私の金で生き延びた分際で「地味女は用済み」ですか? いいでしょう、では借金の一括返済をお願いしますね
煌びやかなシャンデリアの光が降り注ぐ、ヴォガード伯爵家の本邸。
ヴォガード領地の『完全なる再興』と、『莫大な負債の完済』を祝う今夜の晩餐会には、王都からも貴族たちが集まり、華やかな音楽と歓声が響いていた。
その中心にいるのは、今夜の主役である若き当主、カステル・ヴォガード伯爵……私、レイス・ランバートの婚約者だ。
仕立ての良いテールコートを纏い、得意気に笑顔を振りまく彼の腕には、色鮮やかな真紅のドレスを着た可愛らしい女性――男爵令嬢のメリーナ・ダズリンが、これ見よがしにしなだれかかっている。
私は壁際で静かに宴の様子を眺めながら、冷めた頭で二人を観察していた。
(……ここまで彼が変わるとは)
出会った頃のカステルは、今とは真逆の状況で、絶望の真っ只中にいた。
三年前……彼の両親が不慮の事故で他界し、若くして領主の座を継いだ結果、領地は目に見えて衰退し、莫大な負債を抱え込んでいた。
両親を亡くした悲しみと、領主という重圧に押し潰され、負債を抱えて落涙する彼を見かねて、私は実家のランバート商会の力を使い、彼を助けたのだ。
私の両親は隠居状態で、商会は私が切り盛りしていたので、好きなように動かせた。
ただ、領地の再興という大仕事は初めてだったので、正直博打でもあったけど、結果的にそのチャレンジは成功した。
しかし……私の支援で領地経営が上手くいき、状況が上向いてから、なぜか彼はどんどん調子に乗って、つけ上がっていった。
その変わりようは凄まじく『自己評価低めの優しい青年』が『自信過剰の俺様』になってしまい、まるで別人のようだった。
おそらく、元々カステルは情緒不安定な人で、上がり下がりが激しい気質なのだろう。
絶望から転じて、一気に有頂天へと至る、極端な人間性を露にしていた。
「カステル様ぁ、早く皆様にお知らせしましょうよぉ」
「わかってるよ、可愛いメリーナ。おい、『地味女』……こっちに来い」
言われた通りに『地味女』の私が近づくと、二人は嘲笑の表情を向けてくる。
彼がおかしくなったもう一つの原因が、これ見よがしに彼の腕に胸を押し当てて、甘く微笑む『この女』だ。
私の支援によって領地が復活した途端、露骨に『領主の肩書と伯爵の地位』目当てで彼に近づいてきた、容姿だけは優れた女……令嬢メリーナ。
その美人令嬢のアプローチを受けたカステルは、さらに有頂天となり、増長を極めてしまった。
元々、メリーナのような華やかで甘え上手な女が好みのタイプだった彼は、堅実タイプである私の存在が疎ましくなり、完全に『用済み』となったようだった。
カステルはメリーナの腰を抱き寄せると、パンッ、パンッと手を叩いて楽団の演奏を止めさせた。
会場中の注目が、私たち三人に集まる。
「皆の者、聞いてくれ! 本日、我がヴォガード伯爵領が完全なる復活を遂げたこの佳き日に、重大な発表がある!」
カステルが朗々と響く声で宣言し、会場の視線が彼らに集まる。
「俺は今、この瞬間をもって、ランバート商会のレイスとの婚約を破棄する!」
広間が、水を打ったように静まり返った。
貴族たちは一様に目を見開き、ひそひそと囁き合い始める。
そんなことはお構いなしに、カスネルは私を指さして捲し立てた。
「この領地が復興したのは、俺の卓越した才能と領主としての器があったからに他ならない! お前の小賢しい金など、微々たるものだ! 領地が再建されたのは、お前の手柄では決して無い! 自惚れて勘違いした挙句、この俺と結婚など、身の程知らずも甚だしい! 商人の卑しい血が流れる地味女など、俺には不相応だ! 俺の隣には、美しいメリーナこそが相応しいのだ!」
一方的に演説して、勝ち誇ったように私をこき下ろすカステルを見つめながら、小さく息を吐き出した。
