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第18話 無慈悲の力

 美癒と空の前に現れた男、グロスとプラーズ。

 友達の殺戮された現場を見せられた美癒と空は動揺していたが、そこに甲斐斗が現れると殺戮はただの幻という事を明かす。

 その光景を甲斐斗が態々美癒に見せたのは、美癒から『理想の世界』を聞きだす為だった。

 魔法が存在する世界、美癒の望む世界ではこういった事が起きる可能性が有る、本当に平和を願い優しい世界を暮らしていくのであれば、魔法の無い世界で普段通りの平凡な生活に戻る事が美癒の為だと甲斐斗は思っていた。

 甲斐斗は知っている。優しい世界、平和な世界、平凡な世界の尊さを。

 平和が退屈? 平凡な世界は飽きる? そんな戯言がいかに愚かな発言なのか、『普通の世界』がいかに『幸福な世界』なのかが甲斐斗は身に染みて分かっている。

 望んだ所で手に入る事の無いその稀な世界の中に美癒は居る、それならその世界の外に出す必要はないと考えた。

 だからこそ力ずくでも強引にその平凡な世界に戻そうと甲斐斗は考え、美癒の記憶を消そうとしたが、それは失敗に終わる。

 更に空から言われた『美癒の運命や人生を勝手に変えていい訳が無い』という言葉に甲斐斗は一人考えていた。

 ならどうすればいい、答えは簡単だった。

 魔法の有る残酷な世界を見れば、美癒の考えが変わるのではないのかと。

 だからこそあえて幻を見せ、美癒に魔法のある世界の真実を分からせようとした。

 ……だが、美癒はその光景を見ても尚、意思が変わる事はなかった。

 確かに揺るいだだろう、迷いも生じたはず、それでも今の美癒は『変わらなかった』。

 もう十分だった。

 甲斐斗には、もうこれ以上の言葉は要らない。

 美癒がそう望むのであれば、例え茨の道が続き険しいものになろうと、その行く手を阻もうとはしない。

 美癒の望んだ道、選んだ道を、自分が勝手に捻じ曲げていいものではないのだから。

 しかし……もしその茨が美癒を傷つけようものなら、甲斐斗は決して容赦はせず、全力で刈り取りにいく。



 そして今、まさにその『茨』が刈り取られようとしていた。

 全身から魔力を溢れ出す甲斐斗を見て空は震撼していたが、ピアスを付けた少年プラーズは鼻で笑ってみせる。

「すごい魔力じゃん。でもさ、その程度の力じゃぼくには勝てないよ。ぼくの幻想魔法を破ったからっていい気にならないでほしいなぁ。世の中には上には上がいるって事を教えてあげるよ」

 その瞬間、プラーズは甲斐斗の視界から消えると、プラーズの声が甲斐斗の背後から聞こえてきた。

「はい、死んだ」

 嬉しそうに呟きながらプラーズは両手の鎌を振り下ろしていた。

 甲斐斗の見ていたプラーズの姿は幻影、本体は既に甲斐斗の背後に回り、そして既に攻撃を終えていたのだ。

 甲斐斗は前を見つめたまま突っ立っており、右腕が切り落とされたというのに全く動きを見せない。

「うっそー、直ぐには殺さないよーん!」

 腕を切り落としプラーズは笑みを浮かべていた。

 だがそれは、腕を切り落とされた甲斐斗も同じだった。

 赤く濁った瞳を光らせ振り向くと、笑みを浮かべるプラーズを見てニヤリと笑っている。

 それを見てプラーズは少し動揺するものの、甲斐斗の目を見ても尚笑みを浮かべる。

「分かってないねぇ、自分の置かれた立場を。確かに君はぼくの幻を破ったかもしれない、けどね、ぼくは幻を何度でも作り出せるんだよ」

 そう言うとプラーズは一旦甲斐斗から距離を取ると、両手を広げ魔法を発動しようとした。

「君に地獄を見せてあげるよ。ぼくはどんな光景だって作り出せる、そうだっ、こういうのはどうかな? ほら、君が大事そうに守ろうとしていた女の子、美癒お姉ちゃん。そのお姉ちゃんが弄ばれる光景はどう? 面白いよね、嬉しいよね、例え幻と分かっていても、君は動揺を隠しきれなくなる」

 プラーズは腕を切り落とされても尚、動揺しない甲斐斗に向けて幻を見せようよした時、甲斐斗は問いかけた。

「お前、『地獄』を見た事があるのか?」

「……えっ?」

 気付けば甲斐斗はプラーズの眼前に移動しており、その赤く濁った瞳でプラーズを見つめ続ける。

 瞬間移動でもしたかのような甲斐斗の速さ、そして甲斐斗の言葉にプラーズは一瞬動揺すると、突如耳に激痛が走り苦痛で顔を歪めてしまう。

「痛ッ──!!」

 プラーズの両方の耳に付けてあったピアスが引き千切られ、血が滴り落ちる。

 自分の身に何が起きたのか分からないプラーズは自分の耳に手を当てようとしたが、顔面を甲斐斗に左手で掴まれると動きを止められてしまう。

 甲斐斗の瞳がプラーズの瞳の前に剥き出しの状態で接近し、プラーズは目蓋を閉じる事も出来ずその赤く濁った瞳を見つめる事しか出来なかった。

「見せてやるよ、お前に『地獄』を」

 甲斐斗がそう言って笑みを浮かべた瞬間、目の前に広がる光景は全て赤い血の色に染まり、甲斐斗の体が黒くなっていくと、突如肉体が破裂し血肉で作られた虫や蛆が噴出し始める。

