第14話 傷口を抉る者
龍馬との話を終えた空と美癒は保健室に残ったまま昼休みを過ごしていた。
空の傷では授業に出る事は不可能の為早退する事になり、美癒もまた体調不良を理由に早退。
痛みに耐えながらもゆっくりと、一歩ずつ家へと戻る空を見て美癒は心配そうに肩を貸し、共に家まで歩き続けていた。
そして玄関の扉を開けた直後、腕を組み満面の笑みで待ち構えていたのは甲斐斗だった。
「良い気味だぜ、今回は酷くやられたみたい──」
甲斐斗がそう言い終える前に、学校から帰宅する時に美癒から電話で事情を聞いていた唯がリビングから出てくると、甲斐斗を突き飛ばしそのまま壁にぶち当たり悶絶する様を無視して空と美癒の元に駆け寄る。
「美癒! 空君!? 大丈夫なの!?」
慌てながら心配そうに二人を見つめる唯に、空は軽く笑みを浮かべながら説明しはじめる。
「美癒さんは大丈夫です、どこも怪我はしていません。ですが……僕は美癒さんを守れませんでしたッ、申し訳ありません──ぐっ!」
体に走る痛みで苦痛に顔を歪める空を見た唯は肩を貸すと、美癒と二人で空を二階の自室まで連れて行く。
その間も唯に突き飛ばされ壁にぶち当たっていた甲斐斗はふと壁から離れると、納得のいかない様子で空の背中を見つめていた。
二人は空を自室のベットに寝かし、唯はすぐさま傷付いた空に右手を翳すと、右手から溢れる柔らかい白い光が空を照らし、傷を癒していく。
その魔法の力を美癒は見つめていると、唯に話しかけた。
「お母さん、その魔法は……?」
「これは人の傷を癒し治療する魔法よ、これで少しは楽になると思うけど……」
心配そうに空の容体を見ながら唯は魔法を続けていく中、遅れて甲斐斗も部屋に入ってくると、傷付き負傷した空を見てほく笑んでいた。
だが、ここで本音を喋れば美癒と唯から冷たい視線を受けるのは間違いない為、黙って様子を見つめ続ける。
唯の右手から溢れ出す光を受けた空は、全身が心地良い温かさに包まれるのを感じると、先程まで全身に走っていた痛みが徐々に和らいでるのが分かり、唯に笑みを見せる。
「すいません唯さん、大分楽になりました。だから、もう魔法は止めてください……」
「何を言ってるの! 今はそんな事気にしなくていいから安静にしていなさい」
空は治療魔法を使い続ける唯を心配し魔法を止めるように訴えるが、唯は空の意見など聞きもせず治療魔法を続けていく。
何十年も魔法を使っていない唯に魔法を長時間、それも治療魔法という難度の高い魔法を使用させる事は、魔法の術者の魔力と体力を大きく消耗させてしまう事を空は知っていたからだ。
次第に唯の額に汗が滲み始める、それを見た甲斐斗は唯の肩に手を置くと半ば強引を空から離す。
「もう止めろ! 空の傷は十分に癒えた。暫く安静にしてれば勝手に治る!」
唯の魔力が急激に消耗していくのを見た甲斐斗は焦っていると、唯は呼吸を荒げながら甲斐斗を見つめた。
「空君はッ、美癒を守ってくれたのよ……これぐらいして当然よ……!」
そう言って見つめ続ける唯を見た甲斐斗は、揺さぶりを掛けるかのようにある名前を出した。
「こいつが、『アルトニアエデン』から来た奴でもか?」
「っ!?」
『アルトニアエデン』。その名前を聞いた直後、唯は目を見開き驚きを露にする。
嘘では無い、そう訴えるかのように甲斐斗の目は真剣だった。
「お母さん……?」
二人が見詰め合う状況に、美癒は心配になって唯を呼ぶが、その声で我に返った唯は何とも言えない表情で空を見つめはじめる。
「唯、さん……?」
どうしてアルトニアエデンという単語にこれほどまで動揺するのか二人には分からなかったが、唯は目を瞑ると両手を空に翳し治療魔法を再開しはじめる。
「それでも、私はっ───!」
すると甲斐斗は治療を続けようとする唯の肩に手を置くと、再び空から引き離した。
