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掌編小説

愛するニンゲン

作者: 斎藤康介

 出ていく妻の背に、ふと父の言葉を思い出した。


「誰にでも平等であることは、だれかとっては親切ではないんだな――」と言って、父は私の頭の上にポンと手を置いた。母が家を出ていった日のことだ。両親は私が十歳のときに離婚した。母の背を見送る父の表情が、少し寂しげに見え、意味は分からなかったが私は頷いた。続けて何か言ったが聞き取れなかった。


 私と妻との結婚生活はわずか五年で終わりを告げた。離婚を切り出したのは妻の方だった。幸か不幸か私たちの間には子供はおらず、また互いの年齢が三十歳と若かったため、割とすんなりと離婚まで合意した。

 二人で過ごした最後の晩に、私は妻に離婚を決意した理由を尋ねた。私は妻の意思を最大限に尊重したいと思い、ここまであえて理由を訊かずに手続きだけを進めてきたのだった。


「あなたの傍にいても、私は満たされないの。あなたが私を大切に思ってくれていることは分かるわ。でも、あなたにとって私はわたし(・・・)じゃなくてもいいのよ。あなたを思う誰かであればいいのよ」


 それが妻の理由だった。


「そんなことはない」と言いたかったが、結局何も言うことができなかった。私は妻を大切に思っているが、それは長年一緒に居たことへの愛着のようなもので、例えばこの場に妻でない別の人間がいればその人間に同じ気持ちを抱くかもしれなかった。ここで妻以外の人間とは一緒に居たいとも思うことはなかったと反論すればよかったが、それすら私は自信を持って断言することはできなかった。

 おそらく妻の言うとおり、私にとって他者とは、すべからく等しい距離感を保ったものであり、特定の誰か一人と親密になることはできないものだったのだ。


「誰にでも平等であることは、だれかとっては親切ではないんだな――」と、出ていく妻の背に呟いた。 

 そして、『俺は愛するということに不向きなニンゲンなんだろうな』と思った。

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