「う゛わああああああああぁッ!!?」

 自分の皮膚を食い破り、体の中に入ってくる虫を見てプラーズを悲鳴を上げると、破裂したはずの甲斐斗は以前と同じようにプラーズの顔面を左手で掴みながらその顔をプラーズの眼前にまで近づけていた。

 プラーズは体内に虫や蛆が入り蠢く感触に激痛を感じ悲鳴を上げ続けると、切り落とされたはずの甲斐斗の右肩からは黒い影のような右腕が伸びており、その右手の親指がプラーズの左目を突き刺し潰してしまう。

「ぎぃ゛ッ───!?」

 プラーズは歯を食い縛り激痛に耐えると、その痛み苦しむ様子を見ていた甲斐斗は満面の笑みを浮かべていた。

 そこで漸くプラーズは気付き始める、自分はこの男に今日、命が尽きるまで弄ばれ続けるのだと。

「ぼ、ぼくを舐めるなぁッ!!」

 プラーズは右腕を振り上げ甲斐斗の首を斬ろうとしたが、その右腕は甲斐斗の左手によって握り締められると、容易く捥ぎ取られてしまう。

「ぎゃああああああああああああああッ!!」

「黙れ」

 断末魔を上げるプラーズの口を右手を塞ぎ無理やり止めると、プラーズの顎を砕いた。

「がッ、あがァッ……!」

 もはや言葉すら発せないプラーズ、それでも甲斐斗の手が緩む事はなかった。

「美癒が起きるだろ、静かにしろよ」

 『静かにしろ』。甲斐斗は確かにそう言ったが、右手はプラーズの右足を掴むとその肉体を強引に地面に叩きつける。

 その轟音と共にプラーズの全身の肉は裂け、骨が砕かれる。

 叩きつけられた衝撃により地面は大きく凹んでおり、プラーズは口から血を吐き出すと、その血が地面に落ちるよりも早く甲斐斗はプラーズの右足を掴んだまま校舎へと放り投げた。

 だが、その戦いを見ていた空の目の前には、頭から血が滴り落ち意識朦朧とするプラーズの髪を掴み地面に引き摺りながら歩いてくる甲斐斗の姿が見えた。

 これは夢か、幻か。甲斐斗はプラーズを校舎に投げつけぶつけた後、瞬速でプラーズの元に向かい髪を掴むと、再び校庭に引き摺り出していたのだ。

 甲斐斗は余裕の笑みを浮かべながら悠々と歩いており、引き摺られるプラーズと言えば血塗れの姿で絶望した表情を浮かべていた。

「ダ、じけっ……グぉス……」

 最早まともに喋る事すらできないプラーズは必死に左手を伸ばし助けを求めるが、それを聞いていた甲斐斗は右手を放すと、地面に倒れたプラーズの後頭部を踏み躙りながら喋り始める。

「おいおい、俺はまだ魔法すら使ってないぞ。それに戦いはまだ始まったばかり、逃げんなよ」

 黒い影のような右手からはあの黒い大剣が表れると、その剣先を地面に突き刺しプラーズの首を掠めるが、既にプラーズは戦意喪失しており抗う気力すら残っていなかった。

「いやだから、逃げんなよ」

 突き立てた剣を引き抜き抵抗しないプラーズの左腕を簡単に切り落とすと、プラーズは更に悲鳴を上げその場でのたうち回るが、甲斐斗はそんなプラーズを見ても全く動じず話しかける。

「俺と戦うんだろ? 地獄を見せてくれるんだろう? 寝るな、立て、抗え、戦え……今更楽に死ねると思うな」

「う゜ぅっ……ひっく、グっ……」

 涙を流し恐怖に震えるプラーズ、その髪を甲斐斗が掴み再び立ち上がらせると、その涙と血で汚れた顔を見て笑い、この状況の一部始終を見ている空に向けた。

「ギゃアひゃひゃヒャ! おいおいおい! こいつ泣いてるぜェっ!? ナぁ空、こいつ情けないよなァ。雑魚過ぎる、雑魚過ぎルッ!! まるで戦いにならねエ……」

 掴んでいた髪を放しプラーズを地面に倒すと、甲斐斗はその背中を踏みつけ嘲笑う。

 その全てを見ていた空は、極度の緊張により微かに体が震えながらも頭の中では冷静に甲斐斗を分析していた。

(これが甲斐斗さんの戦い……いや、違う。『戦い』にすらなっていない、これは一方的な暴力だ……)

 切り落とされた腕を瞬時に再生、更にはプラーズの眼を見つめたかと思えば突如プラーズが悲鳴を上げ、発狂しはじめるのを見て空は甲斐斗もプラーズ同様に幻覚を見せている事に気づく。

 その後プラーズの左目を潰し、顎を粉砕。その後体を放り投げ、眼にも留まらぬ速さで再び掴み、校庭に叩きつけ引き摺りまわす。戦う肉体も気力も削がれたプラーズを前にしても尚、甲斐斗の全身からは黒い影のような魔力が溢れ続け、甲斐斗自身の魔力も莫大に膨れ上がっていく。

(それにあの時と同じ、まるで別人だ。今、僕の前の立っているのは本当に甲斐斗さんなのか……? まるで甲斐斗さん自身が闇に呑まれているような……甲斐斗さんが、甲斐斗さんじゃなくなっていく感覚……駄目だ、これ以上甲斐斗さんに力を揮わせてはいけない!)

