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第45話 先手の裏

 刺客ベリーチェを圧倒した甲斐斗、ベリーチェは戦意を失い跪くが、それを見ていた美癒もまたベリーチェと同じように膝を突くと、まるで救いの手を差し伸べるかのように優しい言葉をかける。

 その美癒の温かい意思は確かに伝わり、ベリーチェを含めた美癒達六人は唯のいる自宅へと帰ってきていた。

 リビングにベリーチェを案内し甲斐斗を除いた五人は各自椅子に座っていくと、甲斐斗は近くの壁に凭れ掛かり、それから美癒は今までの出来事とノートとの関係を赤裸々に語り始める。

 美癒の命を狙う為に現れた刺客『ノート』、巧みな魔法で襲い掛かるが空との戦闘によりレジスタルを攻撃され気を失ってしまう。

 その後、ゼオスの魔法と思われる呪術が発動されたノートはその生命力を奪われていたが、甲斐斗の力によって一命を取り留めたが、以前の記憶を全て失う結果となった。


 美癒から全ての話しを聞き終えたベリーチェは俯いたまま納得するように頷くと、静かに喋り始める。

「ゼオスなら遣りかねないな……あいつは価値の無い人間に対して容赦しねえ」

 ベリーチェは少なからずゼオスがどういった思想の男なのかを理解している。

 それを承知の上でベリーチェはゼオス達と共に行動しており、今更非道な行為に疑問など抱きもしない。

「だからと言ってお前等の言葉を全て信じた訳じゃねえ、ノートの姿を見るまでは信じないからな」

 腕を組んだまま真っ直ぐ美癒の目を見てベリーチェはそう言うと、美癒はにっこりと笑みを浮かべてその視線に応える。

「大丈夫! ノートちゃんは無事です。そうだよね、甲斐斗!」

 その美癒の言葉に甲斐斗は壁に凭れ掛かりながら自信満々に頷く。

「当然だ、ノートは平和に暮らしている。つい最近も会いに行ってきたしな。ま、百聞は一見に如かずって言うし、今からでもノートの居る世界に行けばいい」

 甲斐斗は簡単にノートに会いに行けばいいと言ったが、実は別の世界へと行くのには一つ問題が有った。

 その問題を解決する方法を恐らく甲斐斗は知っているのだが中々自分から言い出そうとしない、それを知ってか空はベリーチェに視線を向けある事を尋ねてみる。

「すいません、その他世界に行くという話しなのですが……ベリーチェさん、貴方は転移魔法が使えますよね。複数の人間を転移させる事は可能ですか?」

「精々あたしを含めて二人が限界だ。何だ、お前等転移魔法すら使えないのか」

「三人は魔法使いになったばかりなので仕方ないです、ちなみに僕も転移魔法は扱えません。元々転移魔法を使用し勝手に他世界に行く事は禁じられていますのでライセンスの取得すら国の許可が必要ですし、この世界に来れたのも軍にあった転移装置のお陰ですからね。そうなると、他世界へと行く方法は……甲斐斗さん」

「へいへい、どうせ俺にしか出来ない事だ。知ってた分かってた、お前等全員纏めて送ってやるよ」

 元々美癒達が他世界に行くのには甲斐斗の力が必要不可欠。

 甲斐斗にノートのいる世界に案内してもう為にも甲斐斗の力で転移する必要があった。

「六人同時に転移させる事ができんのか!? お前ってやっぱスゲーんだな……」

「俺は最強の男だからな、これぐらい出来て当然だ」

 甲斐斗の言葉にベリーチェは目を丸くすると、機嫌を良くした甲斐斗は腕を組んだまま上機嫌な表情を浮かべており、それを見た鈴が転移魔法について空に聞いてみた。

「なんなん? 転移魔法ってそんなすごいもんなん?」

「はい、他世界へと行くのに使用する転移魔法というのは上級魔法であってとても複雑で難しいんです。それに魔力の消耗も激しい為、人一人を転移させるだけでも相当の魔力が必要になります」

