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第31話 満たされる器

 ゼオスから譲り受けた一枚のカード、それは魔法が使えるようになるという不思議なカードだった。

 桜はゼオスと別れた後、自宅へと戻り美癒と鈴と共に楽しい一時を過ごしていく。

 時計の針は既に十二時を指しており、昼食はどうするか三人で話し合っていると、今日の昼食は桜も含め三人で作る事になった。

 近所にあるスーパーマーケットへと向かい買い物をしていると、桜の視界に美味しそうな菓子パンが陳列してあるコーナーが見えた。

 鈴と美癒は今日の料理の食材を選んでいる最中だった為、桜は二人に少し離れる事を告げると菓子パンを買いに向かうとどの菓子パンを買おうか悩んでいた。

 だがその時、先程まで賑やかだった店内が静寂に包まれると、気付けば周りに居た人達が誰もいなくなってしまう。

 桜は何が起こったのか訳が分からず辺りを見渡した瞬間、地響きと共に建物が揺れ始めると、天井に巨大な穴が空き一人の男が姿を見せる。

「あの男は昨日の───!」

 それは美癒と鈴を襲った男、ヴォルフだった。

 店の天井を突き破り荒々しく登場したヴォルフは牙を剥き、再び美癒と鈴に襲い掛かり始めている。

 再び鈴は変身しヴォルフと戦いを繰り広げていくのを見た桜は、今日ゼオスから貰った一枚のカードをポケットから取り出した。

(これを使えば、美癒と鈴を助けられる……!)

 桜は目を瞑り深呼吸をすると、そのカードを自分の胸元に翳し唱えてみせた。

「レジスタル・リリース……!」



 突然のヴォルフの登場に動揺が隠せない鈴と美癒。

 鈴はヴォルフが現れる直前に強大な魔力の気配を察知すると、変身と共に空から与えられていたライセンス『CLT』を発動させる。

 一瞬にして限定領域を作りスーパーマーケットの天井が破壊されても一般市民に被害が及ぶ事はなかったが、覚醒を遂げたヴォルフの姿を見て鈴は思わず息を呑んでしまう。

 昨日会ったヴォルフなのは間違いないが、今日現れたヴォルフは昨日と比べると遥かに魔力を増して現れていたのだ。

 昨日、ヴォルフは全力で戦おうとしていた。

 しかし、鈴の覚醒によりヴォルフは全力を発揮し覚醒する前に倒されてしまう。

 だが今日は違う、最初から全力全開の力を発揮したヴォルフの前では鈴も苦戦を強いられてしまう。

 前回ヴォルフと戦った時は美癒の力のお陰で勝つ事が出来たが、今の美癒は何も力を発揮する事が出来ず、苦戦を強いられている鈴を見ながら美癒は何度も魔法を使おうと念じてみるものの全く魔法が発動しない。

