第63話 保留の情け
互いの望む『幸せな世界』の為に戦い火蓋が切って下ろされた。
牽制も含めて六つのフェアリーが一斉に空に襲いかかろうとすると、空は双剣を振るい自身の周りに竜巻を発生させる。
宙に浮かんでいたフェアリーの軌道が不安定となり空に照準が合わせる事が出来ずにいると、空は剣を構え疾風の如く一直線にリーナへと接近しはじめた。
その際に生じた突風によりフェアリーは吹き飛ばされてしまうと、リーナは輝剣を構え真っ向から空の剣を受け止めてみせる。
「空様は風の魔法を扱うのですね。しかし……風とはこれ程までに鈍いものだったでしょうか」
翼を発光させたリーナが一瞬にして空の目の前から消える。
「っ!?」
明らかに自分より素早い動きに、空はその場で跳躍しリーナの動きを捉える為に辺りを見渡した。
だがリーナの動きがまるで見えない、空は焦りを募らせる中、六つの殺気を感じ瞬く間に飛翔を開始する。
体勢を立て直したフェアリーによる連携攻撃、空の移動範囲を予測したその精密な射撃は空の動きを抑制しはじめる。
その時、一発の光線が空の胸部目掛けて放たれると、空は回避が間に合わず剣を盾に防ごうとした瞬間、背後に現れたリーナが空に向けて輝剣を振り下ろした。
しかし空はリーナの速度を見越して背後に現れる事を予測していた為、背後からの攻撃は無事に交わす事に成功しフェアリーの攻撃も受け止めてみせる───が、これは空にとって予想外の事だった。
何故なら空はフェアリーの攻撃を受け流そうと思っていたからだ、しかし実際はフェアリーの攻撃が予想より遥かに強く、重い一撃に戸惑いを見せる。
(受け流せない!? なんて一撃だ、こんな攻撃を同時に六つも行えるなんて……ッ!)
これが『MG』の力。今一度その強大な力に空は圧倒されてしまう。
そしてリーナの猛攻は止まらない、フェアリーの一撃を受け止めた空を囲うように六つのフェアリーが移動すると、同時に魔法を発射し追い詰める。
唯一の逃げ道といえば真下しかなく、空はその場に急降下し地面に着地してみせるが、当然これがリーナの誘導であると考えた空は迫り来る一発の弾丸を顔面に触れる寸前で交わしてみせる。
が、これも間に合わない。弾丸は頬を掠り傷から血が滲み出すと、間一髪で自分の放った弾丸の直撃を免れた空を見てリーナが拳銃を構えながら楽しそうに驚いてみせた。
「先程の攻撃を避けるとは素晴らしいですね。空様には戦いのセンス、才能がおありのようで」
「貴方程の実力者にそう言ってもらえると本来喜ぶべきなのかもしれませんが、どうしてでしょうね、全く嬉しくありません」
昔の自分がリーナの対峙していればその力に戦慄しまともに動けなかったかもしれない。
しかしこの世界に来て多くの魔法使いと戦い、守る為に覚悟し戦う今の空は自分でも驚く程の良い動きが出来ていた。
「互いの実力の差はよくお分かりになったでしょう、貴方が勝つ事は万が一にありません。いえ、それ所か貴方の刃が私に触れる事すらないでしょう」
「随分と……余裕なんですね」
空にそう言われたリーナの視線が少し鋭くなると、空の周りに竜巻が発生し始める。
(リーナさんを倒すなら油断している『今』しかない、全速力で僕の斬撃を浴びせるッ!!)
心の内に秘めた闘志を見せず冷静な面持ちで魔力を高めていく空に対し、リーナもまた表情を変えないものの冷静に空の力を見極めていた。
(この力の流れ、評価を改める必要がありますね。それにしても、これがあの極秘のデータに書かれていた『風斬』の力なのでしょうか……?)
