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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

危険を感じるのは、君のほう。

掲載日:2026/05/09

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第23弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。

二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。

※本編の時間軸は「更新させてるのは、君のほう。」の後の話です。


 愛を囁き、女性を惑わす男がなにもかもを失くし……結果として。


「一番最初に恋した相手が、本当の愛だと気づく……みたいなお話ですね」


 なにそれ。


「気づかないの?」

「鈍感なんでしょう」


 どんかん。


(恋愛、かぁ)


 今もまだ、よくはわからない感情だ。


 結局ちゃんと読めないから、ノインに本の内容を教えてもらった。

 あれより、ノインがくれた童話のほうが……おもしろかったのが……余計に。


 視線を戻すと、薄桃色の瞳がこちらを向いている。


「あのね」

「はい」

「ノインとしては、どうなの? 愛とか、恋とか」

「………………」


 彼は少し思案してから、ふふっと軽く笑う。


「時には暴力。時には汚泥。時には楽園。時には渇望。こんな感じですかね」

「???」

「ですが、共通しているものがあります」


 静かに。

 そっと、頬を撫でてくる。


「愛や恋を免罪符に正当化してはならない、ということです」

「ん?」

「なにをしてもいい、ということではない……ですかね」


 たとえば。


「こういう練習だって、結婚を約束していないひととは、できないですからね」

「……結婚するための、練習でしょ?」


 違うのかな?


 どこがゴールか知っているのは、ノインだけ。


(気絶、しなくなったのになあ)


 でも。


(も、もしかして、あの変な、めちゃくちゃ息があがっちゃうのがいけないのかな……)


 ダメだと思って我慢しようとするけど、むしろ。


(ああならないと、ノインが終わってくれない……)


 しかも、かなり機嫌が良くなる。


(体拭いたらいなくなっちゃうけど)


「そういえば、ひわい、ってなに?」

「いかがわしいことです」

「? うっ」


 歯を食いしばると、さらに刺激された。


 た、たのしそう、というか……うれしそう、というか。


「いかがわ、しい……」


 いやらしいとは違うのかな……。


「っ、う」

「我慢しなくていいですよ」

「うう、やだ」


 首をゆるく横に振る。


 ノインは少しだけ、困ったような表情をした。


「まあ、壁が薄いですし……下手すると近所に聞こえますしね」

「ぜったい、やだ……」


 眉間に皺を強く刻む。


(水汲みに行った時に、あああそこの、とか見られるのやだ……)


「うーん……歯が欠けそうで心配なんですが」


 慌てて、両手で口を塞ぐ。


「お喋りしたいと言ったのは君ですよ」


 だからゆっくりしているのに。


 そう囁かれた。


(触り方がなんか違う)


 触れるか、触れないかの力加減がされている、気がする。


「こういう触れ方は嫌ですか?」

「…………」


 こくこくと頷くと、ノインは「わかりました」と手を軽く挙げた。


 安堵して口許から手をどけると、オルガは困惑した様子で言う。


「触られてるだけなのに、ぞくぞくする……ぞわぞわ、かも」

「……反応はいいですけど、嫌なんですね」

「ノインだって同じことされたらわかるよ」

「…………もうしませんから大丈夫です」


 優しく、微笑んでくる。


「もうお喋りはやめましょう。やはり気が散ってしまうので」

「ええ?」

「……まあ、俺がちょっと……うーん」

「? どうしたの?」

「集中力が落ちてます」


 ぎょっとしてしまうと、ノインは小さく笑った。


「緊急討伐が入ると落ちてしまうのはわかってるんですけど……」

「……や」

「きちんと寝ますから。それに明日は休みですしね」


***


 曇り空だ。


 路面が少し湿っているのは、朝方に微かに降った雨のせいだとわかる。


(また洗濯物が溜まる……)


 ずぅーんと落ち込んでしまった。


 大き目の籠を抱えているノインが、じっと空を見ていた。


「? なにかあるの?」

「また降りそうです」

「ええっ!?」


 またあ!?


「今日の夕方前くらいですね」

「……な、なにかそういうのが見えるの?」


 思わず灰色の雲を、目を凝らすようにして見つめていると、隣から「くく」と笑われてしまう。


「雲の流れからの予想です」

「は、早く買い物済ませて帰ろう!」


 意気込むと、「はい」と微笑まれた。


 休んで欲しいけど。


(なぜか絶対に私より早起きしてるし……)


 考えてみれば、ノインが眠っているのをきちんと確認したことがない。


 仕事に行っている間に、使っている簡易ベッドを整えたりはしている、けど。


(まだ雨が続くみたいだし、多めに買い溜めしなくちゃ!)


 雨で出かけられないことも多いから、どうしても食材が足りなくなる。


「今日はなにを買うんですか?」

「保存にきくものを多めにしようと思って」


 雨が降ればどうしても買い物は後回しにしてしまう。


「私も持てる分は持つからね!」

「はい。俺が持てなくなったらお願いします」

「……うん」


 無理してでも持ちそう……。


 二人で市場まで歩く間、色んな看板を見てノインが説明してくれる。


「色んなお店があるね」

「一人で行かないように」

「……じゃあなんで説明してるの?」

「文字を覚えやすいかと思ったので」


 た、たしかに?


