第41話 応用の変換
空から魔法やレジスタルについての説明を聞き、美癒達三人は魔法の便利性と危険性の両方を理解していく。
魔法ついての授業は進んでいくと、空はホワイトボードにある字を書いた。
「はい、それでは魔法を使用した防御について教えていこうと思います」
魔法を使用した防御と聞き、三人は防御魔法のようなものを想像したが、空の言っている防御魔法は三人の考えているものとは少し違っていた。
「相手が魔法による攻撃、又はレジスタルの武器による攻撃を仕掛けてきた場合、体内の魔力を高める事でその攻撃を防ぐ事が可能です。この力を身に付ける事で攻撃を受けても傷付かなくなります。ただ、代償として魔力を相当に消耗しますので注意してください。なるべく相手の攻撃は避け、当たらないように気をつけてくださいね」
空の話を聞き三人は頷いていくが、鈴は首を傾げて空に聞いてみた。
「ほんで、どやってそれするん?」
「これは実際に魔装着に身を包みレジスタルを解放した状態の方がやり易いと思います、着替えてみてください。……レジスタル・リリース」
そう言って空は自分の胸に手を当てると、全身は光りに包まれ魔装着を着用する。
桜はその一部始終を見ていると、ふと手を上げてある疑問を聞いてみた。
「一ついいか? 変身する場合必ず『レジスタル・リリース』と詠唱しなければならないのか?」
「絶対に必要という訳ではありませんが詠唱する事でレジスタルはより強い力を発揮しますし、気持ちの切り替えにもなります。これが結構大切なので詠唱無しで魔装着を着る事はオススメしません」
「なるほど、よく分かった。よし……レジスタル・リリース!」
桜もまた自分の胸に手を翳し詠唱してみると、桜の全身は桃色の光りに包まれると、衣服は変貌し美しく綺麗な桃色の和服をイメージした魔装着へと変わっていた。
「ん? 前に着ていたのと違う……?」
ゼオスのカードによって変身した時は赤い魔装着となり髪の色も赤く染まっていたが、今は髪の色も変わらず魔装着も以前のと比べて桜によく似合う優しい桃色になっていた。
「恐らくですが、桜さんは無理やり魔法により変身させられていたので外見が変わっていたんだと思います。なので今の姿こそが本当の桜さんですよ」
「これが本当の私か……ふふっ、良いな」
桜は自分の魔装着を豪く気に入りくるくると回りながら自分の全身を見ていく。
すると鈴も自分の胸に手を当て詠唱すると、鈴もまた何時もの魔装着に身を包んだ。
「桜~うちも似合ってるやろ~? この背中についてる大きなリボンとかうちめっちゃ気に入ってるんよ」
互いの魔装着など良く見た事もなかった為、鈴と桜は互いに着ている魔装着を見ていくと、桜は鈴の頭に手を置き軽く叩いてみせる。
「可愛らしいというより幼く見えるな、よく似合っているぞ」
「それ褒めてんのか貶してるのかどっちなん……あと頭ぽんぽんやめてや、うち子供ちゃうで」
「いや子供だろ」
冷静に桜がツッコミを入れる中、美癒は自分の胸に両手を当てると、深呼吸をしながら強く念じ始めた。
美癒が魔装着に身を包み変身したのは昨日の一度だけ、今回も自分が変身できるのか正直心配だった。
今はレジスタルを具現化する事だって出来ない為、徐々に不安が募る中、美癒の耳に空の優しい言葉が聞こえてくる。
「大丈夫、美癒さんなら必ず出来ますよ」
美癒は咄嗟に目を開けると、そこには真っ直ぐ見つめてくれる空が立っていた。
「空君……うん、ありがとう! やってみるね!」
弱気になってはいけない。勇気を貰った美癒は再び目を瞑り強く念じると、大きな声で唱えて見せた。
「レジスタル・リリース!」
美癒は自分の可能性を信じる。そして、その可能性は見事に発揮された。
美癒の全身を眩い光りが包み込んでいき、光りが消えた時には純白の魔装着に身を包んだ美癒がそこに立っていた。
「やった! 空君! 私変身できたよ!」
「おめでとうございます、これで美癒さんも立派な魔法使いですね」
にこにこと満面の笑みを浮かべる美癒を見て空も自然と笑顔になる。
すると桜と鈴が美癒の隣に立ち肩を並べると、徐に桜は新しく買い換えた自分のスマホを空に差し出した。
「空、記念に私達を撮ってくれないか?」
「ええ、構いませんよ」
空は快く承諾すると桜からスマホを受け取り、笑顔を浮かべる三人をスマホのカメラで撮り始めた。
鈴の魔装着はメイド服に近い格好をしており、全身ふわふわとした可愛らしい格好。
