第39話 絆の宝箱
日が暮れ始め、僅かな夕日が差し込む和室には二つの布団が敷かれており、その布団では制服姿の鈴と桜が眠りに着いていた。
「む……にゃん?」
その時、ふと鈴は目蓋を開けると、此処が何処だか分からず呆然と天井を見つめ続ける。
「ここ……あれ? うち、どないしたんだっけ……」
いまいち状況が掴めない鈴は体を起こしてみると、自分の胸元に手を当ててみる。
おぼろげな記憶の中で憶えている事、確か自分は刀で胸を斬られたはず……しかし鈴の胸には傷など無く、体の何処にも怪我は無かった。
それが分かった後に自分の直ぐ隣で眠っている桜の方に視線を向けると、桜の寝顔をまじまじと見つめだした。
「桜……」
争いに巻き込んでしまい、助けて上げられなかった事に鈴の胸は締め付けられるように苦しくなる。
今はこうして無事な姿が見れて少しは安堵が出来たが、鈴の表情は暗く心配そうに右手を伸ばし桜の頬に触れた。
すると次の瞬間、突然桜が起き上がり、その咄嗟の出来事に鈴は慌てて手を引っ込めてしまう。
「わわっ! 起きとったん!?」
「……今起きた」
少し寝惚けた様子の桜はぼーっと前を向いたまま固まっており、鈴も何を話して良いか分からず固まってしまう。
色々な事が起きた。先ず何から話せばいいのか鈴は躊躇っていると、漸く桜はある事を思い出しこちらを見つめ続けていた鈴に向かって両腕を伸ばした。
「鈴! 怪我は!? 体は大丈夫なのか!?」
両肩を掴まれた鈴は更に固まってしまい言葉が出せないが、自分が無事である事を伝える為に何度も力強く頷いてみせる。
それを見た桜は鈴を優しく抱きしめると、目から涙を流し始めた。
「良かった……本当に、無事で……」
抱きしめられる温かい感触に鈴は桜が自分の事をずっと心配してくれていた事に気付くと、鈴もまた桜を抱きしめる。
すると、和室の扉が開き廊下から美癒と空の二人が現れると、抱きしめ合う二人を見て美癒が口を開いた。
「鈴ちゃん! 桜さん! 良かった、気が付いたんだね!」
二人が抱きしめあっている事に然程驚く事も無く、美癒は抱きしめ合う二人に近づくとそのまま二人を嬉しそうに抱きしめ始める。
その微笑ましい光景に空は笑みを浮かべるが、これから話さなくてはならない真実を思い浮かべるとその笑みも直ぐに消えてしまい、開けていた和室の扉を閉めると空は美癒、鈴と共に桜の全てを説明するのであった。
打ち明かされる真実、桜もまた自分に起きた今までの出来事を全て伝えると暫く三人は沈黙してしまい、そんな三人を見て桜は深々と頭を下げる。
「すまない、私のせいで皆に迷惑をかけてしまったな」
守りたい思いを利用され、美癒達と戦わされてしまった桜は自分の不甲斐なさに落胆していた。
「桜さんは何も悪くないよ! 私こそごめんね、桜さんに隠し事してて……」
桜に真実を話していれば、ゼオスから桜を守れたかもしれない。
言葉を偽り桜に嘘を吐いていた罪悪感に美癒と鈴は酷く落ち込んでしまう。
「うちも、ごめんな……」
鈴も桜に隠し事をしていた為、視線を落とし頭を下げると、桜は首を横に振り励ますように笑顔を見せた。
「美癒と鈴は私の事を思って黙っていてくれたのだろう。二人の気持ちは良く分かっている、ありがとう」
桜は秘密を明かしてくれなかった二人を最初から恨んでなどいない。
ただ少し寂しかっただけ、そんな寂しさも今では綺麗サッパリ無くなっていた。
「しか~し、どうしてもというのなら私のみゆみゆには一晩添い寝でもしてもらおうかな~むふふ」
「さ、桜さん!?」
しんみりとした雰囲気に耐え切れなくなった桜は急に態度を急変させると、美癒を抱きしめながら頬を摺り寄せ始める。
「うちもうちも~!」
それを見た鈴も美癒に抱きつくと、美癒は桜と鈴に挟まれて身動きが取れなくなってしまう。
その時、和室の扉を開け甲斐斗が部屋の中に入ってくると、じゃれあっている三人を呆れた表情で見つめていた。
「何やってんだお前等……」
心配して来て見れば頗る元気な桜と鈴が美癒と戯れており、心配していた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきてしまう。
「あ、美癒っちの親戚の人」
部屋に入ってきた甲斐斗を見た途端に鈴はそう言うと、その言葉を聞いた甲斐斗は眉間にシワを寄せ急に声を荒げて怒り始める。
「前からずっっっと気になってたんだけど、お前俺の事『親戚の人』としか言ってないだろ!?」
「ほえ、そやったっけ?」
桜の家で会った時もそう、別に名前を覚えてほしい訳ではないが会う度に『親戚の人』と言われ続けるのに違和感しか感じていなかった。
「俺の名前は前に空が教えただろ!? 甲斐斗だよ! ちなみに最強の男だっ!」
