第0話 世界と世界の狭間
大自然に囲まれた山奥にある屋敷、その一室で豪華なベッドの上で仰向けに寝ている女性は囁いた。
「私は貴方の世界に干渉しない。だから貴方も私の世界に干渉しないで」
これでもう何度目だろう。いつもの男性が訪問してくる度にそう言い続けるが、男性は聞きなれた女性の言葉を聞き、いつも通りにソファに座る。
男性の座ったソファの前に置かれてある机の上には彩られたティーカップに注がれた紅茶と、数枚のクッキーが並べられたお皿が置いてあり、これも男性からしてみれば何時もの事だった。
「ありがとう」
そう言って男性は部屋の扉の横に立つ着物を着た一人の白髪の女性にお礼を述べると、白髪の女性は軽く会釈をしてみせた。
紅茶を一口飲んだ後、ゆっくりと部屋を見渡していく男性。
その部屋の壁は一面本棚で埋まっており、ベッド上に有る机の上には山積みにされた本が置いてあり、ベッドに居る女性はその中にあった一冊の本を読んでいた。
それを見ていた男性は徐に立ち上がりベッドに近づいていくと、机の上に置いてある一冊の本を手に取り開いてみせる。
「君の読む本は、どれも幸せなものばかりだね」
そう言って女性の方を見てみたが、男性に話しかけられても女性は黙ったまま本を読み続ける。
すると男性は自分の着ている上着の中に手を入れると、何かを取り出そうと手を動かし始めた。
「今日はそんな君に一冊の本をプレゼントしたいんだ」
取り出された一冊の本。男性はそれを女性に差し出すが、女性は男性を無視して本を読み続ける。
「勿論知ってるよ、君は自分自身が書いた本しか読まないって……。でも、きっと気に入るから是非読んでもらいたいんだ」
そう言って本を出したまま男性は女性を見続けると、女性は小さな溜め息を吐き手に持っていた本を机の上に置くと、男性が差し出した一冊の本を手にしてみせる。
その様子を見ていた白髪の女性は驚いた表情を見せるが、緊張した様子で黙ったまま二人の様子を見つめ続けた。
手に取った本を見つめる女性、その本には題名などは書かれておらず、見た目も何処か古臭い本だった。
「どのような内容なの?」
唐突に女性はその本について聞いてみるが、男性は微笑むと女性の手に持っていた本の一ページを捲ってみせる。
「読んでみれば分かるよ。今まで君が見た事もない世界がそこには広がっているから」
そう男性に言われて女性は本を読むのかと思ったが、女性は俯いたままページを見ようとはしない。
本を読む事を女性は少なからず怖がっていた。その意味を男性は知っている為、これ以上は本を読ませようとはしない。強引に、無理やり読ませようとしても意味が無いからだ。
すると女性は意を決したのか、しっかりと両手で本を掴むと最初の一ページに目を向ける。
それを見た男性は本から手を離すと、これ以上邪魔をしないようにベッドから離れ部屋の出口へと歩き始めた。
部屋の出口にある扉の横に立っていた白髪の女性は再び会釈をすると、男性は小さく頷いた後、部屋を後にする。
全てはここから始まった訳ではない、何故なら既に始まっているのだから。