この世界に来る前、ある場所で唯達の居場所を知ったリーナ。
そこにある装置に記されていたある計画、リーナが見ようとした途端に防衛プログラムが発動しデータは自動的に削除されてしまったが、その際に『風斬』という文字だけが確かに見えた。
(しかし、所詮この程度の力だとすれば深く考える必要も無さそうですね、さっさと終わらせて唯様の元に帰るとしましょう)
姑息な真似はしない、相手の力量を把握しているからこそリーナは正面から空を迎え撃つように輝剣を構えフェアリーを自分の側へと近づける。
(さすがに少しは警戒されているみたいだ……それでも僕がリーナさんの予測を上回れば良いだけの事、仕掛けるしかないッ!)
竜巻の回転速度は最速に達した瞬間、天へと延びていた竜巻の向きが変わる。
渦巻く突風は空からリーナにまで水平に伸び、竜巻がリーナを飲み込んでいく。
(これはっ───!?)
まるで風の通り道が出来たかのように空とリーナを繋ぐ一本の竜巻、その突風はフェアリーを切り刻むと共に彼方へと吹き飛ばし、リーナもまた風の力で吹き飛ばされそうになりその場に踏み止まるように堪え始める。
それこそが空の狙いであり、僅かな隙も決して逃がしはしない。
剣を構えた空は竜巻の力を応用し全速力でリーナへと接近すると、未だに体勢を崩すリーナに向けて双剣を振り下ろした。
「ッ───!!」
互いの睨み合う視線が交わる───。
その刹那、空は攻撃を終えリーナの後方に立ち止まり、リーナはその場に立ち尽くしたまま身動き一つしなかった。
辺りは静寂に包まれ風が止むと、リーナは自分の胸元に手を当てた。
「……これが、空様の力ですか───」
その言葉の直後、跪く。
だが、それはリーナではなく、胸元に輝剣を突き刺された空だった。
「ぐはァ゛ッ……!」
輝剣は空の胸元を貫き背中から紫色に輝く刃が姿を見せている。
空は直ぐにその輝剣を引き抜くと、苦しそうに胸を押さえながら蹲ってしまう。
その胸には傷も無く出血もないが、空のレジスタルには絶大なダメージが与えられ、魔装着と双剣が粉々になり消え去ってしまう。
今はまだ空を殺すつもりのないリーナはダメージを相手のレジスタルにだけ狙いを定めていたのだ、レジスタルを具現化した武器だからこそ成せる芸当であり、リーナは背中の翼と左手の拳銃を消してみせると、ゆっくりと後ろに振り返った。
「良い速度です。しかし空様、貴方自身がその速さに肉体も動体視力も追いついていませんでしたよ」
その言葉に目を見開き驚愕する空、何故ならその言葉は裏を言い返せばリーナは空の動きについてこれたということ。
全ての動きを見切り攻撃をした後空の攻撃を避けたリーナの速さと強さを今一度思い知らされてしまう。
(そんな……僕は、またッ……負けたのか……っ)
薄れ行く意識の中で空は無意識にその場の土を力強く握り締める。
これが『MG』の力、次元が違う相手に空は成す術がなかった。
守る為に戦う空、その思いとは裏腹に結果は残酷なものばかり。
『君は私より遥かに弱い』
何故だろう、ふとゼオスに言われた言葉が脳裏を過ぎる。
『君は『生かされていた』だけって事』
圧倒的強者の前に、弱者である自分は何も出来ない。
『君如きに彼女が守れるかい?』
守れない、今のままの自分では誰一人守る事が出来ない。
美癒を守る所か側にいる事さえ困難、不可能に近い。
世界は広い、現れる魔法使い達は皆猛者ばかりで、空は幾度と無く自分の非力さを痛感させられる。
これ程にも守りたいと思うのに、これ程にも強い気持ちを持っているというのに、一歩も届かない。
覚悟もした、約束もした、修行もした、強くなる為に努力を怠らず、守る為に全力を振るう、それでも世界は望まぬ結果になり、何一つ守れない。
それは何故か?
