第44話 一途な戦闘狂
ベリーチェに真実を告げた甲斐斗は、本当にノートの事を思っているのかを確かめるようにベリーチェを挑発し戦いに掻きたてた。
美癒と空、そして桜と鈴の四人は今から行われる二人の戦いを真剣な面持ちで見つめる。
剣を構えた甲斐斗に対しベリーチェは構えていた鋏に魔力を込めると、桜達を薙ぎ払う時に使った強力な斬撃を甲斐斗に向けて放った。
「てめえにあたしとノートの何が分かる!? ノートに会わせる気が無えならここで死ねッ!!」
すると甲斐斗は落ち着いた様子でベリーチェの放つ斬撃を見極めると歩くだけで難なく攻撃を回避し、まるで相手との戦い方を教えるように語り始めた。
「相手の攻撃は出来るだけ避けろ、冷静に見れば大抵の動きは予測できる。特に、こうやって挑発されて頭に血が上った奴の攻撃はな」
ニヤリと笑みを浮かべ放たれる斬撃を避け続ける甲斐斗に、ベリーチェは近距離戦へと戦い方を変えると鋏を振り上げ甲斐斗目掛けて襲い掛かった。
「避けたぐらいで良い気になってんじゃねえよ!」
「じゃあ止める」
甲斐斗は黒剣を振るいベリーチェの鋏による猛攻撃を次々に受け止めていく、その剣の速さは大剣とは思わせない程の素早さく完全に相手を翻弄していく。
まるで相手の攻撃してくる位置が見えているかのように甲斐斗の黒剣は流れるように振るわれていく様を見た美癒達は、自分達が束になっても敵わなかった相手を翻弄する甲斐斗に釘付けになっていた。
「相手の武器を見て攻撃タイプを把握、同時に相手の癖を見つけろ。人と人との戦いは単に力量だけで決まるもんじゃないからな」
まるでベリーチェなど眼中に無いかのように甲斐斗は美癒や桜、鈴に視線を向けて説明していくと、先程から全く戦いに集中していない甲斐斗を見てベリーチェは更に苛立っていた。
「さっきからグダグダとッ……くっ!?」
その時、今まで攻撃を受け止めていただけの甲斐斗が剣の振るう軌道を変え攻めに入る。
「後、初めて戦う相手の場合は出来るだけ牽制し相手の力量を確かめながら攻めろ、但し深追いはするな。様子を見ようと防御と回避ばかりに専念する事も間違ってはいないが、相手に主導権を握られる。『攻撃は最大の防御』、これを忘れるなよ」
何時しか防御に徹していたはずの甲斐斗は攻撃しかしておらず、逆にベリーチェは甲斐斗の攻撃を鋏で受け流しながら下がる事しか出来ない。
だがベリーチェは相手の攻撃に合わせ僅かな隙を狙い鋏を突き出すが、甲斐斗は特に動揺する事もなく簡単に剣で受け流してしまう。
「くっそ……このあたしが、こんな奴に翻弄されるなんてッ……なんで全然当たらねえんだよ……ッ!」
自分の攻撃が全く当たらずベリーチェは息を切らせると、甲斐斗は攻撃を止めその場に立ち止まった。
「勘」
剣を地面に突き刺し腕を組んだ甲斐斗は平然とそう言い放つと、肩で息をしているベリーチェを見ながら喋り始める。
「俺は最強だからな。俺ぐらいのレベルになると戦いの流れを把握出来る、経験上今の流れだとお前は絶対に俺には勝てない。所で、お前とノートはどういう関係なんだ?」
「てめえみてえなクソ野朗に語る事は無え!」
敵を前にして剣から手を放し余裕を見せてくる甲斐斗に罵声を浴びせると、ベリーチェの足元に赤色に輝く魔法陣が浮かび上がり、光り輝く鋏を構えその刃先を甲斐斗に向けたが、甲斐斗は特に焦る事もなく淡々と喋り続ける。
「お前はノートが利用されている事を知っていたのに止めなかった。理由は何故だ、ゼオスって奴に逆らえないからか?」
その言葉を聞いたベリーチェは鋏に魔力を込めながらも呆れた様子で甲斐斗を見つめる、何故ならそれが的外れな言葉だったからだ。
確かにゼオスは組織の中でもリーダー的存在であり皆を纏めている、しかしだからと言ってゼオスの忠実な下部かと言われればそれは違う。
あの場に集った者達は皆、組織に入った理由が夫々異なる。
ある者はその力を存分に揮いたいからこそ入った者、ある者は退屈しのぎに入った者……そしてベリーチェは、その実力を買われ組織に入った者だった。
