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第5話 心の解放

 美癒に案内され空が辿り着いた場所、それは美癒の一番のお気に入りであり思い出の場所でもあった。

 巨大な桜の木の下で町を一望出来る素敵な場所、そこで美癒は空に魔法を教えて欲しいと頼み、空も快く承諾した時、事件は起きた。

 糸を自在に操る魔法使いノートの出現。小柄な女の子という見た目とは裏腹にその力は脅威的なものであり、たった一本の糸で軽々と大木を切り落とす程だった。

 ノートと空、互いに睨み合いこれから戦いが始まろうとしている最中、美癒は二人には目もくれず無残に切り落とされた桜の木を見つめ続ける。

 拳を握り締め、肩を震わせる美癒。思い出の場所、思い出の桜の木が切り落とされた事にショックが隠せず、その美癒の辛そうな表情は見ていて胸が苦しくなり、同時に空の心を締め付ける。

(僕が回避ではなく攻撃を受け止めていれば……ッ!)

 確かに美癒は守れたが、美癒の大切な物を守る事が出来なかった自分の不甲斐なさに空は歯を食い縛り俯いてしまう、つい先程まではあんなに嬉しそうな笑みを浮かべていたというのに、今の美癒は絶望した表情を浮かべているのだから。

「やめようよ……っ……」

 震える声で美癒はそう呟くと、握り締めていた拳を解き、肩の震えが止まっていた。

 そしてゆっくりとノートの方に向くと、その目には薄らと涙を浮かべながらもしっかりとノートを見つめ話しかける。

「もう、やめよ……? どうしてこんな事するの……?」

 平常心を必死に保とうとする美癒の姿は余りにも辛いものだった。

 ノートは美癒にそう問われるが、首を傾げ美癒が何を今になって聞いているのかが理解出来ない。

「貴方を殺す、それが私の使命。それだけです、それだけ」

 美癒の切実な思いが全くノートに伝わらない。ノートの言葉に美癒は涙ぐむが、その横に立っている空は先程の言葉を聞いてある事実を確認する。

「なっ……殺すだって? 貴方は美癒さんを拉致するように依頼を受けた刺客ではないんですか?」

 今朝に出会った刺客、ドルズィの話によれば美癒の身柄を確保する事が依頼だったはず。

 しかし今、目の前に現れた刺客は間違いなく美癒の命を狙っており、この刺客がドルズィの居る組織の刺客ではない事が分かった。

「そんな話知らない、私は私の使命を果たす」

 ノートの両手が振り動き、高速で指が動き始めた瞬間、張り巡らされた糸は一斉に二人に襲いかかろうとした。

 すると空は両手に握っていた双剣を構えると、足元に光輝く魔方陣を展開させると、本気でノートと戦う為に呟いた。

「レジスタル・リリース!」

 一瞬にして眩い光が空から発せられた瞬間、激しい突風が吹き起こりはじめる。

 その突風は美癒に襲い掛かろうとしていた糸を全て切り落とし、そして光に包まれた空は私服ではなく今朝美癒の前に現れた時と同じ格好、戦闘用の魔装着まそうぎに身を包みその場に立っていた。

「はっきり言います、貴方では僕に勝てませんし美癒さんを傷つける事も出来ません。諦めて元の世界に帰ってください」

 この魔法使いの少女、ノートが決して弱い訳ではない。

 だが、空から見て少女から感じる魔力は今朝戦ったドルズィよりも低いものだった。

 それに一見すれば目に見えない糸を自在に操っているように見えるが、魔力の流れと空気の振動によりどの糸がどのように動くのかを空は瞬時に察知、予測し行動する事が出来る。

 それは風の魔法使いである空だからこそ理解する事が出来る事であり、糸の魔法使いのノートと風の魔法使いの空では明らかに戦いの相性が悪かった。

 空の言葉を聞き大人しくノートが戦いを止めてくれれば幸いだが、命を狙いに来た者がそんな言葉で簡単に諦める訳もなく、ノートは少し不快感を示しながら空を睨みつける。

「貴方……私を舐めすぎですね。舐めすぎです」

 空の一連の動きと魔力を見ればこの少年がただの魔法使いでない事ぐらいノートにも直ぐに理解できた。

 だかこの空という少年は甘い。五十を超える場数を踏んできたノートにとって自分よりも強い相手と戦った事など幾らでもある、そして勝敗を決するのは単純な『強さ』ではない事も重々分かっていた。

