくれる美癒がいた。
「今日はずっとボーッとしてるけど、どうしたの? 何か悩んでるみたいだけど……」
今日一日空の様子がおかしい事など美癒は朝リビングで空と会った時から気付いていた。
授業も会話も上の空、何か悩みを抱えているのが目に見えてわかる空の態度に美癒は不安になってしまう。
「悩みは一緒に解決していこっ! 私で良かったらなんでも話してね、いつでも相談にのるから」
だが、美癒も深くは詮索しない。
人は誰しも、誰にも言えない苦悩があるもの。
それはどれほど深い仲であろうと、執拗に詮索し聞いてはならない。
ではどうすれば良いのか? それは簡単な答えである。
待つしかないのだ。ただただ相手が自分に心を開き、真摯に話してくれるのを。
その間には多大な時間が掛かり、『お互い』苦悩し続けるのかもしれない。
しかし急いてはならない、何故なら『時間』こそが必要不可欠なのものだから。
「美癒さん……ありがとうございます」
自分を思ってくれる美癒の温かさに触れ、安心させるかのように空は自然と笑みが零れる。
「なに二人でイチャイチャしてるん?」
突如二人の間に割ってはいるかのように鈴が顔を覗かせると、それに続いて鈴の隣にいた桜も顔を覗かせた。
「けしからん、実にけしからんなぁっ」
桜はジロリと空を横目で睨みつけると、空は慌てて弁当箱を取り出し始める。
「は、ははは。なんでもないですよ、それより早くお弁当を食べましょう!」
強引に誤魔化しながら空は弁当箱を空けて一人弁当を食べ始める。
「ほんと、唯さんの作る弁当はいつも美味しいですね!」
弁当のおかずを頬張りながら美味しそうに弁当を食べていく空の姿を見て美癒は少し不安を隠すような笑みを浮かべると、皆と一緒に弁当を食べ始めるのであった。
昼食を終え午後の授業も終わり放課後を迎えると、美癒達は帰宅の準備に取り掛かる。
鞄に教科書やノート等を積め、何時ものように美癒と空が帰宅しようとした時、鞄を手に持った桜が二人に声を掛けた。
「二人とも、これからの予定は空いているか?」
「私は空いてるよ、空君はどう?」
椅子に座りながら鞄に教科書等を入れ終えた美癒は後ろに振り返り尋ねてみる。
「僕も特に予定はありません」
その二人の返事を聞いた桜は腕を組み力強く頷いてみせた。
「よし決まりだ、今から遊びに行くぞ」
その唐突な桜の誘いに二人は呆気にとられ、思わず顔を見合わせてしまう。
こうして半ば強引に町へと連れて来られた美癒と空、先頭を歩く桜と鈴の後ろについていくと、桜がある場所で立ち止まり腰に両手を当てた。
「先ずはここだな」
建物の看板に三人の視線が集り、美癒がその建物の名前を言ってみせた。
「ゲームセンター!」
学校帰りに初めて訪れた場所。大きな自動扉が開く度、中からは様々なゲーム機器の音が聞こえてくると、美癒は少なからず興奮してしまう。
「ああ、最近新しく出来た所でな。入るぞ」
桜が率先して建物の中に入りそれに続いて鈴と美癒は楽しそうに後についていくが、空だけは特に動じる様子もなく淡々とした表情で三人の後ろをついていく。
それから三人は色々なゲームを堪能し始めていく、リズムに合わせて太鼓を叩くゲームや、車にのってレースをするゲーム、そして定番のUFOキャッチャー。
和気藹々とはしゃぎながらゲームを楽しんでいく三人。
そんな楽しそうな三人の表情を見ていると、空の表情も次第に和らぎ始めていた。
「はい、空君」
その時、唐突に美癒から手渡される玩具の銃に空は目を丸くすると、美癒が笑顔で話し始める。
「空君も一緒に遊ぼうよ!」
どうやら射撃のゲームらしく、四人で一緒に遊べるもよう。
しかし空は美癒達を守らなければならない為、ゲームセンターに来たのはいいものの一緒にゲームをするつもりはなかった。
何時刺客が襲ってくるか分からない、三人が安心して遊べるように空は周囲を警戒する必要がある為ゲームを断り始める。
「いえ、僕は見ているだけで……」