「ったく、やっぱりお前はお人良しすぎる」
そう言った直後、左手を唯に、右手を空に翳し、甲斐斗は自分自身の魔力を二人に送り込み始める。
「っま、そういう所が…………お前らしくて、良いんだけどなっ……」
唯の魔力は瞬く間に回復し、空の尽きていた魔力も回復し終える。
だが二人の体力自体は回復しておらず、疲れを見せる唯を見た甲斐斗は美癒を見つめながら声をかけた。
「美癒、唯を一階で休ませてやれ。俺は空と話が有る」
「えっ? う、うん。分かった!」
甲斐斗に言われるままに美癒は疲れきった唯を支えながらゆっくり部屋を出て行く。
扉を開けっぱなしで出て行ったしまった美癒に、甲斐斗は静かに扉を閉めると、ベッドの上で横になる空を見つめながら話し始める。
「空、俺は今日起きた学校の出来事を一部始終見ていた。俺の言いたい事が分かるだろ?」
その言葉を聞き、甲斐斗が自分と龍馬が出会った時から既にCLTの領域に入り様子を見ていた事に気付くと、歯を食い縛ってしまう。
「すいません、僕が、不甲斐ないばかりにッ……!」
事情や結果はどうあれ、空が敵に敗北し、美癒を危険に晒してしまったのは事実。
空はその事実を清く受け止めると、己の不甲斐無さに苛立ちが込み上げてくる。
美癒を守ると言い切り、約束したというのに、結果は酷いものだった。
「謝らなくていい。俺がお前に何を言いたいか、分かっているはずだ」
「っ!……はい……っ……」
そう言って空は体を起こそうとするが、傷は大分癒えたものの体は思うように動かせず力が入らない、すると甲斐斗は追い討ちを掛けるように言葉を掛けた。
「さっさと消えろ。今直ぐ、美癒の前からな」
これで邪魔者は消える。甲斐斗はそう思いながら必死にベッドから起き上がろうとする空を見つめていた時、突如部屋の扉が開くと怒りに震えた唯の拳が甲斐斗の頬を殴りつけた。
「こっの馬鹿斐斗ぉおおおおおおっ!!」
先程までの疲れは何処に行ってしまったのかと疑ってしまう程、唯は力強く叫びながら甲斐斗に鉄拳を浴びせる、甲斐斗は殴られ大きく頭を揺らすが、倒れる事無くしっかりとその場に立ったまま堪えてみせた。
「アルトニアエデンとか……守れなかったとか……そんなの関係ないッ!! 空君はね、美癒を守る為に命を懸けて今まで戦い続けてくれたのよっ!? なのに、どうして甲斐斗はお礼の一つも言えないのッ!?」
唯が手を上げ人を傷つける光景を初めて見た美癒は絶句しつつも唯の姿を見つめているが、甲斐斗の表情は落ち着いており、、特に動揺する素振りも見せなかった。
甲斐斗にだって何か言いたい事はあるはず。唯の言葉を聞いた甲斐斗は感情を露にするかと思われたが、甲斐斗は僅かに握り締めていた拳を開くと、俯きながら歩き始めた。
「…………そう、だな。唯、お前の言う通りだ」
そして唯と擦れ違うと、部屋の入り口に立っていた美癒の前を通り部屋を出て行く。
「そう、それでいい。それで……安心しろ、お前も、美癒も……この世界、全部ッ、俺が……守ってやるから──」
その甲斐斗の言葉を聞いた唯は、まるで全身から力が抜けたかのようにその場に座り込んでしまうと、ベッドのシーツを握り締めながら肩を震わせた。
「甲斐斗ッ……! くっ、う゛ぅ……っ……」
甲斐斗の言葉を聞いた唯は目に涙を浮かべると、その言葉の重みと意味を知り、大粒の涙を零し始める。
それは甲斐斗と唯しか分からない辛さ──美癒は初めて泣きじゃくる唯の肩に手を置き宥めていくが、初めて見せる母のか弱い姿に動揺してしまい自分すら目に涙を浮かべてしまう。
「お母さん……」
これも全て、自分の弱さが招いた結果なのか──この状況を見つめていた空は体の痛みより、締め付けられる心の痛みの方が遥かに辛く、苦しみを感じていた。
時を同じくして、ある世界に一人の青年が立っていた。
