第15話 冴えない言葉
龍馬と空との戦いから三日後、唯の魔法のお陰もあって空の体調は完璧に回復していた。
あの一件以来、甲斐斗は忽然と唯達の前から姿を消してしまい唯は元気を無くしていたが、今ではいつものように元気良く笑みを浮かべる姿がそこにはあった。
だが、時折見せる唯の寂しそうな表情を見れば、その元気な唯の姿が二人に心配をかけまいと無理して作っているものだと美癒と空の二人は既に気付いていた。
朝、今日も食卓には甲斐斗の姿はなく。会話の無い食卓に唯がパンを齧る空に話しかけた。
「空君、最近学校はどう? 順調?」
「あ、はい。順調です」
その後、どうやって会話を進めていけばいいのか分からず空は黙ってしまうと、食卓は再び沈黙に包まれ気まずい雰囲気になってしまう。
すると、その重い沈黙に耐えかねた唯は背伸びをするように両手を突き上げると、暗い雰囲気をぶち壊すような明るい声で怒り始めた。
「も~っ! 甲斐斗ったら何処に行ったのよー!? 怒られたからって拗ねて家出するなんてほんと子供なんだからーっ!!」
「お、お母さん!?」
その唯の子供のように怒る態度と言葉に美癒は少し驚くと、唯は食パンを手に取りマーガリンとブルーベリージャムを存分に塗りたくっていく。
「もう決めた! 甲斐斗の秘密全部ばらしてやるんだからっ!」
甲斐斗の秘密。その言葉に空は強く反応を示すと、口に含んだパンをミルクで流し込み、目を瞑り怒った様子でパクパクと食パンを頬張る唯に目を向けた。
「甲斐斗さんの、秘密ですか……?」
「そうそう! 甲斐斗ったらい~っぱい隠してるんだから!」
正直甲斐斗の秘密や隠し事に少なからず興味あった空は、唯が何を語ってくれるのかを真剣に待っていると、唯はどの話から伝えていこうと頭の中で秘密を選び始めていた。
「そうね~。あ、こんなのどうかしら!」
すると唯は嬉しそうに一つの話を二人に語り始めた──。
それは数日前、美癒達が学校に行っている間に家のリビングで起きた出来事だった。
何時ものようにソファに座りぐうたらとテレビを見ていた甲斐斗は、三時のおやつに唯の用意してくれた三食団子を食べていた。
唯はテーブルで御菓子の雑誌を見ており、明日はどんなおやつを食べようか考えていた。
するとある一ページに美味しそうな大福が写っており、その美味しそうな大福を見た唯は明日のおやつは大福に決まった。
「明日のおやつは大福に決定~!」
唯は明日のおやつを決め、御菓子の雑誌を閉じようとした時、甲斐斗から不満そうな声が消えてきた。
「え~? 明日も餅かよー」
『明日も』その言葉の意味が分からず唯は首を傾げると、甲斐斗の発言が理解出来ずに聞いてみた。
「甲斐斗何言ってるの? 団子とお餅は違うじゃない」
「え? でもどっちもモチモチしてるぞ?」
たったそれだけの理由で甲斐斗は団子を餅と認識していた事を唯は知った。
三色団子、花見団子とも言われるが、白玉粉等で一般的には作られる為餅ではない。
作ろうと思えば餅を丸める事で『団子』を作ることは出来るが、甲斐斗が今食べている三食団子は明らかに餅ではなかった。
原材料から違うというか何というか、もう何処から説明していいのか分からなかった唯は、とりあえず三色団子を食べている甲斐斗に向けて子供でも分かるような違いを言ってみせる。
「……甲斐斗、お餅って伸びるけど。団子は伸びないわよね?」
そう言われた甲斐斗は団子の刺さった串を持ったまま、一つの団子を齧ってみる。
「うわっ、マジだ。伸びねえ!」
ここで甲斐斗は『餅≠団子』という真実に辿り着き、驚愕していたが、その余りにも滑稽な姿に唯は腹を抱えて一日中笑い転げてしまったのだ──。
一つの話を終えた唯はそう言って目に涙を浮かべると、一人大爆笑をしていた。
「っ事があってね~! もうその時の甲斐斗の驚いた顔を見て私一日中笑ってたんだから! それと、甲斐斗の珍発言といったらこんなもんじゃないのよっ!?」
きゃっきゃと楽しそうに甲斐斗の秘密をばらす唯の話を聞いて、空は少し肩を落としてしまう。
(秘密をばらすって、甲斐斗さんの過去とかじゃなくて、恥ずかしいエピソードの事なんだ……)
てっきり甲斐斗の過去や、力の秘密について語るのかと思っていたが、そういう訳でもない。
少し残念に思いながらも面白い話しだった為、空は唯の次の話を期待していると、突如リビングの扉が開き赤面した甲斐斗が入ってきた。
「ちょっと待てッ! その話は誰にもするなって言っただろ!?」
突然の甲斐斗の登場に空と美癒は、まさかこのタイミングで甲斐斗が帰ってくるとは思ってもいなかった為、体が固まったまま甲斐斗をまじまじと見つめていた。
しかし唯は甲斐斗がリビングに入ってきたにも関わらず、特に動揺すること無く会話を進めていく。
「ふーんだっ! 忘れちゃったわよそんな事! もっとすごい話いーっぱい言いふらしてやるんだから!」