 そして何よりも空は美癒を守りながら戦わなければならないのだ、例え戦いに負けたとしても、それと引き換えに美癒の命を奪う事は容易い事だった。

 それを証明してみせるかのようにノートは両手を広げると、無数の魔力の篭った糸を次々に周囲に張り巡らしていく。それを見た空は襲い掛かろうとしている糸と何時でも断ち切れるように双剣を構えた。

「同じ事をしても無駄です。僕の風で貴方の糸を容易く切り落として───っ!?」

 糸の動きに異様な変化が起きた事に気付き空は周囲を見渡すと、張り巡らされていた糸は何十にも束ね合わされ、まるで一本の鞭のように変化を遂げていく。

「美癒さん! 伏せていてください!」

 空に言われるまま美癒はその場に座り伏せると、心配そうに空を見つめていた。

 無数の糸が無数の太い鞭へと変化し作られていくと、何十本もの鞭が美癒と空目掛けて一斉に振り下ろされる。

「私の糸は一本では弱いかもしれない。でも、何十にも何百にも重なればその強度は何十倍にも何百倍にも膨れ上がる、これでもう貴方の力では断ち切れない。悲しいですね、悲しいです」

 ノートの言う通り、空は双剣を振るい鞭を断ち切ろうとしても断ち切る事が出来ずひたすら受け流していく事しか出来ない。

「ぐっ!」

 受け流した鞭は地面や木々に触れる度に土や木々を抉り、美癒の思い出の場所が徐々に荒れ始め、無残な光景へと変わりは果てていく。

「ノートちゃん! もう止めてぇっ!」

 美癒は無残に荒れ果てていく光景を見て遂に涙を流し訴えるが、攻撃が止まる事はなかった。

 これ以上話し合いをしてもノートが攻撃を止めるつもりはなければ、美癒の思いが届く事もない。

 残念だったが、空は意を決して行動を開始する。

 襲い掛かる無数の鞭を受け流し続ける空にノートは攻撃の手を一切緩める事無く鞭を振るい続ける。

 無数の鞭による連続攻撃に空は受け流す事だけで必死なのはノートも理解しており、もし空が捨て身の特攻を仕掛けてきたとしてもその間に美癒を殺す事が出来る為、勝利を確信していた。