(自分でプロポーズしておいて、何を言ってるんだか……)
どうやら自分に都合のいいように、記憶を改竄してるらしい。
そもそも、私が彼のプロポーズを受けたのは、彼がまだおかしくなる前……領民のために、涙を流せる誠実さがあった頃の話だ。
それに、領主との縁談は我が商会にとって願ってもない話だった。
商会の経営を私の好きなようにさせてくれている両親への恩返しと、親孝行のためにプロポーズを受けたに過ぎない。
(正式に結婚する前でよかった……こんなのと結婚なんて、親孝行どころか親不孝者になるところだった)
当然、私の人生も台無しになってしまう。
この婚約破棄は願ってもない事だ。
私が無表情のまま沈黙していると、カステルはふんぞり返りながら、近くのテーブルに置いてあった一つのガラス瓶を手に取った。
それはパーティーが始まる前、私が彼に「今日の分です。パーティーが始まる前に飲んでおいてください」と渡しておいた、特製の健康茶だった。
念押したのに、飲まずにわざわざ持ってきたらしい。
「お前が毎日飲むように強要していたこの茶……まるでお前のように、地味で不味くて気色悪い液体だ。俺の体を気遣うフリをして、嫌がらせをしていたのだろう? これまでは慈悲で我慢して飲んでやっていたが……お前同様、もう必要ない!」
カステルは蓋を開けると、その茶褐色の液体をドボドボと、私の頭からぶちまけた。
パーティーのために丁寧に結い上げた髪が濡れ、機能的なドレスにシミが広がり、銀縁の眼鏡のレンズからポタポタと温かいお茶の雫が滴り落ちる。
「ははっ! やはり、この汚い液体はお前にお似合いだ!」
「きゃあ! 臭ぁーい! レイスさんに、ぴったりの香りですね!」
カステルは腹を抱えて笑い、メリーナも嘲笑の声を上げた。
「お前の作った気色悪い茶薬など不要だ! 今の俺には、メリーナが手配してくれた薬がある。そっちの方が遥かに優れているからな!」
勝ち誇ったように見下ろしてくる、カステルとメリーナ。
周囲の貴族たちは、私に同情と哀れみの目を向けてくるが、領主である伯爵を止める者は誰もいない。
頭から滴るお茶を拭いもせず、私はただ静かに冷ややかな視線を返した。
(婚約破棄はありがたい……けど、その責任と義務は、きちんと果たしてもらう)
今、私と共に捨てた健康茶が、彼を蝕む『死の肺病』の進行を抑え込むための、希少な特効薬だということも知らずに笑い転げる愚かな男に、現実を見せてやらないと……。
私は懐から白いハンカチを取り出すと、頭から滴るお茶を軽く押さえ、濡れた銀縁眼鏡のレンズを丁寧に拭き上げた。
私が怒り狂って、泣き叫ぶとでも思っていたのだろうか。
動揺を微塵も見せず、ただ淡々としている私の姿に、カステルは少しだけ拍子抜けしたような顔をした。
「なんだ、その態度は。自分の惨めな状況が理解できないのか? 商人の娘らしく、床に這いつくばって見苦しく許しを乞うなら、少しは慰謝料くらいくれてやってもいいぞ」
「慰謝料……ですか。いえ、結構です」
私は眼鏡をかけ直し、真っ直ぐにカステル・ヴォガードを見据えた。
彼の中では、この領地復興はすべて自分の手柄なのだ。
両親を亡くして、どん底で泣いていた過去は『恥ずべき自分』であり、今のこの尊大で傲慢な姿こそが『本当の自分』だと思い込んでいる。
もう、情けをかける必要など微塵もない。
「……最終確認ですが、カステル様。私との婚約を破棄し、ランバート商会からの支援も今後一切不要、完全に縁を切るということでお間違いありませんね?」
「ああ、その通りだ! 俺は元々優れた才能を持つ領主なんだ。お前の小賢しい金や薬など必要ない。俺の実力だけで十分にやっていける! これこそがヴォガード伯爵家当主たる俺の真の姿だからな!」