「ほえー甲斐っちって意外とすごいんやな!」

 実は甲斐斗はすごいのではないのかと漸く鈴が理解しはじめると、あだ名のような名前で呼ばれた甲斐斗が不機嫌そうに喋り始める。

「その呼び方止めろ、呼び捨てでいい。あと意外は余計だ! ……それよりベリーチェ、ノートの世界に連れて行く前にお前達の目的を明確に教えろよ。何故お前達の組織は美癒を狙う、仮に『無限の可能性』を持つ人間がいたとして、お前達は何がしたいんだ」

「あたしは目的も計画も詳しい事は知らねえよ、傭兵みたいなもんだし。ただゼオスの指示に従ってるだけだ」

「そのゼオスって奴がお前のいる組織の統率者なのか?」

「……いや、違うな。表はゼオスかもしれねえが、裏では『ジン』って奴が指示を出してる」

 初めて明らかになった統率者の名前『ジン』。

 『無限の可能性』を秘めた人間を探し出す者、その目的も理由は未だに不明。

 するとベリーチェの言葉を聞いた空が徐に口を開いた。

「ジン……その人が組織のリーダーなんですね」

「人かどうかも分からねえよ、何せ全身鎧を身に包んでやがるからな。あたしも何度か見た事があるが……アイツはヤバイ。この世に『魔神』と呼べる存在がいるのだとしたら、アイツの事を言うんだろうな」

 『魔神』。一瞬『血の楽園エデン』の事件を思い出した空は、その者が魔法においてかなりの実力者なのを理解する。

「相当強力な魔法使いみたいですね、もしかして甲斐斗さんと同等の力を持っているかもしれませんね」

 空の言葉と共に視線が甲斐斗に集ると、甲斐斗は腕を組んだまま特に動じる事は無かったが、そんな甲斐斗を見てベリーチェは鼻で笑う。

「相手にすらならねえよ」

「一つ言っとくがお前と戦った時に見せた力なんざ一パーセントにも満たないからな。実際そのジンって奴に会う時が来たら俺がサクっと倒してやるよ」

 余裕綽々の甲斐斗はそう言っているが、ベリーチェからすればその姿はまるで昔の自分を見ているような気がした。

 当時自分が誰よりも強いと思っていた時に現れたその存在は、ベリーチェの前に立つだけで自分を戦慄させ跪かせてしまった。

 今思い出しただけでも体が微かに震えてしまう……ベリーチェはその震えを隠すかのように席から立ち上がった。

「威勢だけは良いな、それよりさっさとノートの場所に案内しやがれ」

「やれやれ、それが人に物を頼む態度かよ。ま、さっさと行くか、お前等準備は良いか?」

 甲斐斗は凭れ掛かっていた壁から離れ美癒達に近づくと、美癒達は頷き準備が出来ている事を伝える。

 だが、美癒はふと手を軽く上げると、前からずっと聞いてみたかった事を甲斐斗に聞いてみた。

「ねえ甲斐斗、ノートちゃんのいる世界ってどんな所なの?」

「どんな所、か……この世界と文明レベルは大差無いが、この世界よりも平和な所だな。自然も多いし争いも殆ど無い、長閑で平和な世界だよ。あ、それとこの世界に有るケーキ屋に美味しいケーキがあったなー」

 甲斐斗は思い出したかのようにそう言うと、その言葉を聞いただけで今から行く世界が平和で安らげる世界だと分かった。

「そうなんだ! それじゃあそのケーキをお土産に買っていこ!」

「おう、きっとノートも喜ぶぞ。んじゃ行くか」

 甲斐斗は右腕を突き出すと、甲斐斗を中心に足元には光り輝く魔法陣が展開されていく。

 その魔力の強さに空とベリーチェは甲斐斗が今一度並外れた魔法使いである事を再認識する。

「転移魔法、発動」

 甲斐斗がそう呟いた瞬間、魔法陣の光りは更に輝く強さを増してその陣の上にいる美癒達を照らしていく。

 やがて光りは美癒達を包み込むと、ほんの数秒程異亜空間のような次元の世界に自分達が移動している事に美癒達は気付いた。

 重力という重力は無く、無重力状態で自分達の体がふわふわと浮かんでいる状態に美癒や鈴、桜はその不思議な体験に目を丸くしていると、その亜空間が眩い光りに包まれ真っ白な世界へと変化していく。

