第43話 殺気の行方
突如現れた刺客『ピタリカ』、彼女は炎だけでなく風や水までも自在に操り魔法を繰り出してくる。
空は一刻も早くピタリカとの勝負を終わらせ美癒の元へと向かいたいが為に、全力でピタリカへと戦いを挑んだ。
相手の武器は杖、接近戦を得意とする空は間合いさえ詰めれば勝機があると思っていたが、その考えが甘い事を痛感する。
早急に勝負を決めようとピタリカの放つ魔法を避けて間合いを詰めた空だったが、振り下ろした双剣をピタリカはその手に握るカボチャの杖で難なく受け流してしまったのだ。
「驚いちゃった? 私って接近戦も得意なのよね───えいっ!」
杖を巧みに振り回しその先端を空の腹部へと突き出し直撃すると、思いがけない攻撃に空の回避は間に合わず諸に攻撃を受けてしまう。
(くっ、近接戦闘も心得ているのか……!)
空は一旦距離を取ろうと離れてしまうが、それを見たピタリカは杖を振り回し次々に魔法陣を召喚すると火球だけでなく水球に風の刃、大地の塊をふんだんに放ちまくる。
「ってゆーかー! 本当にそれが本気なの? 真面目にやりなよー」
ピタリカとの距離を離せば遠距離魔法による攻撃を浴びせられ、近づいたとしても杖を使った巧みな棒術で空の双剣と互角の戦いを見せる。
(死角が無い……流石は多彩な魔法を扱う程の実力者ですね)
次々に放たれる魔法の総攻撃を全て避けながらも空は冷静にピタリカを分析し、どのような戦い方が最善なのかを模索しはじめていた。
(しかし、一発一発の魔法はそれほど早くもない。ここは落ち着いて一瞬の隙を狙い勝負を尽けるしかない)
魔法による攻撃は少なからず隙が生まれる、空は片時もピタリカから目を離さずに見つめ続けていると、その視線を感じたピタリカは照れながらある事をしはじめた。
「いや~ん、そんなに見つめないでよ~! 恥ずかしいじゃーん」
そう言って徐に両手をスカートに伸ばしゆっくりとたくし上げていく。
「なっ!? 何をして───ッ!?」
思いがけないピタリカの行動に空は慌ててしまうと、そんな初心な様を見たピタリカは面白がってスカートを上げ終わるが、空は視線を横に逸らしピタリカを直視しようとしない。
「かっわいい~~~!!」
恥かしがって敵である自分から目を逸らす行為を見てピタリカはそう声を上げると、スカートをたくし上げていた手を放し杖を両手で握ると天へと向け高らかに振り上げた。
「虐めた~い! 壊した~い! それそれで~」
杖の先端に光り輝く球体が形成されはじめると、その球体の大きさは先程までピタリカが放っていた魔法とは比べ物にならない程の大きさにまで膨張していく。
強力な魔力を感じた空は直ぐにピタリカへと視線を戻すと、そこには既に特大の魔法を形成し終えたピタリカが笑みを浮かべて立っていた。
「貴方を私の物にしたいな」
自分の私物にしたい、空の今までの行動を見ていてピタリカはそう言うと、空は少し俯き悲しそうに呟いた。
「……人は、物ではありませんよ」
その空の瞳を見てピタリカの顔から笑みが消える。
何故かは分からないが、空の呟いた言葉はそれほどまでにピタリカの心を揺らがせたのだ。
動揺したピタリカに生まれた僅かな隙、それを狙った訳ではないが空は双剣をピタリカに向けて投げると、二本の剣はピタリカの足元近くの地面に突き刺さる。
すると空は両手を構え前方に突き出すと、ピタリカの足元に緑色に輝く魔法陣が浮かび上がり、ピタリカを中心とした突風が吹き起こりはじめた。
「えっ、ちょっと! あわわわ!?」
強力な突風のうねりはやがて竜巻と化し、ピタリカの周りを渦巻いていく。
その風の強さにピタリカは立っていられるのもやっとであり、ましてや自分の頭上に作り出した巨大な魔法の塊を放てるはずもなかった。
「僕は遠距離戦も得意なんです」
そう言って空は更に竜巻の速度を上げていくと、ピタリカは空が何を考えているのかを理解し顔が青ざめていく。
「ストップストーップ! このままじゃ私ぃっ、あ~! もう無理ーーー!」
強力な魔法を構えたまま立っていられずピタリカは体勢を崩してしまうと、先程まで頭上に作り出していた光りの球体がピタリカ自身に落ちてしまう。