私の問いかけに対し、カステルは自信満々に高らかと宣言した。
「そうです! カステル様には、この私がついておりますもの。商人の娘なんて、お呼びじゃありませんわ」
「メリーナの言う通りだ。お前が我が物顔で使っていた領地の特権も、今日をもってすべて没収だ! 二度と俺の前に、その薄汚い顔を見せるな!」
カステルとメリーナが寄り添い合い、周囲の貴族たちに見せつけるように勝ち誇った笑みを浮かべる。
もはや、彼には私に対する感謝も、恩義も、ひとかけらも残っていない。
私の存在は、ただの『過去の汚点』として消し去りたいだけなのだ。
それが明確に確認できただけで、十分だった。
「……そうですか。安心しました」
「なに?」
「これでもう、貴方という底なし沼のような不良債権に、気を揉む必要がなくなったのですから」
私は冷徹に微笑み、静かに、しかし会場中によく通る声で告げた。
「では、婚約者としてではなく、ただの『ビジネス』として――すべての清算をいたしましょう」
私が合図をすると同時に、広間の重厚な扉が大きく開け放たれた。
「なっ、なんだ貴様らは!」
カステルが怒鳴り声を上げるのも無理はない。
入り口から雪崩れ込んできたのは、ランバート商会の制服を着た屈強な取り立て屋たちと、帳簿を抱えた会計士だったからだ。
「お待たせいたしました、レイス様」
「ご苦労様。……さて、カステル様。貴方はご自分の才能で領地を復興させたとおっしゃいましたね」
私は会計士から帳簿を受け取り、カステルの目の前に突きつけた。
「では、これは何ですか? 私は先月、病気や貧困に苦しむ領民のためにと、用途を厳格に指定した『特別救済資金』を商会から融資しました。……しかし、その金は領民のためには一切使われていません」
「そ、それは……っ!」
「調べたところ、その資金はすべて、今メリーナ様が身につけているその悪趣味なドレスや、宝石の購入代金に流用されていました。違いますか?」
周囲の貴族たちが「領民の救済資金を愛人に……?」と、嫌悪の入り混じったざわめきを漏らす。
「さらに、本来であれば領地の診療所に回されるはずだった医療補助金まで、メリーナ様個人へと横流しされている。……これが、貴方の言う『優れた領主の器』ですか? 私の支援金を、愛人に横流しすることが?」
カステルは、一瞬顔を引きつらせたが、すぐに開き直ったように胸を張った。
「お、俺の領地の金をどう使おうが、俺の勝手だろうが! 貧乏な平民なんぞに金を使うより、未来の伯爵夫人を美しく着飾らせる方が、領主としての見栄えが良くなるという高度な政治的判断だ!」
「そうです! カステル様のお隣に立つ私が、みすぼらしい格好をしていたら、それこそ領主として恥をかいてしまいますわ!」
意味不明な言い訳で、堂々と横領を正当化する二人の厚顔無恥さに、呆れ果てて言葉も出なかった。
領民の命よりも自分の見栄を優先するなんて、腐り切っている。
「……本当に、救いようのないほど愚かですね。それに、救済資金を流用して買ったのは、装飾品だけではないでしょう?」
「なに……?」
「先程、貴方が『メリーナが手配してくれた優れた薬』と自慢気に語っていたものですが……東国の裏ルートで出回っている違法な麻薬ですね」
「は……? な、何を馬鹿な!」
「甘い味が特徴で、一時的な多幸感と万能感をもたらすだけの、極めて依存性の高い危険な代物です。病気を治す効果など一切なく、痛みを麻痺させて、貴方の肺を確実にボロボロに蝕んでいく。そしてメリーナ様は、その高額な違法薬を、あろうことか『領民への救済資金』を着服して購入していた……違いますか?」
私の指摘に、会場から「違法薬……!?」「救済資金で麻薬を買っていたのか!?」と、先ほどよりもさらに大きな非難のどよめきが巻き起こった。
