【超短編小説】彼岸
宴もたけなわ、と言うか折り返し始めた。
会話のキャッチボールも緩慢になり、グラスの中にある酒も減りが遅くなる。
会話が曲がり角を四回ほど左に回ったところで
「その話さっきもしなかったっけ?」
と言ってメリーゴーラウンドが止まる様に飲み会が停止した。
すると店の厨房だとか他のテーブルの会話が、機能停止したおれたちの飲み会に紛れ込む。
「やだよ、心霊スポットなんて」
よそのテーブルでひときわ大きな声が響いて、また飲み屋の喧騒にかき消された。
それを聞いたおれたちのテーブルで誰かが笑いながら言う。
「心霊スポットだってよ」
それをキッカケにそれぞれが心霊スポットにまつわる思い出なんかを喋りだして、再びメリーゴーラウンドは動き始めた。
「どうです?そう言う話、あります?」
水を向けられて曖昧に笑う。
おれには霊感だとかの力は無いので、飲みの場がその手の話になると黙っているしかなかった。
過去に何か恐ろしい体験をした訳でもないし、今後したいとも思っていない。
むしろ経験すれば信じない訳にはいかなくなるから、ストレスの少ない人生を目指すなら避けて通るべきだ。
そう思っていた。
しかしよくよく考えてみれば、おれが視えていないと保証するものは何もない。
それをおれ自身がそれだと自覚できていないだけの話だ。
例えば飲み屋のトイレですれ違った人とか、いつまでもオーダーを取りに来ない店員を待ってる隅っこの席の人とか。
なんなら、会話に参加していないおれ自身。
──と言うのが、ツィゴイネルワイゼンやシックスセンスなど映画に観る話だ。
映画であれば、エンドロール後に座席を立ち上がって誰かの散らかしたポップコーンを踏みながらしたり顔をして同行者(存在すればの話だが)に向かって
「存在の耐え難き希薄さがあるね」などと気障ったらしい話をするだろう。
その時、脳みその余白ではこの後はどうやって御休憩に持ち込むか算段をつけたりしているが、しかし現実ではどうだろう。
もしかしたらおれは映画を観終えた後、虚空に向かって独り言をやっている奴かも知らない。
一緒にいると思っていた人間は、おれと言う存在を認識している訳じゃなくて偶然にもおれの方向を見て頷いているだけかも知らない。
誰も何もおれの存在を証明しないのだ、と何千年も前からギリシア人だとかそこら辺の奴らが死にそうになりながらたどり着こうとしたことに指先を引っかける。
ぶら下がった足元に広がる光景は人生だ。
思い返せば死んでいてもおかしくない点と言うのは人生に於いていくつもあった。
その人生をふりかえってみても、おれが死んでいないと保証するものは、何ひとつ無い。
もしかしたらおれは死んでいて、おれと言う意識がただ空想の世界を彷徨っているだけかも知れない。
それならば昨今の各種業界がリメイクばかりしているのも頷ける。
おれの脳みそによる補完だからだ。
人間の眼球が捉えているとされているものがいい加減なように、脳みそが勝手に補完している情報によって生かされている気になっただけだ。
「だからね」
おれは空になったコップを回しながら言う。
店中の喧騒を集めたみたいにコップは濁って見えた。少なくともテーブルは静まり返っている。
「だから、マンションの隣に住んでる夫婦は喧嘩が煩くて、そこの子がしょっちゅう廊下に出て泣いてたり、それを見かけたら廊下に並んでちょっとした小さなお菓子を一緒に食べたり、ジュースを飲んだりしてても、もしかしたら隣にそんな夫婦や子どもなんて存在してないって、常にそう思いながら生きてるんだよ」
おれは重たくなってきた瞼を重力に任せる。
世界が暗転する。
おれが入滅したのかも知れない。
スピーカーのツマミを回すように、ガヤガヤと喧騒が取り戻されていく。
どこかのテーブルでチン、と響く音が心地よい。
目を開ける。
テーブルには何も無い。
おれは再び目を閉じる。
瞼の裏、その暗闇の中で真っ直ぐ伸びた茎の先に赤い花が開いていた。




