危険を感じるのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第23弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「更新させてるのは、君のほう。」の後の話です。
愛を囁き、女性を惑わす男がなにもかもを失くし……結果として。
「一番最初に恋した相手が、本当の愛だと気づく……みたいなお話ですね」
なにそれ。
「気づかないの?」
「鈍感なんでしょう」
どんかん。
(恋愛、かぁ)
今もまだ、よくはわからない感情だ。
結局ちゃんと読めないから、ノインに本の内容を教えてもらった。
あれより、ノインがくれた童話のほうが……おもしろかったのが……余計に。
視線を戻すと、薄桃色の瞳がこちらを向いている。
「あのね」
「はい」
「ノインとしては、どうなの? 愛とか、恋とか」
「………………」
彼は少し思案してから、ふふっと軽く笑う。
「時には暴力。時には汚泥。時には楽園。時には渇望。こんな感じですかね」
「???」
「ですが、共通しているものがあります」
静かに。
そっと、頬を撫でてくる。
「愛や恋を免罪符に正当化してはならない、ということです」
「ん?」
「なにをしてもいい、ということではない……ですかね」
たとえば。
「こういう練習だって、結婚を約束していないひととは、できないですからね」
「……結婚するための、練習でしょ?」
違うのかな?
どこがゴールか知っているのは、ノインだけ。
(気絶、しなくなったのになあ)
でも。
(も、もしかして、あの変な、めちゃくちゃ息があがっちゃうのがいけないのかな……)
ダメだと思って我慢しようとするけど、むしろ。
(ああならないと、ノインが終わってくれない……)
しかも、かなり機嫌が良くなる。
(体拭いたらいなくなっちゃうけど)
「そういえば、ひわい、ってなに?」
「いかがわしいことです」
「? うっ」
歯を食いしばると、さらに刺激された。
た、たのしそう、というか……うれしそう、というか。
「いかがわ、しい……」
いやらしいとは違うのかな……。
「っ、う」
「我慢しなくていいですよ」
「うう、やだ」
首をゆるく横に振る。
ノインは少しだけ、困ったような表情をした。
「まあ、壁が薄いですし……下手すると近所に聞こえますしね」
「ぜったい、やだ……」
眉間に皺を強く刻む。
(水汲みに行った時に、あああそこの、とか見られるのやだ……)
「うーん……歯が欠けそうで心配なんですが」
慌てて、両手で口を塞ぐ。
「お喋りしたいと言ったのは君ですよ」
だからゆっくりしているのに。
そう囁かれた。
(触り方がなんか違う)
触れるか、触れないかの力加減がされている、気がする。
「こういう触れ方は嫌ですか?」
「…………」
こくこくと頷くと、ノインは「わかりました」と手を軽く挙げた。
安堵して口許から手をどけると、オルガは困惑した様子で言う。
「触られてるだけなのに、ぞくぞくする……ぞわぞわ、かも」
「……反応はいいですけど、嫌なんですね」
「ノインだって同じことされたらわかるよ」
「…………もうしませんから大丈夫です」
優しく、微笑んでくる。
「もうお喋りはやめましょう。やはり気が散ってしまうので」
「ええ?」
「……まあ、俺がちょっと……うーん」
「? どうしたの?」
「集中力が落ちてます」
ぎょっとしてしまうと、ノインは小さく笑った。
「緊急討伐が入ると落ちてしまうのはわかってるんですけど……」
「……や」
「きちんと寝ますから。それに明日は休みですしね」
***
曇り空だ。
路面が少し湿っているのは、朝方に微かに降った雨のせいだとわかる。
(また洗濯物が溜まる……)
ずぅーんと落ち込んでしまった。
大き目の籠を抱えているノインが、じっと空を見ていた。
「? なにかあるの?」
「また降りそうです」
「ええっ!?」
またあ!?
「今日の夕方前くらいですね」
「……な、なにかそういうのが見えるの?」
思わず灰色の雲を、目を凝らすようにして見つめていると、隣から「くく」と笑われてしまう。
「雲の流れからの予想です」
「は、早く買い物済ませて帰ろう!」
意気込むと、「はい」と微笑まれた。
休んで欲しいけど。
(なぜか絶対に私より早起きしてるし……)
考えてみれば、ノインが眠っているのをきちんと確認したことがない。
仕事に行っている間に、使っている簡易ベッドを整えたりはしている、けど。
(まだ雨が続くみたいだし、多めに買い溜めしなくちゃ!)
雨で出かけられないことも多いから、どうしても食材が足りなくなる。
「今日はなにを買うんですか?」
「保存にきくものを多めにしようと思って」
雨が降ればどうしても買い物は後回しにしてしまう。
「私も持てる分は持つからね!」
「はい。俺が持てなくなったらお願いします」
「……うん」
無理してでも持ちそう……。
二人で市場まで歩く間、色んな看板を見てノインが説明してくれる。
「色んなお店があるね」
「一人で行かないように」
「……じゃあなんで説明してるの?」
「文字を覚えやすいかと思ったので」
た、たしかに?
