第22話 思いやる人々
波乱の昼休みは終了し、午後の授業も無事に終えた美癒達は下校する準備をしていた。
桜もまた鞄に教科書を入れていると、隣の席に座っている鈴が桜の話しかける。
「桜、うちこれから晩御飯の材料を買いに行くんよ、一緒にいかん?」
鈴は美癒との晩御飯を作るために食材を近所のスーパーマーケットに買いに行こうと思っており、桜を誘ってみると、桜は少し残念そうな表情で答えた。
「すまない、私は先に帰らせてもらうよ。早く家に帰って済ませたい事があるんだ、昨日は少ししか出来なかったからな」
「それもそやね。うん、わかった!」
それを聞いて鈴も納得すると、桜は足早に教室を後にしてしまう。
丁度鈴と桜がその遣り取りをした後、その後ろでは美癒と空が同じような会話をしていた。
「空君、今日は鈴ちゃんの家で晩御飯を作る事になったの。それでね、今から鈴ちゃんと食材を買いにいくんだけど、空君もどう?」
「そうですか、それなら是非……」
空が美癒の好意に甘えようと思った時、ふと鈴が視界に入ってくる。
恐らく鈴も空が参加すると聞いたら喜ぶだろうが、空からしてみればいつも美癒の周りについている為、たまには女の子同士で話し合いたい事もあるのではないかと思い始めていた。
命を守る為とはいえ、美癒には普通の高校生として友達と遊んだり話したり、色々な事を体験してほしい。
そこに自分がいつも側にいるのは良くないのではないか、気づかない内に邪魔をしている可能性だってある……そう思うと空は言葉を呑み、何かを思い出したかのように会話を続ける。
「あ、すいません。実は僕、放課後直ぐに帰ってくるよう甲斐斗さんに言われていたんです」
「えっ、甲斐斗が? そうなんだ……残念だね」
「申し訳ありません」
美癒に嘘を吐くのは気が引けるが、これも美癒に高校生活を充実してほしいが為。
勿論、空は家には帰らず美癒とは少し距離を開けて気づかれないようにして見守ろうと思っている。
こうして美癒と鈴の二人きりの下校が始まった。
美癒は校舎を出てから母親の唯に電話を掛けると、これからの予定を説明していく。
「もしもし、お母さん? 今日は鈴ちゃん家で一緒に夕食を作る事になったの、行ってきてもいいよね? ……うん! ありがとう! あ、だから私の分の夕食は作らなくても大丈夫だからね、それじゃ」
唯は美癒が友達の家で夕食を作る事に快く承諾してくれた。
「お母さんの許可も貰ったからもう大丈夫だよ」
美癒の言葉を聞いて喜びの余り鈴は目を輝かせると、鞄を手に歩き始める。
「ほんまに!? よっしゃー! ほんなら今からスーパーに直行や-!」
それに続いて美癒もまた鈴の隣を歩くと、仲良くスーパーへと向かう。
鈴は上機嫌な様子で美癒の隣を歩いており、美癒もまた嬉しそうに鈴の隣を歩いていく。
初めての鈴との二人にきりの下校に美癒は少しだけ緊張していた為、会話を途切れさせないように鈴と会話を進めていく。
「鈴ちゃん、休みの日はいつもどんな事してるの?」
「んー、うちはねー色んな事しよるけど、漫画が好きやから読んだり描いたりしよるかな~」
「鈴ちゃん漫画描いてるの? すごいね!」
漫画を描いている事を告白すると、美癒は純粋に驚き褒めてくれた。
鈴は少し照れ臭そうに俯くと、顔を上げ今度は鈴は美癒に休日の過ごし方を聞いてきた。
「そ、そうかな? えへへ、美癒っちは休日なにしてるん?」
「私も絵を描いたり音楽を聴いたり。お母さんの家事も手伝ってるの、それと一緒にお菓子作ったりゲームとかしてるよ」
美癒の休日の過ごし方を聞いた鈴は、自分と同じように美癒もまた絵を描いている事を知り目を輝かせた。
「美癒っちも絵描くんや! 見てみたいな~美癒っちの描いた絵」
「私も鈴ちゃんの書いた漫画是非読みたいな」
「ほんなら今日、家に来た時に見せるよ!」
「ほんと!? 鈴ちゃんの描いた漫画、とっても楽しみ」