白髪の青年は心地良い熱風を浴びながら燃え盛る村を見つめており、その青年の後ろには虚ろな目をした子供達の姿があった。
「今日の所はこれぐらいでいいかな」
そう言って燃え盛る村に背を向けた青年だったが、その村から剣を持った一人の女性が姿を見せる。
「貴様ッ! よくもっ、よくも私達の村をッ……!」
鎧を身に纏い騎士の格好をした女性は剣を構え、背を向ける青年に刃を向けると、白髪の青年は嬉しそうに後ろに振り返り勇敢にも戦おうとする女性の騎士を見つめ口を開いた。
「そうそう、それだよ。それを私は……いや、『あの方』は求め続けているのさ。さぁ、見せてご覧。君の『可能性』を」
「貴様ぁあああああああ─────ッ!!」
笑みを浮かべて青年は女性に手を差し伸べる、すると女性は震える両腕を振り上げ剣を高らかに構えると、青年目掛け振り下ろした。
だが、青年に剣が触れる寸前。一枚のカードが青年の前に現れると容易く剣を防いでしまい、振り下ろされた剣は亀裂を走らせ粉々に砕け散ってしまう。
「なるほど、君には素質が無い」
そう青年が囁いた直後、徐に右腕を伸ばし、剣が砕け散った光景を目て絶望する女性の鎧を素手で強引に剥ぎ取っていく。
「っ──!?」
胸元の鎧を剥がされた女性は動揺し、赤面しつつも青年から距離を取ろうとしたが、青年は女性の眼前まで顔を近づけるとにっこり微笑んだ。
「『可能性』の欠片も無い家畜に用はありません」
そう言って一枚のカードを女性の胸に当てると、女性は光に包まれると同時に叫び声を上げた。
「きゃああああああ─────ッ゛!!」
全身が溶けるように熱く苦しみもがくが、その熱さと痛みがピタリと止むと、剣を握り締めていたはずの自分の手を見て絶句した。
手元から零れ落ちる剣の柄、もはや物を掴める事など出来ない自分の『蹄』を見て、女性は自分の身に何が起きたのかも分からず唖然としていると、見下ろしてくる青年を見上げ、その姿をただただ見つめる事しか出来なかった。
「そんな無価値の貴方には無様な姿がお似合いです。さぁ、貴方を同胞の下にご案内しましょう」
そう言って青年は一枚のカードを取り出すと、女性だった存在の前には空間の歪が生まれ、ある光景が広がっていた。
そこには何十頭もの豚が荒れ狂っており、互いに体や蹄をぶつけ合う争いが起きていた。
すると青年は女性だった存在の蹄を握り締めると、満面の笑みで笑ってみせた。
「行ってらっしゃい。ここには雄しか居ません、存分に可愛がられるといいです」
そう言って青年は女性だった存在をその世界に投げ入れると、結果を見る事なくその空間を防いでしまう。
「やはり、そう簡単には見つかりもしませんか……だからこそ、あの方も私達を使っているのだと思いますけどね、ふふっ」
楽しい。
今、こうやって生きている事、あの方に為に働いている事が何よりも楽しい。
それはあの方と同様に青年も望んでいるからだ。
この世の全て、全てを変える、『可能性』の力を。
青年は一枚のカードを取り出すと、ある世界への空間が繋がれ、虚ろな子供達が次々にその空間の中に入っていくと、最後に青年もその世界に入り帰還を遂げた。
そこはある王室であり、そこには既に四人の人間がゼオスの帰りを待っていた。
「ゼオスおっそ~い! 私達はもうノルマ達成してたんですけどぉ~? まぁ、まだ帰ってきてない奴等はい~っぱいいるんだけどねー! きゃははは!!」
巨大なベッドの上で足をバタつかせながら小生意気な口を利く紫色の髪の少女に、ゼオスと呼ばれた青年は驚いたようなリアクションを見せる。
「ピタリカ、私は誰よりも早く任務を達成しています。他世界に行っていたのも単なる余興、暇潰しとも言えますが。これもあの方に忠誠を誓う証にもなるのです。子供には分からないと思いますけどね」