納得しながら、隣を見上げる。
「どうしました?」
「っ、」
渇望。
ノインの言葉を思い出してしまい、赤面してしまう。
と、耳が悲鳴のようなものを捉えて、そちらに気をとられる。
「えっ」
「大丈夫」
「?」
なにが?
「この時間帯だと、聞こえた方角に巡回している騎士がいます」
「……」
反射的に、ノインの衣服の裾を掴んだ。
「あっ、ごめん」
なんで?
自分がなにをしているのかわからない。
なのに、手を離せない。
「ノインも行ったほうがいいんじゃない?」
「いえ、巡回してる騎士だけで対処できなければ意味はないです」
「そ、そうかな?」
「おそらく馬車の横転かと思います。路面が濡れているのに急がせたのかもしれませんね」
そんな簡単に滑るものなの!?
「な、なにか聞こえる?」
「? いえ、特には。
たいしたことがないから、騒ぎにはなってないと思います」
もしや、こんなことがけっこう多いんだろうか?
「で、でも馬車? なんだよね。大勢のほうがいいかも。私も助けに」
おろおろしてしまうが、周囲に自分のように取り乱している人間はいない。
(え、えええ……都会ってこうなの?)
一ヵ月経っているのに、慣れない。
そっと、掴んでいる手にノインが触れた。
「心配いりません。君には俺がいます」
*
(ね、値上がりしてる……!)
ショックだ。
乾燥肉がどこも高い。
(やっぱりみんな買い溜めするからかな……。塩漬けの魚のほうも高い……)
でも。
買わないといけない。
「流通が遅れているからですよ」
「ええ?」
情けない声を出しながら、豆を買う。
「雨で遅れてますからね」
「そ、そっかあ……」
乾燥肉。それから塩漬けの魚。硬いパンに、小麦粉……そして。
(塩も高いぃぃぃ!)
ぷるぷる震えながら財布の袋からコインを取り出す。
(まだ半月もあるのに……こんなに出費して大丈夫かな……お、おかしい、なんか、手がすごい震える……)
「お金なら心配いりません」
「そ、そ、そ、う、だけ、ど」
わかってはいても、普段からあまり使わない。緊張してしまう。
「多めに買っても大丈夫です」
「う、うん」
声が上擦った!
(情けない……。ちゃんと奥さんになったら、もっとしっかりしないといけないのに)
それは、いつのことだろう?
早くて半年先。
(半年……)
なんだろう。
(がっかりしてる……?)
よくわからない……なんだろう、この感じは。
「蜂蜜とナッツも買っておきますか?」
「か、買うけど」
ひいいい!
(私の残金がゼロになる……!)
「緊急討伐が入るかもしれないので、なるべく今日のうちに買いましょう」
「…………」
そうだった。
渋っている場合じゃないのに。
(そういえば、油と蝋燭も少なくなってる……)
今まであまり消費されていなかったであろう、ノインの家の蝋燭は、一ヵ月の間にかなり減っている。
(私がいるから……)
青ざめてしまう。
空みたいに、自分の心がどんよりとしてしまった。
必要以上に買い込むのはいいが。
(あ)
目に入った薬草や、包帯に、どきりと心臓が鳴った。
(……大きな怪我はまだしてないけど)
いつかするかも。
して欲しくないけど。
目にしたことのない魔物を退治しているのだし。
(あ、危なくないって言うけど)
もっと買っておいたほうがいいのでは?
でも。
「必要ないです」
迷っていると、頭上からそんな声が聞こえてきて、自分が硬直していることに気づいた。
「まだ家にありますから」
「あ……う、うん。でも、もっとあっても困らないでしょ?」
今週だって、通常の討伐に四回も行った。
小さな傷くらいは目立たないから気づけない。
「けっこう大量にあったような気がしますけど」
「そんなにあった!?」
薬箱の中のものを思い浮かべる。
「寝室の木箱にも包帯がまだあるはずです」
そんなところに!?
寝室の木箱の隅のほうを使わせてもらっているが、きちんと確認していなかった。
彼が使うものは居間の木箱に入れている。
「そっか。じゃあいいかな」
「家にあるものは全部確認してもいいですよ」
「うっ」
嫌かもしれないな、と思っていたのに。
「わ、わかった。見たらダメなものとかない?」
「ないです」
うーん……。
「……寝室の木箱に、使ってないベッド用の敷布とかあるけど、あれは?」
なぜか同じものが多めに入っていて、首を傾げていたものだ。
ノインは少し黙ってから「ああ」と洩らす。
「いずれ使うのでそのままでいいです」
「? そ、そっか」
それにしても。
(お、重そう……!)
