中学生
それからは、わりと楽しい日々が過ぎていき、無事に、ボクは中学生になれた。
中学校の校舎は、小学校と同じ町にあり、距離も近いものだから、あまり
変わったという感じはしなかった。
だけど、生徒の数は、倍くらいに増えていた。
同じ町に、もうひとつある小学校からも生徒がくるからだ。
そのなかには、小学校では見かけなかったタイプの生徒もいた。
人を怖がらせるような格好の生徒。
まぁつまり、不良。ボク達のころは、ヤンキーって呼ばれてたけど、
今はどうなのかな。
不良グループのなかには、小学校からのボクの知り合いもいた。
彼の場合、それは、いわゆる中学デビューというやつだった。
彼は、小学生のときは、あまり目立たなくて、おとなしい感じの子だった。
それが、中学校の入学式で、再開したときには、髪の毛がつんつんに逆立っていて、
金色に染めてある。制服も他のみんなとは違うもので、とにかく
目立つというか、驚いた。
まぁとにかく、やたら他人を威嚇したというか怖がらせるというか、そんな感じの子たちが
十数人いた。彼らは、まるで学校を自分のものとでも思っている。そんな態度に見えた。
学校を取り仕切っているのは、オレ達だ。
そんな声が聞こえてきそうだ。
それを後押しするかのように、先生達は、彼らがなにか問題を起こしても、
強くしかったりはしなかった。少なくともボクからはそう見えた。
そのせいで、彼らは、どうどうと悪さをする。
恥ずかしながら、一度、昼休みに、グラウンドで、お金をまきあげられそうになったことがあるくらい。
普通、悪さをするときには、もっと人の目の届かない場所でするもんじゃないだろうか。
誰に見られるかわからないグラウンドで悪さをするんだから、
彼らがいかにやりたい放題であったかが、少しつたわるだろうか。
その当時のボクには、先生達が、彼らを怖がっているのではないか。
だから強く注意できないんだ。と、そんな風に感じていた。
その生徒達の見た目はすごく怖かったし、この考えももっともらしく思えたんだ。
だから、彼らが学校で、絶対的な存在なんだと、信じ込んでいた。
彼らはなにをしても、たいていのことは許される。
いや、先生も彼らが怖くて、見逃すしかないんだと。
それで、運悪く、この子達にもいじめられるわけだけど、なにしろ学校のなかで
絶対的な存在だから。そりゃつらいことだった。だれに助けを求めても、無駄なんだもの。
先生に言っても無駄。親にいっても無駄。
少なくとも当時のボクにはそう思えてしかたがなかったんだ。
だれも助けてくれない。もしかしたらあの怖い、ボクの父親でさへ、不良たちには手をやくかもしれない。
それもこんなに大勢だもの。きっと父だって、無理だ。
そう思うボクは、いじめに抵抗することさへ怖かった。だから笑ってされるがままにするしかなかった。
ひとりで涙をこらえながら、いじめがすぎさるのを待っているだけ。
だけどボクは知っているはず・・・
中学生が大人にかなうはずがないってことを。
ボクが、あのおにいちゃんにいじめられていた地獄のような日々、それを
あっけなく、終わらせたのは、父だったはずだ。
それなのに、ボクは、親や先生に話すという、ほんの少しの勇気がだせないでいた。
やはり、それは、簡単なことではないから。
今よりひどくなったらどうしよう。
この考えが自分を動けなくする。
親か先生に伝えるべき、その言葉が、のどもとまででかかっていても、声にならない。
だから、いじめは続く。
そういうわけで最初は、我慢するしかなかったんだけど、いじめられるのも慣れてくると
抵抗力のようなものが少しずつついてくる。
ボクもやられてばかりじゃない。自分の体を守る方法をすこしずつだけど考えていった。いじめられながら、すこしずつ良い方法を考えていった。
それには、失敗も成功もあって、失敗するとつらいことが増えたようにも思う、でも何もしないでいるよりはマシだった。
小学校のときにこりたから、本当に殺すかどうかで悩むことは少なかった。
それよりもなにか彼らから、うまく逃げる方法を考えようとしていたんだとおもう。
ボクの中学生時代は、そういう試行錯誤を繰り返した。
サクラの咲く4月、入学式が終わり、担任の先生に、クラスに案内される。そこであらためて、クラスの全員を見渡すと、数人ずいぶん体の大きな子がいた。ボクは、体はとても小さくて、背の順に並ぶと、必ず前のほうになる。その差は、びっくりするくらい大きなもので、大人とこどもを比べているくらいの差だった。体が大きいということだけでなくて、迫力のある子達だった。悪ぶっている子もいれば、そうでない子もいたけど、みんなでかいせいか、威圧感がある。
悪ぶっている子にはみんなちかずこうとせず、背が高くがっしりした子のいうことには、みんな従った。背が高い子が、クラスで自由に振舞える。そんな状況だった。
それは、クラスでの自己紹介が終わって、まもなく始まった状況。
体の大きな、悪ぶってはいない子が、クラスをまとめ始めた。休み時間もその子が中心になった。
休み時間、体の大きな子が、言い出した。