 納得しながら、隣を見上げる。


「どうしました?」

「っ、」


 渇望。


 ノインの言葉を思い出してしまい、赤面してしまう。


 と、耳が悲鳴のようなものを捉えて、そちらに気をとられる。


「えっ」

「大丈夫」

「?」


 なにが?


「この時間帯だと、聞こえた方角に巡回している騎士がいます」

「……」


 反射的に、ノインの衣服の裾を掴んだ。


「あっ、ごめん」


 なんで?


 自分がなにをしているのかわからない。


 なのに、手を離せない。


「ノインも行ったほうがいいんじゃない?」

「いえ、巡回してる騎士だけで対処できなければ意味はないです」

「そ、そうかな?」

「おそらく馬車の横転かと思います。路面が濡れているのに急がせたのかもしれませんね」


 そんな簡単に滑るものなの!?


「な、なにか聞こえる?」

「? いえ、特には。

 たいしたことがないから、騒ぎにはなってないと思います」


 もしや、こんなことがけっこう多いんだろうか?


「で、でも馬車? なんだよね。大勢のほうがいいかも。私も助けに」


 おろおろしてしまうが、周囲に自分のように取り乱している人間はいない。


(え、えええ……都会ってこうなの?)


 一ヵ月経っているのに、慣れない。


 そっと、掴んでいる手にノインが触れた。


「心配いりません。君には俺がいます」




(ね、値上がりしてる……!)


 ショックだ。


 乾燥肉がどこも高い。


(やっぱりみんな買い溜めするからかな……。塩漬けの魚のほうも高い……)


 でも。


 買わないといけない。


「流通が遅れているからですよ」

「ええ?」


 情けない声を出しながら、豆を買う。


「雨で遅れてますからね」

「そ、そっかあ……」


 乾燥肉。それから塩漬けの魚。硬いパンに、小麦粉……そして。


(塩も高いぃぃぃ!)


 ぷるぷる震えながら財布の袋からコインを取り出す。


(まだ半月もあるのに……こんなに出費して大丈夫かな……お、おかしい、なんか、手がすごい震える……)


「お金なら心配いりません」

「そ、そ、そ、う、だけ、ど」


 わかってはいても、普段からあまり使わない。緊張してしまう。


「多めに買っても大丈夫です」

「う、うん」


 声が上擦った!


(情けない……。ちゃんと奥さんになったら、もっとしっかりしないといけないのに)


 それは、いつのことだろう?


 早くて半年先。


(半年……)


 なんだろう。


(がっかりしてる……?)


 よくわからない……なんだろう、この感じは。


「蜂蜜とナッツも買っておきますか?」

「か、買うけど」


 ひいいい!


(私の残金がゼロになる……!)


「緊急討伐が入るかもしれないので、なるべく今日のうちに買いましょう」

「…………」


 そうだった。


 渋っている場合じゃないのに。


(そういえば、油と蝋燭も少なくなってる……)


 今まであまり消費されていなかったであろう、ノインの家の蝋燭は、一ヵ月の間にかなり減っている。


(私がいるから……)


 青ざめてしまう。


 空みたいに、自分の心がどんよりとしてしまった。


 必要以上に買い込むのはいいが。


(あ)


 目に入った薬草や、包帯に、どきりと心臓が鳴った。


(……大きな怪我はまだしてないけど)


 いつかするかも。


 して欲しくないけど。


 目にしたことのない魔物を退治しているのだし。


(あ、危なくないって言うけど)


 もっと買っておいたほうがいいのでは?


 でも。


「必要ないです」


 迷っていると、頭上からそんな声が聞こえてきて、自分が硬直していることに気づいた。


「まだ家にありますから」

「あ……う、うん。でも、もっとあっても困らないでしょ?」


 今週だって、通常の討伐に四回も行った。


 小さな傷くらいは目立たないから気づけない。


「けっこう大量にあったような気がしますけど」

「そんなにあった!?」


 薬箱の中のものを思い浮かべる。


「寝室の木箱にも包帯がまだあるはずです」


 そんなところに!?


 寝室の木箱の隅のほうを使わせてもらっているが、きちんと確認していなかった。


 彼が使うものは居間の木箱に入れている。


「そっか。じゃあいいかな」

「家にあるものは全部確認してもいいですよ」

「うっ」


 嫌かもしれないな、と思っていたのに。


「わ、わかった。見たらダメなものとかない?」

「ないです」


 うーん……。


「……寝室の木箱に、使ってないベッド用の敷布とかあるけど、あれは?」


 なぜか同じものが多めに入っていて、首を傾げていたものだ。


 ノインは少し黙ってから「ああ」と洩らす。


「いずれ使うのでそのままでいいです」

「? そ、そっか」


 それにしても。


(お、重そう……!)