鈴と美癒、雑談をしていく内に美癒の緊張は解れて無くなっていく。
二人の会話は意気投合し、和やかな雰囲気に包まれていた。
その後も二人は仲良く雑談しながら歩きスーパーに到着すると、鈴はカートの上にかごを乗せ野菜売り場へと向かう。
「鈴ちゃん、今日の夕食の献立は決まってるの?」
「これから決めるんよ! あ、でも今日は美癒っちに美味しい肉じゃがの作り方教えてもらいたいな、後のおかずは美癒っちに任せる! 調味料は有るけど冷蔵庫の中は空っぽやから食材は全部買っていこな~」
とりあえず鈴は家庭の料理の定番である肉じゃがを作りたいらしく、それを聞いた美癒は少し考えた後今日の夕食の献立を考え始める。
「うん、それじゃあ私で良ければ今日の献立を決めてみるね。鈴ちゃんは何か嫌いな食べ物とかあるのかな?」
「うちは好き嫌いせんよ、なーんでも食べるから安心してな」
その言葉を聞いた美癒の頭の中では既に肉じゃがをメインにした和食の献立が完成しており、早速鈴と共に食材を買いに向かう。
まずは野菜コーナー、ここでは肉じゃがを作る為のニンジン、タマネギ、ジャガイモ、きぬやさ。それに加えてネギとワカメ、ホウレン草をかごの中に入れる。
野菜の後は肉コーナーで牛肉を、魚介コーナーではぶりの切り身をかごの中に入れ、味噌汁を作る為に必要な食材を一通り購入。
かごの中が徐々に食材で埋まっていくのを見ていた鈴は今日はどんな料理を作り、そして美味しい料理を食べられるのか期待で胸を膨らましていた。
そして全ての食材をかごに入れ終えた美癒は、鈴と二人でレジまで向かい商品の清算をしはじめる。
鈴がポケットから財布を取り出しお金を支払おうとしていると、その隣にいる美癒もまた財布を取り出しお金を出そうとしているのを見て鈴が声をかけた。
「美癒っち、なんで財布だしてるん? うちが払うからええんよ?」
「えっ? でも、私が勝手に食材を選んじゃったし、私が払うね」
「『私が』って、美癒っち全部払う気やったん!? ええってええって! 今日誘ったのうちやし、食材買うたのも元々うちが料理教えてもらう為やん。気にせんでええから」
「で、でもっ……」
「美癒っちは律儀やなぁ、ほんまにええから」
今にも財布からお金を出しそうな美癒を見て鈴は直ぐに現金とポイントカードをレジに出し精算を終えると、二人で食材をレジ袋に詰めていく。
すると食材を入れた大きなレジ袋を美癒が率先して持ってしまう。
「これぐらいはさせてもらってもいいかな……?」
やはりお金を出させてしまった事に気が引けてしまい、美癒はせめて買い物袋ぐらいは自分で持とうと思っていた。
しかし、食材は思った以上に重く、鞄と買い物袋の両方を手に持っていた美癒を見れば明らかに無理しているのが分かった。
「美癒っちぃ、ほんまにありがとうな」
そんな美癒の優しい心遣いを感じた鈴は、軽く笑みを浮かべながらも美癒に近づきある物を掴んだ。
「でも、全部はもたせへんよ。代わりに美癒っちの鞄持たせてな」
それは美癒の鞄だった、美癒が買い袋を持つ代わりに、鈴が美癒の鞄を持ち帰り始める。
夕暮れ時、鈴は二つの鞄を持ちその隣には買い物袋を持った美癒が歩いている。
ふと、鈴は隣を歩いている美癒を見上げてみると、少し羨ましそうに喋り始めた。
「美癒っちはすごいなぁ、優しくて友達思いで気が利くし、その上料理も上手……」
「そ、そんな事ないよ。私なんて──」
「それにルックスも良えし、胸だってある!!……羨ましいなぁ……!」
鈴の視線はいつしか美癒の胸に向けられており、その視線に気づいた美癒は顔を赤らめると大きく動揺してしまう。
「む、胸なんてそんなっ……!」
「なあ美癒っち、どーやったらそんなに胸が大きくなるん? うち全然胸ないから教えてほしいんよぉ! やっぱり自分で揉んだりしたほうがええんかなぁ?」
鈴は自分の胸元に視線を落とすと、そこには小学生の時から全く膨らんでいない胸が広がっており、その凸の無い平らな胸を見て溜め息を吐いてしまう。