「俺のキャラが崩壊するから止めろッ! いや、止めてくださいお願いします!! あ、これはお詫びの品として他世界で有名なパティシエが十年に一度しか作らないと言われている幻のケーキでございます、どうぞお食べになってください」
そう言ってテーブルにケーキの入った箱を置くと、唯は顔をそっぽに向けてしまう。
「たりーん! 明日はもっともっと美味しいスイーツを献上しなさーい!」
そんな無邪気な唯の言葉に甲斐斗は忠誠を誓うように跪くと、深々と頭を下げた。
「ははぁ! 仰せのままにぃ!!」
すると一連のやり取りの後、ようやく我に返った美癒と空は同時に甲斐斗の名を叫んだ。
「甲斐斗!?」
「甲斐斗さん!?」
「おう、お前等おはよう。元気そうで何よりだ」
驚いた様子の二人に甲斐トは手を上げ軽く挨拶を済ませると、ソファに座りテレビを見始める。
そんな平然とした甲斐斗を見ていた美癒は立ち上がると、今まで何処に行っていたのかを問い詰める。
「今まで何処に行ってたの!? 皆心配してたんだよっ!」
「すまん。まぁちょっと野暮用って奴だ。それより空、俺のいなかった間に何か変った事はあったか?」
そんな美癒の心配を余所に甲斐斗は空にそう尋ねると、空は甲斐斗がいなくなってからの現状を報告しはじめる。
「い、いえ。特に刺客が現れる様子もなく平和です」
「そうか、それは良かった……で、唯さん、機嫌直してくれましたか?」
唯は頬を膨らませると腕を組んでそっぽを向いてしまい、ぷんぷん怒った様子は本当に大人であるのかと疑ってしまうほど幼く見えてしまう。
「は、ははは……はぁ」
これから唯の機嫌を取っていかないと思うと、苦労する自分を想像してしまいつい溜め息が漏れてしまった。
その後、甲斐斗から他世界に行った理由も特に語られる事もなく、美癒と空は学校へ行ってしまう。
二人を玄関で見送った甲斐斗と唯。すると甲斐斗は頭を掻きながら溜め息を吐いてしまう。
「あーあ……結局謝れなかったか……」
本当は空にあの日の出来事について謝ろうとしていた甲斐斗だったが、美癒と唯が見ている為に照れくさくなってしまい上手く話を切り出せず、結局空は学校へと行ってしまった。
「帰ってきたら謝るか」
チャンスはまだある。今度こそ空と二人きりになった時にでも謝ろうと思い後ろに振り返ると、そこには唯が暗い表情で甲斐斗を見つめていた。
「甲斐斗、その……頬、叩いて……ごめんね……」
一瞬、唯が何の話をしているのか甲斐斗には分からなかったが、三日目、空に暴言を吐き唯に頬を叩かれた時を思い出す。
元々唯は暴力が嫌いであり、よっぽどの事が無い限り手を上げる事などなかった。
それこそ美癒は今まで唯が手を上げるような所を見た事がなく、唯自身も自分がしてしまった事を三日前から反省し続けていた。、
まさか三日前の、それもたった一発頬を叩いた時の事でこんなにも落ち込んでいる唯を見て、甲斐斗は少し戸惑いながら話し始めた。
「いや、謝るのは俺の方だ。すまなかった……それに、あの時お前の取った行動は正しい。 自分の娘を守ってくれた人があんな事言われたら誰だって腹が立つからな」
そんな優しい唯に手を上げさせるまで怒らせた原因は自分にあると甲斐斗は言うと、自分が頬を叩かれた事よりも、唯を悲しませてしまった事に対し頭を下げた。
許してくれるかどうかは分からない、甲斐斗は不安な気持ちで頭を上げてみると、目の前に立っている唯は俯き肩を震わせながら今にも泣きそうな声で喋り始めていた。
「それでも……手を出しちゃうなんて、私っ……最低だよ……」
甲斐斗を許す話所か、唯は未だに自分がしてしまった事に対し反省し続けており、泣きそうになっている唯を見て甲斐斗は慌てて宥め始める。
「待て待て! 理由あっての事だろ!? 俺別に気にしてないっての! いや、むしろ叩かれて心がスカッとした! 嬉しかったよ! 気持ちよかった? うん、ご褒美って奴かな!? もっと叩いてほしいとすら思ったね!!」
後半は自分でも何を言っているのか分からないものの、甲斐斗とにかく唯を宥めようと必死に焦りながら喋り続けると、俯いていた唯は肩を震わせクスクスと堪えきれない笑いを零すと、目に涙を浮かべ笑いながら顔を上げた。
「ほんと、甲斐斗って優しいね」
その可愛らしい唯の笑みに甲斐斗はそれ以上何も言えず、つい視線を逸らしてしまう。
「べ、別に俺は優しいというか、そういうのじゃなくて……うぅ……」
唯に見つめられ気の利いた言葉も浮かばず、甲斐斗にはただただ照れる事しか出来なかった。
──何時までも、何時までも……このままでいてくれたらいいのに…………。
唯は、目の前に立っている甲斐斗を見てそう思い、優しく抱き締めた。
唯は知っている。甲斐斗が『甲斐斗』ではなくなる事を。
それは『悪魔』であり『魔神』であり『邪神』であり、一人の少年であった存在。
抱き締められた甲斐斗は顔を赤く染め動揺したまま動く事が出来ず、唯は優しく甲斐斗の頭を撫で続けた。




