点つなぎ ーーETERNAL BLAZE
「いやぁ、今日も打ったよ!」
ネットニュースを見て、今日も部長が大谷翔平選手の活躍に興奮している。
「二刀流すごいよね!」
部長は、昔は松井秀喜さんのファンだったけど、今は二刀流の大谷翔平選手に夢中だ。
ま、日本中の野球ファンは、だいたいこんなところよね。
そして、だいたい野球の話の次は決まっている。
「高橋くん、来月20日の会社のゴルフコンペ、参加するよね?」
そう、ゴルフの話だ。
今の時代、ゴルフをする女子も増えているけれど、まだまだ少数派。スコアは三桁なんて、当たり前だけど「女子がゴルフをする」というだけで会社では重宝される。
「ええ、参加しますよ。今回もブービー狙いで、いい賞品期待しています」
月並な回答をしているだけだけど、部長は嬉しいみたいだ。
「水木くん、キミも来月20日のコンペ、参加するだろ?」
部長が私の横にいた後輩の男性社員にも声をかけている。
水木は、ちょっとイケメンだけど、線が細くて頼りない。ゴルフコンペでは、いつも私と仲良くビリ争いをしている。ゴルフは好きみたいだけど、練習が嫌いみたいで、全く上達していない。ま、私も人のことは言えず、大差はないけれど……
「え、20日ですか?その日はちょっと用事が入るかもしれなくて……」
水木の反応は、私にとって意外だった。てっきりふたつ返事で参加と思っていたけれど……
「そうか、じゃあ仕方ないなぁ」
このご時世、部長も無理強いしてまで若手を誘わない。何がパワハラやセクハラになるかなんて、わからないからね。
「あなたがゴルフに出ないなんて、珍しいわね。上手じゃないけど、好きは好きでしょう?」
「その日は、ちょっと音楽のイベントがありまして……」
「え、音楽……?」
「ええ、実は学生時代から音楽やっていまして……ちょうどコンペの日に誰でも参加できる音楽フェスがあるんですよ。出ることは決めたんですが……ひとりだとあれなんで、一緒に出てくれる人を探してるんですよね……まあ、だれもいなかったらゴルフ行ってもいいんで、ちょっと一回保留って感じですね」
何でも、水木は、学生時代プロのミュージシャンを目指していて、結構本格的に音楽をやっていたんだとか。ギターは得意だけど、歌うのはそうでもないらしい。
「ふーん、そうなんだ……」
無関心そうなそぶりをしたけど、ろうそくの火みたいにちょっと心がゆらめいた。私も実は、歌うのが生きがいな時期があった。中学生くらいまで、だったかな。実はいくつかオーディションも受けた。でも、全部だめだった……
「時空を越え刻まれた悲しみの記憶
まっすぐに受け止める君は光の女神
あの日胸に灯った永遠の炎
深い闇解き放って、自由のトビラ開いてく
強く果てない未来へ」
昔好きだった曲の歌詞。なぜだかメロディーと一緒に頭に残っていて、今でもいつでも歌える。「何か一曲歌って」と言われれば、十八番の曲だけど、アニソンだから、実はみんなにあんまり言えないし、歌ったこともそんなに多くはない。
昔、プロゴルファーの松山英樹選手がこんな風に言っていたらしい。
「自分の好きなことで、頑張った分だけ、頑張って稼げる。もしプロゴルファーになっていなかったら?何をしてたんですかね。あまり考えたことがない」
自分が本当に好きなことをして、生きていける人なんて、そんなにいやしない。凍り付いた記憶は、目覚めることなく、動き出すこともない……その方がいい。ほんの少し揺らめいたろうそくのような火は、気づけばあっけなく消えていた。自分ではそう思っていた。
そんなことがあったこと以外は、いつも通りの日常だった。
「今日はそろそろ失礼します」
いつも通りちょっとだけ残業して、帰路についた。いつもはちょっと寄り道することもあるけれど、今日はまっすぐ帰りたかった。
家に帰ると、3歳になる妹の息子が点つなぎのワークをやっていた。1から順番に番号をつないでいくと、いつのまにか絵になるアレだ。集中力がついたり、脳が活性化されるらしいということでやらせているらしい。
妹は、随分早くに結婚したが、随分早くに離婚して、私と母と実家暮らしをしている。私はそんなに年を取っているわけではないけれど、もう「おばさん」というわけだ。
「今日もおりこうさんだったよ。あんたの小さいころとは大違いだね」
母は何かとこの「おりこうさん」と私を比較する。1から順番に線でつながれて、お花の絵ができている。
「うーん、うまくできたね!」
我が家のアイドルの本日の「お仕事」ぶりを称賛しつつ、ふと母にこんなことを尋ねる自分がいた。
「ねえ、私はこれくらいの年齢のとき、どんなだった?」
凍り付かせていた何かが少しゆらめいたからだろうか?自分でも意外だった。
「あんたはこんなワークなんかやらないで、いっつもテレビで見た歌を歌っていたよ」
「ふーん、そうだっけ?覚えてないや」
覚えていないふりをした。
本当はちょっとだけ覚えている。
たぶん、自分が覚えている中で、一番生まれたてに近い記憶。
始まりの記憶?
記憶の原点?
