ブランシュ
Prologue
白い雪に浮かび上がったのは、同じように白い少女だった。かろうじて金色と認識できる髪が光るのが見えなければ、あるいは気付かず素通りしたかもしれない。
しかし、一度目が認識すると確かにそれは人間の、しかもかなり年若の少女だった。
白い着物姿の少女はすでに冷たくなっており、見つけたその者も手を会わせて雪の中から少女の体を抱き上げた。
しかし、この寒さの中死んでいたにしては柔らかい体に、もしやと首に手を当ててみる。
少女はまだ生きていた。かすかに指に脈が感じられる。
一面の雪景色の中、小さな少女を背中に乗せた狼が、山へ入って行くのを、誰も見たものはいなかった。
Chapter 1 ― blanche ―
「冬、見て。スミレが咲いてる。今年は初めて見たよ。」
白は地面を見下ろして冬に話しかけた。冬、と呼ばれたその男は無言でうなずいて白を肩から降ろしてやった。
「綺麗だねぇ。ずっと1年中咲いていてくれればいいのに。」
「ああ、そうだな。」
二人がスミレの花について語ったのはそれだけで、冬は再び少女を腕に抱きあげて歩きだした。
暖かな日の光が辺りを包みこみ、白のやわらかな髪も優しく愛撫する。
心地よい空気と冬の規則正しい歩調による穏やかな揺れが、白を甘いまどろみへと誘った。
まもなく安らかな寝息を立て始めた小さな少女をちらりと見下ろして、冬は口元をわずかにほころばせた。
まだまだ目的地までの道程は遠い。
Chapter 2 ~ monster ~
白が冬の腕の中で目覚めると、あたりはまだ薄暗かった。
木の陰に休んだ二人は、満月を見上げながら眠り込んでいた。白は冬の手を外すと、沈みかけている月をもっと良く見ようと木から離れた。
目の前の土手の向こうから、虫の声がする。向こう側は大きな沢が流れていて、水の跳ねる音もした。夕べの蛍がまだ見えないだろうかと白が土手に登りかけたとき、
「・・・何してる。」
ふわりと少女の足が宙に浮いた。不機嫌そうな冬が白を抱え上げて元の木の下へ連れもどす。
「蛍が見たかったの。」
白は眉を下げて弁解した。冬は白の姿が知らないうちに見えなくなると、いつも眉をよせて連れ戻しては、勝手に傍を離れるな、と警告する。
冬は無言で白を苦しくない程度に腕でまた包みこんで、木の幹にもたれた。
「・・・・・蛍は明け方には動いていない。」
「そっか。」
それだけ言い交わしたあとは、どちらが先ともつかず眠りに落ちた。
朝。白が川原で火を熾す間、冬は昨日の沢で魚をとっていた。
バシャバシャと水の跳ねる音がしたかと思うと、白のすぐ横に大きなアユが数匹飛んできた。
幼い少女は当たり前のようにそれをつかんで、長い小枝にアユを突き刺してから火の上に立てた。
それから、魚臭くなった手を鼻に近づけると顔をしかめて手を洗いに沢へ走って行く。
そう広くない沢の真ん中の岩に、冬が腰をおろして次の獲物を探していた。
「冬。」
白がそう言ったまでもなく冬は次の瞬間軽やかに川原へ降り立っていた。
「ありがとう、冬。お疲れ様。」
白はにっこりして目の前の大男に礼を述べた。冬は特になんの反応も示さず白を見下ろすだけだ。
その後当初の目的のため川べりにしゃがんでぬるつく手を冷たい水で洗った。
彼女が手から水を振り払うのを見届けて、冬は白をひょいと持ち上げると白が熾した火の側まで戻った。
「もうすぐ焼けるかな。」
白は手をあぶりつつ魚を見つめた。5匹のアユはほんのりと焦げ目がついて、目が白くなっている。
「もう少しだ。」
冬は魚を見下ろして言った。
魚の朝食の後は、火を片付けて、冬はまた白を担いで歩き始めた。