「止めないですよ、止めないです。貴方達はこのままじわじわと嬲り殺しにされるんですから、悲しいですね。悲しい───」

 その言葉を言い終える前に、右足の靴に強い衝撃が走ったかと思えば、自分の体勢が崩れていくのが分かった。

「です……?」

 何が起きたのか理解出来ない。ノートはそのまま倒れてしまい地面に尻餅をついてしまう。

「痛っ……!」

 右足の違和感にノートは右足を見てみると、履いていた靴が何かに弾き飛ばされており片方の靴だけ脱げただけ、外傷が無い事が分かりノートは直ぐに立ち上がろうとした。

 尤も、今立ち上がれば首元に突きつけられた空の剣により命を落とす結果となってしまうのは既に明白であったが。

 ノートが倒れた瞬間、空は狙っていた通り一瞬で詰め寄り間合いに入っていたのだ

「貴方の鞭をただ単に受け流していた訳ではりません。鞭を跳ね返し貴方自身を狙う為に少しだけ時間が必要でしたからね」

 完全に自分の攻撃を逆手に取られ敗北してしまったノートは、そんな空の姿を見て目を見開き口元だけ笑みを浮かべた。

「あは、あはは。貴方は強いですね、強いです。でも、私の勝ちですね」

 ノートは首元に剣を突きたてられているにも関わらず右手を振り上げ糸を自在に操り始めようとしていた。

 美癒は戦いが終わったと思い空とノートの方に向かって歩いていたが、突如自分を囲うように無数の鞭が美癒の前に現れ、思わず足を止めてしまう。

「止めてください、もう戦いは終わりました。 これ以上抵抗すれば、僕は貴方を……ッ!」

 これは脅しではない、そう思わせるように空はもう片方の剣をノートに向けるが、それでもノートは怯む事無く右手を動かし続ける。

「本当に殺せますか? 無理ですね、無理です。だって貴方……人を殺した事ないですよね」

 空の一連の戦い方を見ていてノートは気付く、空はその力で人を殺した事はなく、人を殺す事に抵抗を感じている事に。

 先程の鞭を跳ね返した時もそう、狙おうと思えば靴ではなく顔や腹部を狙う事だって出来たはず、なのに空はそれを行わなかった。

 その穢れの無い瞳を見てもそう、空は確かに強い魔法使いだが、何もかも甘すぎる。

 ノートは美癒を殺そうと鞭を自在に操る為に指を動かす、それを見ていた空は意を決して構えていた剣を振り上げた時、後ろから美癒の声が聞こえてきた。

「だめぇ!! ノートちゃんを殺さないでぇっ!」

 やはり、この状況に追い込まれても尚、美癒が戦いや殺しを望んだりはしなかった。

 このままノートを止めなければ自分が殺されてしまうにも関わらず、美癒は涙を流しながら空を止めに掛かった。

 選択を迫られる空、この距離からでは美癒を助けに向かう事は不可能。

 美癒を助ける方法、それはノートを殺す方法しか残されては───。



 ───振り下ろされた双剣。美癒は息を飲み空の背中を見つめていた。

 美癒の回りを囲っていた鞭は力を失い落ちていくと、光り輝く粒子となり消えてしまう。

「空……君……?」

 美癒にとって最悪の結果が頭を過ると、空は両手に握っていた双剣を手元から消すと、ゆっくりと後ろに振り返った。

「大丈夫。彼女は無事です」

 そう言って空が横に動くと、ノートは気を失い地面に倒れているだけで、無傷のままだった。

「そもそも僕は彼女を殺す気なんて更々ないです。彼女を止める術は命を奪う事だけではないですからね」

 美癒は急いでノートと空に駆け寄り、地面に倒れているノートの頬に手を触れた。

 確かにノートは生きている、小さな寝息を立てながら眠る様子は先程まで本当に殺そうとしてきた女の子には見えない程安らかで可愛い寝顔だった。

「僕が剣を振り下ろした時、物理的な攻撃ではなくレジスタルの魔法による斬撃を放ちました。これで彼女の身体に傷を残す事もないですし、彼女のレジスタルに直接ダメージを与える事が出来ます。少し手荒な真似で痛い思いをさせてしまいましたが、命に別状はありません」

 命に別状は無い、その言葉に胸を撫で下ろす美癒だったが、空から聞いた聞きなれない単語に思わず聞き返してしまう。

「えと、れ……れじ、すたる……?」

「はい。レジスタルとは魔法を使う為に必要な物、僕達魔法使いの体内に宿っている魔力の源です。そして僕はそのレジスタルの一部を具現化し、双剣として扱っているんです」

 そう言うと空は両手に再び双剣を召喚すると、その双剣を美癒に手渡してみせた。

「これが、レジスタル……魔力の源……」

 手にとって触り、見ていて分かるが、その透き通るような空色の双剣はとても美しく、思わず美癒は見惚れてしまう。

「彼女のレジスタルは恐らくあの黒い手袋でしょう。僕が彼女のレジスタルにダメージを与える為に魔法を放った直後、気を失うと共に手袋も消えてしまいましたからね」

 空に言われて倒れているノートの手を見ると、確かに先程までは付けていたはずの黒い手袋が消えいるのが見て分かった。

 そして、美癒の思っていた通り、魔法とは無限の可能性に満ち溢れている力なんだと確信した。

 戦った後でも誰の命も消えたりはしていない、傷付けていない、これが魔法の力なんだと。

「で、その後どうするんだ?」 

 そう言って一人の男が森の茂みから姿を現す。

 男は気付いている。その魔法という力が無ければそもそもこのような争いは生まれなかったと。

 美癒と空は声のする方に振り向いてみせると、そこには一部始終を見ていた甲斐斗の姿があった。

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