「……空様?」
ふと、蹲る空の気配に異変を感じたリーナが名を呼ぶ。
それでも空は返事をしない、何故ならその言葉が今の空に届くことはないからだ。
まるであの日のようだ。
誰も守れない。
『死にたくない゛ッ! いや゛ァッ! 来ないでぇぇ!!』
血塗れの少女はそう言って全身バラバラになって血飛沫を上げなら吹き飛ぶ。
『ギイィいイ゛ぃ゛ぃ゛ィ゛ゥ゛ッ゛』
下半身が消し飛んだ少年はうめき声を上げながらもがき苦しむ。
『助けて! 助けでぇ! ううっ、いぁあああア゛!!』
誰も助けに来ない、誰も助けてくれない、何度も壁を叩こうが少女の声がその外に届くこともなく、迫り来る死に絶望し狂乱する。
『どうして……? どうして、こんな事ぅヅギィッ───』
潰れた果実のように勢い良く血が吹き出し、頭部を潰された少年は痙攣しながら地面をのた打ち回る。
『おにい、ちゃん゛っ……』
一人の少女が泣いている。
『たす、けてっ……うぅ、ひっく……ぇぐ……』
両手を目元に当て、ただただ咽び泣く事しか出来ない非力な少女。
守って、ほしい、妹、なんだ、俺は、もう、長くない、だから頼む、お前にしか、頼めない、たったひとりの、家族、お前も、だから、頼む、妹を───。
どうして守れないッ、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、何故守れないッ!!?
答えは───相手を捻じ伏せ、蹂躙し、命を奪う、絶対的『力』と、圧倒的『殺意』が足りないからだった。
「まだ戦うというのですか? 空様のレジスタルは深く傷付いております、無理を為さらない方が身の為ですよ」
立ち上がった空にリーナはそう言葉を掛けると、不穏な雰囲気を漂わせる空を睨む。
すると空は後ろに振り返りリーナの方を向くと、ゆっくりと右手を前に翳し囁いた。
『ラファル・トリガー』
世界が変わる。
その速度に音すらついていけない、加速で空気どころか空間が歪み、空とリーナを繋ぐ竜巻が再び形成されていた。
(これは先程の魔法ッ!? いえ、先程とは全く別次元の───)
先程の比ではないその強風の力にリーナはその場に踏みとどまる事がやっとであったが、突如風が止むと再び辺りは静寂に包まれた。
「……っ……な……?」
何が起きたのかが分からない。
そして───何をされたのかすら分からなかった。
分かる事と言えばたった一つ、先程まで目の前にいたはずの空が今、自分の後ろに立っていることだけ。
リーナの後方には魔装着を来た空が双剣を握り締めて立ったまま微動だにしない。
何故ならそれは、既に攻撃を終えていたからだ。
「ぅッぐ! ぁあああああッ!!?」
全身を切り裂かれ血飛沫を上げるリーナ、その断末魔が森の木々に反響し辺りに響き渡る。
今まで傷一つ、汚れ一つ無かったメイド服が無残に破れ、赤い血で染め上げていく。
(これ、は……なっ……に……?)
今まで受けたことの無い攻撃にリーナの意識は途切れその場に倒れてしまう。
すると空は振り返り、血塗れのまま倒れたリーナの元へと一歩ずつ近づいていく。
そしてリーナの側で立ち止まると、右手に握り締めた剣をゆっくりと振り上げた。
「やめとけ」
ふと気が付けば、空とリーナの間に立ち横目で空を見つめる甲斐斗が立っていた。
甲斐斗はただただ空の瞳を見つめ続けると、少し俯いた後美癒の達のいる町へと視線を向ける。
「そんな顔すんな、今のお前を見たら……美癒が泣くぞ」
『美癒』……その名前を聞いた途端、空の手元から双剣が零れ落ちる。
それを見た甲斐斗は右手を空の顔に近づけると、目元を隠すように優しく覆い声を掛けた。
「今は眠れ、何も考えるな」
一瞬電気が流れたかのように甲斐斗の右手から空にかけて魔力を流され空はピクリと反応した後その場に倒れ意識を失ってしまう。
「やれやれ、一時はどうなるかと思ったが……良かった」
とりあえず一段落つき甲斐斗は安心したように腕を組むと、倒れている二人を見つめるように俯いた。
「そう焦るな、まだ『早い』んだよッ……クク……」
俯き影となる甲斐斗の表情は暗く見え辛いものの、その顔は不敵な笑みを浮かべ黒い眼球と赤い瞳だけはハッキリと浮かび上がっていた。