  それが他世界へと転移した証拠であり、皆は眩しい光に照らされていた為に閉じていた目蓋をゆっくりと開けていく。



 その世界に来てまず思ったのは、温かい風が自分達を包み込んでくれた感触だった。

 自分達のいた世界とは違う別の世界に少し緊張しながらも、美癒達は閉じていた目蓋をそっと開けた。

 初めて見る他世界の光景───皆は目を丸くし驚きで言葉も出せず、ただただ目の前に広がる光景を目に焼き付けるように見つめていると、ふと美癒が甲斐斗に聞いてみた。

「ここが……ノートちゃんのいる、世界……?」

 その美癒の何気ない言葉に、甲斐斗は何も答えられなかった。

 誰もが瞬き一つせず見つめていた世界は、余りにも悲惨な光景だったのだから───。



 周りの建物は燃え盛りながら倒壊し、道のあちこちには人の死体が無数に転がっている。

 最初に感じた温かい風は建物や人を燃やしていた熱風だった事に気付くと、美癒は全身の力が抜けてしまいその場に膝を突いてしまう。

 すると、今まで驚愕し動く事も言葉を出す事も出来なかったベリーチェが声を荒げて甲斐斗に掴みかかった。

「どういう事だよッ!? ノートがいる世界は安全じゃなかったのか!?」

 胸倉を掴まれ前後に揺さ振られる甲斐斗だが、その視線の先はベリーチェに向いてなどいない。

 以前来た時、目の前にはノートが暮らしている大きな施設があった。しかし今、そこには巨大な瓦礫の山しか残っていない。

 頭に血が上っているベリーチェを止めようと空が慌てて二人の間に入ると、今一度状況を整理しはじめた。

「落ち着いてください! 恐らくこの世界は何者かに襲撃されました、火の勢いから見てまだ時間は経ってないはず……急いで探せばまだ───」



 その時、一つの瓦礫の山の上に人影が見えると、この状況でも尚落ち着いたような口調話しかけてくる男の声が聞こえてきた。

「君達が探しているのは、この子かい?」

 声の主が誰なのかなど分からない者はいない。その聞き覚えのある声に甲斐斗を除く五人全員が声のする方へと向くと、そこには一人の少女を抱かかえるゼオスが立っていた。

「ノート!!」

 その少女がノートだと分かるやいなやベリーチェは名前を呼び、逸早くノートの元へと駆けつける。

 この状況の中でもノートは生きていた。無事だという事が分かり美癒は絶望の中でもほんの僅かな希望に照らされ立ち上がる事が出来た。

「大丈夫か!?」

 ノートはゼオスの胸に顔を埋めしがみ付くように抱きついていたが、ベリーチェの声を聞いた途端に顔を上げると、直ぐにベリーチェの元へ両手を伸ばし抱きついたのだ。

 抱きつかれたベリーチェはノートを安心させるように頭を撫でていくが、ノートの腕や体が小刻みに震えているのに気付いた。

「……です」

 ふと、ノートがぶつぶつと繰り返し言葉を呟いているのが分かると、ベリーチェは耳を澄ませてその言葉を聞いていく。

「怖い、です……怖い……です……っ」

 明らかに何かを恐れている、今までこんなにも恐怖に怯えたノートを見た事はベリーチェですら無かった。

「ノートちゃん!」

 ノートの無事が分かった事に美癒もまた名前を呼び駆けつけようとした。

 だがその声がノートの耳に届いた瞬間、ノートは大きく体を震わせると、恐る恐る美癒の方に顔を向けた。

「ひっ!? あっ、ぁぁあ……!!」

 恐怖で顔が引き攣りより一層ベリーチェに抱きつくと、そんな怯えた表情のノートを見て美癒の足が止まってしまう。

「ノートちゃん……?」

 何故ノートが自分を見て怯えるのかが理解出来ない、美癒は困惑した様子でノートを見つめ続けていると、ノートの隣に立っていたゼオスが語り始めた。

「彼女は戦いに敗れた後、ここ在った収容所に強制的に容れられてたのさ」

 今では既に瓦礫の山と化した場所にゼオスは視線を向けると、『施設』ではなく『収容所』と呼んだ事に空は違和感を感じた。

「余程酷い目にあったみたいだよ、体も心も傷付いてボロボロの状態だったからね。無理もない、ここでは魔法使いを使った人体実験がされていたのだからね。それに、余程酷い拷問を受けていたようだ」

