002
「……はぁ……はぁ……」
月船新は、床に倒れ込んだまま、天井を見上げていた。
――ようやく、100回。
ただの腹筋運動。
それだけのはずだった。
だが、長年まともに運動してこなかった23歳・無職・体重90キロの身体には、地獄のようにきつい。
「……マジで、久しぶりすぎだろ……」
脂肪のついた身体を、必死に起こす。
腹筋は焼けつくように痛み、肺は空気を欲しがって悲鳴を上げていた。
その瞬間――
《任務達成》
視界に、あのシステムウィンドウが現れる。
《おめでとうございます。初期任務を完了しました》
《報酬:スタミナ回復水 ×1》
「……は?」
新の手の中に現れたのは、一本の小さな飲料。
「……これだけ?」
命がけで腹筋を100回やらされて、報酬は水一本。
思わず苦笑が漏れる。
「割に合わなすぎだろ……」
半信半疑のまま、彼はキャップを開け、喉に流し込んだ。
――その瞬間。
体の奥から、じわりと熱が広がった。
筋肉の痛みが消える。
重かった身体が、一気に軽くなる。
疲労感が、嘘のように消失した。
「……え?」
新は立ち上がり、両手を握る。
「……回復、してる?」
いや、それどころじゃない。
さっきより、明らかに調子がいい。
「……すげぇ……」
小さく、しかし確かな興奮が胸に湧いた。
「これ……本当に、システムなんだ……」
誰かの悪ふざけでも、幻覚でもない。
――これは、現実だ。
新は深呼吸し、改めてシステムを確認した。
《任務一覧》
画面いっぱいに、無数の任務が並んでいる。
数は、ちょうど100。
それぞれに、報酬が明記されていた。
「……多すぎだろ」
上部には、注意書き。
《毎日、強制任務は5つのみ》
今日、残っている強制任務は4つ。
ランニング10km
懸垂50回
腕立て伏せ100回
スクワット100回
「……」
新は、無言になった。
どれも、今の自分には明らかに重い。
しかも――
《未達成時:罰則》
逃げ道は、ない。
別のタブを開く。
《ステータス》
身長:173cm
体重:90kg
HP:10 / 10
スタミナ:15 / 15
「……90キロ……」
新は自分の腹を見下ろし、ため息をついた。
他にも項目はあるが、ほとんどがロックされている。
《条件未達成》
「……まぁ、今はいいか」
視線を戻すと、任務欄に小さなボタンがあった。
《受諾しますか?》
さっきの“罰”が、脳裏をよぎる。
「……やらなきゃ、また来るんだよな」
新は迷わず、ボタンを押した。
そこからは、地獄だった。
走る。
腕を引き上げる。
床に伏せて、押し上げる。
足を震わせながら、しゃがむ。
息が切れ、視界が揺れる。
何度も倒れそうになりながら、それでも続けた。
気がつけば、外は真っ暗だった。
最後のスクワットを終え、新は床に倒れ込む。
その瞬間――
《本日の強制任務、すべて完了》
《報酬:スタミナ回復水 ×1》
再び、水が現れる。
新は、迷わず飲み干した。
《スタミナ回復》
スタミナゲージが、
1 / 10 → 10 / 10 に跳ね上がる。
新は、ゆっくりと立ち上がった。
――疲れていない。
――痛みもない。
むしろ、身体が満ちている。
「……なるほど」
小さく、しかし確かな声で呟く。
「このシステム……本気で、俺を鍛える気だな」
カウントダウンが、静かに表示された。
――次の一日へ。
新の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
「……なら、やってやるよ」
世界に見下され続けた男の、成長はここから始まる。