桜の魔装着は和服に近いいものの、不自由なく戦闘が出来るように動きやすい格好なっている。
美癒の魔装着は学校の制服がそのまま変化したような姿形をしており、美癒らしい清楚な格好だ。
写真を撮り終えた空はスマホを桜に返すと、桜は写真の一枚一枚を見ながら美癒をチラ見していく。
「こうやってみると美癒の魔装着は清楚だが一番エロいな、特にふともも」
桜の視線が美癒のふとももに集中すると、美癒はそれを隠すかのようにスカートを押さえる。
「ス、スカートの長さは制服の時と同じだよ!」
そんな恥じらう美癒の姿をニヤニヤと見つめる桜に、空は軽く苦笑いしながら本題に入る。
「えーっと、それでは防御についての基礎を教えますね。今変身している事でレジスタルは解放され、体内に魔力が十分に行き渡っている状態です。この体内の魔力を高める事で相手の攻撃を防ぐ事が出来ます。桜さん、試しに全力で僕の胸を殴ってみてください」
空はそう言うと桜の前に立ち自分を攻撃するように促すと、桜は少し戸惑いながら拳を構える。
「今回は全力で良いんだな? では遠慮なく───っ!!」
息の根を止めてやる。とまでは言わないが、平然とした様子の空を驚かせてやろうと桜は拳を固く握り締めると、空の胸目掛けて全力で振り下ろした。
生々しい衝撃音が部屋中に響き、鈴と美癒は本当に躊躇い無く拳を突き出した桜を見て唖然としていたが、殴られた空は先程までと同じように平然とした表情を浮かべていた。
「なにっ、本当に痛くないのか……?」
苦痛で顔を歪めると思っていた桜は少し呆気にとられてしまうと、空は自分の胸を少し摩りながら説明をはじめる。
「少しだけ痛みは感じましたが全然平気です。先程の防御に関しては僕があらかじめ何処を殴られるのかが分かっていた為、胸部に魔力を集中させていたので大したダメージにはなりませんでした」
「空君、魔力を集中させるってどうすればいいの?」
「皆さんはまだ自分の体内にある魔力の流れを把握するのは少し難しいと思いますので、先ずは守りたい箇所を強く念じてみてください。そうすれば多少なりとも防御力が上がります」
魔法の基礎は念じる事、三人はそれぞれ守りたい箇所を強く念じていくと、桜が美癒の肩を軽くつつき自分の胸を指差した。
「美癒、試しに私の胸を叩いてみてくれないか? 空のように防御できるかもしれない」
「う、うん。分かった、やってみるね……!」
叩いて欲しいと言われ美癒は躊躇いながら頷いてしまうが、桜のように躊躇い無く人を叩ける訳でもないので、振り上げた右手を恐る恐る振り下ろしてしまい全く叩けない。
「ご、ごめんね桜さん。上手くできない───ひゃっ!?」
それではただ単に桜の胸に手を当てただけに過ぎず、その行為を自覚した美癒は顔を赤らめ咄嗟に手を放そうとしたが、桜は美癒の右手を掴むと強引に自分の胸に押し当てはじめた。
「どうした美癒! 気合が足りないぞ!? もっと強く、もっと激しくだ!」
「えっ!? で、でも! そのっ……!」
桜の狙いは最初からこれである事に気付けなかった美癒はあたふたしてしまうと、桜の背後に回っていた鈴がハリセンを振り上げ桜の頭目掛けて振り下ろす。
「何してんねんこのど変態っ!」
ハリセンは桜の頭に直撃し、何時ものように桜は痛がるかと思えば平然とした様子で立っていた。
確かに全力で叩いたはずなのに桜は一切痛がる素振りを見せず鈴は少し驚いてしまうと、桜は自分の頭に手を当て魔力を集中させる事の意味を実感していた。
「ふむ、なるほど。これが魔力を高める事で得られる防御の方法か、気に入った」
鈴のツッコミまでも計算の内、桜は最初から胸ではなく頭を守ろうと強く念じていた為、鈴の攻撃を見事に防ぐ事が出来たのだ。
冷静に防御についての素晴らしさを体感しつつ、未だに美癒の手を放さない桜を見た鈴は咄嗟に桜の脛を力強く蹴り上げる。
「ぐっ!? くぅぅぅぅっ……!」
足までの防御に気が回っていなかった桜はその場に跪き足の痛みに耐える中、鈴は桜の事など気にも留めずに美癒に話しかけた。
「美癒っち、うちのおでこにデコピンしてみてや。おでこに魔力を集中させたけん痛くないはずや!」
「うん、やってみる……!」
にこにこと笑みを浮かべる鈴に美癒は再び恐る恐る手を鈴の額に近づけていく。
しかし、鈴の笑顔を見ている内にデコピンがし辛く感じてしまい、中々指を弾き出せずに躊躇ってしまう。
「美癒っち、焦らさんでええんよ」
「あ、うん!」
何時デコピンしてくるか分からず鈴は少し緊張しながらそう言うと、美癒は目を瞑り鈴のおでこにデコピンを出した。