「きゃ~~~~~っ!!?」
自ら作り出した魔法の下敷きになってしまうピタリカはそのまま魔力の爆発に巻き込まれてしまう。
更に爆発した魔力は竜巻に閉じ込められたまま外に拡散する事は無く、爆発の威力を竜巻の中心に留め何倍にも威力を跳ね上げて行くと、その影響で竜巻の中には魔法によって作られた光の柱が上っていた。
爆発を終えたのを見て空は竜巻を止めてみると、そこには全身を黒く焦がし、顔にも煤が塗ったように黒くなったピタリカがカボチャのステッキを握り締めたまま倒れていた。
「けほっ……」
黒い煙をもくもくと吐き出したピタリカは立つ事も出来ず寝そべっていると、空はピタリカへと近づき始める。
「ムキーッ! ストップって言ったのにーっ!」
ピタリカは納得がいかずじたばたと暴れまわるが、その自分の直ぐ横に空が立っているのが見えると、暴れるのを止めて空の目を見つめ始めた。
対する空もまたピタリカを見つめているが、その目は落ち着いており殺気も漂っていない。
「ピタリカさん、確か貴方達は『無限の可能性』を秘めた存在を探しているみたいですが、これ以上美癒さんを付け狙うのを止めてくれませんか? 唯でさえ別の組織から狙われていて困っているんです」
空の説得を聞きピタリカはきょとんと首を傾げ目を丸くしてしまう。
「……そ、それで本当に私達が止めると思ってるの? 止める訳ないじゃん!?」
そんな説得でピタリカが言う事を聞くはずもなく、相変わらず甘く優しい男だと再認識する。
ピタリカにそう言われた空は『やっぱりダメか』と言った表情で軽く頭を掻いてしまうと、ピタリカの近くの地面に突き刺さっていた双剣を回収しはじめる。
「そうですか、では───貴方を排除します」
唐突な殺意。ピタリカは全身に殺気を感じゾクリと体を震わせた瞬間、その剣先は既にピタリカに向けて振り下ろされていた。
だが……その剣先はピタリカの眼球に触れる寸前に止められると、ピタリカは目を見開き驚きで声も出せなかった。
なんて冷たい目をしているのか……その冷酷とも言える空の瞳を、ピタリカはただただ震えながら見惚れるように見つめてしまう。
剣を突き下ろすのを止めた空は自分の発言と行動に動揺しながらそっと双剣を引いていくと、自分を見つめ続けるピタリカから視線を逸らし後ろに振り返った。
「じょ、冗談ですよ……美癒さんではなく僕自身を襲ってくるのであれば何度でも相手になります。但し、美癒さんを狙えば話しは別だと思ってください。それでは」
それだけ言い残し空はその場から姿を消すと、森にはピタリカ一人が残されてしまう。
ピタリカは空の言葉を聞いた後も寝そべりながらぼーっと青空を眺めていると、空が見せた冷酷な一面を思い出していく。
「はぁ~……イイなぁ……」
すっかり空に惚れたピタリカは体をくねらせ悶えていると、ある事を思い出し体の動きを止めた。
「あ、足止めするはずだったのに……これじゃベリーチェに文句言われちゃう。まぁいいや、私はベリーチェがどうしても復讐したいから~って言うから場所教えるついでに来てあげただけだし」
そう言ってピタリカはスカートのポケットに手を入れると、包装された一粒の飴玉を取り出し口の中に入れる。
「ん~美味ひ~♪」
マイペースなピタリカは空の後も追おうともせずに飴玉の甘美な味を堪能するように頬に手を当てると、再び体をくねらせはじめていた。
一方その頃、美癒達の前に現れた刺客『ベリーチェ』は圧倒的力を見せ付けた後、余りにも手応えのない三人に呆れ果てていた。
「信じらんねえ、本当にこいつ等がノートを殺したのか?」
ベリーチェはノートの実力を知っている為、この三人が束になって戦ったとしても殺す事は不可能だと直ぐに分かってしまう。
「チッ、っつー事はあの風を操る男がノートを殺ったのか。あいつはピタリカがどうしてもって言うから任せちまったんだが……まぁいい」
鋏を構え美癒に目を向けると、再び鋏に魔力を込め始める。
「今の内てめえ等も殺しとくか、んでその後あの風野郎の所に行けばいいしな」
斬撃を飛ばし纏めて片付けようとしたベリーチェはそう言って鋏を振り上げた時、跪き立ち上がれなかった桜と鈴が徐に立ち上がるとベリーチェとの間合いを一気に詰めていく。