 そう言ってゼオスはノートの服の袖を捲ると、その腕は至る所に青い痣が出来ており、以前見た時よりも細くなっていた。

「私達がこの世界に来たのは偶然でしたが、まさか彼女に会えるとは……良かったね、ベリーチェ。またノートに会う事が出来て」

 それを聞いてベリーチェは今一度ノートを強く抱きしめるが、そのベリーチェの鋭い視線は美癒達へと向けられていた。

「……てめえ等、よくもノートをこんな場所に……」

 ほんの少しでも美癒達を信用してしまった自分が情けなくなる、その思いでベリーチェは歯を食いしばると、その全てを話しを聞き終えた空が堂々と口を開いた。



「ゼオスさん、貴方の話は全て作り話ですね」

 動揺が無い訳ではない、この世界に来てこの光景を見れば誰しもが心を揺す振られるだろう。

 しかし、だからと言ってゼオスの言っている言葉の通りなのかと言われればそれは違う。

 これは心の隙を狙い言葉巧みに人々を翻弄し操る、ゼオスの策略だと言う事に空は気付いたのだ。

「僕は貴方の言葉を何一つ信じませんよ、何故なら貴方がどのような方なのかを既に理解していますからね。それに、甲斐斗さんは僕達に言いました、ノートちゃんは『平和に暮らしている』と。僕は甲斐斗さんを信じます」

「誰かを信じるなんて口にしないほうがいい、言葉に表す事は信用していない証拠だからね」

 そんな空に対しゼオスは余裕の笑みを浮かべ軽い口振りで言葉を返すと、空はゼオスではなく横に立っているベリーチェに視線を向けた。

「ベリーチェさん、冷静に考えてみてください。その人は今、この世界の人々を殺戮していたんですよ。他者を欺く冷酷で非道な人間が、人一人の命を守るなんてありえますか?」

 魔法で人を洗脳し戦わせる人間がまともな訳がない、ノートが美癒を恐れるのも、体に痣が有るのも、全てはゼオスが仕組んだ事に違いない。空はそう自分に言い聞かせるように納得したが……ベリーチェは違った。