「ど、どうして? 昨日は魔法が使えたのに、このままだと鈴ちゃんが……!」

 ヴォルフに押され始めているの鈴を見て、美癒が焦りながら魔法を使おうと念じてみるが発動されることはない。

 その間にも鈴はヴォルフの力に圧倒され、強力な蹴りが鈴の懐に直撃すると、蹴り飛ばされた鈴は地面に埋め込まれる程の力で叩きつけられてしまい、全身に力が入らない。

「うぐッ!!……かはっ……!」

 ヴォルフに抵抗したくても体に力が入らず、鈴は悔しそうにヴォルフを見つめていた。

 このままでは鈴が危ない。美癒は魔法が使えずとも鈴を助けようと鈴が倒れている場所へと駆けつけようとした。

 だが、その判断は大きな誤りだった。

 鈴の心配をしている場合ではない事に美癒は気付いていない。

 ヴォルフの目的は美癒であり、鈴を殺す事ではない。既に鈴は戦闘不能であり戦う事などできない。

 だとすると、ヴォルフが今成すべき事はただ一つとなる。

 美癒の目の前に一瞬にして現れるヴォルフ。美癒は直ぐに足を止めるもののどうしていいか分からず立ち尽くしてしまう。

 するとヴォルフは美癒を睨みながら一言だけ言ってみせる。

「今からお前の手足を折る」

 これがヴォルフの全力。

 依頼の為なら容赦はしない、ヴォルフからすれば力の無い人間の手足を圧し折る事など造作もないのだ。

 一秒もいらない、ヴォルフは即行で美癒の手足を圧し折ろうとした瞬間、一枚の赤い花弁はなびらが目の前を横切るのが見えた。


 ───刹那の瞬間、美癒には何が起きたのかが理解できない。

 だがヴォルフは違った。自分に向けて放たれた無数の斬撃を即座に見切り後方に跳ぶ事で回避すると、自分の目の前に立ちはだかる存在を睨みつける。

 紅く美しい長髪を靡かせ、顔全体を覆い隠す仮面を付けた一人の人間。その手には紅色の刀が握られていた。

「下がって」

 美癒はその声を聞いて自分を守ってくれた人が女性だと気付くと、お礼を言って頭を下げた。

「あ、ありがとうございます! あの、貴方は───きゃっ!」

 これ以上私語ができる程この状況は優しくはない。

 突風が美癒を襲い目を瞑ってしまう。

 直ぐに目を開けてみるがそこに仮面の女性の姿はなかったが、遠くの方で次々に建物が崩れ落ちる光景が見えていた。


 『レジスタル・リリース』、そう唱えて桜は変身を遂げていた。

 今まで感じた事の無い未知の力が全身から込み上げてくると、体が軽くなり想像以上の速さで自分の体が動く事に、桜は内心戸惑いながら戦い始めていた。

(これが魔法の力!? すごい……まるで夢みたいだ。そして、これだけの力があれば私も戦えるッ!)

 桜は刀を振るいヴォルフとの戦闘を続けていき、その戦闘の激しさに付近の建物は崩壊し地面にはヴォルフの爪痕や桜の振るう刀の斬撃の痕が付き始めていた。

(鈴も、美癒も───私が守ってみせる!)

 桜は刀を構え居合いの体制になると、向かってくるヴォルフの動きを見極め抜刀する。

 瞬速の居合いはヴォルフの胴体を切り裂こうとしたが、桜の目の前にいたはずのヴォルフの姿がまるで霧のように霞み姿を消してしまう。

「───残像だ」

 その言葉が桜の耳に聞こえてきた時、既にヴォルフは鋭い眼光を光らせ桜の背後に迫っていた。

 完全に背後を取られた仮面の女性を見ていた美癒と鈴は思わず息を呑み、美癒は目を瞑ってしまいそうになる。

 だが、背後を取られた桜はヴォルフの動きを見ていないにも関わらず上半身を捻りヴォルフの拳を回避してみせた。

 ヴォルフの拳は僅かに桜に掠るものの、拳を受け流すような体の動きに桜は傷一つ体に付ける事なく攻撃を回避、更に上半身を捻り後ろに振り返ってみせる。

 その一連の動きを見ていたヴォルフは目を見開くと、自分の動きを完全に見切った桜を信じられない様子で見つめていた。

 ヴォルフには何故この仮面の女性が自分の動きを先読みして動けたのかが理解出来なかったが、桜はそんな戸惑いの表情を見せるヴォルフを見て疑問に答えてみせる。

「お前が私より強いという事は、既に把握している」

 桜は昨日、鈴とヴォルフの戦いを見ており、今日もまたヴォルフの戦いを見ている。

 理由は単純だが桜は確信していたのだ、例え魔法が使えるようになり戦える事が出来たとしても、所詮自分は魔法を扱うのは初心者であり、ましてや実戦で百パーセントの力を発揮する事など出来ないのだと。