「ち、違います! カステル様ぁ! この女、でたらめを言ってますぅ! 私が手配したのは、正真正銘の素晴らしいお薬ですわ! そのお金だって、領主様のお身体を治すために必要な経費ですから、問題なんてありませんわぁ!」
メリーナが、慌ててカステルの腕にすがりつく。
カステルもまた、顔を真っ赤にして私を怒鳴りつけた。
「お前の作った泥水みたいな茶より、メリーナの薬の方がよっぽど身体が軽くなって、力がみなぎってくるんだ! お前は『身分が低い地味女』だから、美しい令嬢のメリーナに嫉妬して、嘘をでっち上げてるんだろう!」
カステルは完全に薬に依存し、正常な判断能力を失っているようだった。
そう思わないと、やってられない程の頭の悪さだ。
自分が、取り返しのつかない状態まで追い込まれている事に気付きもせず、この期に及んで私を「嘘つき」と、喚き散らしているのだから。
「はぁ、嫉妬……ですか。私の支援金で違法薬を買い漁り、泥棒猛々しく着飾っている女に、嫉妬する要素など微塵もありませんが」
私は手帳をパタンと閉じ、氷のように冷たい声で彼らに最終宣告を下した。
「領民を見捨てて横領した金で購入したのが、自身の命を縮める麻薬とは……つくづく滑稽な方ですね。ですが、貴方が何をどう勘違いしていようと、事実は一つです」
私は懐から、彼が署名した『契約書』を取り出した。
「婚約の破棄、そして資金の私的流用による重大な契約違反。……これより、ランバート商会からの全支援の打ち切りと、貸付金の『強制回収』を実行に移させていただきます」
私の合図と共に、屈強な取り立て屋たちがメリーナを取り囲んだ。
「まずは、その横領した資金で買った品から回収させてもらいましょうか。取り立てて」
「いやぁっ! これは、カステル様が私にくれたのよ! 汚い平民どもが、気安く触らないでぇ!」
「おい、やめろ! 彼女は未来の伯爵夫人だぞ!」
カステルが止めに入ろうとするが、屈強な男たちにあっさりと押しのけられる。
無様に悲鳴を上げるメリーナの首や腕から、数百万ゴールド相当の宝石が次々と剥ぎ取られていく。
その無様な姿を冷ややかに見下ろしながら、私はカステルに決定的な宣告を下した。
「婚約という『担保』が失われ、かつ領民の救済資金を横領するという重大な契約違反が発覚しました。よって、これまでに当商会が肩代わりした借金、領地の再建費、特効薬代……合計三億ゴールドを、契約に基づき『二十四時間以内』に一括返済していただきます」
「ふ、ふざけるな! そんな大金あるわけないだろう! 大体、この領地は俺の実力で黒字になったんだぞ!」
「いいえ。領地が黒字になったのは、すべて私がランバート商会の販路とコネを無償で提供していたからです。貴方は、領主の仕事など放り出して、無駄な浪費をしていただけでしょう。……商会の支援がすべて引き上げられた今、貴方の領地は三年前の『破産状態』に逆戻りですよ」
「な、嘘だ嘘だっ! そんなの全部デタラメだ! 俺は優れた天才領主なんだぞ!! お前がしてる事は恐喝だ! 詐欺だ! 卑しい商人の分際で、恥を知れっ!」
現実を直視できず、狂乱して叫び声を上げるカステル。
その時、急に膝を付いて腰を落とした。
「ゲホッ、ゴホォッ!!」
先ほどまでの血色の良い顔がみるみるうちに土色へと変色し、口の端からドス黒い血が滴り落ちる。
彼が自慢していた違法薬の『痛みを誤魔化す効果』が切れ、無理やり抑え込んでいた病魔が一気に牙を剥いたらしい。
「カ、カステル様……!? ひぃっ、血……! き、汚っ、近寄らないで!!」
メリーナは心配するどころか、血を吐くカステルを突き飛ばした。
大理石の床に這いつくばり、ゼーゼーと肺から不気味な音を立てるカステルを見下ろし、私は無慈悲に事実を突きつけた。
