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第17話 理想の世界

 美癒と空は放課後、二人で図書室に来て数冊の本を借りていた。

 美癒の借りた本はどれも優しく温かい魔法の物語を記した本ばかり、そんな世界を夢見る美癒に空は心が温まり、美癒を守る意思を強めていた時、事件は起こった。

 桜の電話、そして謎の子供からの電話に美癒と空は校庭に駆けつけようとした時、甲斐斗が立ち塞がる。

 『理想の世界』。それを聞いていなかったと言い、甲斐斗は美癒に理想の世界を訪ねた。

 だが、その答えは今から見る光景を見た後に聞くといい、それ以上甲斐斗は美癒に何も言わなかった。


 そして美癒と空の二人が校庭に出て見た光景は、美癒が思い描く理想の世界とは余りにも程遠いものだった。

 命尽き血塗れで横たわる生徒達の姿。大空は夕日で紅く染まり、大地は人々の血で赤く染まるその光景に、美癒の手から擦り抜けるように鞄が落ち、全身を震わせ虚ろな瞳でその光景を見つめ続けていた。

 絶望した表情を浮かべる二人、その二人の前には胸を貫かれ死んでいる桜と鈴の姿が有り、美癒は無意識に二人の側に近づき始めていた。

 ゆっくりと、一歩ずつ。震える足を交互に前に出し近づいていくその姿を見て、空もまた二人の元に近づこうとした時、校門の前に二人の男が立っているのに気付いた。

 一人はサングラスを掛け、両腕に刺青を入れた男。もう一人は幼い少年でありながら耳にピアスを付けており、その少年は二人の絶望した表情を見てた嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「おっそーい! 待ち草臥れちゃったからみーんな殺しちゃったよ!」

 少年はそう言って美癒を見つめながら微笑む、少年の横に立っている男もまたサングラスをしているものの視線を美癒に向け、様子を窺っていた。

 絶望した表情を浮かべた美癒は二人の亡骸の前に立つと、その無残な光景に見つめた後、口を震わせ何かを言いたそうにしているものの、何も言う事が出来ずただただ目に涙を浮かべ少年を見つめていた。

 それは空も同じだった。美癒と同様にサングラスを掛けた男とピアスを付けた少年を見つめているが、その目に涙を浮かべてはいなかった。

 空には今、はっきりと断言出来る事があった。それは目の前に立っている二人の男が『対話』などという方法で説得出来る存在ではないという事。

 ドルズィと同じ、話し合いで解決出来ない相手。美癒を守るにはこの二人と戦い、勝ち、そして命を奪わなければならない。

 だが、魔法で人を傷付け命を奪う事を美癒は快く思っていない。空はそんな美癒の意思を踏み躙りたくは無かったが、相手が相手だけに空は迷っていたが、先ず先にある魔法を唱える事を思いついた。