「不意打ちのつもりか? 遅すぎんだよッ!!」
二人の動きを捉える事などベリーチェにとって造作もない、それは桜も鈴も理解していた。
「速さが全てやないでっ!」
だからこそ鈴はハリセンを振り上げると、ベリーチェではなく地面目掛けて強力な一撃を叩き込んだ。
大地に亀裂が走りベリーチェの足元に有る地面は砕け散ると、空中に砂塵が飛散しベリーチェの視界を遮っていく。
「小賢しい真似しやがって……ッ! こういう時の対処法ぐらい知ってんだよ!」
何か策略がある訳ではない、ベリーチェは鋏に魔力を込めた後高らかに振り上げると、突風を巻き起こし自分の周りにある砂塵を吹き飛ばしていく。
そして、その鋏を振り上げた隙を桜は逃さない。
振り払われる砂塵の中から刀を構えた桜が飛び出してくると、無防備に鋏を振り上げたベリーチェの背後から襲い掛かっていた。
「一人では敵わなくても、皆で力を合わせれば───っ!」
背後からの抜刀、しかしベリーチェは振り返る事も無く鋏を後ろに翳し桜の刀を受け止めてしまう。
「言っただろ、知ってるって」
ベリーチェは余裕の笑みを浮かべ後ろに振り返ると、そこには桜が驚いた表情を浮かべていたが、桜が驚いているのは自分の攻撃が受け止められたからではなかった。
砂塵の中から一人、果敢に走り寄ってくる美癒が見えたのだ。
何を思ったのか、その手に武器すら持っていないのにベリーチェの元へと全力で走っている。
桜の視線に気付いたベリーチェは咄嗟に振り返ると、既に美癒はベリーチェの目の前にまで来ていた。
気配を感じなかった……いや、気配というより殺気、戦意というものをまるで感じない。
一体美癒は何をしに来たのか……ベリーチェは美癒の攻撃に備え鋏を構えようとした時、美癒は右腕を振り上げると、その右手をベリーチェの顔目掛けて突き出した。
「なにっ───」
まさか素手で挑んでくるとは思っていなかったベリーチェは美癒の攻撃に戸惑うが、その攻撃がベリーチェに当たる事はない。
そもそも美癒は攻撃などする気も無ければベリーチェを傷付けようなどとも思っていないのだから。
美癒の手はベリーチェの顔の目の前で止まり、その手には美癒のスマホが握られていた。
そのスマホの画面に映し出された一枚の写真、それを見てベリーチェは驚愕すると、美癒は大きな声を上げて叫んだ。
「ノートちゃんは生きてる!!」
映し出された一枚の写真、そこには美癒とノートが楽しそうに笑みを浮かべていたのだ。
ノートと別れる前に撮った写真、それは一枚だけではない。時間が経過していくごとにノートを撮った写真が写り変わっていくと、その写真の一枚一枚をベリーチェは食い入るように見つめていく。
ベリーチェの様子が変わった事に気付いた桜と鈴は武器を下ろし美癒を見守っていると、ベリーチェは構えようとしていた鋏を下ろし美癒のスマホを手に取った。
「間違いねえ……この子はノートだ。良かった、生きてたんだな……」
安心して思わず笑みを浮かべてしまうベリーチェ、その表情を見た美癒はこのベリーチェという少女が本当は優しい人だという事を理解する。
「で、でもゼオスはノートが死んだって……そうだ、ノートはどこにいる!?」
そのベリーチェの問いに答えたのは美癒ではなく、風を纏い森の木々をざわつかせる程の速さで美癒達の所へと帰ってきた空だった。
「彼女はこの世界とは別の世界にある施設で不自由なく暮らしていますよ。その証拠を今直ぐ見せろと言われてはお見せ出来ませんが、彼女のいる世界に行く事なら可能です」
魔力を帯びた風を纏い颯爽と現れた空を見てベリーチェは険しい表情になると、鋭い視線で空を睨みつけた。
「てめえがノートと戦った風野郎か……今直ぐノートの居る世界に案内しろ、そうすれば命だけは助けてやる」
ベリーチェの戦意が再び呼び戻され鋏を構えるが、空は何とかしてこの場を争いではなく言葉による説得だけで解決しようと思っていた。
この刺客はただ美癒を狙いに来た訳ではない、以前現れたベリーチェを心配したからこそこの世界に来たのだと空は確信する。
だとすれば話は早い、ノートの無事を伝え直接ノートに合わせれば良いだけの事。
