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008

時間は、静かに流れていった。


一日、また一日。

システムの任務をこなし続ける日々。


そして――

アラタがふと気づいたときには、一か月が経過していた。


狭いアパートの部屋。

古びた鏡の前に立ち、アラタは自分の姿を見つめる。


「……誰だ、これ」


そこに映っていたのは、

一か月前の自分とはまるで別人だった。


重く、鈍く、だらしなかった身体は消え去り、

引き締まった筋肉が全身に均等に付いている。


腹の脂肪は跡形もなく、

肩から腕、脚にかけて、はっきりとした筋肉のライン。


体重は――20キロ減。


それなのに、力は落ちるどころか、

むしろ異常なほどに増していた。


呼吸は安定し、視界は冴え、

少し動くだけでも身体が軽く反応する。


(……体だけ見れば、魔法世界の近接系モンスターだな)


アラタは苦笑する。


だが――


「この世界は、体じゃ評価されないんだよな」


ここではすべてが魔力基準だ。


どれほど肉体が強くても、

魔力がゼロなら、ハンターとしては最底辺。


それは、この一か月で嫌というほど思い知らされた。


最近、もう一つ気づいたことがある。


デイリーミッションが固定化されてきたのだ。


走る。

持ち上げる。

耐える。

鍛える。


毎日、同じ内容。


だが今のアラタにとって、それらは――


「……簡単すぎる」


半日もかからず、すべて完了する。

汗はかくが、息は乱れない。


身体は、まだ余裕がある。


その事実が、逆に不安を生んだ。


(このままじゃ……頭打ちだ)


体には限界がある。

次の段階へ進むには――


「……魔力が欲しい」


その瞬間。


《新規ミッション発生》

《魔力を増加させよ》


「……え?」


アラタは思わず声を漏らした。


「増やすって……どうやって?」


魔力を感じたこともない。

使ったこともない。


完全なゼロから、どうやって?


答えるように、システムが表示される。


《ヒント》

《基礎魔法入門書を購入せよ》

《価格:50ナム》


「……ご、50?」


アラタは固まった。


ナム――

システム専用の通貨。


デイリーミッションをすべて終えても、

一日に1ナムしか手に入らない。


50ナムということは、

ほぼ50日分。


「……心臓に悪い金額だな」


だが、アラタは歯を食いしばった。


雑用クエストを受け、

小さな報酬を積み重ねる。


運ぶ。

掃除する。

走り回る。


地味で、目立たない仕事。


そして――


ついに、55ナム。


手のひらに乗った数字を見つめ、

アラタはしばらく無言になった。


「……全部、消えるのか」


それでも。


彼は購入ボタンを押した。


《基礎魔法入門書を入手しました》


薄い一冊の本。


だが、アラタにとっては――

未来への扉だった。


ページを開く。


魔法とは、生まれつき与えられるものではない。


肉体のエネルギーを基盤とし、

空気中に存在する魔力を感知し、

それを掴み、形にする技術である。


アラタは、何度もその文章を読み返した。


「……体力、か」


今まで無駄だと思っていた鍛錬が、

無意味ではなかったことに気づく。


「じゃあ……やるしかないな」


アラタは静かに目を閉じる。


深く息を吸い、

意識を外へ――空気へと向ける。


最初は、何も感じない。


だが、焦らない。


(システムが示した道だ)


(だったら、最後まで行く)


誰にも期待されず、

誰にも見向きもされなかった男が――


今、たった一人で、

魔力への第一歩を踏み出そうとしていた。

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