「レジスタル・リリースッ!」

 空が魔装着に身を包み双剣を握り締めると同時に、龍馬からライセンスを頂いた『CLT』を発動させる。

 一瞬にして創世される『限定領域』、その魔法で作り出した擬似世界に空達の前に立つ男達は興味を示し、ピアスを付けた少年は楽しそうに周りを見渡していた。

「へぇ、こんな魔法使える人がこの世界にいるなんてねー。ねぇグロス、あいつはぼくがやっつけていいよね?」

 ピアスを付けた少年はそう言ってサングラスを掛けた男に聞くと、男は前を向いたまま静かに口を開く。

「好きにしろ。だがプラーズ、簡単には殺すなよ」

「分かってるってー! ぼくは殺しより悪戯するのが大好きなんだからっ!……特にあの女の子、早く悪戯したいなぁ」

 プラーズと呼ばれた少年はそう言って絶望した表情を浮かべる美癒を見て舌なめずりをすると、それを見ていた空は両手に握り締めた双剣を更に強く握り締めていく。

「貴方達は美癒さんを狙ってきた刺客のようですが……何故関係ない人達の命を奪ったんですか?」

「はー? ぼくが何処で何しようがぼくの勝手じゃーん? あ、怒ってる? やっぱり知り合いだったんだよね、その二人」

 知り合いだと分かっていたからこそ殺した。そう言うかのようなプラーズの下劣な返答に、空は歯を食い縛りプラーズを睨み付けた。

 するとその鋭い眼差しを見たプラーズは両手を広げ楽しそうに喋り始める。

「どう? いろんな感情が沸いてきてるはずだよ。怒り、悲しみ、苦悩、絶望……そういった感情を感じてこそ、『魔法』はより強力になる。君はぼくを楽しませてくれるの?」

「……楽しませるつもりはありません。即刻排除させていただきます」

 最早これ以上の対話に意味は無い、空は一刻も早くこの二人を美癒の前から排除しようと双剣を構えようとした時、先程まで視界に入っていたプラーズの姿が消えると、背後から囁くように声が聞こえてきた。

「はい、死んだ」

 その瞬間、空は背中に強烈な痛みと熱を感じる。

(そんなっ──) 

 プラーズは両手に一つずつ鎌を握っており、その一つを空の背中に振り下ろしていた。

 切り裂かれた空の背中からは血飛沫が上がり、切り裂かれた衝撃でその場に倒れこんでしまう。

 自分の背中が切り裂かれた空は最初何をされたのか分からなかったが、背後を取られ攻撃を受けた事を認識しながらも動揺し続けていた。

(馬鹿なッ!?)

 空はその場に倒れつつも考え続けていた。

 己の速さに自信があった空。本来なら自分が敵の背後に回り一太刀を浴びせるはずだった。

 しかしプラーズは空に全く気付かれる事なく背後に移動すると、軽々と攻撃を繰り出し傷を与えてしまう。

 動きが見えなかっただけではない、その気配すら感じ取る事が出来なかった。

 地面に倒れた空はすぐさまその場から起き上がろうとしたが、突如体が震え始めると、全身に力が入らず起き上がる事が出来ない。

 するとプラーズは両手に持った鎌を刃先を空の首に近づけると、額に汗を滲ませる空を見下すように見つめながら喋り始めた。

「なーんてね、直ぐには殺さないから安心してよ。でもぼくの鎌には神経を麻痺させる毒が塗ってあるんだ、これで君はもう指一本すら動かす事が──っと!?」

 空の双剣がプラーズの目先を横切ると、プラーズは驚いたような表情で歯を食い縛りながらもその場に立ち上がってみせた空を見ていた。

「すごいじゃん! でも、やせ我慢はやめときなよ」

「ぐっ……!」

 立ち上がってみたものの、空はその場に膝を付くと、自分の呼吸が徐々に荒くなっていくのを感じていた。

 毒が効いている間は自由に動く事が出来ない。空は力を振り絞り戦おうとしたが、もうこれ以上は体がいう事を聞こうとしなかった。

 それを見てプラーズは楽しそうに微笑むと、空ではなく死体や血に染まる空を見つめ怯えている美癒の方に顔を向けた。

「さってっと。ねぇ、ぼくと一緒に遊ぼうよ。お姉ちゃん」

 プラーズがそう言って不敵な笑みを浮かべながら美癒に一歩近づこうとした瞬間だった。

 まるで目の前に広がる『現実』を見せないように美癒の目の前に甲斐斗が立つと、落ち着いた表情のまま美癒を見つめていた。

 目の前に広がる死体、友達の死、空の負傷。幾つもの現実が無理やりにでも美癒の目に飛び込み、美癒は全身を『恐怖』に包まれると、頭の中が真っ白になり動揺で声すら発せなかった。