 桜が仕掛けた最初の不意打ちからの連続攻撃は、ヴォルフも相手の力量を確かめるべく様子を見てくると思い桜は戦えると判断した。

 だが本当の戦いは互いが動きを見せ合い力をぶつけ合った後に始まる。

 ヴォルフは仮面の女性である桜を自分よりも弱いと判断すると、必要以上の警戒を解き戦い始める。

 そしてヴォルフの思ったとおり桜の動きでは自分を倒す事は不可能だと確信すると、得意の素早さで相手を翻弄し背後に回った。

 しかし、それこそが桜の勝機であり、最初で最後のチャンスだった。

 ヴォルフは桜の思惑通りに動いてしまい、桜は刀を構えるとヴォルフの首目掛けて居合いを放とうした───。


「やめてぇ────っ!!」

 聞こえてくる美癒の叫び声。

 その声が桜の耳に届いた時には既に刀は抜かれていたが、その刀の刃先はヴォルフの首元寸前で止まっていた。

(なっ……何故だ美癒!? ……この男は、お前の敵ではないのか───?)

 桜には何故美癒が自分を止めようとしたのかが分からず、困惑した様子で美癒を見つめてしまう。

 美癒は目に涙を浮かべおり、その表情を見た桜は刀を握り締めたまま固まっているが、ヴォルフは違った。

 美癒の叫び声を聞いても尚、ヴォルフがその拳を止める事は一切無く、鋭利に尖った右手の爪を桜の腹部目掛け突き出そうとしていた。

(しまったっ!?)

 完全に隙を狙われた桜にヴォルフの攻撃を避ける事は不可能。

 その光景に美癒の涙を零し手を伸ばすが、昨日のように魔法が発動される事も無く、ヴォルフの強力な一撃が突き出された。


 桜は恐怖を感じ思わず目を瞑ってしまう。

 直後に強力な衝撃波を感じ、突風が自分の体を擦り抜けていくような感覚を感じる。

 だが、不思議と痛みは感じない。桜は恐る恐る目蓋を開けると、そこには魔装着を着用し双剣を握り締めた空が桜を守るように立っていた。

「間一髪でしたね……ッ!」

 そう言って空はヴォルフの爪を双剣で弾くと、ヴォルフとの戦闘を開始する。

 ヴォルフの攻撃が桜に触れる寸前、疾風の如く舞い降りてきた空は瞬時に双剣でヴォルフの攻撃を受け止める事に成功していたのだ。

 空に命を助けられた桜は呆然とその場に立ち尽くし、二人の戦う姿を見ながら目を丸くしてしまう。

(なんだと……? 美癒や鈴だけではなく、空も魔法使いだというのか……?)

 まさか空も魔法使いだとは知らず桜が驚いていると、桜の後ろから美癒の声が聞こえてきた。

「あの! 怪我はありませんか!?」

 この状況に及んでも他人の心配をしている美癒の優しさに関心しながら桜は頷くと、美癒は胸を撫で下ろし安心しはじめる。

「良かった! あ、でも、私のせいでご迷惑をかけてすいません。私は皆に命の奪い合いなんてしてほしくなくて、それで……。勿論助けてくれた事には感謝しています! ありがとうございます!」

 美癒は笑みを浮かべたかと思えば深々と頭を下げて謝り、今度は直ぐに顔を挙げ感謝の気持ちを伝え始める。

 そんな美癒の言葉を聞いていた桜は、例え魔法使いになろうとも美癒は変わらないのだと気付く。

(自分の命が狙われているにも関わらず、敵の心配をしているとは……さすが私のみゆみゆだな)

 納得した様子の桜が美癒に声を掛けようとしたが、自分の体から急激な魔力の消耗を感じ始める。

(時間切れか、仕方ない───)

 桜は自分の顔に付けてある仮面の位置を直すように触れた後、刀を鞘に仕舞い跳躍すると颯爽とその場から姿を消してしまう。

 そして桜が物陰に隠れた直後に変身が解けると、顔に付けていた仮面が元の姿である一枚のカードへと戻っていく。

 そのカードを桜は大切そうにポケットにしまうと、ヴォルフと空の戦いを誰にも見つからない様に覗き始める。

 激しく戦い合う二人の姿を見つめる桜だが、ふと自分とヴォルフとの戦いを思い出してしまう。

(しかし、考えてみればあの時美癒が止めてくれなければ私は人を殺していたというのか……)