急に怒り出す甲斐斗に鈴は呆気にとられポカンとした表情で甲斐斗を見つめていると、甲斐斗の後ろからエプロン姿の唯が現れる。
「こーら! 大きな声出さないの、もう夜なんだから近所迷惑でしょ」
「いや、だってあいつが……」
後ろから両肩を掴まれ怒られた甲斐斗はたじろぎながら固まっていたが、そんな甲斐斗を無視して唯が部屋の中に入ってくる。
「鈴ちゃん、桜ちゃん。学校にはお母さんの方から事情を伝えておいたから心配しないでね。それより今日は皆で夕食にしましょう!」
両手を叩き明るい笑顔でそう言うと、それを聞いた甲斐斗は表情を曇らせつつ未だに固まっていた。
こうして鈴と桜を含めた六人はリビングで夕食を食べる事になり、夕食の時に何時も座っているテーブルには囲うように六人が座り、賑やかな夕食が始まった。
テーブルには魚の煮付けや肉じゃが等和食を中心とした料理の数々が並べられており、その美しい料理の数々に皆は目を輝かせると、早速料理を食べ始める。
「うまっ!? さすが美癒っちのお母さんやね! どの料理も美味しいわ~」
鈴は並べられている料理に次々を箸を伸ばし頬張っていくと、その美味しさに至福の時を味わいながら料理を堪能し、その隣で料理を食べていた桜は唯に視線を向けて驚きを露にしていた
「料理の腕もそうだが、噂通り綺麗な方だ……それと、美癒は母親似だな。そっくりだ」
美癒と唯の全身を交互に見ながら桜はそう言うと、唯は笑みを浮かべ嬉しそうにしている。
「あらあら~桜ちゃんも鈴ちゃんもお世辞が上手ね、ありがとう。綺麗だなんて言われたの何時以来かしら」
嬉しそうにしていたのは唯だけではなく美癒も同じ、似ていると言われた美癒は唯を見つめながらにっこりと微笑んだ。
「お母さんに似てるってよく言われるの、私の目標はお母さんだから嬉しいな」
「美癒……良い子に育ってくれてお母さん嬉しい!」
美癒の言葉を聞いた唯は更に嬉しそうに目を輝かせる。
賑やかで平和な一時。
今日、命を懸けた壮絶な戦いがあった事が嘘かのように美癒達は笑みを浮かべ、楽しく和気藹々と喋りながら夕食を食べていたが、甲斐斗だけは神妙な面持ちのまま夕食を食べていた。
楽しい一時など直ぐに終わる。甲斐斗は今の和やかな雰囲気に呑まれる事は無く、夕食が終わった途端に立ち上がると腕を組み喋り始めた。
「さて、飯も食べた事だしそろそろ本題に入る。学生のお前等には出来るだけ日常生活を続けてもらいたいが現状そうもいかなくなった。申し訳ないが明日だけでも学校を休んでもらうぞ」
食後の雑談の中、甲斐斗はそう言って美癒達を見ていると、美癒は首を傾げて聞いてみた。
「明日だけ? 何をするの?」
「お前等に魔法の『基礎』を教える。力を持ったなら自分の身は自分で守れるようになったほうがいいしな」
そう言って甲斐斗は鈴と桜に視線を向けるが、桜は視線を落とす。
桜が変身し魔法を扱えるようになったのはゼオスが渡してくれたカードのお陰だが、手元にはもうカードはない。
せっかく美癒達の為に自分も戦えると思っていた桜にとっては残念で仕方なかった。
「という訳で明日の朝、美癒とお前とお前。もう一度ここに集合な」
甲斐斗は美癒を見た後鈴と桜を指差し、最後にその指先を真下に向ける。
桜はその『お前』の中に自分が含まれているのに気付くと、動揺した様子で聞いてみた。
「私もなのか……?」
力の無い自分が来た所で何の役にも立てはしない。桜は肩を落としていたが、甲斐斗は桜が有る事に気付いていない事が分かると説明しはじめた。
「気付いてないのか? お前の中には既にレジスタルが存在している」
「ほ、本当か!? それなら私も魔法が使えるのだな!?」
これなら自分も美癒を守る事が出来る。桜は嬉しさでつい立ち上がってしまうが、甲斐斗は咳払いすると一つ注意を促した。
「言っておくが、お前等はまず自分を守る力を身につけろ。自分を守れない奴が他の奴等を守れる訳がないからな。じゃあ解散」
それだけ言って甲斐斗は席を立ちリビングから出て行くと、空もまた席を立ち甲斐斗の後を追うようにリビングから出て行ってしまう。
「甲斐斗さん」
空は歩みを速める甲斐斗を止めるように声を掛けると、甲斐斗は足を止めた後溜め息を吐き後ろに振り返った。
「……何だよ、秘密裏に龍馬と会っていた事を話さなかったのが気に喰わなかったのか? あれはただの情報交換の為だ」
「はい、それは分かっています。その事について僕は何も言いません」
「じゃあ何の用だ……美癒の事か?」
今、最も気がかりになる事など甲斐斗にも分かっている。
そしてそれは空も抱いていた感情であり、疑問の一つ一つを話し始める。