「う、うーん。どうなんだろう……私、特に何もしてないからよくわからないかな……」
「そーなん? ええなぁ、うちもそうやって胸揺らしてみたいなぁ」
「ゆ、揺れてるの!? 私の胸……!」
今まで自分の胸の大きさに無関心だった美癒はその言葉を聞いた途端に恥ずかしくなってくる。
「無意識でやってたんや……本人は気づかんもんなんやね」
「ううぅ……恥ずかしいぃ……」
美癒は胸の大きさを指摘され頬を赤く染めると、照れてしまい俯いてしまう。
それからも鈴と美癒は色々な会話をしながら歩き続け、気付けば鈴の家の前にまで来ていた。
「とーちゃく! ここがうちの家や、たっだいまー!」
鈴はそう言って玄関の扉を開けると、家の前に立っていた美癒は暫しその家の大きさに驚いていた。
大きな庭の有る一戸建て、初めて上がる友達の家を前にし少しだけ緊張してしまう。
「ここが鈴ちゃんの家なんだ、大きいね」
「大したことないで~。ささ、上がった上がった!」
緊張した面持ちの美癒を鈴は誘い、美癒もまた家の中に入っていく。
「鞄はうちの部屋に置いとくね! 台所は入って右やから~」
それを見た鈴は手に持っていた鞄を手に二階へ上がる階段を上っていく。
「お邪魔します」
美湯は玄関で一度荷物を下ろし靴を脱いだ後、その靴を整頓しはじめる。
玄関には鈴の脱いだ靴以外にもう一つ靴が置いてあり、それ以外の靴は出ていなかった。
特に気にする事もなく再び荷物を手に持ち鈴に言われた通りの部屋に向かうと、そこには大きな台所が有り、美癒は近くにあった椅子の上に食材の入った袋を置いた。
そして食材を机の上に置いていると、鞄を部屋に置き終えた鈴が台所に戻ってくる。
その鈴の手には二つのエプロンが握られており、その内の一つのエプロンを美癒に差し出した。
「お待たせ! ほんなら早速料理を教えてもらおうかな!」
「うん!」
鈴と美癒は制服の上からエプロンを着た後、台所で仲良く手を洗い買ってきた野菜等も綺麗に水洗いし始める。
先ず作り始めたのは『肉じゃが』。美癒は手馴れた手つきでニンジンの皮を剥き、野菜を素早く丁寧に切り、それを見ていた鈴はぎこちない手つきで包丁を握り野菜を切り始める。
「タマネギはくし型、ニンジンは乱切りにすると味が良く染み込むからね」
「く、くし型? 乱切り? 全然わからへんなぁ……」
美癒の見よう見まねでは野菜を上手に切る事も出来ず、聞いた事の無い言葉に鈴は戸惑っていると、美癒は手に持っていた包丁を置き鈴の後ろに立つと、優しく鈴の手を支えゆっくりと野菜を切っていく。
「これがくし型、タマネギを縦半分にした後中央から等分に切り分けていけばいいんだよ。ほら、出来た」
美癒に手を握られながら少しだけタマネギを切り終えると、今度はニンジンを乱切りしはじめる。
「乱切りはね、こうやって握り締めて、ニンジンを回しながら切っていくの」
「お、おお~! ありがとな美癒っち! うちやってみる!」
一通りの野菜の切り方を教えてもらった鈴は今度は自分の力だけで熱心に切り始める、
それを横で見ていた美癒は嬉しそうに微笑むと、肉じゃがに入れる肉とじゃが芋を切り始めた。
二人で仲良く楽しく料理を続ける美癒と鈴、雑談を交えながらも料理の作り方を美癒から教えてもらい、二人は料理を続けていく。
調味料の量や美味しく料理する為のポイント、失敗しない為の注意や調理法の豆知識など、美癒の料理に関しての知識は豊富であり、鈴は美癒の話を聞き覚えながらしっかり記憶していく。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく、火に掛けられた鍋には肉じゃが煮込まれており、フライパンにはブリの照り焼き、もう一つの鍋にはホウレン草の煮びたしが既に完成していた。
「よっしゃ! 完成や!」
「うん! 完成だね!