「どうでもいいんだよ、そんなの……」

「えっ……?」

「あたしはっ……ノートが居ればそれだけでいい、他の奴等なんか知った事かッ……」

 今のベリーチェはノートに会えた嬉しさや喜びなどは無く、怒りと憎しみの感情しか湧いてこない。

 その怒りの矛先を向けられるのは勿論美癒達であり、ベリーチェは自分の手元に赤く大きな鋏を召喚してみせた。

「ベリーチェさん!? 僕達が戦う理由なんて無いはずです!」

 ノートに対する思いは同じなはず、空は何としてもベリーチェとの戦闘を回避しようと呼びかけるが、そんな甘い戯言を聞いていたゼオスは楽しそうに指示を与えた。

「戦う理由? ではこうしましょう。ベリーチェ、タクマ、べイン。今直ぐ彼等を殺しなさい」

 その言葉の直後、瓦礫の山にはゼオスとは別に二人の男が姿を見せた。

 一人の男『ベイン』は右手に長い金棒のような鈍器を握っており、自分達に指示を出したゼオスを軽く睨んだ後、唖然とする美癒達を嬉しそうに見つめていく。

「あ? 気安く俺に指図すんな。まっ、雑魚ばかりでつまらなかったし退屈しのぎにはなりそうじゃん」

 もう一人の男『タクマ』は中学生程の小柄な少年であり、両手に短剣を握り締め頭を左右に揺らしながらゼオスに訪ね始める。

「殺していいの? ゼオスが探してた人なんだよね?」

「構わないよ。生と死の狭間に立たされる事で可能性の力は活性化する、まぁ殺されてしまえば所詮はそこまでの人間、価値が無かっただけからね」

「うん、りょーかい!」

 意気揚々と返事をしたタクマは両手に握る短剣を構えると、ベインは金棒をタクマに向けて指示を出す。

「おいタクマ、男は殺して良いが女は生け捕りにしろ。俺が飼う」

 まるで品定めをするかのようにベインは空の後ろにいる美癒達を嘗め回すように見ていくと、タクマは頷きベインの指示の通り行動するよう心掛けていく。

「分かった、ベインの言う通りにするね」

 新たに現れた刺客『ベイン』と『タクマ』、そしてベリーチェが再び刺客として自分達の前に立ちはだかる事に空は焦りと不安を胸に抱きながらも冷静にこの場をどう切り抜けるか考え始めていた。

(五対四、数では僕達の方が上ですが恐らく彼等はただの刺客じゃない。少なくともベリーチェさんと同等か、それ以上の魔法使いだ。そうなれば美癒さん、桜さん、鈴さんの三人に戦わせるのは危険だ。どうにかして僕と甲斐斗さんだけで四人の相手をしないと……)

 この状況を打破する方法……空は思考を巡らせ考えていた時───今まで静寂を保っていた男は静かに呟いた。



「誰からだ」

 空の思考を止める程、その男───『甲斐斗』の声は空の心を揺さ振った。

 その声に動揺したのは空だけではない、その場にいた人間全員が息を呑み動揺すると、次第に息苦しさを感じていく。

「誰から、死にたい」

 黒く渦巻く魔力の流れは甲斐斗に包むように漂っており、俯いたまま甲斐斗は語り続けていく。

「どいつも、こいつも。そんなに戦いたいなら戦ってやるよ、争いを望むなら争ってやる。にしてもお前等は何も理解していない。どうやら自分が『殺される』恐怖を味わった事が無いようだ」

 俯いていた顔を上げると、その目は赤黒く濁りながらも輝いており、甲斐斗は手を伸ばし颯爽と黒剣を召喚してみせると勢い良く地面に突き刺した。

「いいぞ、もっと余裕の態度を示せ、笑みを浮かべて浮かれていろ。その表情が苦痛と絶望に歪み嗚咽しながら止め処なく情けなく無様に涙を流す様は、最高ダ」

 異様で邪悪な魔力を纏いながら甲斐斗はそう言うと、自分一人でこの場にいる敵を全員一掃してしまう程の圧倒的覇気を漂わせていた。

「こ、こわっ……なんかヤバそうな人がいるね」

そんな甲斐斗を見てタクマは体を震わせると少し後ずさりしてしまうが、ベインの方は軽く舌打ちをした後甲斐斗に向けてがんを飛ばす。

「あいつうぜぇな、先にシメるか」

 明らかに危険度が桁違いの相手にタクマとベインの狙う相手が甲斐斗に定まるが、それを見ていたゼオスが軽く手を上げて二人を制止させると、甲斐斗を見つめながら冷静に話し始める。