 だが、目の前に現れた甲斐斗を見ていた美癒は、その甲斐斗の瞳を見つめると、声を震わせながら涙を零し名前を囁いた。

「甲斐斗っ……!」

 その見るに耐えない美癒の姿に甲斐斗は目を瞑ると、後ろに振り返り右手を突き出し足元に光り輝く黒い魔方陣が浮かび上がり始める。

 そして甲斐斗の額にも魔方陣が浮かび上がった瞬間、甲斐斗はプラーズを睨みつけながら呟いた。

「壊れろ」

 甲斐斗の右手から放たれた黒い波動は拡散し、周囲に存在する物全てを飲み込んでいく。

 強力な魔力を感じたプラーズとグロス、そして空もその波動を避けようとしたが、波動は瞬く間に全てを飲み込みどうする事もできなかった。

 しかし、波動が三人に当たった所で何か危害を加える訳でもなかった。

 外傷も無く、魔力も健全、体のどこかに異状を齎してもいない。

 それもそのはず、甲斐斗が放った魔法は攻撃ではないのだから。

 放たれた波動の意味、それは今生きている者たちに向けられたものではなく、死体として転がっている人間の方だった。

 波動に触れた死体はまるでガラスが砕けるように亀裂が走ると、あっさりと砕け散ってしまい跡形も無く消えてしまう。

 それは死体だけでなく、校庭に散らばっていた血痕や肉片も同様であり、気付けば校庭には血や死体といったいものが全て消えてなくなっていた。

 その光景を目にして初めて空は気付かされる。

「幻ッ……!?」

 今まで見せられた光景は全て幻、そこに気付けば何故プラーズが自分の目の前から消え、瞬く間に背後に移動していたのかも説明がつく。

 プラーズが空と美癒の前に現れた時から既に幻を見せる魔法を発動しており、二人はまんまと騙されていたのだ。

 その幻をたった一発の行動、しかも魔法と呼べるものですらない、ただ強力な魔力を拡散させ魔法で作り出した幻を破壊した甲斐斗の力に空は息を飲んだ。

 それは空だけではない、プラーズもまた自分が作り出した幻影を簡単に破壊されてしまい少し動揺を見せていた。

「ぼくの幻想魔法を見破り、更に壊すなんて……少しはやるじゃん」

 そう言ってプラーズは両手の鎌を握り締め甲斐斗を睨みつけようとしたが、甲斐斗はそんなプラーズなど眼中になく後ろに振り返ると、目に涙を浮かべた美癒を再び見つめ優しい口調で喋りかけた。

「大丈夫だ、美癒。お前の見ていた光景は全て幻、誰一人死んじゃいない」

「ほんとに……? 桜さんも、鈴ちゃんも、皆無事なの……?」

「ああ、皆無事だ。すまない、お前にこんな光景を幻だろうと見せたくは無かったが、これもお前の『理想の世界』を聞く為だ」

 そう言って甲斐斗は更に一歩前に進み美癒に近づくと、震える美癒を抱き寄せ、再び喋り始める。

「美癒、今回は幻だった。けどな、何れはこの幻のような事が現実で起きるかもしれない。魔法は強力な『力』だ、それ故に無限の可能性を秘めている。お前が望む優しい魔法もあれば、人を傷付けるような魔法だって存在する。お前が魔法の有る世界を望めば、少なからず魔法で傷付く事があるんだ」

 甲斐斗は美癒を宥めるように優しい口調で話を続けていく、美癒は抱き締められたまま甲斐斗の胸の中で涙を零すと、先程まで真っ白になっていた頭の中も徐々に色が戻り始めようとしていた。

「だから俺はお前に魔法の存在する世界に居て欲しくなかった。お前にとって魔法とは絵本にかかれてあるような優しいものなんだろう? けど現実は違う、魔法は使用する人間によって何にでもなる。魔法で作られる醜い世界を見せたくない……だから俺はお前の記憶を消し、またいつもの平穏な日常に返してやろうとした」

 突きつけられる現実。美癒は甲斐斗に抱き締められ、優しい言葉を投げかけられながらも選択を迫られようとしている事に気付く。

「けど、それは全て『俺の理想の世界』でしかない。俺はお前の望む世界を実現させ、守り抜きたい。それにこそ意味があり、価値がある。だから美癒、それを全て含めた上でお前の望む『理想の世界』を聞かせてくれ」

「私の……理想の世界……」

 美癒は今、何を望む。

 暖かい世界? 親しい友達? 優しい魔法? 

 甲斐斗にとってその答えは何だって良かった。

 何故なら美癒の理想の世界を作ろうと思えば、甲斐斗にとっては造作の無い事なのだから。

 (なんだろう……前、にも……同じ事……聞かれたようなっ……)