今でも鮮明に思い出せる、あの日あの時、戦場で一人死体の山に立ち世界を見渡していた自分に、笑みを浮かべて話しかけてきた一人の男の姿を───。
「全ッ然分かってねえな……ノートも、あたしも……戦う事でしか生きられないからだよっ!!」
ベリーチェは頭の中にある雑念を振り払うように声を荒げると、真っ赤に輝き染まった鋏を開いた。
するとその刃の光りは先端に向けて伸び始めると、ベリーチェの手元には刃先が異様に伸びた鋏が握られていた。
その刃先は甲斐斗の左右を囲うように伸びており、ベリーチェは甲斐斗の胴体を切断するべく勢い良く両手で鋏を閉じるが、それを見ていた甲斐斗は地面に突き刺していた黒剣の後ろに移動するだけで何もしようとしない。
何故ならそれだけの行為でベリーチェの攻撃から身を守るのには十分だったからだ。
甲斐斗が常に愛用している黒剣は人一人を簡単に覆い隠せる程の大剣。
左右から迫る刃が甲斐斗に振れる前に甲斐斗の持つ剣によって受け止められてしまう。
……だが、それでもベリーチェは良かった。先程までの戦いを通しこの男、甲斐斗が攻撃を避けない事が分かっているからこそ、それを逆手にとった攻撃だったのだから。
「掛かったな、馬鹿めッ!」
ベリーチェには絶対的自信があった、魔力を帯び強化した鋏の前に敵う者は誰一人いない。
当たれば確殺確定の大技、甲斐斗の剣諸共胴体を切断する気だったのだ。
赤い刃は甲斐斗の黒い剣に振れた途端、眩しい火花を散らし激しくぶつかり合う。
その様子に甲斐斗は少し驚いた様子を見せると、ベリーチェは更に力を込めて鋏を閉じる。
しかし……その赤い刃は甲斐斗の胴体に触れる所か、黒剣に傷一つ付ける事が出来ない。
「あ、ありえねえ……あたしの魔法で切断出来ない物があるなんて……!」
互いの刃が競り合うようにぶつかるのを見て最初は行けると思っていたベリーチェも次第に焦りで表情が険しくなっていく。
それを見ていた甲斐斗はベリーチェの鋏に目を向けると、何かを納得したように頷いてみせた。
「中々の魔力だ、お前のレジスタルも相当強いが……俺のレジスタルに傷を付ける事は不可能だ」
徐々に鋏の魔力が衰えていくのを感じた甲斐斗は地面に突き刺していた剣を振り上げると、そのままベリーチェの鋏を薙ぎ払い、手元から吹き飛ばしてしまう。
その衝撃で思わずベリーチェは跪いてしまい、自分の必殺技である魔法が通用しなかった事に動揺したまま立ち上がれなかった。
「話の続きだが、戦う事でしか生きられないとお前は言ったな。お前はそうかもしれないが今のノートは戦わずして平和に暮らしている。お前にとってそれはノートの為だと思わないのか? それに、今お前が会いに行ったとしてもお前の事を何一つ憶えてなんかいないんだ、お前にそれが耐えられるか? 断言してやる、絶対に無理だ」
甲斐斗の言葉が深く心に突き刺さってくる、最早ベリーチェには戦意など残ってもいなかった。
「お前、寂しいだけだろ」
まるで自分の心を読み通すかのような言葉に、ベリーチェは俯きながらも思わず目を見開き驚愕してしまう。
「その寂しさを紛らわせる為にこんな事までしやがって……お前はゼオスに指示されて美癒を襲った訳じゃないんだろ。ただノートの仇を取りたかっただけ、違うか?」
その言葉にベリーチェは俯いたまま少しだけ顔を横に振ると、甲斐斗は握っていた黒剣を消して美癒の元へと歩き始めた。
「後はお前達がどうするか決めろ、今の状態ならお前達四人で戦えば倒せるだろうしな」
その言葉の直後、美癒はベリーチェの元へとゆっくりと歩き始めた。
甲斐斗の横を擦れ違う時、甲斐斗も美癒も視線を真っ直ぐ向けたまま歩き続けており、甲斐斗は空の隣にまで来ると後ろに振り返り美癒がこれから何をするのかを見守り始める。
美癒はベリーチェの前にまで来て足を止め、跪き俯いていたベリーチェは美癒の足が見えたものの最早顔を上げる気力も残っておらず、このまま成すがままに処分されるのだと悟る。