「……やはり、君からは何か特別な『力』を感じる。良かったよ、今日君がこの場にいて」

 甲斐斗の雰囲気に呑まれる事無くゼオスは余裕の笑みを浮かべならそう告げると、何時襲い掛かってきてもおかしくない状態の甲斐斗に向けて言葉を続けた。

「あのお方が一目見ておきたかったらしいんだ。無限の可能性を秘めた少女と、自分を最強と謳う男の姿をね」

 そう言ってゼオスが跪いた直後───何の前触れもなく『神』は降臨した。



 まるで隕石でも落ちてきたかのように遥か上空から巨大な何かがゼオスの目の前に落下、凄まじい衝撃波が辺り一面を襲い地面には巨大なクレーターと共に亀裂を走らせた。

「くっ!?」

 空は咄嗟に魔法を発動、襲い掛かる衝撃波を風の力を受け流し後方にいる美癒達を守ろうとするが、その波動の威力に空は少しずつ後ろへと下がってしまう。

 鈴は桜に捕まり衝撃に耐え、桜もまた美癒の背中を支えるように手を伸ばし、美癒もまた目を瞑りながらも必死に耐え続けていた。

 その場にいたベリーチェやベイン、タクマもまたその衝撃に耐えるかのように武器を構える中、二人の男だけは全く微動だにしなかった。

 忠誠を誓うかのように俯き跪いたままのゼオス、そして腕を組み目の前に現れた存在を睨み続ける甲斐斗。

 地面に落下した衝撃で土煙に包まれるその存在は、徐々にその全貌が明らかになっていく。

 全身を分厚い鎧で包み、黒いマントを靡かせる一つの存在、それは人間と呼ぶには余りにも掛け離れた姿だった。

「……ジン様、この世界は如何でしたか?」

 ジンと呼ばれたその存在は腕を組んだまま毅然とした態度で燃え盛る世界を見つめながら答え始める。

「つまらぬ、誰一人として我の期待に応えられる者は存在しなかった。ゼオス、御主はどうだ?」

 篭った男の声を聞き初めて生物である事を美癒、鈴、桜の三人は理解するが、まるで自分達の事が眼中に無いかのようにジンからは全く敵意が感じられない。

「私はこの世界で多くのサンプルを手に入れる事が出来てとても満足しています、これも全てはジン様のお陰、有難き幸せであります。……それはそうと、以前私が話していた可能性の候補者と、自称最強を名乗る自惚れた男が今、偶然にもこの世界に来ております」

 その言葉を聞き始めてジンは甲斐斗達に眼を向けると、ジンの目に真っ先に止まったのは美癒の姿だった。

 美しいブロンドの長髪、穢れの無い純粋無垢な瞳、そして確かに感じる『可能性』の力。

「良い眼をしておる」

 美癒の瞳を真っ直ぐ見つめながらそう呟いたジンを見て、美癒もまた仮面のような兜の隙間から見えるジンの赤い光りのような眼を見つめ続けた。

 この存在こそが今まで自分達を狙う組織の長……自然と美癒は一歩前に踏み出すと、燃え盛る世界の中でしっかりと前を見て話し始めた。

「ジンさん、貴方はどうしてこんな事をするんですか……? いろんな人を利用して、戦わせて、傷付けあって……無限の可能性とか私には分かりません、けれど貴方の行為で多くの人達が傷付いているのはハッキリと分かります」

 今まで数多くの刺客達と出会ってきた美癒だが、刺客達を恨んだ事など一度もない。

 それ所か様々な魔法を扱う刺客達に美癒は興味が湧いてしまう程であり、その中でもノートとは信頼関係を築くことも出来た。

 しかし、今ではそのノートにすらも嫌われ、怖がられている。

 世界は炎に包まれ、人々が命を落とすこの状況でも尚、美癒は心から争いを拒んだ。 

「もうこれ以上争いなんてしたくもないし見たくもありません……話し合いで解決できないんですか……?」

 その美癒の言葉に一瞬辺りは静寂に包まれると、その美癒の言葉を聞いたジンはふと呟いた。

「全ては、力だ」

「え……?」

「力無き者に理想の実現は不可能。故に、力有る者こそが理想を実現する事が出来る。即ち現実を思うが儘、望むが儘に変えるには力が必要になる。我の目的は唯一つ、万物の上に立ち神を超えた存在へと昇華する事。全知全能の力をその身に宿し魔を極める……その為には、『無限の可能性』の力を得る必要があるのだ」