 あの時、人一人殺す事に何の躊躇も無かった自分に少し違和感を感じながらも、桜は空の戦い見守りはじめた。


 ヴォルフは、美癒を守る為に次々に現れる魔法使い達に恐れる事もなけれが動揺をする事もなく戦い続けていた。

 出てくる敵は全て捻じ伏せるのみ。ヴォルフは空と戦いながらも相手の力量を見極め、鈴や桜よりも明らかに実力者であるという事に気付く。

 だが、ヴォルフの目的は空との戦闘ではない。

 邪魔者である鈴は負傷、仮面の女性は姿を消し、美癒を守っている人間は空ただ一人。

 ヴォルフは拳を構え魔力を開放すると、自分の周りに無数の狼を魔法で召喚し一斉に空を襲わせ始める。

「っ───!?」

 肉弾戦だけでなく召喚魔法を使うヴォルフに空は苦戦し狼に気を取られてしまうと、その僅かな隙を狙いヴォルフは美癒目掛け拳を振り上げながら襲い掛かった。

「させない!!」

 空は双剣を振るい突風を起こすと無数に襲ってくる狼を薙ぎ払い、美癒を守る為に全速力でヴォルフの元に向かおうとした。

 しかしその瞬間、空はある魔力を察知すると足を止めてしまい、鋭い視線を美癒に向ける。

 何故か足を止めてしまう空に、戦いを見ていた桜と鈴は理由が分からず息を呑んでしまう、既にヴォルフは美癒の目の前にまできており、その拳を美癒目掛けて振り下ろした。


 そのヴォルフの渾身の一撃が美癒に届く事はない。

 次々に現れる美癒を守る魔法使いの中でも、最も凶悪であり強力な魔法使いが現れてしまったのだ。

「お前の『拳』は『攻撃』なんかじゃあない、それはただの『グー』であり、今お前がしている事は『ジャンケン』に過ぎない」

 そう言ってヴォルフの拳をいとも簡単に受け止めてしまった男、甲斐斗が戦場に現れたのだ。

 甲斐斗は右手を開きヴォルフの拳を軽々と掴んでいると、平然とした様子で再び喋り続ける。

「お前は『グー』で、俺が『パー』。つまり、分かるよな?」

 赤く濁った瞳を輝かせ、ニヤリと笑みを浮かべる甲斐斗にヴォルフは只ならぬ恐怖を感じた直後、拳は容赦無く握り潰されると、そのまま腕一本で体を持ち上げられてしまう。

「お前の『負け』で、俺の『勝ち』って事だよ」

 その言葉の直後、甲斐斗はヴォルフを握り締めていた腕を振り下ろし地面へと叩きつける。

 地面を抉り亀裂を走らせる程の衝撃で全身を地面に叩きつけられたヴォルフは血反吐を吐くと、あれだけ溢れ出ていた魔力も消えてなくなってしまい、それはヴォルフが気を失った事を意味していた。

 腕を振り下ろし相手を地面に叩きつける、ただそれだけの事だがその攻撃の威力は誰よりも強力であり痛々しいものだった。

「美癒、怪我はないか?」

 地面に叩きつけたヴォルフが気を失ったのを見て甲斐斗が心配そうに後ろに振り向くと、美癒はこくこくと頷き自分の無事を伝える。

 刺客であるヴォルフを破り、美癒の元に空と鈴が集まってくると、これからどうするかを四人で話し合いはじめた。

 その会話の内容は物陰に隠れて見ていた桜には聞こえず、複雑な心境で四人の様子を見つめていた。

(まさかあの甲斐斗という男までも魔法使いだったとは……私以外、皆魔法使いだという事に気づけなかった自分がなんだか滑稽に思えてしまうな……)

 魔法使いは二人だけではない、空と甲斐斗もまた魔法使いだった。

 そして自分が想像していた以上の出来事と展開の連続に桜の鼓動は高鳴っていく。

 魔法の世界へと足を踏み入れたのだから無理もない、桜は自分の胸元に手を翳し今起きていた事が『現実』だという事をもう一度確かめるように目を瞑り深呼吸をした。

 それは桜が美癒を影ながら守る存在として戦い続ける事を改めて決心した瞬間でもあった。

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