しかし、視界に入っていた美癒の膝が曲がると、あろうことかその膝が地面に着くのが見えてしまう。
「きっと二人はとても仲が良かったんですね、ベリーチェさんもノートちゃんの事が本当に心配だからこそ私達の所に来たのも分かりました。だから……一緒にノートちゃんに会いに行きませんか?」
優しく声を掛けてくれる美癒にベリーチェは顔を上げる。
そこにはもう、最初に見た時のような怯えた表情を浮かべた少女はいない。
自ら膝を地面に着け、目と目と合わせしっかりと自分を見つめてくれる美癒がそこにはいた。
「私も久しぶりにノートちゃんに会いたいと思っていたんです」
微笑みながら話しかけてくる美癒、先程まで命を狙い襲ってきた相手に対しそれは信じられない程明るく優しい笑みだった。
「……あたしはお前達を襲ったのに……いい、のか?」
「勿論です! ね、皆!」
美癒は後ろに振り返り四人に向かってそう言うと、鈴は笑顔で親指を突きたてた。
「当たり前やん! 皆仲良く出来るのが一番やし!」
桜もまた腕を組みながら頷くと、ふとノートという名前に聞き憶えがあった事を思い出す。
「美癒がそう言うのならそうしよう。しかし、ノートという子は一体美癒とどういった関係なんだ? 前に親戚であると聞いたが違うらしいな」
「えっと、それについては後で話すね。今はベリーチェさんにも詳しい事情を話したいし、一度お家へ帰ろっか」
「そうだな、私も疲れたし休憩したい」
ベリーチェとの戦いで心身共に疲労した桜は自分で肩を揉み始めると、鈴も両手を上げて背を伸ばしはじめる。
「うちも休憩や~、ベリっち強すぎてくたくたやもん」
「ベリっち……それ、あたしの事か……?」
早速あだ名で呼ばれたベリーチェは少し呆気にとられたような表情で鈴を見ていると、鈴は頷きながらベリーチェの元に駆け寄っていく。
「そやで! あ、うちは鈴! あっちにおるのは桜! これからよろしくな~!」
「っ……」
先程まで敵対していた関係とは思えない程の馴れ馴れしさにベリーチェは若干戸惑ってしまう。
そんな四人の様子を見ていた甲斐斗と空だったが、空はふと甲斐斗に視線を向けると口を開いた。
「甲斐斗さん……お見事ですね」
「何がだよ、別に大したことはしてないぞ」
「いえ、甲斐斗さんはその力を揮いながらも彼女に傷一つ負わせる事無く戦いを終わらせました。僕の理想とする戦い方です。それと、甲斐斗さんは結構教えるのが上手なんだなって思いました」
そう言って笑みを浮かべる空を見て甲斐斗は何と言葉を返していいか分からなくなってしまう。
「なので是非また僕に稽古を……」
「断る、めんどいから嫌だって前に言っただろ。あと俺は人に何かを教えられる程人間できてないしな。あの三人の教育係はお前なんだからしっかりしろよ」
「はい、精進します。所で甲斐斗さん、今まで何処に行ってたんですか?」
何時もは家にいる甲斐斗が居なかった、昨日から今まで何処に行ってたのか気になり空は気軽に聞いてみた。
だが甲斐斗は空の言葉を聞いたはずだというのに黙ったまま美癒を見つめ応えようとしない。
「甲斐斗さん……?」
何処か不自然に感じた空はもう一度甲斐斗に声を掛けると、漸く甲斐斗は呼ばれているのに気付いたかのように反応を見せる。
「ん? 別世界で情報収集とかしてただけだよ。それより俺達も家に帰るぞ、んでその後は……行ってみるか、ノートのいる世界に」
甲斐斗はそう言って美癒の元に歩いていくと、美癒達と共に自宅へと帰り始める。
それを見ていた空は自分が深く考えすぎているのだと思ってしまった。
人は誰だって秘密を隠したり言いたく無い事を黙っていたりする時もある、それは人として当たり前の事だ。
全てを打ち明け語る人などそうはいない、だからこそ甲斐斗の不自然に思える言動にも空は納得してしまった。
疑うのは良くない。そう言い聞かせるように空は目を瞑り首を横に振ると、美癒達と共に自宅へと帰り始めるのであった。