だがその時、一瞬刺客からの殺気ではないかと勘違いしてしまう程の視線を桜から感じる。
天使のような笑みを浮かべる美癒の後ろでは悪魔のようなどす黒いオーラを浮かべる桜が睨んでおり、その手に持っている玩具の銃が本物に見えてしまう程の迫力だ。
「っと、思いましたけど面白そうですねこれ! 皆でやりましょうか!」
「うんっ!」
差し出された玩具の銃を慌てて手に取りつつ、空は財布から百円玉を取り出すと直ぐに媒体に入れてゲームに参加しはじめる。
こうして無事四人でゲームを始められた美癒は嬉しそうに射撃のゲームを楽しんでいくが、空は複雑な心境を隠しながらゲームをプレイしていく。
暫く遊んだ後、休憩所で四人は椅子に座りUFOキャッチャーで取ったぬいぐるみを手に持ったまま話していると、徐に美癒が席を立ち自動販売機の方へと指を指す。
「皆の分の飲み物買ってくるね」
「それなら僕が……」
気を利かして美癒が飲み物を買おうとしていたので、空は直ぐに自分が代わりに買いに行こうと席を立とうとしたが、徐に鈴が手を挙げ美癒の隣にぴったりくっつきはじめる。
「美癒っちー、一緒に行こかー! 二人は何がいいん?」
「私はコーヒーで。空、お前は?」
「えっと……お茶で」
「りょーかい! ほな行こか~」
美癒と鈴が二人仲良く行ってしまい、空はそんな二人の後姿をじっと見つめ続ける。
その時、ふと右の頬にくすぐったい感触を感じた空は振り向いてみると、猫のぬいぐるを持ち上げている桜がぬいぐるみの手を使って空の頬を叩いていたのだ。
「……桜さん?」
「ふんっ!」
何をしているのかよく分かってない空が首を傾げてしまうが、桜は構う事なくぬいぐるみの両手両足を巧みに動かし空の顔面を攻撃しはじめた。
「わっ、ちょ!? 桜さんっ!?」
「せいせいっ!」
連続攻撃に成す術も無く空は逃げるように立ち上がると、ぬいぐるみを抱かかえながら桜が怒りを露にしていた。
「まったく! 美癒がお前に気を遣っている事に気付いてもいないのか!?」
桜の言葉が深く心に突き刺さる、空も美癒が自分に気を遣ってくれている事は十分に自覚していた。
「っ……す、すみません……」
怖気づきながら空は再び椅子に座ると、桜は遠くで飲み物を買う美癒と鈴を見つめながら話し始める。
「私達は青春真っ只中の高校生、勿論それはお前もだ。時には息抜きも大切、だろう?」
「はい、皆さんに気を遣わせてしまってすみませんでした。僕もこの日常を楽しんでいこうと思います」
「それでいい。守る時は守り、遊ぶ時は遊ぶ。それだけの事さ」
難しい事を考える必要はない、そう言うように桜は軽く笑ってみせると、丁度飲み物を買い終えた二人が空と桜の元に戻ってきた。
「はい、空君!」
美癒は買ってきたお茶の缶を差し、空はそれを受け取ろうと手を伸ばした───その時だった。
二人の手元に衝撃が走り、受け取ろうとしていた缶が弾け飛ぶ。
それは一発の弾丸の仕業。その事に気付いたのはこの場にいた空だけであり、空以外の三人は一瞬何が起きたのか理解出来なかった。
まさかこんな街中に、しかも遊んでいる時に刺客が現れるなんて───色々な雑念が空の脳内に入り乱れるが、刺客が現れた以上戦う他無い。
空は直ぐに席を立ち弾丸が放たれた方を睨みつけた。
……しかし、そこにいた刺客の姿を見た途端、先程までの警戒心が嘘のように消えてなくなってしまう。
そこにいたのは一人の少女。
ツインテールの髪型に鮮やかなエメラルド色の髪を靡かせる少女。その目は涙ぐんでおり、その左手には拳銃が握り締められている。
すると少女は勢い良く走り始めると、真っ直ぐこちらに突き進み始めた。
振り上げる拳、走る勢いは更に増し、誰も少女を止められない。
その潤んだ瞳で見つめる相手は桜でもければ鈴でもなく、美癒でもなかった。
「空にぃのッ! ばかぁああああああーーーーーーーーーーっ!!!」
泣き叫ぶ少女の声が休憩室に反響し、振り下ろされた拳は無慈悲にも空の顔面に直撃するのであった。