 甲斐斗に言われ自分の理想の世界が何かを考え始める美癒、すると当然頭の中が再び光に照らされるように白くなっていく。

 美癒の意識が揺らぎはじめ、ぼーっとした表情を浮かべながら顔を上げると、そこには心配そうに見つめてくれている甲斐斗がいる。

 何処か懐かしい雰囲気に包まれた美癒の頭の中に、幼い頃のおぼろげな記憶がフラッシュバックするように蘇っていく。



 幼い頃、リビングのソファで一緒にテレビアニメを見ていた男がいた。

 それが誰なのかは分からない。美癒は可愛らしいピンク色のステッキを両手に握り締め、そのアニメを熱心に見つめており、男はそんな美癒を見つめながら問いかけてみた。

 その問いに美癒は満面の笑みを浮かべながらこう答えてみせた。

『まほうつかい!』

 両手で握っていたステッキをテレビに向けると、美癒は嬉しそうにステッキを振り回し気分は魔法少女そのものだった。

 美癒の言葉を聞いた男は最初は笑みを浮かべたが、少し思い詰めたような表情になると、テレビを指差し更に美癒に問いかけてみると、美癒は一切迷うことなく即答してくれた。

『それでもいい! わたしのまほうでみんなをたすけるもん! いっぱいまほうをおぼえて、いっぱいつよくなって、いーっぱいみんなをしあわせにする! だから──』

 それから幼い美癒は楽しそうに一人語り始める、その言葉を聞いた男は何度も頷き美癒の言葉を聞いてくれた。



 何故、今、そのような記憶が蘇ってきたのか美癒にも分からない。

 けれど、これで一つはっきりとした答えを甲斐斗に伝える事が出来ると思った。

「変わらないよ……」

 意識も記憶もはっきりとしない、断片的にしか思い出せない。

 それは美癒にしか意味が分からない言葉だろう。

 けれど美癒はその言葉が甲斐斗に届きそうな気がしてならなかった。

「あの頃から、何も……変わってない、から……っ……」

 もう何も考えられない、思い出せない。美癒はその言葉を言うと、眠るように気を失ってしまう。

「美癒? まさかお前ッ……」

 甲斐斗に抱き締められながら美癒は意識を失ってしまう、甲斐斗は美癒の体を優しく抱き締めながら支えており、意識を失った美癒を見つめながら喋り始める。

「……そうか、そうだよな、魔法の存在を知って、今更拒む訳ないよな。『変わらない』、か……。俺が急かしてしまったからじゃないよな? これから色々思い悩む事だってあるだろう、まだ変わらなくても、これから変わっていく……いや、変えていく事も出来る」

 そう言って美癒を抱かかえると、校舎の方に歩き始めていく。

「お前には、その『可能性』が有る」

 校舎の前にまで来た甲斐斗は気を失っている美癒を下ろし壁に凭れかかる様に座らせると、膝を付き一度だけ頭を撫でると、甲斐斗は振り向きながら立ち上がった。

 その表情は意外にも落ち着いており、澄ました表情でプラーズを見つめながら一歩ずつ近づいていく。

 二人の様子を見つめる空は、自分の体が徐々に力を取り戻しているのを感じており、美癒を守る為にプラーズと戦おうと思っていたが、今から戦おうとする甲斐斗を見て踏み止まる。

 それは甲斐斗の実力を見ておきたいという感情が全く無い訳でもなかったが、何よりも今の冷静な表情を浮かべた甲斐斗が『恐怖』としか感じられなかったからだった。

 今自分が出て行きこの場を邪魔すれば甲斐斗に殺されるのは明白、あの冷静な表情の裏には爆発寸前の憎悪と怒りが膨れ上がっているように見えてしまう。

「あ」

 プラーズに近づいていた甲斐斗がふと何かに気付くと、足を止め後ろに振り返り、気を失った美癒を見て呟いた。

「そうか、美癒は寝てるのか。……じゃあ見せてもいいか──」

 その言葉の直後、甲斐斗の足元に黒い光を放つ魔方陣が浮かび上がると、赤く濁った瞳を輝かせ、体内から漆黒の如く黒い魔力が噴出すように溢れ始める。そこにはもう、冷静だった表情を浮かべていた甲斐斗はいない。

「俺の『戦い』をなァッ」

 それは先程までの声とは違う、怒りを露にしたような言い方。

 甲斐斗は回りの空間が歪む程の強力な魔力のオーラを身に纏い、その力に反応して大気が震え、大地が振動する。

 『最強』の力が解放される──この日、風霧空は。自称最強と名乗る男、甲斐斗の力のほんの一部をその目と心に焼き付ける事となる。

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