指先は確かに弾かれ鈴の額に当たるが、鈴は笑みを浮かべて嬉しがっている。
「よっしゃ! 痛くなかった!」
「良かった~」
鈴の額にデコピンをした美癒も安心して胸を撫で下ろすと、脛を蹴られて蹲っていた桜が漸く立ち上がってみせる。
「さて、次は美癒の番だな。 胸か? 尻か? 全力で協力するぞ」
目を光らせ手の指を解していく桜を見て美癒は思わず視線を逸らしてしまうと、自分達の様子を見守ってくれている空に声を掛けた。
「え? えーっと……あ、空君! 質問いいかな?」
「はい、何でも言ってください」
「守りたい箇所を強く念じるって言ってたけど。全身をイメージしてみても出来るのかな?」
「出来ます。ですが、魔力を一箇所に集中させた時よりも防御力は落ちてしまいますし、三人にはまだ早いと思ったので先ずは練習も兼ねて一部分だけの防御をオススメします」
美癒の言う通り、全身の防御力を高める事も可能。
実際空や甲斐斗、他にも刺客として現れた者達も魔力を高める事で防御力を上げている。
実は変身した時点で体内の魔力が解放され高まっているので通常の時よりも既に防御力自体は若干上がっているのだが、三人はまだ気付いていないらしい。
「慣れてくれば自然に防御が出来ますし、練習を重ね魔力を高める事で自然と全身の防御力も上がっていきますからね」
空の説明を聞いた美癒は十分に理解して頷くと、右腕を突き出し拳を強く握り締める。
「私も強く念じてみたよ! 空君、叩いてみて!」
「ぼ、僕ですか!?」
てっきり桜か鈴のどちらかに声をかけるかと思っていた空には予想外であり、頼まれのであれば仕方ないので美癒の腕目掛けて軽くシッペをして叩こうかとも思ったが、美癒は必要以上に怯えており、拳を握り締める右腕も若干震えている。
(とてもやり辛い……)
美癒の目に少し涙が浮かんでいるのが見えてしまう、更に美癒の隣に立っている桜からは無言の圧力をかけられ全く気が進まない。
(けど、これも美癒さんの為だ……早く魔法に慣れてほしい、嫌だけどやるしかない)
意を決して空は右手を振り上げようとした時、目に涙を浮かべた美癒は咄嗟に言ってしまう。
「や、優しくしてね……」
遂、美癒は叩かれる緊張でそう言ってしまうがそれでは防御の魔法の練習にはならない、しかし空は安心させるように微笑むと、ゆっくりと頷いてみせる。
「分かりました、優しくやりますので怖がらないでください。ほら、肩の力も抜いて」
「う、うんっ!」
緊張で体が強張る美癒に優しく空は声を掛けていく。
緊張とは心の動揺であり、動揺をしてしまう事で本来の力が発揮されない事もある。
人の心に反応して力を発揮するレジスタル、それを扱う上で心を強く保つ事は必要不可欠な事だ。
「それじゃあ……いきますよ……っ!」
右手を振り上げシッペをする体勢になると、それを見た美癒は力強く目を瞑った。
「んっ……!」
強く念じたので腕に痛みは走らないはず、しかし万が一自分の魔法が不十分で痛みを感じてしまう事もある為、緊張で胸の鼓動が早くなっていくのを感じながらも美癒は両方のパターンに供えて心構えをする。
衝撃は感じた、しかし痛みは感じない。
「やった! 痛くなかったよ!」
魔法による防御に成功、嬉しさで美癒は目を開け笑顔を浮かべる。
その笑顔を見て空も一安心すると、どす黒い殺気を放つ桜と、少し視線を逸らし顔を赤らめる鈴を見て頷いた。
思ったよりも魔法の飲み込みも早く、三人には魔法使いの素質がある事に空は気付いた。
これで全員に魔法による防御についての基礎を教える事が出来た、後は魔法による術の発動について教える必要がある。
次の段階へとステップアップするべく、空は再びホワイトボードを使って魔法についての授業を再開しようとした時だった。
徐にリビングの扉が開くと、エプロン姿の唯が入ってくる。
「皆おはよー、魔法の勉強は捗ってるかしら」
唯はそのまま台所へと向かい冷蔵庫を開けると、美癒は嬉しそうに話し出した。
「うん! 空君にいっぱい教えてもらってるよ!」
「おー、順調みたいで何よりね。でも、そろそろお昼だし昼食にしましょうか」
そう言われて四人は壁に掛けてある時計を見ると、もう直ぐ十二時になろうとしていた事に気付く。
唯は冷蔵庫から料理の材料を取り出していくと、早速昼食の準備にとりかかる。
午前の授業は一旦終了、美癒達は魔装着を消し元の姿に戻ると、唯と共に昼食の準備を手伝いはじめるのであった。