「おしくらまんじゅうで遊ぼうぜ。」
とても危険な香りがするが、しかたないと思った。
説明を聞くと、壁の隅にあるへこんだ部分に、じゃんけんで負けた者が入りこみ、それ
をのこりの全員で、ただひたすら押すだけだという。負けた順に、前のほうにつめていく、
十数人で行うゲームだった。
体の大きいほうが有利なのだが、というか 体が小さいと耐え切れなくて
押しつぶされそうな気さへする。
予想通り、それは苦しい遊びだった。
壁のへこんだ部分からは、体がすっぽりとおさまって、どう押されても逃れられない。
だから、残り全員の力が、きれいにのしかかってくる。
内臓がとびでそうな感じ。
ほんとにやばい。そう感じることも何度もあった。
いいだしっぺの 体の大きい彼は、ほんとに楽しそうだった。
じゃんけんなんだから、彼も負けることがあるんだが、彼を本気にさせると
その次が怖い。そういうことだ。世の中うまくできている。
公平そうに見えて、実はそうではない。
遊びはヒートアップする。それはそうだろう。
じゃんけんに負けたものは、次にそのたまったストレスを
発散するべく、力いっぱい押す側にまわる。
そうやって繰り返されたストレスとその発散が
このゲームを深刻なものにしていく。
そして、それは誰の口からでたわけでもなく、突然やってきた。
めんどうだから、じゃんけんで負けた者が、床に寝て、その上に順にのっていくということらしい。
危険すぎる。というかそれは、いくらなんでも体がつぶれるって。
でもそんなボクの言葉は、声にはならない。
・・・じゃんけんだから やはり負けることがあるわけで、
その順番がきてしまった。
内臓がでるというよりは、つぶれそうだった。
体が熱くて、意識が朦朧としてくる。
いやな汗がいっぱい出る。
この遊びに参加するかどうかの選択権があればなぁ。
そんなことを意識がとおのきながら考えていた。
終わると、少し血が出ていた。前に手術していた、縫った場所からだった。
とんでもないことだと感じたけれど、これが現実。しかも遊びだから
逃げようも無い。彼はすごく楽しそうだし、この遊びは毎日のように繰り返された。
でもだれもやめるっていう子はいないんだよなぁ。先生も子供達が楽しそうに遊んでるのを注意する
ってことがないわけで・・・危険かどうかくらいは見ればわかりそうなものなんだけどね。
とこう書いておきながら、また少し記憶がずれている気がする。
血がでたことを、ボクはおおげさに、その遊び友達にいいふらし、そのゲームから
ひとりだけ、抜け出せたような記憶もある。
でも、それだと、なんか卑怯な感じがするから、みんなと一緒に
我慢し続けたということに、してしまったのかもしれない。
古くてぼんやりしている記憶なのでなんともいえないけど。
でも、いいわけというのは、悪くはない方法だと思う。
ゲームから抜け出すにはなんかもっともらしい
理由があればいいんだから、血なんかでてなくても
傷が開くとこまるからなんていいわけでも良かったと思う。
いじめと はっきりわかるものが増えたのは、
入学式から数日すぎたある日のことがきっかけだった。
きっかけは、これも自分のわるふざけというかなんというか。今思えば、油断大敵なんだと思う。
中学校に入って、楽しくて。遊びはきついけど、新しい友達も増えて、それが油断の原因かな。
また、不良のなかに、自分の友達が一人いたこともあって、不良達とすこし仲が良かったのも原因かもしれない。
ボクはちょっとわるのりしていたのかもしれない。
背の高い、ひょろっとした子と喧嘩になって、おもわず、その彼の股間をにぎってしまった。
負けっぱなしではいけないという考えが頭の中にあったからだと思う。
それにしても、よりによって股間だなんて、そこはダメだろう。
自分でも経験していて、そのときは、痛くてしかたなかったはずなのに。
彼の顔を見ながら、力加減はしたけど、結構おもいきりよくにぎってしまった。
負けたくない・・・そういう気持ちが、そうさせたのかもしれない。
ここでひいたら・・・いやな記憶が自分を後押しする。
ちょっとの時間そうしていたら、
彼の口から降参という言葉がでて、その場は終わった。
しかし、そうとう、この彼は、恨みに思っていたらしい。
それはそうかもしれない。自分の大切なところをにぎりつぶされそうになれば
そういう気持ちにもなるだろう。
ボクが、もう少し相手の気持ちを理解できていれば、こんなことには
ならなかったんだと思う。
いや、理解はできていたはずなんだ。
自分も同じことを経験しているようなものだから。
でも、なぜかボクはそうしてしまった。
にぎってしまったのは、油断。
あとにひけなくなったのは、怖かったからかもしれない。
この彼、格闘技をやっていることがあとからわかった。
さらに運の悪いことには、彼は、この不良グループに入ったということ。
となると当然、その不良グループの数人が、ボクを囲みにくる。
それは、自業自得なんだろうけども。
ここからボクが、あたらしく学んだことは、やりかえせばいいというものでもないということ。