 空にはこの姿が本当の甲斐斗の姿とは思えなかった。

 莫大な魔力、不気味な闇、赤黒く濁る瞳、その全てが敵を威嚇し憎悪をぶつける為だけの仮初の姿に見えてしまう。

「……デ。さっきかラ突っ立ってるお前……どうなんダ?」

 無抵抗のプラーズに飽きた甲斐斗はそう言ってグロスの方に顔を向ける。

 グロスは腕を組んだままその場から動かず、甲斐斗の力を冷静に分析し続けていた。

「お前ハ強いんだろうナ? ククク……楽しませテくれよなぁッ!!」

 甲斐斗が地面に突き刺した大剣を引き抜きグロスに飛びかかろうした。

 だがその直前に空が甲斐斗の行く手を塞ぐように現れると、甲斐斗に背を向けグロスに見つめながら双剣を構えた。

「空、何の真似ダァ? この俺ノ邪魔をする気カ?」

 背後から感じる甲斐斗の威圧感に怯むことなく空は立っており、前を向いたまま語り始める。

「甲斐斗さん、この相手は僕に戦わせてください。前回僕は刺客に敗北し、美癒さんを守れませんでした。僕は強くなりたい……誰からも美癒さんを守れる程の力を身に付け、守り抜きたい。その為にも僕は実戦経験を積む必要があるんです」

 空は後ろに振り向き甲斐斗と目を合わせると、力強い視線を向けたまま言葉を続けた。

「お願いします、甲斐斗さん。僕に美癒さんを守らせてください!」

 その力強い目を見たまま甲斐斗は黙っていると、目を瞑り軽く笑みを浮かべた。

「……そうか、お前も変わらないか」

 甲斐斗の周りに漂っていた闇が瞬く間に消えると共に莫大な魔力の開放も無くなり、重苦しい空気が一変して消えていく。そして瞼を開いた甲斐斗の瞳は普段通りに戻っていた。

「お前等はもう決めてるもんな。どうやら決めなくちゃならないのは俺の方だったみたいだ」

 握り締めていた大剣さえも消し甲斐斗は軽く深呼吸すると、戦う気はもう更々無くなっていた。

「空、俺は言っただろ。『お前の好きにしろ』って」

 そう言って甲斐斗が笑みを見せると、空は嬉しさが込み上げ笑みを浮かべた。

「っ! 甲斐斗さん……ありがとうございますッ!」

「お礼とか言うな、俺はただ好きにしろって言っただけだし……でも体は大丈夫なのか? 毒か何かでまともに動かせないんだろ?」

「大丈夫です、少し痺れは残っていますが大分回復しました。戦えます」

 空は力強く双剣を握り構えてみせると、甲斐斗に背を向けグロスを見つめる。

 すると今まで黙ったまま状況を観察し続けていたグロスが組んでいた腕を解くと、首を傾け骨を鳴らしながら口を開く。

「この俺がそんなひよっこの練習相手だと? 随分と舐められたものだ……おいお前、甲斐斗と言ったか。お前なら分かるはずだ、その坊主が俺と戦えば勝てない事ぐらいな」

 グロスは甲斐斗の力を見ても尚動揺することなくそう言うと、甲斐斗は腕を組みながら語り始めた。

「確かにな、今のままじゃ難しい」

「か、甲斐斗さん?」

 甲斐斗は少しだけ歩き空の横に並ぶように立つと、横目で空を見た後再び言葉を続ける。

「『守る』という行為が意味する事、お前にも分かるはずだ。襲ってくる敵、障害の完全排除。それが誰かを『守る』という覚悟……お前は美癒を守る為に全てを敵に回してでも守り抜く『覚悟』があるのか? 俺は守る者の為なら何だってする。空、お前は美癒を守ると決めた。だったらその覚悟、見せてもらうぞ」

 まるで何かを期待するような、そしてこれから何が起きるのかを楽しみに待つ甲斐斗がそこにはいた。

「僕の……覚悟……っ」

 美癒が刺客に狙われた時、甲斐斗は全力でその刺客を排除する。

 例え相手が女だろうと子供だろうと容赦はしない。まるでそれを見せ付けるかのようにプラーズを甚振っていた。

 甲斐斗が何を空に伝えたいのか、それは空自身も薄々感づき始めていた。

 甲斐斗の言う『人を守る』覚悟とは、『人を殺す』覚悟でもあるという事に。

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