「そうです、美癒さんにはレジスタルが宿っていなかったはず。ですが『ゼオス』という方は『無限の可能性』があると仰り、美癒さんは奇跡的なタイミングでその力を発揮しました。今では美癒さんにもレジスタルが宿っています。あの神がかり的な力がどうして美癒さんに有るのかは分かりません。甲斐斗さんは何かご存知有りませんか?」
ゼオスは言った、美癒は『無限の可能性』を秘めた存在であると。
美癒の力は鈴と空の傷を癒し桜の呪縛まで解いてしまうと、あの絶対絶命の状況から無事生還してみせた。
誰も美癒を止める事は出来ない、美癒の願うがまま、思うがままに事は進んでいく。
魔法という魔法を発動していないにも関わらず、それでも美癒は強大な『力』が有る事は明確だった。
「何も知らんし分からんな。そもそもあの桜って奴もレジスタルが無かったみたいなのに今では有るんだ、意外とレジスタルが宿る事って有るんじゃないのか?」
「桜さんの場合はゼオスという方の魔法による影響でレジスタルが残ったんだと思います。しかし美癒さんは自力でレジスタルを生成しました。本来こんな事はありえません」
「まぁ、美癒は魔法使いから生まれたんだから、別に美癒が魔法を使っても何もおかしくないだろ」
「それは、そうかもしれませんが……」
(どうして今になって全く使えなかった魔法が使えるようになり、レジスタルを生み出す事が出来たんだろう……魔法の有る環境が美癒さんに影響を与えたのだとすれば、これからより一層美癒さんの力は高まっていくはず)
甲斐斗の言う通り、魔法使いから生まれた子供である美癒がレジスタルを宿している事は普通である為、魔法が使えても何らおかしくない。
しかし、今まで美癒は魔法が使える訳でもく体内にレジスタルすら存在していなかったはず、なのに今ではレジスタルを体内に宿し魔法を扱っている。
(無限の可能性、か)
これもゼオスの言っていた『無限の可能性』の力とでも言うのだろうか、空は神妙な面持ちで考え込んでしまう。
漠然とした可能性という力に空は僅かな危機感を抱き始める、何故ならその力は誰よりも美癒自身に危険を齎す可能性があったからだ。
魔法とは無限の可能性を秘めた存在と言ってもいい、その魔法と同等の可能性を秘めた美癒が自分自身の力を完全にコントロールして揮う事は簡単ではない。
(だから甲斐斗さんは急に魔法の基礎を教えると言い出したのかな……)
「おい、急に黙り込んでどうした」
「あ、いえ! 何でもありません。所で明日の朝なんですが、僕も美癒さん達と一緒に甲斐斗さんから魔法の基礎を教わって良いですか?」
空は慌てて喋り始めると、甲斐斗はとぼけた様子の空を見ながら口を開いた。
「なーに言ってんだ? 明日魔法の基礎を教えるのはお前だぞ」
「……え?」
確か甲斐斗が魔法の基礎を教えると言ったはず、それが何故自分が教える事になっているのか空には分からない。
「そういう訳で遅刻すんなよ」
それだけ言い残し甲斐斗は固まった空を置いて家から出て行ってしまう。
甲斐斗から言われた『魔法の基礎』を教える事に対して嫌な訳ではないが、自分が『魔法の基礎』を教えられるのかどうか不安だった。
だが、これも美癒達を守る為に必要なのであれば空は全力で行うつもりだ。
(よし! いまの内に僕も魔法についておさらいしておこう!)
空はやる気を出して再びリビングへと戻ろうとしたが、ふと振り返ると玄関の扉を見つめる。
(甲斐斗さん、こんな時間に何処に行くんだろう……?)
ふと、空は甲斐斗が家で過ごす時間が少ない事に気付いた。
(今度聞いてみようかな)
特に夕食を食べた後は何時も家を出て行く甲斐斗に、空は疑問を浮かべながらリビングへと戻り始める。
その頃、家を出た甲斐斗は一人夜道を歩きながらある場所を目指していた。
家を出た事に対し特に目的などないが、しいえ言えばあの場所が甲斐斗にとって居心地が悪くて仕方なかった。
「ったく、悪い方向に進んでんなぁ……」
面倒くさそうに夜道を歩く甲斐斗は腕を組みながら一人考えていた。
本来なら美癒達に力を使わせるまでもなく自分自身が刺客を倒し美癒達を守ればいいだけのこと。
しかしどうもそれが出来ていない自分に焦りを感じ始めていると、甲斐斗は組んでいた腕を解き夜空に浮かぶ月を見つめながら呟いた。
「別にいいか、どうせ皆死ぬんだシ」
考えたって仕方ない、甲斐斗は余計な事を考えず歩みを進めるが、ふと自分の言った発言に気付き足を止めた。
「俺……何言ってんの……?」
先程呟いた発言か本当に自分なのかと疑う程に甲斐斗は困惑してしまう。
自分の右手を見てみればその手は微かに震えており、甲斐斗は息を呑むと拳を握り締め再び歩き始めるのであった。