やりかえすべきかどうか考えてから、やりかえす方法も考えるべきだった。
その当時まわりで、不良が起こす問題や噂を見たり聞いたりしていたからいじめられるのがすごく怖かった。
ある一人の三年生の不良が、いきなり一年生の教室にはいりこんできて、ひとりの生徒
をつれていき、グラウンドでその生徒に馬乗りになり、顔面を殴り続けるとか。
また数人の不良が一人の生徒を囲み、鉄パイプ製のイスで殴り続けたり。
全校集会であつまった生徒と先生の見ている前で、不良が二人、イスで殴り合って、頭から
血を流したり。もちろんそのすぐあと、先生に、二人の喧嘩はとりおさえられ、
血を流しているほうは、保健室につれていかれた。
こういうことが目のまえで起っているから、相当な覚悟をすることになる。
けれど、実際は、囲まれて殴られることはあまりなかった。
はじめのころはあったけど、だんだんと少なくなったように思う。
では、どんないじめだったか。
お金をまきあげようとするものが多かった。彼らは、遊ぶお金がほしかったみたい。
もうこれはいろんな手でまきあげようとしてきた。
だけど、そんなに上手にお金を、まきあげることなんて中学生には
できないんだろう。いじめられているときはボクもつらかったけど、
今おもえば、笑ってしまうようなものもある。
紙に、ボクが、彼らに、いくらいくらのお金をさしあげますとかいてあって
血判を押せとせまったり。
きっとなんかのドラマでもみて覚えたのだろう。
もちろん押さなければすむことだった。
まぁそれが、だれもみていないところで、暴力をふるわれながら
無理矢理おさせられるというなら、話はべつだけれど、
彼はなぜか授業中に、先生のみているまえで、僕に迫っていた。
ボクのとった方法は、時間切れ。つまり授業がおわるまで適当にあしらっただけ。
ボクが、どうしても押さないとわかった彼はあきらめた。根負けということだろう。
あるいは、ふたりきりになって、お金をまきあげようとしてきたこともある。
ボクは、今はもっていないから、父につたえてもってきてもらうよ
と答えた。彼は、そんならいらないと返した。
このときになると、ボクには、いじめから逃げる、ひとつのパターンのようなものが
できていた。親や先生がそのことを知るようにもっていけば、ビビッてまきあげられない
だろうということ。
早い話。話が大げさになるのをいじめっ子はきらう。そこをうまくついてやればいい。
そう、ボクは考えるようになっていた。
これは、結構悪くない手だと今でも思う。
応用すれば、相手が複数でも使えるはず。
なにか理由をつけてことわったり、まわりの大人をまきこむように仕向けたり。
いじめっ子も中学生だからね。やっぱり大人に知られるのは怖いんだと思う。
これは大きな弱点なんだ。
あとこれは、感じ方の問題だけど、小学校のときに受けたいじめと
中学校のときにうけたいじめとだと、あとから今になって思い出すとき、
つらいのは、小学校のときにうけたいじめだった。
だんだん記憶する頭もにぶくなるんだろうか。
けどそれならそれはありがたいこと。
いじめにたいして免疫のようなものができてるってことだから。
いじめられても後から思い出して、つらいと感じなければ、後の人生で、その記憶は、
さほど問題にはならないから。
とにかく逃げまくって、いじめがすぎさるのをじっと待てばいい。あるいは、大人と一緒に
戦うのもいい。
殺人や自殺ではなく、それ以外の方法を考えるべき。
考えることをあきらめないことが大事だと思う。
死んでしまいたいという気持ちをおさえるのは大変だけど。
殺してやりたいという憎しみに押しつぶされそうになるだろうけど。
暗闇のなかで、もがくのは本当につらい。
でもね、乗り越えてしまえば、今よりずっと楽になれるはず。
そう信じて生きてほしい。
そうしているうちに、中学でいじめられることも少なくなっていった。
そして、ボクは、またあやまちを犯す。
いじめられることがどんなに、つらいことか身をもって知っているはずなのに。
それなのに、ボクは、いじめる側にまわってしまった。
これはほんとに思い出したくない。けれど書かなければフェアじゃない。
いじめた子は、言葉がうまく話せない子だった。
その子が自転車ではしっているところを、後ろからおいこしていき
その子のヘルメットの上から、自分のヘルメットでゴツンと殴るという
いじめ。それも数人で・・・
最初は、別にいじめたいわけではなかった。
けれど、ともだちが一緒にやろうというのを断りきれなかった。
いやなことに、ちょっとだけすっきりした自分がいた。
そして、すぐに後悔した。
うまくしゃべれないのは彼のせいじゃない。
ボクのやってしまったことは、人として最低だと感じた。
ほんと最低だと。それは今でも思う。
その子を町で見かけるたびに。
その思いは消えない。
いじめらた過去よりもいじめた過去のほうが、ボクをじわじわ締めつける。
相手の気持ちがわかるようになればなるほど、締めつけはきつくなっていく。
今彼に町であっても、まともに顔さへみれない。