点つなぎでいえば、1番目の記憶かな。
ソファーの上が舞台で、お父さんとお母さんだけが観客だった。いや、誰も見ていなかったかもしれないし、聴いている人もいなかったかもしれない。
でも、私には、そんなことはどうでもよかった。上手かどうかなんて、自分でもわかっていない。誰かに見せるためでも、聴かせるわけでもない自分勝手な歌を歌っていた。
「私はあんたの歌、よく覚えているけどねぇ。頑張ってた時期もあったじゃない」
母は、寂しさとも申し訳なさともいえない、何とも言えない言い方で昔を振り返った。でも、すぐにそれをかき消すかのように世間話を始めた。
「そういえば、今日も大谷翔平は打ったらしいね。投げるのやりながらあんなに打つなんて、あの人はすごいねぇ」
「母さん、なんかうちの部長みたいなこと言ってるよ(笑)」
また大谷翔平選手の話。
今や日本中の誰しもが二刀流の活躍に心躍らせている。
「かみのけんつくってぇ」
我が家の二刀流は、紙を丸めて作った剣を二本持って振り回すのに夢中のようだ。
「ただいま。今日も疲れたぁ」
母が我が家の二刀流を寝かしつけてしばらくすると、妹が帰ってきた。
「おかえりなさい。今日も遅かったわね」
「いつもありがとうね。母さん」
私も妹も、この年になっても母に助けられてばかりだ。
でも、妹のこともあってか、昔みたいに「あんたも早く結婚しなさい」とは言わない。今の時代、結婚したからといって、幸せな人生になるとは限らない。
「お姉ちゃん、今度、久しぶりにカラオケでもいかない?」
急に妹がそんなことを言い始めた。
「急にどうして?」
「いや、今度友達の結婚式の二次会幹事を頼まれちゃってさ。その友達、カラオケ好きだから、二次会はやっぱカラオケはずせないかなぁって。多少は練習しとかないとね」
「あなたは世話役だから、自分で歌わなくていいんじゃない?」
「いやいや、そうもいかないって。そういえば、お姉ちゃんもカラオケ行ったら結構上手だったよね。アニソンのあれ、私は結構好きだったなぁ」
妹は、私の十八番を聴いたことがある数少ない人間だ。
もし結婚するなら、そんな私の十八番を、恥ずかしがることもなく披露できて、何もかもさらけ出せる相手がいいな……
「そういえば、大谷翔平がまた打ったんだって。すごいね!」
「またその話……(笑)」
どうやらどこに行っても二刀流の話からは逃れられないらしい。
何てことない普通の一日は、今日も何気なく終わりを迎え、私たちは眠りについた。遠い将来覚えているような、記憶に残るような一日ではなかったけれど、何年経っても忘れられない不思議な夢を見た。
遠い未来か、忘れた過去か。
夢の中の私は、小さい誰かを応援していた。
応援することで、自分が満たされていた。
「時空を越え刻まれた悲しみの記憶
まっすぐに受け止める君は光の女神
あの日胸に灯った永遠の炎
深い闇解き放って、自由のトビラ開いてく
強く果てない未来へ」
大好きな曲の大好きな歌詞を、その子は全力で歌っていた。
最後のワンフレーズ、その子が歌い終わる直前で目が覚めた。
目覚めたとき、そこにいた私は私ではなく、その少女だった。
凍り付かせてしまった少女は、その時その想いのまま、そこにいた。
夢うつつの不思議な感覚のまま、起きて朝食の支度をしていると、妹の息子が声をかけてきた。
「できた」
3歳のアイドルが今朝も点つなぎをやっていたようだ。
なぜだか点つなぎが気に入ったらしい。
「おー!よくできてるじゃん」
月並な誉め言葉を伝えると、3歳児は照れ臭そうに笑っていた。よく見ると、ちょっと数字の順番がずれている部分がある。でも、不思議と何も気にならなかった。誰かが決めた順番通りじゃなくても、それは確かに羽ばたく鳥を描いていた。
「そっか、それもありだよね」
凍り付いた記憶は、炎のようにゆらめいて、再び時を刻み始めた。
会社につくと、デスクが隣の水木に尋ねてみた。
「ねえ、結局来月のゴルフはどうするの?」
「いやぁ、どうしましょうかね。音楽フェス、捨てがたいんですよねぇ……」
「じゃあ、私もゴルフ出るのやめよっかなぁ。女子ひとりだと寂しいし」
「ん?何言ってるんですか、先輩?」
「私、昔歌うたっててね、一緒にそっちに行こうかって言ってるの!先輩と一緒だとやりにくい?」
「ナナ先輩!マジっすか!うれしいっす!初耳っす!あ、でもどれくらい上手いかわからないので、今度カラオケ一緒に行ってどれくらい上手いか聴かせてください!」
「後輩のくせに、生意気ね!」
私は、先輩の私をなれなれしく下の名前で呼ぶこの後輩と、一緒に音楽フェスに参加することにした。
そう、昔大好きだったあの曲の最後の歌詞は……
「そう、きっとここから始まる…」
何となく書き下ろしたショートストーリー。
この物語には、もうひとつのタイトルがありました。
「これは、私がミズキナナになるまでの物語」
この物語はここで終わります。でも、主人公の人生はここから始まります。
もしかしたら彼女は音楽を続けるのかもしれないし、仕事と音楽の「二刀流」を選ぶのかもしれない。そんな未来を想像しながら、この物語を閉じてもらえたら嬉しいです。