 例え得る事が出来なくても、『超える』事が出来ればそれでもいい。

『無限の可能性』を上回る絶大な力を持つ事が理想でもある、故にジンが欲しているものは何よりも『力』だった。

「御主の愚の骨頂とも言える戯言はとても心地良い、気が変わった。我と共に来い、さすれば仲間は見逃してやろう」

「っ!」

 争いを止める方法が一つ出てきた、それは美癒自身がジンの元へと行く事。

 その言葉に美癒の心が揺らいだ瞬間、美癒の隣に立っていた桜と鈴が盾になるように前へと踏み出した。

「誰が美癒っちを渡すかばーか! 絶対にうち等が守る!!」

 鈴は両手を大きく広げ強気な言葉をジンにぶつけると、桜は後ろに振り返り美癒を見つめながら語りかける。

「美癒、奴の戯言を真に受けるな。私達が必ずお前を守る」

「鈴ちゃん、桜さん……」

 二人の心強い言葉に美癒は胸を打たれ目に涙を浮かべると、空もまた二人に続けて喋り始める。

「美癒さんは必ず僕達が守ります。鈴さん、桜さんのその為には僕の指示通りに動いてもらいます、いいですね?」

「オッケー! 何でも言うてや───!」

「覚悟は出来ている───!」

「「レジスタル・リリースッ!」」

 空の意思に応えるように鈴と桜は詠唱すると、光りを纏い魔装着へと着替え終わる。

「レジスタル・リリース」

 空もまた静かに呟き魔装着を装着すると、両手に双剣を召喚し力強く握り締めた。

「有難うございます。甲斐斗さん、僕はこの状況で第一に何を成さなければならないかを自分なりに考え答えを出しました、今から実行に移します」

 誰よりも前に立ち後ろ姿しか見えない甲斐斗に空はそう告げると、甲斐斗は少しだけ後ろに振り返るように横を向き、片目で空を見つめた。

「……空」

 その瞳には先程のような濁りは無く、普段と同じような瞳の輝きをしていた。

「任せたぞ」



 その目、その言葉、その姿を空は目に焼き付けた後、空は一瞬にして双剣に莫大な魔力を込めると、何の躊躇いも無く魔力を解放、爆発させた。

 突如吹き起こる突風に空の周りには巨大な竜巻が形成され、その風の勢いは辺りに燃え盛る炎を一瞬で掻き消してしまう程だった。

 強力な攻撃を仕掛けてくる───ベリーチェ、タクマ、ベイン、ゼオスは空の攻撃の瞬間を見ようとしたが、その瞬間が訪れる事はない。

 何故ならその場にはもう空の姿は無く、美癒、鈴、桜の三人も忽然と姿を消してしまったのだから。

「に、逃げ……た?」

 タクマは口を開け唖然とした表情を浮かべていると、隣の瓦礫の山に立っていたベインが腹を抱えて笑い始めてしまう。

「ギャハハハハハ! ちょマジかよ!? 仲間見捨てて逃げてんじゃん! ダッセぇえええ!!」 

 戦う所か仲間を置いての敵前逃亡にタクマとベインは呆れながら馬鹿にしていた。

 ベリーチェもまた空のとった行動に動揺していたが、これも全ては『美癒を守る』為の行動だとしたら納得できてしまう。

 賢い頭脳で冷静な判断を下した、それはゼオスもまた理解しており、空のとった行動は当然だと分かっていたが、空がこの場から撤退したのはもう一つ別の理由がある事にゼオスは感づく。

「レジスタル・リリース」

 黒い光りの柱が天へと昇る。

 その柱の中心には甲斐斗が立っており、足元には黒く輝く複雑な魔法陣が展開されていた。

 額にも同じような魔法陣が浮かび上がっており、底知れぬ『力』が甲斐斗から放たれていく。

 大地と大気の振動はその場にいるジンを除く者全員の体を震わせ、額から汗が滲み出す。

 重圧、焦り、緊張、不安、恐怖───今まで目の前に立っていた男、甲斐斗からは想像も出来ない程の魔力を感じたのだ。

 黒い魔装着へと身を包み、変身を遂げた甲斐斗の瞳は、真っ直ぐにジン達を見つめる。

 そして地面に突き刺していた黒剣を引き抜きその剣先をジンに向けると、黒剣もまた甲斐斗の力に応えるように黒色に発光していく。

 その時初めてベリーチェは悟る。甲斐斗は今、一人にも関わらず本気で全員の相手になろうとしている事を。

「始めるか、お前等の大好きな……殺し殺され殺し合う。『戦争』を」

 そう告げた甲斐斗の顔に笑みは無い、その瞳も一切の濁りは無く、たった一人で『戦争』を開始した。

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