 自分も少しだけ持っているけど、ノインの籠にはかなり物が入っている。


 買い過ぎかなと思ってしまう。


「い、急いで買い物終わらせるから」

「ゆっくりで大丈夫です」

「ええ!?」


 一応なにを買うか決めてはきたけど。


 そういえば。


(前の時は、ノインが余計なものを買うかもって心配してたのに)


 あの時は、焼きたてのパンで気が散ったけど。


「おなかが減ったんですか?」

「ち、違うよ」

「ふふっ、知ってます」


 ああ。


(どうしよう……)


 顔が、熱い。


(この人のこと、私……とくべつに、考えてるんだ……)


 少なくとも、他の人よりずっと。


 恋とか、愛とか、そんなものはわからないけど。


 夫になるから気になる、じゃなくなってる……。


「また出たんだろう?」

「あそこの街道に……」

「今年は多いな」


 小さな会話が耳に入ってきて、視線を動かす。


「魔物の話です」


 早い!


(耳がいいとかのレベルじゃないって……)


 いや、今の。


(私の視線の先を、見た?)


 見てた?


 ん???


 ノインを見ると、また、なんか妙な笑みを浮かべている。

 なに、その顔は。


「多くはあっても、危険な個体は出てませんから心配しなくてもいいです」

「き、危険なのがいるの?」

「たまにいますが、その場合はかなり厳重に対策を立ててから出向きます」

「そうなんだ……ノインでも難しいの?」

「まあ。かなり硬いので、剣がぼろぼろになるんです」


 でも、と微笑んでくる。


「時間はかかりますが、勝てない相手ではないですよ」

「そ、そう……なの? すごいね……」


 でも。


(今の魔物も、いなくなることはないっていうし……)


 きっと、来年も。その次の年も。


(ううん、討伐騎士団から要請されれば、また行っちゃうしな)


 少なくとも、今月は……。


「…………」


 前は別に。


(そんなに雨のこと、気にしたことないのに)


 この灰色の空が、すっぽりと包んできそうで。


(……悪いこと考えすぎなんだよね……)


 欲張っちゃ、ダメなのに。


 自分が好きになった騎士のお話では、欲張った悪い魔法使いは退治されてしまった。


 読み聞かせをしてもらっていた間も。


(私だって、欲しがり過ぎだよって思っちゃったしなぁ)


 あ。


「わあ、ごめん! 重いのに!

 やっぱり私、もっと持つよ!」

「重いとは言ってませんよオルガ」


 うう。


(あれこれ考えてると、お喋りするのも楽しくなって、荷物が重いこと忘れちゃう)


 しおしおの野菜みたいになっていると、ノインが吹き出す。


「勝手に落ち込まないでください」

「いや……反省してる」

「そうですか。

 君はなにか欲しいものとかないんですか?」

「欲しいもの?」


 そんなもの……。


「確かに、今は特にないみたいですね」


 ん?


「……私、いま何も言ってないよ?」

「…………そうですね」


 小さく微笑まれて、何度も瞬きをしてしまう。


「な、なんかノインって魔法使いみたいなことするね?」

「魔法使い?」

「あ! もしかして、観察癖ってやつ?」

「…………まあ。君のことで知らないことがあるの、腹立つので」


 んん? 最後のほう、声が低くて小さくて、聞こえなかったんだけど。


「魔法使いが一定数いる国はありますよ?」

「ん? えっ、そうなの!?」


 見たことないけど、実在するんだ。

 騎士もそうだけど……ちゃんと、いるんだ。


「真っ黒い格好で、杖を振り回して魔法使うの?」

「…………」


 きょとんとしてから、ノインが「ぐっ」と笑いを無理に堪えた。


「わ、笑うの我慢しなくていいよ!?」

「すみません……。

 騎士にマントとか、魔法使いのこととか……絵本のイメージで固定されているんだと驚いてしまって」

「だっ、だって! 本物とか見たことないし!」

「……まあ、俺も本物の魔法使いは目にしたことはないです」

「なんだ。ノインだって知らないんじゃない」


 もしかして、それで笑うの我慢しようとしたの?


「俺のは魔法ではなく、ただの癖ですから」


 でも、と続ける。


「魔法のような言葉を俺はずっと待ってるんですけど……俺の我慢のほうが限界になりそうで困ってます」

「? なにそれ」


 不思議になって尋ねたけど。


 ぽつ、と雨が頬を打ってオルガは慌てた。


「わあ! ひどくならないうちに帰ろうノイン!」


*****


 (ある)日。


「魔法使い?」


 あー、と視線を動かす。


「どこかの国は、魔物退治に必要で保護してるとかって話は聞いたなぁ。

 今の世の中、魔法なんて日常的に必要とされてねぇ。水は井戸、火は薪、治療は薬草で補える。

 成功率は低いし、師弟制が絶えた絶滅危惧種だ」


 四つ年上の、弓と槍を得意とする同じ防衛騎士団の騎士・ミセノは……魔物の返り血を全身に受けた、無表情のノインを見つめた。


「そうですか。村にいる幼馴染が好きな本に出ていたので、少し気になってました。……知れて良かったです」


 それは今より二年も前の、出来事である――。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。

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