「何それ~? うっざー! チョームカつくんですけど~?」
ピタリカと呼ばれた小生意気な少女をあしらいゼオスは虚ろな子供達に指示を送り王室から出て行かせると、座りながら壁に凭れかかりゼオスの言葉を聞いていた一人の少年が立ち上がり声を上げた。
「僕はゼオスが一番だって知ってたよ! だってゼオスは僕達の中で一番強いもんね! ベインもそう思うよねっ!?」
すると少年の横に立っていたベインと呼ばれた男は面倒くさそうな態度で横にいる少年の頭を叩くと怒鳴り声を上げた。
「うっせーんだよタクマッ! 最強は俺に決まてんだろボケッ! てめえあんま調子扱いてるとしばくぞ?」
「そ、そんなに怒らないでよっ。僕が悪かったから……!」
少し怯えた様子でタクマは両手を前に出しながら後ずさりしていく、すると王室の奥にある柱に凭れかかっていた赤髪の少女は気だるそうに口を開いた。
「つまんねぇ……なぁゼオス。もっと面白い世界はないのかよ。あたしならどんな世界にでも行ってやんよ」
全員とは言えないものの既に任務を終えた同士達が自分の思っている事を好き勝手吐いていくと、ゼオスは皆を宥めるように笑みを浮かべながら歩き始める。
「まぁまぁ、ベリーチェも皆さんも少し落ち着きましょう。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものです、だからこそこの一時をじっくり堪能していこうではありませんか」
そう言ってゼオスは王室の奥にある一室に入っていくと、その部屋で豪華な装飾を施した巨大な椅子に座る一人の存在の前に立ち、直ぐ様跪いてみせた。
「只今戻りました。どうでしょう、満足のいく存在は現れましたか?」
跪くゼオスはそう尋ねるが、返事は何も聞こえてこないもののゼオスは跪きながらも深々と頭を下げはじめる。
「そうですか……非常に残念です。ですがご心配無く、世界とは有限でありますが私達から見れば限りがございません。必ずや貴方様のご期待に沿える存在が現れる事でしょう。私達は引き続き貴方様の指示の下、行動させていただきます」
それだけ言い終えるとゼオスは立ち上がり、後ろに振り返ると部屋を出て行ってしまう。
(ふふっ、待ち焦がれていますね。それは私も同じです、ああ、早く会いたい)
期待で高鳴る胸を押さえるのに必死なゼオスはそう思いながら自分の胸に手を当て鼓動を感じると、王室に集結した同志達を前にその手を下ろした。
「さて、半数以上は既に集まっているみたいですね」
王室に集結した合計五人の存在にゼオスは笑みを浮かべると、五人の視線は全てゼオスに向けられた。
「十分です。私達は軍隊ではありませんからね、気軽にいきましょう。それでは、これより指示を与えます」
ゼオスがそう言うと、王室の中央に光輝く巨大な魔方陣が展開され、集った五人の前に男女の顔が写ったカードが宙に浮いた状態で何百枚と出現しはじめる。
そのカードに写し出された者はどれも子供が多く、ゼオス以外の五人は品定めをするかのように次々に現れるカードを見つめていた。
「何時も通りです。お好きな方を、お好きな方法で……但し条件は一つ、『可能性』を試さず瞬殺だけはしないでください。私にとっても『あの方』にとっても大切な方達です、最初は優しく丁寧に、誤って壊さないように気を付けていきましょう。それでは、始めてください」
ゼオスがそう言って手を叩き音を鳴らした直後、その場に集った五人は宙に浮いたカードを次々に手に取りはじめる。
その中からゼオスもまた一枚だけカードを取ると、カードに写っている人物の姿を見て笑みを浮かべた。
(さて、次は誰を送ろうかな……ふふっ、楽しみだ)
ゼオスの手に持っていた一枚のカード、そこに写っていたのは可愛らしい笑みを浮かべる少女、天百合美癒の姿だった。