後はお皿とお椀に盛り付けていくだけになったが、ふと鈴は何かを思い出したかのように後ろに振り返る。
「……あ、忘れとった。洗濯物まだ入れてなかったんよ、ちょっとうちいれてくるね!」
そう言って鈴はエプロンを着たまま駆け足で二階へと上がっていく。
美癒は鈴が戻ってくるのを待とうと思ったが、美癒もまたここであることを思い出す。
「あ! お味噌汁作るの忘れてた……!」
買ってきた豆腐を冷蔵庫に入れたまま放置している事に気付いた美癒は慌てて味噌汁作りに取り掛かり始める。
その手際はとても素早く、美癒はあっという間に材料を切り終えだし汁の中に食材を入れ弱火で味噌を溶かしていく。
鈴が戻ってくるまでに味噌汁を作り終えた美癒は最後に味見をしようと味噌汁をお玉で掬い小皿に注ぐと口に含み味を確かめる。
(うん、良い感じ。急いで作ったから心配だったけど大丈夫みたい)
美癒は安心して胸を撫で下ろす。すると、美癒の後方からは階段から誰かが降りてくる足音が聞こえてきた。
(鈴ちゃん戻ってきたみたい、味噌汁が出来たの知ったら驚くかな?)
鈴が戻ってくる間に味噌汁を作り終えた事に、きっと鈴は驚くだろうと思い美癒は少し期待しながら味噌汁の出来た鍋をお玉で軽く混ぜていく。
だがその時だった。足音が美癒の背後で止まったかと思うと、美癒は後ろから抱き締められてしまう。
「ひゃぁっ!?」
急に抱き締めらた事に驚いた美癒は声を上げ、咄嗟に逃げようとしたが自分を抱き締める両腕は力強く解く事が出来ない。更にその抱き締めてくる手は胸を鷲掴んでおり、美癒は自分の身に何が起きたのかを理解できず全身が硬直してしまう。
(えっ、ええ!? 鈴ちゃんじゃない? 誰なの……っ!?)
鈴の性格からしてこんな事を突然するとは思えない、それに抱き締められる感覚からして後ろに立っている人物の身長が鈴よりも高い事が分かる。
美癒は後ろから抱き締めてくる人物が誰なのかを確かめようと後ろに振り返ろうとした時、突如耳に違和感を感じた。
「ひぅっ!?」
耳たぶから感じる熱く柔らかい感触にますます美癒はテンパってしまい、つい強引に腕を振り解いてみせる。
美癒は顔を赤らめながら咄嗟に振り返る、そこには見覚えのある一人の少女が立っていた。
「さ、桜さん!? どうしてここに……!?」
美癒に抱きついてきたのは桜だった。
だが、どうして桜がここに居るのかが分からず美癒は困惑し続ける。
いつも束ねている髪を解き、上半身は学校の制服である白いブラウス着ているがボタンを一つしか留めておらず、下半身は下着一枚しか履いていない。
そのあられもない姿を晒してもなお桜自身は特に動揺することはなく、半開きの目で慌てふためく美癒をぼーっと見つめ続ける。
「ん……んん? どうしてみゆみゆがここにぃ……?」
桜は今、自分の目の前に立っていたのが美癒だと気付き首を傾げていると、美癒のエプロン姿を見て納得出来る答えを出した。
「そうか、これは夢か。私とみゆみゆの新婚生活……むふふっ、夢が覚める前に存分に楽しませてもらうとしよぅ」
若干寝ぼけた表情の桜がそう言って不適な笑みを浮かべると、ふらふらと一歩ずつ美癒に近づいていく。
美癒には逃げ場もなくただただ迫り来る桜を見つめていたが、階段から洗濯物を入れた籠を持って降りてきた鈴がその光景を見た途端、籠の中からハリセンを取り出すと速攻で桜の頭を叩いてみせるのであった。