「私が毎日飲ませていた薬茶……それを断ち切り、あまつさえ身体を破壊する麻薬に依存したのですから、当然の結果です。貴方の死の肺病は、これで完全に再発しましたね」
「あ……ぁ、がっ……れ、いす……」
「なんですか? 今更、私の頭にぶちまけた、あの『泥水』が惜しくなりましたか? 残念ですが、特効薬を作るための材料も、すでに商会がすべて引き上げます」
富も、名誉も、そして命すらも、すべては私が与えていたものに過ぎなかった。
その絶対的な事実をようやく理解したのか、カステルは顔中を涙と鼻水、そして吐血でぐしゃぐしゃにしながら、私の足元へと這い寄ってきた。
「れ、レイス……! 助けてくれ……っ! ガハッ! 俺が間違っていた……っ! あの女に騙されたんだ……! 婚約破棄は撤回する……! 俺の妻はお前だけだ! だから、薬を……あの茶を、俺に……っ!」
汚れた手で、私のドレスの裾にすがりつこうとする男を、私はヒールを鳴らして一歩後退し、その手を冷酷に避けた。
「……気安く触らないでください、伯爵様。私のような『地味で商人の卑しい血が流れる女』は、今の完璧な貴方には相応しくないのでしょう?」
「ちが、う……あれは……っ」
「それに、伯爵様はご自分のことを『優れた才能を持つ』とおっしゃっていましたが……ええ、その通りだと思います。何もしないまま莫大な借金を抱え込み、病を悪化させて自滅する。貴方は間違いなく、天才的な不良債権ですよ」
私が冷笑を浮かべて言い捨てると、カステルの目から光が消え、絶望のまま床に突っ伏した。
「なので、どうぞ高貴なメリーナ様とお幸せに」
そう視線を送ると、メリーナは地を這うカステルをゴミを見る目で蔑みながら、激しく狼狽していた。
「わ、私は関係ありませんわ! 領地の金を横領したのも、違法薬を買ったのも、全部この男に騙されてやらされただけです! それに結婚なんて、最初からするつもりありませんでしたから!」
そう言って逃げ出そうとしていたメリーナも、救済資金横領の共謀と違法薬物所持の罪で、容赦なく取り立て屋たちに捕縛された。
「やめてぇ! いやぁぁっ! 私を捕まえないで! 本当に騙されただけよ! この病気の無能男に、誑かされただけなのぉ!」
『完璧な伯爵様』の地位と金を求めて色目を使った挙句、それが無くなった途端に手のひら返して足搔く彼女の姿は、醜くて滑稽だった。
借金地獄と、再発した死の病。
そして、愛した女からの罵倒。
これが、恩を仇で返した愚かな男の、自業自得の末路だ。
「さて、仕事は終わりですね。引き揚げましょう」
私は床に転がるカステルを一瞥もすることなく、取り立て屋たちに合図を送って背を向けた。
その際、汚れたドレスを軽く払い、広間に集まった貴族たちに向けて優雅に一礼した。
「お騒がせいたしました、皆様。ランバート商会は明日も通常通り営業しております。有意義な商談がございましたら、いつでもお声がけくださいませ」
静まり返る晩餐会の会場に、絶望に満ちたカステルの咳き込む音だけが空しく響き渡っていた。
――伯爵邸の重厚な扉を抜け、外に出る。
王都の夜風が、濡れた髪と、お茶のシミがついたドレスをすり抜けていった。
(……やれやれ。お気に入りのドレスだったんだけどね)
小さくため息をつきながらも、私の足取りは羽が生えたように軽かった。
抱え込んでいた重荷を下ろし、腐った縁を綺麗さっぱり断ち切ったのだ。
これでようやく、余計な気苦労なく、好きな商会の仕事に専念することができる。
「さあ……これからは、もっと有意義な商談をしていきたいですね」
夜空を見上げ、私は清々しい笑顔を浮かべた。
明日から始まる平穏で新しい日々に思いを馳せながら、私は迷うことなく、自分自身の足で真っ直ぐに歩き出した。
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