しかし空と美癒はまだ分かっていなかった、自分達の言葉だけでこの場を収められない事を。
「ったく、俺のいない時に限って刺客が来やがるな。心底うざってえ」
一人の男はそう言って美癒達の元に現れると、その男が何者かなど美癒達には直ぐに分かった。
自称最強の男、甲斐斗がそこには立っており、巨大な鋏を手にしたベリーチェを見つめる。
「お前ノートを助けに来たみたいだが、ノートは記憶を失って別の世界で暮らしてるぞ」
甲斐斗はベリーチェにそう告げると、ベリーチェの戦闘意欲は更に掻き立てられていき鋏を構え始めた。
「記憶を失っただと!? てめえノートに何をしやがった……!」
記憶を失ったなどと言われてもベリーチェはそう簡単に甲斐斗を信用しようとはしない。
しかしその甲斐斗の言葉は聞き捨てならない物であり、ベリーチェは甲斐斗を睨みつけ始める。
「そうだな、強いて言えば俺はあいつの命を救ってやった、命の恩人って奴だな。記憶が消えたのはお前の仲間の『ゼオス』って男に聞きゃあいい、あいつの仕業で間違いねえ」
その甲斐斗の言葉にベリーチェは納得いかない表情を浮かべていたが、それを見た甲斐斗がベリーチェを睨みつけるとある疑問を投げかけた。
「一つ聞かせろ、お前はノートが殺し屋として戦っている事を知ってたんだよな?」
「あ? 知ってるに決まってるだろ、なんたってあたしが直々に戦い方を教えてやったんだからな」
それを聞いて甲斐斗は顎に手を当て軽く頷くと、視線をベリーチェではなく美癒に向け話し始める。
「そうか……なぁ美癒、お前等先にちょっと帰ってろ。俺はコイツとサシで話す」
その時、甲斐斗の目が一瞬赤黒く濁ったのを見た空は、この場から自分達が離れてしまえば甲斐斗が何をしようとするのかを瞬時に悟る。
「甲斐斗さん、彼女に何をする気ですか……?」
そうはさせない、空は甲斐斗に美癒達の前で何を行おうとしているのかを言ってもらおうとすると、それに気付いた甲斐斗は美癒達の方を向きベリーチェに指を指した。
「いいかよく聞け、こいつはただただ私利私欲でノートの事が好きなだけだ。こいつにとって本当に大切な存在だと言うのなら殺し屋なんて事をさせる訳がねえ。どうせノートに会わせた所で無理やり連れて帰るつもりだろ。ノートの事を大事にも大切にも思っていない、こいつにとってノートはただの可愛らしいお人形さんって所だな」
甲斐斗にはベリーチェが本気でノートの事を思っているなどと到底思えなかった。
そもそもこのベリーチェはゼオス達と同じ組織の人間、だとすればこの女が数多の世界で何をしてきたのかなど容易に想像がつく。
「てんめえェッ……!」
ベリーチェは込み上げる怒りで拳を震わせると、それを見て甲斐斗が更に言葉を続けた。
「否定するのならお前がどれだけノートの事を思っているのか見せてみろよ、相手になってやる」
甲斐斗は端から戦う気満々だったのだろう、右手に黒剣を召喚すると剣を構え戦闘態勢に入る。
「お前等全員俺とコイツの戦いを見ておけよ。コイツがどれだけノートの事を思っているのかが分かる、それに実戦において何が一番重要であり大切なのか、お前等に何が足りないのかも分かるからな」
その言葉に空は息を呑むと、甲斐斗が自ら戦う事で魔法使い同士の戦い方を教えようとしている事に気付いた。
しかし美癒には甲斐斗の言葉の意味よりも、どうして話し合いで解決できる状況だというのにこれから戦いが始まろうとしているのか不思議でならなかった。
一刻も早く二人を止めたい。美癒は一歩前に足を踏み出し声を出そうとした時、美癒の隣に立っていた空が美癒を遮るかのように軽く手を上げると、小さく首を横に振った。
「大丈夫です美癒さん、甲斐斗さんを信じてください」
甲斐斗の言葉を信じよう。空にそう言われた美癒は不安の色が隠せないものの、甲斐斗は何を思いベリーチェと戦うのを考え始めると、力強く頷いてみせた。
「うん、私甲斐斗を信じる」
これ以上の言葉はいらない、後は甲斐斗の戦いの行く末を見守るだけ。
空と美癒はベリーチェから離れると、これから行われる二人の戦いを見守るように見つめ始めた。