自分も少しだけ持っているけど、ノインの籠にはかなり物が入っている。
買い過ぎかなと思ってしまう。
「い、急いで買い物終わらせるから」
「ゆっくりで大丈夫です」
「ええ!?」
一応なにを買うか決めてはきたけど。
そういえば。
(前の時は、ノインが余計なものを買うかもって心配してたのに)
あの時は、焼きたてのパンで気が散ったけど。
「おなかが減ったんですか?」
「ち、違うよ」
「ふふっ、知ってます」
ああ。
(どうしよう……)
顔が、熱い。
(この人のこと、私……とくべつに、考えてるんだ……)
少なくとも、他の人よりずっと。
恋とか、愛とか、そんなものはわからないけど。
夫になるから気になる、じゃなくなってる……。
「また出たんだろう?」
「あそこの街道に……」
「今年は多いな」
小さな会話が耳に入ってきて、視線を動かす。
「魔物の話です」
早い!
(耳がいいとかのレベルじゃないって……)
いや、今の。
(私の視線の先を、見た?)
見てた?
ん???
ノインを見ると、また、なんか妙な笑みを浮かべている。
なに、その顔は。
「多くはあっても、危険な個体は出てませんから心配しなくてもいいです」
「き、危険なのがいるの?」
「たまにいますが、その場合はかなり厳重に対策を立ててから出向きます」
「そうなんだ……ノインでも難しいの?」
「まあ。かなり硬いので、剣がぼろぼろになるんです」
でも、と微笑んでくる。
「時間はかかりますが、勝てない相手ではないですよ」
「そ、そう……なの? すごいね……」
でも。
(今の魔物も、いなくなることはないっていうし……)
きっと、来年も。その次の年も。
(ううん、討伐騎士団から要請されれば、また行っちゃうしな)
少なくとも、今月は……。
「…………」
前は別に。
(そんなに雨のこと、気にしたことないのに)
この灰色の空が、すっぽりと包んできそうで。
(……悪いこと考えすぎなんだよね……)
欲張っちゃ、ダメなのに。
自分が好きになった騎士のお話では、欲張った悪い魔法使いは退治されてしまった。
読み聞かせをしてもらっていた間も。
(私だって、欲しがり過ぎだよって思っちゃったしなぁ)
あ。
「わあ、ごめん! 重いのに!
やっぱり私、もっと持つよ!」
「重いとは言ってませんよオルガ」
うう。
(あれこれ考えてると、お喋りするのも楽しくなって、荷物が重いこと忘れちゃう)
しおしおの野菜みたいになっていると、ノインが吹き出す。
「勝手に落ち込まないでください」
「いや……反省してる」
「そうですか。
君はなにか欲しいものとかないんですか?」
「欲しいもの?」
そんなもの……。
「確かに、今は特にないみたいですね」
ん?
「……私、いま何も言ってないよ?」
「…………そうですね」
小さく微笑まれて、何度も瞬きをしてしまう。
「な、なんかノインって魔法使いみたいなことするね?」
「魔法使い?」
「あ! もしかして、観察癖ってやつ?」
「…………まあ。君のことで知らないことがあるの、腹立つので」
んん? 最後のほう、声が低くて小さくて、聞こえなかったんだけど。
「魔法使いが一定数いる国はありますよ?」
「ん? えっ、そうなの!?」
見たことないけど、実在するんだ。
騎士もそうだけど……ちゃんと、いるんだ。
「真っ黒い格好で、杖を振り回して魔法使うの?」
「…………」
きょとんとしてから、ノインが「ぐっ」と笑いを無理に堪えた。
「わ、笑うの我慢しなくていいよ!?」
「すみません……。
騎士にマントとか、魔法使いのこととか……絵本のイメージで固定されているんだと驚いてしまって」
「だっ、だって! 本物とか見たことないし!」
「……まあ、俺も本物の魔法使いは目にしたことはないです」
「なんだ。ノインだって知らないんじゃない」
もしかして、それで笑うの我慢しようとしたの?
「俺のは魔法ではなく、ただの癖ですから」
でも、と続ける。
「魔法のような言葉を俺はずっと待ってるんですけど……俺の我慢のほうが限界になりそうで困ってます」
「? なにそれ」
不思議になって尋ねたけど。
ぽつ、と雨が頬を打ってオルガは慌てた。
「わあ! ひどくならないうちに帰ろうノイン!」
*****
或日。
「魔法使い?」
あー、と視線を動かす。
「どこかの国は、魔物退治に必要で保護してるとかって話は聞いたなぁ。
今の世の中、魔法なんて日常的に必要とされてねぇ。水は井戸、火は薪、治療は薬草で補える。
成功率は低いし、師弟制が絶えた絶滅危惧種だ」
四つ年上の、弓と槍を得意とする同じ防衛騎士団の騎士・ミセノは……魔物の返り血を全身に受けた、無表情のノインを見つめた。
「そうですか。村にいる幼馴染が好きな本に出ていたので、少し気になってました。……知れて良かったです」
それは今より二年も前の、出来事である――。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




